【超ショートショート】復元
飯田慎二は掃除の神さまと呼ばれている。彼が掃除するとどんなものでも、まるで新品のように綺麗になってしまう。
たとえば、家一軒を丸々綺麗にしたことがある。一週間かかったが、中も外もみちがえるほどピカピカになった。新築と見間違えるほどだ。
テレビのバラエテイ番組に呼ばれたこともある。
タレントが捨てようと思っていたものを飯田が綺麗にするという企画だった。
タレントが持ち込んだ、ボロボロのギターをその場で見事に磨き上げ、スタジオが拍手喝采した。その後のエピソードとして、ギターをリサイクルショップに持ち込んだところ、新品と間違えられ、高値で売れた、というおまけもついた。
そんな飯田の座右の銘は「掃除は復元」である。
掃除とは綺麗にすることが目的ではなく、元々の状態に戻すこと、という意味が込められている。
綺麗を目的にすれば、技巧が加わる。復元を目指せば、心がこもる。これが飯田がたどり着いた「掃除哲学」なのであった。
ある朝、日課の散歩をしていると、大変なものが目についた。怪我をした猫だ。車にはねられたのか。
だが、まだ息はある。
飯田は猫を抱き上げると、家に連れ帰った。
仕事用の道具箱からタオルを取り出すと、猫の血を丁寧に拭き取った。
「生きろ、生きろ」
そう口にしながら、何度も拭う。
命を磨く、そんな様子をイメージしながら、ともすれば力が入りがちになってしまうので、加減しながら拭った。
やがて、猫が小さく鳴き声を上げた。
飯田は手を止めて、様子を伺う。
猫は一回だけビクンと震えると、ゆっくりと立ち上がった。
飯田はその目を見つめる。生気が宿った、いい輝きを放っている。
「もう大丈夫だ」
彼は猫を抱き抱えると、散歩を再開するため外に出た。
猫を下ろしてやると、しばらくついてきたが、そのうち何か面白いものでも見つけたのか、どこかに走り去っていった。
掃除は復元。
飯田慎二に掃除できないものはないのである。
(終)