【短編小説】「逆ピンポンダッシュ」

1:

子供のころ、ピンポンダッシュにハマった。小学校の、4年のときだったと思う。見知らぬ家のインターフォンを押し、人が出てきたらダッシュで逃げる。はた迷惑な悪戯だ。やられた方はたまったもんじゃない。学校にクレームが入り、禁止となった。
私と悪友たちは「いまはヤバいから、しばらくやめて、みんなが忘れたころにまたやろう」と考え、(ピンポンダッシュについては)控えていた。だが、それっきりピンポンダッシュをすることはなくなってしまった。
集団下校が始まったからだ。

「上白須小の六年生が、殺されたらしいんだ」
悪友のなかで、一番の情報通が興奮気味でまくし立てる。
上白須小とは、東京都 〇〇区立 上白須小学校のこと。ちなみに私たちが通っているのは中白須小学校だった。
いまとなっては、実際に何が起きたのかは覚えていないし、分からない。本当に子供が殺されたのかもしれないし、そうでないのかもしれないが、何かがあったこと、そして、それがまだ解決していなかったのは明らかで、だから「集団下校」になったのだ。
さすがに集団下校中に「ピンポンダッシュ」はできなかった。

集団下校は一週間ほどで終わった。そのころにはもう別のことに興味をそそられ、私たちがピンポンダッシュを再開することはなかった。


2:

時が経ち、就職して社会の荒波にもまれていたころのこと。
職場のビルで、幽霊が出ると騒ぎになったことがあった。
「5階の、共用廊下の、そう、東側の突き当りね」
顔見知りの警備員が、立ち話の際に教えてくれた。
「あそこって非常階段の入り口で、普段、施錠されてるでしょ。そこに人が立っててさ。男。深夜だよ。スーツ着てっけど顔よくわかんないんだ。それがさ、消えていくの、スーッと非常階段の入り口の中に消えていくのよ。監視カメラの動画まだ残ってんじゃないかな」
警備員は、にやっと笑った。
「幽霊だよね、あれ。たしか5階って、おたくさんの会社だったよね」

「警備員だったら、幽霊とかじゃなくて、不審者を疑えっての」
上司は憤慨していたが、私もふくめて若手は興味津々だった。
「音に反応して、自動的に30秒動画を保存するソフトをインストールしてあるんだ」
同期の、一番やんちゃな奴が満面の笑みを浮かべて、言う。
帰る前に起動させておいて、翌朝、確認する。うまくいけば幽霊の姿が撮影される、という訳だ。会社のパソコンに許可なくソフトをインストールすることは禁止されている、が、若気の至りということで、容赦願いたい。

夜間の自動撮影を始めて、7日目のこと。動画が撮影されていた。
時刻は午前3時17分。
期待しながらサムネイルをクリックする。動画の再生が始まったが、何も映っていなかった。
「でもカメラが動作したってことは、なにかの音がしたってことだろ。幽霊かもしれないじゃん」
ソフトをインストールしたヤツが弁解する。この、前向きの態度は見習うべきだと思った
この日以降も監視を続けていたが、撮影が行われたのは、この1回だけ。そのうち、忙しくなってきて、幽霊どころじゃなくなってしまった。



3:

そしていま、もう40歳になろうとしている私のハマっていることといえば、「逆ピンポンダッシュ」だ。
実はあまり適切な名称ではないのだが、これしか思いつかない。。
説明しよう。
呼び鈴が鳴っていないのに、インターホンの「会話」ボタンを押すのだ。
本来この操作は、呼び鈴が鳴ったら、行うものである。ボタンを押すことでカメラの映像が小さなモニターに表示され、来訪者の姿を確認しながら、会話が可能となる。
これをランダムに行う。来訪者が呼び鈴を押したわけではないので、カメラは誰もいない共有廊下を映すだけだし、マイクも外の環境音しか拾わない。
何が楽しいのか。
いつか、あり得ないものが映っているかもしれないじゃないか。
幽霊? そう、幽霊だって構わない。あるいはゾンビ。サイコキラーだっていい。
可能性はゼロではないだろう。
特に、深夜にトイレに起きたときの「逆ピンポン」は、スリルがある。ボタンを押す瞬間の「どうせ、何も」と、「もしかしたら、何か」の葛藤は、経験してみなければわからないほどの、快感だ。深夜というシチュエーションも恐怖と期待を加速させる。まるで、ホラー映画の登場人物になったみたいだ。
いうまでもなく、そして、残念でもあるのだが、あり得ないものが映っていたことは、今のところ一度も、ない。

その日は、平凡な1日だった。
仕事が終わり、帰宅。夕食は近所のコンビニで弁当を買って、済ませた。テレビを見て、風呂に入り、またテレビを見て、そろそろ日付が変わりそうだったので、ベッドに入った。スマートフォンを適当にいじっていたら、寝落ちした。いつものことである。


尿意で目が覚めた。目覚めの直前、スマートフォンが振動していたような気もするが、手元にないため、確認できない。
トイレへ行き用を済ませた。寝室へ戻る途中、壁のインターフォンが目についた。
いい時間帯だから、試してみるか。
「会話ボタン」を押す。
照明が充分でないため、画質は荒いが、血まみれの男だと判別できた。スーツを着ている。ネクタイはしていない。ワイシャツは白で、血が染み付いている。下を向いているため、顔がよく見えないが、頭部の一部が損壊していて、あまり見たくないものが露出している。そこから血も流れており……



それからどうしたのかって? 決まっている。再度「会話ボタン」を押して、映像も音声もオフにすると、寝室に戻って、寝た。夜更かしはできない、明日も仕事がある。アンビリーバボー・デビューできただけで充分。警察? なぜだ? あんな状態の人間が生きているわけがないだろう。幽霊だ、間違いない。下手に110番なんかしたら、頭がおかしいと思われるだろうさ。
唯一残念なのは、幽霊だったということ。
ちょっと王道すぎる気がするのだ。

(終)
























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