守られたい
子供に何かあったとき守れるかな、と
ふとしたときに思っていた。
たとえば、私の父が嫌なことを言ったとき。
容姿をネタにする人なので、子供が傷つくようなこと言ったとき
(というか、最近も言われた)
「それ、言わないで」とバシッと言い返せるか。
夫側の両親の家に子供を連れて行くと
私の目からはスキンシップを超え
おもちゃのようにちょっかいを出されているような感じがする。
ご飯を食べているときに「わっ」と驚かせたり
おもちゃを見せたり コチョコチョしたり。
「やめてください」と言えるか。
まあこの例で言えば、どちらも「言えない」状態だ。
つまり私は子どもをこんなことからも守れていない。
じゃあ、もっと大きなことが起こったら?
そんなことを漠然と不安に思っていた。
この話を雑談で話したときに
あるカウンセラーさんに
「私は守らなきゃ、という感覚がない」と言われた。
その言葉を聞いて、自分の深部感覚で何かが動いたような沸き起こるような感じがした。
守られたいのは私じゃん。
父や義両親が子供の領域にずかずか入っているように見えたのは投影だった。
私が私を守らなきゃ。
言わないで。そんなことしないで。それ、嫌なんだよ。
これ、言って大丈夫。
言えなかったら避ければいい。逃げていい。距離を置いていい。
自分で守れないときは、人を頼って大丈夫。
守れない力がない気がするのもビリーフだ。
これに気づいてから
子供にも自分で自分を守る力、乗り越えていく力があるのが見えた。
まだ赤ちゃんだけど、怒って「イヤだ!」を示しているし、
私のところへ「助けて!」と逃亡してくる。
お母さんって、本当に何もしなくていいみたい。