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図師 鶴見川古地名散策

逗子、厨子、辻子、図師…「ズシ」って何を表している?

鶴見川の遺跡巡りながら遡上する「鶴見川遺跡紀行」。その途中で出会った気になる地名を取り上げ、その語源や由来を調べるシリーズです。

今回は、図師を調べます。


図師町

初めて「図師」って地名を見たとき、ビビッと感じるものがありました。

これは絶対何かある…怪しい地名だ。

図師大橋と丘陵の突端

まずは、図師の歴史を見てみよう。

図師の歴史
江戸時代後期の記録によると約100戸ほど。1戸あたり4〜6人で計算すると人口400〜600人なので、武蔵国の平均的な村の規模と推測される。
(近隣の小野路村が140戸、野津田村と上小山田村が120戸)
鶴見川の氾濫低地はそう広くはないが、川が運ぶ腐食質の黒ボク土と火山灰や川砂混じりの真土を含んだ豊かな土壌で、様々な作物を栽培していたようだ。

『新編武蔵風土記稿』によると、村の中央、字宿というところに民家97軒が集落をなしていました。真土と黒土の交ざった土性は割合に質がよく、稲作・麦作のほか、桑や茶や野菜の栽培に適しており、水利は村内に溜池2か所があって灌漑に苦しむことはありませんでしたが、豪雨のときはしばしば水害をうけたといいます。安政4年の家数は図師村全体で114軒でした。

図師町概要 https://zushimachi.net/図師町概要/ より

【ご参考】


図師の由来

では、早速ですが、図師の由来を調べましょう。

図師村は柚木領に属し、その周囲は野津田・小野路・木曾・山崎・小山田の各村に接していました。その名称のおこりについて『新編武蔵風土記稿』では、承久のころ(1220年前後)、小山田二郎重義白山権現の社地の図をかいてささげた図師の僧がいたので、その僧をめでて白山社領を寄附したことによる、と伝えています。

図師町概要 https://zushimachi.net/図師町概要/
小山田白山神社

図を描いたお坊さんがいたから図師…まぁ、文字通りの由来を、「はい、そうですか」と受け取る素直な性格だったら苦労はしないんです。


「図師」地名は他にあるのか?
調べてみたところ、福岡県のみやこ町に図師という地名(字)があるようだ。しかし、全くと言っていいほど、情報が出てこない。

ちなみに名字で検索すると、「図師さん」は宮崎県と鹿児島県に多い。でも、図師地名は見当たらないので、どうやら職能氏名のようだ。


ズシ地名いろいろ
一方で「ズシ」地名は複数見られる。有名どころは神奈川県の逗子、そのほか京都府の厨子や図子、大阪府の辻子もある。

ならば、お隣り相模國の逗子を調べてみよう。


逗子の由来

逗子の表記

現表記は逗子ですが、昔はいろんな表記があったようです。

豆師郷(づし)
治須・逗子・豆子・厨子・辻子
とも書きます。初見は元弘3年(1333年)ころの比志文書「足利尊氏・足利直義所領目録」の「相模国治須郷 泰家跡」とされ、天正18年(1590年)3月7日「北條家朱印状写」の「豆師」など様様な文献で記載が確認されます。古東海道沿いで鎌倉から三浦へ通じる岐路にある歴史上重要な地であり、北條氏や三浦氏が代代祈願所とした「づしでら」と称された延命寺や鎮守である亀岡八幡宮などがあります。

鎌倉郡の地名 https://izakamakura.jp/kamakura.html 

なるほど、それぞれの漢字の意味も見てみよう。


漢字表記「ズシ」の意味

【辻子・図子】
都市の既設道路間を連結する小道、小路、横町、路地。また、その道を中心とした地域、町。奈良、鎌倉にも見えるが、特に京都において平安末期から現れた。
【厨子】
秘仏や持仏や琴などを納めるのに用いる木製箱状の用具。前面に両開きの扉を付け、全体に漆を塗り、蒔絵を施したり金箔を押したりする。
【図師】
国衙や荘園において、田図・図帳・検注帳などの作成に当たった役人。検地にも立ち会った。
【豆師】
豆は昔、食物などを盛る木製の祭器であり、豆師はこれを作る職人。
【豆子】
僧家で多く用いられた漆塗りの木椀。

資料に見る「ずし(づし)」の意味 逗子市立図書館https://www.library.city.zushi.lg.jp/images/upload/tantei007-2102.pdf


逗子の由来説いろいろ

表記も色々、由来も色々、咲き乱れています。

① 「三浦厨子城」より厨子
② 延命寺の地蔵尊(伝行基作)を安置する厨子から
 (新編相模国風土記稿) 
③ 天正年間(1573-92)、荘園に属する豆師(図師)が住んでいた
④ 道が交差し人が集まる交通の要衝、辻子(ずし)のこと

資料に見る「ずし(づし)」の意味 逗子市立図書館https://www.library.city.zushi.lg.jp/images/upload/tantei007-2102.pdf


でも、①〜③は次のように考えることができる。
・元々「ズシ」という音の地名があった
・いにしえ人がその音の漢字を当てはめた
・その意味に則した由来が伝承された(②③)

音ハメ漢字+ 歴史的事柄の付与 →  逗子
ズシ → 図師がいた
   → 厨子を納めた

しかし④は、語源と音が最初から一致している。

交通由来 = ズシ →   逗子
街道の交差点、交通の要衝= 辻子→ズシ

実際に逗子は交通の要衝で、各道の交差点(辻子)だった。

古代東海道 藤沢→逗子→葉山→→走水→(上総国)富津
旧街道 鎌倉→逗子→榎戸湊(深浦湾)
旧街道 逗子→池子→金沢

ルートはだいたいのラインです

なんだか、逗子は交通由来の辻子説でいい感じ!


最有力!交通由来「辻子」説

町田のズシはどうだろう?まずは、図師町の古い絵図を見てみる。

上下図師村絵図 町田デジタルアーカイブに加筆
(赤線が道)

下小山田村より入って野津田村に達する江戸道(津久井道)、山崎村より入って小野路村に達する往還を大山道が通っている。

なるほど、こちらも複数の道が交差しているので、交通由来の辻子説が有力そう。
もう、コレで決まりでいいでしょ!


ちょっと、まったぁぁぁあああああああ!


やっぱり出てきた!縄文語由来説

さらに「ズシ」を調べていたところ、下記のPDFが引っかかった。縄文地名研究家の永田氏が、日本各地の地名に残る縄文語の痕跡を調べて分析している。

縄文語による地名語源の解釈 一山名の例を中心に一永田良茂 (縄文地名研究家) https://www.jinbun-db.com/journal/pdf/vol_9_61-70.pdf

この中の「岬(山﨑)」地名の中にある「エツ地名」を見てびっくり!

縄文語による地名語源の解釈 一山名の例を中心に一永田良茂

これを見ると、イズ、イズシなどが出(っぱった)崎を表しているとのこと。しかも、逗子や図師も同類だって!?

ほら、やっぱり(縄文語)地形由来あるじゃん!

あっ、今、眉をひそめたでしょ。
「ま〜た縄文語とか言っちゃって。隙あらば、なんでもかんでも縄文語地形由来説に誘導するんだから」って思ったでしょ!

いいんです!(毎度出現する川平慈英)


ゴリ押し!地形由来説

名は体を表す。地名もまた然り。
こうなったら、ズシ地名の地形由来説の根拠を示そう。

町田市図師町は…ズシっとした立派な出崎!

逗子はどうだろう。

大昔の逗子の範囲は分からないけど、南側にある桜山は立派な出崎。縄文時代は海進があったから、逗子は入り江だったかも知れない。

桜山にある長柄桜山古墳(最近きれいに整備された)
まさに海が見える出崎だ!


イズシ地名の出石町(兵庫県豊岡市)はどうだ?

古代は入り江だったらしく、有子山城跡のある城山はまさに出崎。また、鶴見川の図師町と同じで、出石川が屈曲している!

実は、出石に行ったことがあるんですよ。

出石神社 霊験あらたかで雰囲気の良い神社
出石は国衙があったと伝わり、神社は但馬国一宮である
奥には禁足地(但馬国の開発神アメノヒボコの墓)がある

但馬国の古い絵地図を見ると、出石城を中心に多数の道が分岐しているのがわかる。山陰と畿内を結ぶ中継地点だったようだ。

天保国絵図 但馬国 国立公文書館デジタルアーカイブ

巷には、出雲→(出石→)伊豆の流れで、古代氏族の関係性を述べている(アカデミックではない)方々もいる。とても興味深いが、真偽は不明。

それでも、逗子は伊豆からも近いし、イズシからイとシがそれぞれ脱落したと考えれば…なんか良い感じに!(ご都合主義)


で、結局どっちなの?

辻子説のワタシ
でもさぁ、もし「出崎=ズシ」ならば、日本中の丘陵にズシ地名が溢れているはずなんだけど…

縄文語地形説のワタシ
そんなこと言ったって、「辻=ズシ」なら、街道の交差点はズシだらけになるんじゃないの?

傍観しているワタシ
いや、日本中に全然「ズシ」溢れていない…

打算的なワタシ
水辺に突出した小高い丘は、常に交通ルートを遮断するから、その先端に周辺の道が集中するじゃん。自然と辻になるんだよ。そう考えれば、両論は矛盾することなく共存できるから。

脳内裁判長
(そろそろ4000字だし、早く終わらせよう)
それでは、上記を総合して「ズシ」の語源は、交通由来と地形由来のハイブリッドということで結審します。ガッテン、ガッテン!


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交通由来と地形由来のハイブリッド…この流れ、なんだか ↓ と同じかも!?


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とぅーむゅらす
オタク気質の長文を最後まで読んでいただきありがとうございます。 またお越しいただけたら幸いです。