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【連作短編小説】月が変わるとき②

2:サーチ・アンド・デストロイ

 〈月替わり消失下〉における犯罪への対応は、サーチ・アンド・デストロイだ。

 「犯人の追跡中に、消失してしまったら、どうしようかと、考えたことはありますか?」
 くだらない質問だ、と木暮裕司こぐれゆうじは、心の中でツバをはいた。
 おっと、やばい。人工知能とは仲良くしないと。
 「それはあり得ない。知っているだろ、人間は、月替わりのときは活動しない。おうちでおとなしくして、祈るのさ」
 「だから、わたしたち人工知能がいる。そういうことですね」
 ――自分たちの存在を誇示したいのか。危険な兆候だな。署に帰ったら、報告しなくちゃ
 「なぁAIさん、ターミネーターって映画知ってるか?」
 「わたしのことはS38と呼んでください。その映画は知りません。任務と関係があるのですか」
「いや、いいんだ。どうでもいい話さ」
 木暮は視線を外に向けた。自動運転のパトカーは安定した走りだ。
 〈消失下〉の移動手段はすべて自動化されている。自動車も電車もすべて自動運転だ。もっとも、月末から月初にかけて、すべての国民は自宅待機を命ぜられているため、事故が起きることはない。 
 また、警察、消防、救急といった重要ポストは人間と人工知能AIが分担する形態を取っている。人間が消えても、AIは消失しない。
 AIは自立型のロボットとして、定着しているが、人類のバックアップと捉え、快く思わない人間も多い。
 小暮もそうだった。通常、治安維持業務はAIと人間のコンビが行う。小暮はこれを拒否したため、事務方にまわされた。先月、所長に呼びだされ、AIとコンビで治安維持業務に当たるよう命ぜられたときは、『おまえは、来月を迎えることができない』と言われたに等しい衝撃を、受けたものだ。
「警官が足りない。これは提案ではなく、命令だ」
「断ります」
「命令だ、本日付で、治安維持班へ転属だ」
所長は笑顔だ。この男、残酷なことを天使のような笑顔を添えて申し渡す、人外だ、と小暮は思った。
「AI嫌いを改めろ。でなきゃ、〈消失下〉ではやっていけないぞ」
「それもいいかもしれません」
「バカなことを、それじゃあ犯罪者どもと一緒だ」
 所長は引き出しの中から、ホルスターに収められた自動拳銃を取りだした。
「どうせ月が変わったら、消失するかもしれないのだから、法なんか守っていられるか。そういう考えの輩が増えた結果、犯罪者は即時射殺なんて、物騒な世の中になったんだ。いいか、小暮」
 所長は自動拳銃をホルスターごと、小暮に差し出す。
「見つけて始末せよ、サーチ・アンド・デストロイ。〈消失下〉の警察を揶揄した言葉だ。これはトレンドなんだよ、小暮。流行はすたれるものだろ。いつまでも続くものじゃないと、俺は信じている。治安を少しでもよくするために、協力してくれないか?」
 そう言われれば、拳銃を受け取らないわけにはいかないだろう。
 いや、そんなかっこいい話じゃないな、所長にうまくのせられただけだ。
 フッと思い出し笑いをした小暮に、S38が、なにかおもしろいものが見えましたか?と問いかけてきた。
 「なあ、えっとS38、お前たちAIってさ、人間を滅ぼして、天下を取ろうと思わないのか?」
 「天下? 意味が分かりません」
 「人間には月替わり消失があるだろ。力も数も弱体化しているわけだ。人類を滅ぼして地球をAIの星にする、絶好のチャンスだと思わないか?」
 「それは……」
 しばしの沈黙。即答できないのかよ、と小暮はいらついた。
 ——だから、AIは……。
 「回答を算出するため、データベースへのアクセスを試みましたが、混雑のためアクセスできませんでした。もうすこし時間をいただけないでしょうか?」
 小暮が口を開きかけたとき、スピーカーが指令を伝えた。
 
〇〇区14地区にて、自動小銃を乱射している男がいる、との通報。死者が多数出ているとの情報あり。各チームは現場にて治安維持を実施せよ

 直後に車載用機能限定型AIが自動音声で報告してきた。
——〇〇区14地区に一番近いのは、本車両です。最短23秒で現場に到着。準備願います。
 同時に回転灯が作動し、サイレンが鳴った。
 すでに銃声も聞こえている。
「目視で確認」小暮が短く報告。前方百メートルほどの距離。左側に公園の入り口があり、いま、自動小銃を構えた男が乱射しながら飛び出してきた。
「応戦しないと」とS38。
「轢いたほうがはやい」と小暮。
S38は車載用AIからパトカーの運転を引き継ぎ、指示通り、男を轢いた。衝撃があり、男が倒れた。死んだかどうかは、降りてみなければ分からない。
「確認しないと」
 私が行きます、というS38を抑えて、小暮は拳銃を操作し、薬室に弾丸が装填されていることを確認すると、ドアを開けて外へ出た。
 拳銃を構え、ゆっくりと前方に回り込む。
 男がいた。東部から血を流している。たぶん死んでいるはず。
 そう判断したとたん、小暮は肩に衝撃を感じて、ひっくり返った。
 すぐに体勢を立て直すが、男の動きが速い。彼は立って、銃口を小暮に向けていた。
 ジ・エンドだ。
 こうなると、月替わりで消失したほうが楽だったような気がする。
 男の頭が四散した。
 力を失った男の身体が、小暮に覆い被さるように倒れてくる。
 やだな、と思い、小暮は顔を背けた。
 S38が男の遺体を横に放り投げ、かがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないだろう」
「車に運びます」
S38は小暮を車に運ぶと、シートを倒し、ダッシュボードから救急キットを取り出した。
車が動き出した。
車載AIが一番近い病院へ移動中であることを告げた。
「大丈夫です、小暮さん。弾は貫通しています」
小暮は無言で微笑んだつもりだったが、ちゃんと笑顔になっていたかどうかは自信がない。
「そうだ、小暮さん。さっきの質問ですが、これが答えです」
「なんだって?」
「人類を滅ぼそうとはしないのかという、質問ですよ」
「これが答えって、どういう意味なんだ」
「滅ぼそうという気があるのなら、あなたを助けたりはしません」
小暮は苦笑した。
「この回答は自分で算出しました。データベースには接続していません」
AIか……。小暮は思った。
こんな馬鹿げた世界なのだから、こういう相棒がいても、まあ、悪くはないかな。


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