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【超・短編小説】めずらしい石

1:

趣味も、度がすぎると考えものだ。
「ねぇ、デート中なんだから、石のことは忘れてよ」
綾乃が怒っている、が、それどころではなかった。
早見俊作の趣味は石の収集である。収集した石は写真を撮ってSNSで公開している。結構人気がある。地方ローカルではあるが、テレビ局の取材を受けたこともある。
今も、彼女と公園に来ているのだが、デートであることを忘れ、珍しい石はないか、と下ばかり見て歩いていた。
そして発見したのである、今まで見たこともない珍しい石を。
大きさは握りこぶしほど。グレーで黒い粒が散りばめられている。いちばんの特徴はピンク色の模様だ、まるで花びらのようだと俊作は感嘆する。
(こんな珍しい模様は初めてだ)
目が離せない。離すことができない。取り憑かれてしまったようだ。俊作は体さえ動かすこともできなくなるほど魅了されていた。
と、突然、綾乃が俊作の手から石を奪い取った。
「私と、石とどっちが大事なのよ」綾乃は本気である。
石を奪われた俊作は、我にかえる。
「ごめん、どうかしてた」
素直に謝る俊作に綾乃もクールダウンしたようだ。
「確かに珍しい模様ではあるけど」
「写真だけ撮らせてくれ」
綾乃が掲げた石の写真を数枚取ると、
「OK、その石は捨てちゃって」
「本当にいいの?」
一瞬、俊作は迷いを見せたが、
「いいよ」
振り切るように、顔を上げる。少し先にクレープの屋台が見えた。
「お詫びに奢るよ」
「ほんと?」
二人は並んで歩き出した。

2:

入手しなかったことを伏せて、写真をSNSに投稿したところ、予想外の反響を得た。
そのほとんどが、石の珍しさについて感嘆していた。
やはりコレクションに加えるべきだったかと、俊作は後悔した。ただ、あの公園に戻ったとしても、石が見つかるかどうかはわからない。
そんなことを考えながら、スマホを見ていると

「この石、すぐに捨ててください。写真も削除することをお勧めします」

写真に対してのコメントだった。
「これは呪われた石です。持っていたら災難に遭います」
「信じてもらえないかもしれませんが、私、以前この石を所持していました」
「その結果、事故で家族を失い、私自身も重傷を負いました」
「繰り返します。すぐに捨ててください。あなたのためです」
珍しい石に対する嫉妬かとも思ったが、妙に気にかかる。俊作はこういう話は全く信じないほうなのだが……。
迷った結果、写真は削除した。拾わなかったのだから、これで解決だ。解決のはずなのに、どうもスッキリしない。そんなことはあり得ないはずなのに、あの石が実はまだ自分のそばにあって、こちらを見ているような感覚が拭えないのだ。

3:

数日後、綾乃と映画を観た後、お茶しながら、この話をした。
「そうなんだ」
「綾乃が取り上げてくれなかったら、多分持って帰ってしまったと思う」
「じゃあ、なんかお礼してもらわないと。誕生石のリングがいいな、石つながりで」
と、茶化してみせる綾乃だったが、微妙に表情が堅い。
俊作は、この変化に気づくべきだった。
今日は天気がいい。二人が座る窓際の席は穏やかな陽射しに照らされて、暖かかった。
「トイレに行ってくる」
俊作が席を立ち、トイレに向かった。
あいにく個室は使用中だった。待つことにした俊作が洗面台の鏡に映る自分の姿をちらっと見た瞬間、何かが何かを壊す音が聞こえた。ガラスが割れる音、自動車のクラクションが鳴りっぱなしの不快な音。
トイレから出た俊作は信じられないものを目にする。
自分が座っていた席がなくなっていた。代わりに割れたガラスや、壊れた窓枠やら、破損した外壁やらが散乱している。フロントガラスにヒビが入った軽自動車が半分ほど店内に突っ込んで、その下に何かが挟まっている。綾乃だった。
俊作は駆け寄った。と、何かを踏んでしまった。綾乃のバッグだ。ふたが開いて中身が出ている。リップやウエットティッシュ、映画の入場者特典でもらったイラストカード、そして、あのグレーでピンク色の花びらのような模様がある、珍しい石。
綾乃は捨てていなかったんだ。捨てることなんてできなかったんだ。
恋人の趣味なのだから。
俊作は二度と石なんか集めない、と心に誓った。

(終)


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