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【ショートショート】雨上がり

『まもなく降り出します。絶対に外に出ないように』
 東京都〇〇区および□□区に警報が発令された。予想では一時間以内に、降り出してくるという。
 自衛隊が出動し、対応準備をすすめるとともに、市民の退避誘導を行った。
「ゴジラみたいに、一頭だけなら楽なんですけどねえ」軽口をたたく若い自衛官を古参が注意する、が本音をいえばまったくその通りだった。
 まるで雨のように、小型の怪獣が空から降ってくる、という現象だった。
 研究が進み、発生する範囲と時間の予測がかなりの精度で可能となったが、いまだ原因は不明だ。

「おいっ!」
一人の自衛官が、警告とともに空を指さした。
黒いものが落ちてくるのが見える。降り始めた。
緊張が走る。
怪獣たちが次々と着地した。
既知の生きものでは、アルマジロに似ている。降ってくるときは身体を丸めて、ボールのような形状だが、着地すると、身体を伸ばし、硬い皮膚で攻撃を防ぎながら、ジャンプして噛みついてくる。
小さくて、敏捷なため、自動小銃などの武器が役に立たない。散弾銃や、火炎放射器がメインになる。あまりにも数が多く、埒があかないときに備え「殺獣薬」を準備してあるが、使用には許可が必要だった。
自衛官たちは防護服で全身を覆い、肌を露出していない。そのため噛みつかれてもすぐには致命傷にはならないものの、数が多いため、苦戦している。

 警報が発令された際、一般市民の外出は禁止される。例外や特例はない。
すぐさま最寄りの建物に避難し、解除されるまでは出られない。小岩井貞夫こいわいさだおは、商談を終え、帰社する途中で警報が発令されてしまい、最寄りのオフィスビルに強制避難させられてしまった。すぐに会社に事情を説明するメッセージを送信。間髪を入れずに、同僚から着信があった。
後のことは任せろ、と頼もしいことを言ってくれたが、
「その代わり、お土産よろしく」と、抜け目ない。
(まあ、そう来るだろうな)
ブリーフケースのなかに、エコバックを常備してあるから、その分ぐらいでいいのならなんとかなるはずだ。
 会社に連絡し、ひと安心した小岩井はロビーを見まわした。とても込んでいた。自衛官が何人か入り口で立哨している。三方を背の高いガラス窓に囲まれているため、小怪獣駆除の様子がよく見える。
(火炎放射器って、結構大きいものなんだな)
恐怖は全くなかった。それはみんな同じで、スマートフォンで撮影したり、おにぎりを食べていたり、なかには椅子に座って寝ている者もいた。非常事態にもかかわらず、みんな落ち着いていた。
小岩井の知る限りでは、これで死んだ人間はいないはず。そんなことよりも貴重な時間が、どんどん無駄になっている方が問題だ。

今回は『雨量』が多い。一時間経過したが、小怪獣たちの勢いは収まる気配を見せない。「殺獣薬」の使用が申請され、許可された。
自衛官たちは噴霧器を用意し、殺獣薬を散布し始める。30分程度で地上の小怪獣は全滅。幸いなことに、降りも弱まってきたようだ。

自衛隊が噴霧器を使い出すと、もっとよく見ようと思い、小岩井は窓の近くに移動した。あれが噂の「怪獣を殺す薬」なのだろう。話には聞いていたが、作業を実際に目にするのは初めてだった。
みるみるうちに怪獣が駆除されていく。ブルドーザーが死骸を一カ所に集めだし、はやくも山ができあがっていた。
(こんなにすごいのなら、はじめから使えばいいのに)
ロビー内はそろそろ解放されるのではないかと、浮き足立っていた。

『降り始め』から約三時間で小怪獣の駆除は完了。『雨』も止んだ。
だが、自衛官たちにとって、やっかい事が残っていた。
早くも、市民たちが動き出した。

安全が確認され、外に出る許可が下りたとたん、多くの避難者が先を争って外へ出た。その行く先は……
積み上げられた小怪獣の死骸である。
小岩井も我先にと山に近づき、用意したエコバッグに死骸を詰めていく。
小怪獣は美味なのだ。小型のため、捌きやすいのが特徴で、骨がほとんどないため、食材として扱いやすい。常温で保存しても二ヶ月は保つ。淡泊な味なので様々な料理に応用が利く。そのため『雨上がり』になると市民が殺到して、ソフトな略奪が行われるのが常だった。
小怪獣を食しても、問題はないと、公式な発表があったわけではない。しかしいまのところ死に至る例はなく、動画配信などで(あくまでも個人の意見としてではあるが)毒性はないと言い切る専門家もいる。
小岩井も同僚の土産用として充分な数を入手し、満足そうにその場を後にするのだった。

古参の自衛官は一般人たちの狂騒にため息をついた。
(こっちの苦労も知らないで、いい気なもんだぜ)
ふと見ると、一般人に混じって自衛官も参加していた。
古参の自衛官は、大目に見ることにした。
気持ちは分からないでもないからだ。

(終)



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