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一瞬のきらめきを掴む

いつからか、私のスマホのメールボックスは仕事関係か、あるいは銀行やカード会社からのお知らせのメールだけになった。大抵の友人とはLINEでつながっているし、メールの受信トレイを開くのが楽しみなんてことはもうないのか、と思うとちょっと切ない。

私はあえてこの時代にポストカードやクリスマスカードを書くことが好きなのだけれど、久々にメールなるものを書いてみてもいいかもな、なんて思う。

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ある日、仕事帰りに電車の中でふとメールボックスを開くと、1通のメールが届いていた。

とあるギャラリーからの次回の展示のご案内だった。普段は、展示を見に美術館に行くことが多く、好きな作家さんの展示はギャラリーへも行くこともあるのだけれど、行く頻度で行ったらどちらかといえば圧倒的に美術館の方が多い。

ギャラリーの良いところは、作家さんとの距離が近く、作品もよく近くで見ることができるところだろうか。(もちろん作品によるけれど)

ご案内をくれたギャラリーは墨田区・森下にあるギャラリーダルストンだった。


以前、宮﨑菖子さんという方の絵を見に行ったギャラリーである。

メールを開くと、切り絵の鳥の写真が目に入った。

ぼんやりと記憶をたどる。あれは、たしかいつかの表参道でのことである。友人と私はその日、イラストレーターさんの個展を見に表参道にいたのである。個展を見て、表参道のスパイラルをちょっと見ようという話になり、スパイラルへ行ったところ、とある展示会が開催されていた。そこで見かけた方が、色んなお店のレシートで切り絵を作っている方だった。

私は普段、すぐにレシートを捨ててしまうタイプだ。受け取ったらすぐにくしゃくしゃにしてぽいっと。そんな、ゴミ同然と思っていたレシートが、すごく綺麗な切り絵になって額縁に入っていたので、とても驚いた。

一緒にいた友人もすごくその作品を気に入っていたので、とても記憶に残っていたのである。そういえば、そんな作品があったなと。

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ここ最近、なかなか仕事が忙しい。仕事柄忙しい時期なので、もちろんそれは承知の上で働いているのである。とはいえ、自炊ができなくなったりするレベルまでくると、あ、そろそろ気を付けないとな、と思う。

この日も、前日遅くまで残業をしていたので、休日だけれどのろのろと起き上がり、湯舟に浸かっていた。やらなければならないことがいくつかあるので、それを終わらせ、さあゆっくりしようかなと思っていたら、在宅の夫のミーティングの時間だった。お互い、それぞれのミーティングがあるときはなるべく別室にいるか外出するようにしている。

せっかくのお天気なので、ちょっと足を伸ばして出かけることにした。ふと先日のメールを思い出し、森下のギャラリーに行くことにする。

外はすっきりとした青空だった。雲ひとつなく、空を見上げて大きく深呼吸をした。森下近辺は、とてものんびりとした街で、緑が多く、落ち着いた雰囲気である。

ギャラリーは、大通り沿いにある、青のドアでガラス張りの開放感があるギャラリーだ。

中に入ると、天井からは写真で見たたくさんの鳥たちがモビールのように吊るされていて、ゆらゆらと揺れていた。午後の柔らかい陽の光に照らされて、すごく綺麗な空間に仕上がっている。

作家さんはタナカマコトさんという方だった。タナカマコトさんのプロフィールと過去の作品を見ていたら、あれ、あのとき表参道で見かけた方だということに気が付いた。偶然表参道で見かけた作家さんにまさかこの偶然来たギャラリーでまた出会うことができるなんて驚きである。嬉しい偶然ってこの世にあるんだな。

タナカマコトさんは、浪人時代にアルバイトしていたコンビニで暇つぶしにレシートで切り絵をするようになり、それが切り絵の始まりだったそう。

やっぱり「好き」という気持ちって強いよな、と思う。好きなことって、一度離れたり、ちょっと距離を置いたりしても、何だかんだそこに戻ってきてしまうのだ。逆に、「実は好きではないもの」は、頑張って続けても結局離れてしまうことが多いように思う。好きは強い。

もちろん、好きな気持ちだけではここまでの作品は出来上がらないのだと思う。大変なことも、しんどいと思う日もあるだろう。だけれど、やっぱり好きでないと出来上がらない作品でもあると思う。

天井から吊るされている作品たちは、元々タナカマコトさんがお持ちだった本やこの展示のために神保町で買った本がもとになっている。その本のカバーやページをカットして作られた作品たちだ。よくよく見てみると、洋書だったり、装飾関係の本だったり、夏目漱石の本だったりと面白い。

壁の作品は、小説の一文をもとに作成した切り絵たちと文庫本のカバーを切り絵にした作品たちが並ぶ。下絵なしにこれらの作品を作っているというから、驚きだ。

ギャラリーの方がひとつひとつの作品をとても丁寧に説明してくださり、質問にも色々とエピソードを交えながら答えてくださったので、とても良い時間を過ごすことができた。

森下のギャラリーを後にし、あまりにも気持ちの良い天気だったので、そのまままっすぐ清澄白河へ向かう。

清澄白河といえば、カフェや東京都現代美術館のイメージが強いかと思うのだけれど、個人的にとても好きなのが「清澄庭園」である。

入場料は大人一人150円とお安く、気軽に入ることができる。庭園は、こじんまりとしていて、ゆっくりと回っても30分くらいあれば十分な広さ。人がそこまで多くないので、のんびりとできて、天気の良い日は最高である。梅の木がいくつかあり、青空に映えていて、とても綺麗だ。

梅から桜の時期にかけて、街の人々がみな上を見上げている光景がすごく好きだ。

ゆっくりと清澄庭園を散歩をし、最後に蔵前に立ち寄った。蔵前もカフェや雑貨屋さんが多いのだけれど、今日は蔵前神社に行きたかった。

どうしても、このミモザを見たかったのである。昨年、偶然このミモザが満開の時期に蔵前に来ており、すごく綺麗だったので、今年も見たかったのだ。

ほとんど人がいない境内で、今日一日を振り返り、思いつきでギャラリーに、清澄白河に、蔵前に足を運んだけれど、とても良い日だったなと思う。

帰宅している最中に作家の原田マハさんのツイートを見かけた。

チケットが完売していたアムステルダムでのフェルメール展にどうしても行きたくてアムステルダムに向かい、美術館の近くの宿でコンシェルジュと話をしていたところ、なんと偶然にもフェルメール展に行けたというエピソードだ。

私も今日、あのギャラリーに行っていなかったらタナカマコトさんの作品たちと再会することはなかっただろう。

アートも、人との出会いも、その一瞬一瞬を逃さずにしっかりと掴んでいくと、何かきらきらしたものが出来上がるのかもしれない。

そんな小さなひとつひとつの出会いを大切にしていきたいと思う。

タナカマコト展「てんでばらばら」2/26までGallery Dalston
東京都墨田区立川1−11−2







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