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“星宮いちご”という名の救済、あるいは『劇場版アイカツ!』の話。

 やむにやまれぬ事情ゆえ、7月に向けてアイカツ!ブートキャンプを一人で走っている。一日1~2話のペースでのんびり観ていたのに、思いもよらぬ同時上映によって締め切りが「無期限」から「三か月後」に早められ、またもや土日が犠牲になった……最近のnoteの書き出し、毎回コレになりがちである。

 地道に積み上げていて実は80話を突破、というのが先週金曜日時点の進捗だったのに、土曜日には101話までの2ndシーズンを修了し、翌日には112話までと劇場版を履修する突貫工事ぶりには、我ながら笑ってしまう。そして、劇場版を観た興奮冷めやらぬ今、どうしようもない初期衝動を電子の海に叩きつけている。

 初めてのアイカツ!無印に対する何かを残しておきたいという衝動が100話以上を経て劇場版まで持ち越してしまったのは、私個人の感性の鈍さに因るものとハッキリ断言しておきつつ、ただそれでもこの劇場版はスゴかった、という気持ちを諸先輩方と共有したいのである。

 私にとって101話までのアイカツ!とは、「神崎美月を孤独から救う物語」という持論がある。

 星宮いちごがアイドルを目指すきっかけを作った存在、つまりは『アイカツ!』の物語の出発点においてすでにトップの座に居座っていたのが我らが神崎美月であり、アイドルを目指す者なら誰もが憧れとしてその名を挙げるだけでなく、彼女なくして星宮いちごも、ひいては大空あかりもアイドルの道を目指すことはなかったという意味で、その功績は計り知れないものがある。

 そんな彼女は物語序盤、アイドルとしては未成熟だが才能の一端を見せるいちごに対して「早く私の所までのぼってきて」という言葉を残したことがあり、いちごのアイドル力を認めつつ感じるのは王座を退く不安ではなく期待だったことが印象深い。その後も、並々ならぬ情熱と時間をかけトライスターを結成するが、蘭を送り出す形でユニットは実質解散。期間限定のスターアニスに手ごたえを感じつつ、みくると共にWMとしてアイドル最前線に復帰。

 2ndシーズン終盤に描かれた2wings×WMの究極の一戦においても、物語の主人公たる星宮いちごにとって、神崎美月は憧れであり乗り越えるべき壁であり、その闘いの決着に万感の思いがあったことは視聴者各位も承知の上だと思う。美月もまた、みくるという元々アイドルですら無かった女の子との運命的な出会いから始まり、WMとして圧倒的な速さでスターダムを駆け上がり、かつて才能を見出した後輩との最高の闘いをやり遂げることで、彼女のアイドル人生に一つのピリオドが打たれた。たった一人で王座に腰を据えることに疲れ、同士を求めるように時にやや突飛な行動さえ見せた女王の闘いは、こうして報われたのである。

 美月は以前、スターライト学園入学直後に一度だけ同級生と4人組ユニットを組んだものの、美月に並び立てる者もおらず解散したらしく、その後の経緯は視聴者各位の知る通りだ。彼女は「アイカツで日本を元気にしたい」という大きな夢を語っていたものの、実の本心はもっと個人的なものだったように思える。それは、背中を預けられる最高のパートナーと共に、最大の敵と精一杯アイカツをすること、だったのではないだろうか。みくるとの別れに涙を見せ、見送りを拒んだのが、その何よりの証左だと思う。彼女もまた10代の若き少女であることを振り返れば、若くして頂点に立つ重圧がいかほどのものか。その涙は彼女の孤独を癒し、自分で自分を抱きしめるような、暖かく優しいものであったと、そう思いたい。

 ところが、この闘いをもってしても、神崎美月はアイカツランキング1位であり続けた。不動の女王は、自由を得るために王座を降りることを、まだ許されなかった。私たちが劇場版で向き合うのは、「神崎美月は本当に救われたのか?」という命題なのである。

 劇場版では、突如開催が決まった「大スター宮☆いちご祭り」に対し、いちごの晴れ舞台を盛り上げるためにあおいや蘭といった同級生はもちろん、あかりやドリアカ組が一つの舞台に向けて団結する姿が描かれる。ところが美月はその輪に入らず、いちごがこの舞台を通してトップアイドルになることを確信し、自身の引退について打ち明ける。「あなたに奪われたいの」と初めて誰かを頼るような物言いをする美月は、今となっては引導を渡されることを指折り数えながら待つヒロインになっており、いちごも動揺を隠せなかった。美月はアイカツにおいてやれることを全てやり遂げたことを自覚しており、後は「王座陥落」という物語をもって、身を引くつもりらしい。

 「憧れは次の憧れを生む」。これは『アイカツスターズ!』の主題歌「STARDOM!」の引用なのだけれど、その系譜は確かに美月→いちご→あかりへと受け継がれている。アイカツ自体も盛り上がりを見せ、ユリカの握手会に多くのファンが集うように、アイドルそのものが誰かの希望になれることも示している。なればこそ、その立役者たる神崎美月の仕事は完遂したものとして捉えることは難しくない。

 なのだけれど、アイカツという文化そのものに奉仕するかのような彼女の言葉は、どこか切ない響きに聴こえる。ファンを楽しませる前に、アイドル自身が楽しむことがアイカツではなかったのか。神崎美月からアイカツを楽しむ気持ちを奪ってしまったのは、ファンの無邪気な声援や周囲の期待か、あるいは彼女の生来的な気質ゆえか。とにかく、神崎美月は自ら光る気力を失ってしまったように見えて、いちごは寂しくてたまらないのである。

 であるからこそ、「輝きのエチュード」のシーンはとてつもない感動を生じさせる。シンガーソングライターの花音さんが創り上げた当初のバージョンも、とても綺麗な歌詞が並んでいた。それを書き直してもらってまで伝えたい想いが、いちごにはあるのだ。今回の劇場版は「大スター宮☆いちご祭り」に向けて登場人物ほぼ全員の気持ちの矢印が星宮いちご一点に集中するのだけれど、当のいちごは神崎美月たった一人を見据えているのである。過去最大級の収容人数を要するであろうドームに集った観客、惜しくも現地に駆け付けられなかったファン、その他大勢の数えきれない人たちの応援を背に受けつつ、星宮いちごは今の自分を生んでくれた美月への想いを伝えたくて、たった一人のために歌う時間を設けるのである。この!!感情のデカさに!!!涙腺が耐えられない!!!!!!!!

 「輝きのエチュード」は、作中の言葉を借りるのなら「聴いたら昨日より今日を素敵にしよう、頑張ろうと思える歌」である。偶然か必然か、それはアイドルから貰った元気で明日も頑張ろうと意気込むファンのことを歌っているようでもあり、神崎美月と出会った「過去」を受けて「現在」の星宮いちごがあるんだよ、ということを示しているような気がしてならない。

 それは神崎美月のこれまでの人生の肯定であり、美月に憧れてアイドルになった星宮いちごがここまで大きな存在になったことを美月本人に見て/知ってもらうことで、その想いは美月にとって初めて「救済」足りうるのだろう。美月が自らに課した「アイカツへの恩返し」という使命を、かつて才能を見出した星宮いちごという後輩が果たしてくれたのだから。

 それのみならず、「輝きのエチュード」はいちご→美月への想いを超えてさらに「アイドル賛歌」という極大射程を叩き出すところが、凄まじい。例えば、「あなたが好きだから世界は こんなに今日も優しい色をくれるよ」という歌詞の一節は、アイドルを推すことで世界が広がったり、楽曲やパフォーマンスを観て元気を貰ったりするような、アイドルとファンの関係性の普遍的な部分を歌っているようにも聴こえる。この一節の他も全部蛍光ペンを引きたくなるほどに素晴らしい歌詞が続き、そのどれもが美月への感謝を述べる詞として紡がれているにも関わらず、結果としてアイドル賛歌に結び付くのはいちごの出自を考えれば当然とは言え、美月―アイカツ―アイドル⇔ファンという奥深い射程を持つ一曲に仕上がっていて、もうどうしようもなく涙を誘う。

 その想いを受けて美月が引退を撤回したのは、最も感動的な星宮いちごの「アイドル」としての勝利である。美月の希望通りに一位を奪ってみせて、しかし彼女を過去の者として葬るのではなく、新生させたのだから。美月の心に再びステージに立つ情熱を宿した時点で、星宮いちごは王座のみならず神崎美月の心そのものを奪った。

 これはアイドル・星宮いちごの「物語」において最も輝くターニングポイントであり、1st~2ndシーズンを総括する締めくくりとしても納得のいくエンドマークだと思う。その上であかりにバトンを繋ぐ役割も最小限の台詞で果たすなど、本作のいちごは本当に隙がない。ファンや後輩の憧れを背負うこと、そのバトンを渡すことを苦も無くサラリとやってのける星宮いちごは、本当に大きく育った。こちらの親バカが加速するのも仕方がないのである。

 最後に、今作を観て印象的だったのは「本当にライブの円盤を観ているような」錯覚を覚えた瞬間だった。「大スター宮☆いちご祭り」の模様はダイジェストとはいえ過去のアイカツ楽曲がシームレスに流れ、歌ありダンスありお芝居ありとバラエティにも富んでいて、過去に円盤で観たアイドルマスターのライブ映像を思い出す瞬間が何度もあった。

 この豊かさこそが「大スター宮☆いちご祭り」の魅力でもあり、神崎美月を上回る要因になったのかな、としみじみ思う。かつて同じ会場にて行われた、いちごがアイドルを目指すきっかけになった美月のライブは、ソロライブだったと明言されている。対して「大スター宮☆いちご祭り」は、スターライトとドリアカの生徒が一体となった、これまでになく贅沢でオールスターなお祭り。例えばこれがいちごのソロライブだったとしたら、今なおランキングの頂点は美月のままだったのかもしれない。美月のパフォーマンスの完成度は他のアイドルを寄せ付けないものだと言及されていたし、今の星宮いちご単体でも追い越せないものだったとしたとき、それを押し上げたのはいちご自身の「人徳」だった、ということになる。

 学年や学校の垣根を超え集結した仲間たち。自らの出番にのみ集中するのではなく、グッズや経理に至るまでのイベント全体を全員の協力で創り上げたことで、美月が陥っていた「孤独」という名の玉座は氷解した。「みんなでアイカツ」することで切り開いたアイカツ新時代は、第二第三の美月、つまりは同士を求め孤独に苛まれるアイドルを生むことを防いだという意味で、星宮いちごは美月ではなくアイカツ全体を救ったと言えるのかもしれない。

 とかくシリーズものにおいて「初代」とは神格化されがちなものなれど、ここまでの偉業を見せられたら文句も言えない。その背中を見て育つことになるあかりたちの世代は、どんな奇跡を見せてくれるのだろう。その景色を見つめる美月はなんと声をかけるのだろう。その瞬間に立ち会いたくて、私のアイカツ!ブートキャンプは夜な夜なひっそりと進行していくのである。

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