【禍話リライト】とられるぞ
"パパラッチ"って分かりますかね?
無許可で有名人の写真を勝手に撮って売り捌く、フリーランスのカメラマンを言うんですけど。
そうそう、プライバシーなんかお構いなしで取材する奴です。ええ、基本的にはいい意味では使われてないですね。まぁ、今じゃみんなスマホのカメラで即撮影するんで、一億総パパラッチ時代かもしれないですけど。
え?いや、今からお話しするのも"パパラッチ"の話なんですよ。
20年くらい前ですかね。それこそパパラッチが社会問題で流行った頃になると思います。
私が大学一年生の時のことです。
そいつもね"パパラッチ"って呼ばれてたんです。
Sさんはそう言って、奇妙な話を語り出した。
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とある山奥に無料のキャンプ場──と言えば聞こえはいいが、実際は雑木林の中の開けた場所に申し訳程度ベンチとトイレを設置しただけの広場があった。
そこである日、変死体が見つかった。
すぐにキャンプ場は閉鎖され警察が捜査を始めたが、大して事件性が無かったのか数日後には何事も無かったようにキャンプ場は再開された。
しかしそれ以降、特に何か問題があったわけではないのだが、やんわりと地元の人間の間では「あそこには行かない方がいい」と言われるようになり、元々大して賑わっていたわけではないが、あっという間にキャンプ場は寂れてしまったのだという。
それが三年ほど前の話だそうだ。
「というわけで、そのキャンプ場にみんなで行ってみようぜ!」
大学一年生の夏、友人のAがそう誘ってきた。
「先輩が車出してくれるからさ、みんなで肝試しやろうよ!」
強引なAに誘われるまま、Sさん他大学仲間数人でそのキャンプ場に向かうこととなった。
そこは確かに酷い有様だった。
草は一面ぼうぼうに生え、金属製のベンチは錆だらけ。トイレも辛うじて原型をとどめてはいたが、当然ながら水も通っておらず、屋根も壁もボロボロに朽ちていた。
しかしそれ以外には何もなく、あとは周りにただの雑木林が広がっているだけ。そんなわけで、軽く五分程でキャンプ場全体を見終わってしまった。
「すげー場所だけど、何もないな」
「単純に管理されてなくて危ないからみんな近寄らなくなったんじゃないか?」
「死体ってどこで見つかったんだっけ?そこならなんかあるんじゃない?」
「いや、それは調べてないんすよ」
「おいおいA〜お前が誘ったんだからもう少し下調べしとけよな!」
トイレの前でわぁわぁと言い合っていると、突然ガチャリと女子トイレのドアが開いた。
<全員飛び上がるほどビックリしました。そういえば、確かに私達女子トイレは見てなかったんですよね。男子だから。よく考えたらおかしな話なんですけど>
「あぁ?ニイちゃんたちなに?なにしてんのこんなとこで?」
中から出てきたのはホームレスらしい風体のおっさんだった。
汚い顔に汚い服装で、にやにや笑いながらこっちを見ている。そっちこそ女子トイレでなにしてたんだ、と聞きたい所ではあったがこういう人をあまり刺激しても仕方ないと思い
「まぁ、そんなとこです」
と愛想笑いで返した。
おっさんはそうかそうかとニヤニヤ笑っていたが、少し真面目そうな顔になり続けた。
「でもなニイちゃん、ここ、もうすぐ日が暮れて暗くなるから早く帰れよぉ。でないと"とられ"ちまうぞ」
「とられる……?え?この辺、物盗りが出るんですか?」
「ばっか、おめぇちげーよぉ。"とられる"つったら写真だよ写真!写真に"撮られる"んだよ!」
俺は撮られたくないからさっさと帰るからなぁ〜、と言いどこかへ歩いて行ってしまった。
「……何だったんだ今の?」
「さぁ……?」
写真に撮られる?こんな場所で?撮るにしたって野郎ばかりの自分達を撮る奴なんかいるのか?
色々疑問は尽きなかったが、実際辺りも暗くなりつつあったので本当にもう引き上げよう、という話になった。
しかし言い出しっぺのAは納得いってない様子だった。撮れ高が足らないだの何だの文句を言っていたかと思えば
「俺もうちょっと奥、見てくるわ」
そう言って鬱蒼とした林の中に向かっていった。
Sさん達はAにあまり遅くなるなよ、と声をかけ先に車に戻った。あいつもモノ好きだよなぁ、なんて残ったメンバーで話しながら車の中でAの帰えりを待っていた。
それから五分程しただろうか。仲間の一人が窓を見て言った。
「お、Aが戻ってきたぞ……ん?」
林から走ってくるAが見えた。
凄い勢いだった。
「出して!出して!!早く!!!早く車出して!!」
飛び込むように車内に乗ってきたAはそう叫んだ。そのあまりの慌てっぷりにドライバーの先輩は動揺して、すぐに出発できなかった。
「え?え?な、なに?なに?どしたのA?なに、なんか熊でも出た?」
「いいから早く出して!こっち来てる!!来てる来てる来てる来てる!!!!!」
「い、いやだから来てるってなに……あっ!」
先輩が叫ぶのと同じタイミングで、他のメンバーもみな"そいつ"に気づいた。
人だ。
人がこっちに向かって猛スピードで走ってきている。
みんなが呆気に取られてる間にそいつはあっという間に距離を詰め、車の中からでも姿が分かる程まで近づいてきた。
<見た目は、自分達と同じ大学生くらいに見えましたね。格好も別に変わったとこはなくて……ただ、手に持ってたんです。昔の折りたたみ式のケータイを。こう、開いてこっちにカメラを向けて、いわゆる"写メ"を撮る感じで……>
「うわっ!なんだアレ!?」
「やばいやばいやばいやばいやばいって!」
「オイッ!早く出せ!!!」
「待てよ!!やってるからクソっ!!」
「来た来た来た来た!!!」
車はようやく急発進し、キャンプ場を後にした。
猛スピードで山を降りる間、誰も口を開かなかった。
麓に降りて一番最初に見つけたコンビニに入ると、みんなはようやくAを問い詰めた。
「アイツなんなんだよ!A、林で何があった!?」
実は……とAはゆっくり語り出した。
林の中を進んでいたAだが、結局不法投棄をいくつか見つけたくらいで、やっぱりおっちゃんの言う通りだったなぁ、などと思っていた。
流石にそろそろ引き返すかと思った頃にふと、大きな木の向こう側から人の気配を感じたという。
「くしゃみというか、咳払いというか……なんか聞こえたかがして、俺回り込んで見たんだよ」
そこに"あいつ"がいたのだそうだ。
大木の根元でぼーっとした様子で座り込んでいた。
「え!?」
Aは思わず声を上げてしまい、そいつと目があった。生気のない目でじっとこちらを見つめてきた。
「あ、え、えっと、あの……」
何か言おうと逡巡してると、そいつの足元にいくつも何かが転がってるのが分かった。
「最初は分かんなかったんだけど、よく見たらそれ、携帯電話だったんだよ。色んな種類の。5、6個くらいあったかな……全部、多分壊れてて電源入ってないみたいだったけど」
ますます不思議な状況にAが固まっていると、そいつはAから目も離さずおもむろに足元の携帯電話を一つ掴んで立ち上がると、写真を撮るようにこちらに向けてきた。
当然、電源は入っていないので撮影出来る訳ないのだが、それでも何度も携帯電話のボタンを押しながらAに近寄ってきた。
「それで俺、怖くなって慌てて逃げたんだけど、アイツも凄い速さで追ってきて……その間ずっとケータイをこっち向けてきてさ……ずっと、写真撮ってるみたいだったんだよな……」
あいつ、なんだったんだ?
Aが尋ねてきたが、誰もそれに答えることは出来なかった。
とりあえず少し落ち着こう、ということでみんなでコンビニでコーヒーやジュースなんかを買ってきた。
駐車場に戻ると停めていた車の側、コンビニの外にある水道でざぶざぶと顔を洗っている男がいた。
「あ、さっきの……」
「おー!ニイちゃん達かぁ!」
先程会ったホームレスの男だった。
濡れた顔を汚い服でゴシゴシと拭きながら、こちらに近づいてきた。
「ちゃんと山降りてきたんだなぁ。大丈夫だったかぁ?」
洗ってもなお薄汚れた顔でくしゃりと顔を歪ませながら言ってきた。
「え、あ、いや……あのぉ……」
こちらが先程の件をどう話すべきか迷っていると、ホームレスの男は急に真面目な顔になった。
<多分、その反応で察したんだと思います。なんかあったんだなって。しかも不思議な事に、こっちはまだ何も言ってないのに、おっさんはまっすぐAの所に来たんです。アイツに会ったAの所に……>
男性はAの肩に手を掛けると一言言った。
「見た目変えろ」
Aはきょとんとした顔だ。周りで聞いていたSさん達も同じだ。
「は?あの、それどういう意味で……」
「見た目変えるんだよ。ヒゲ生やすとか、髪型変えるとか、太るとか痩せるとか、とにかく今の姿形から変えろ」
もう、入ってるからよ──とおっさんは真剣な目で、少しも笑わずに言った。
「え……?入ってるって……何にですか?」
「フォルダだよ、フォルダ。フォルダに入ってるんだよ。もう、入っちまってるんだよ」
あぁ……もう、入ってるからよ……フォルダに……そうおっさんはぶつぶつと呟きながら、また山の方へと歩み去って行った。
言ってる意味がわからずAさん達はみんなしばらく呆然としていたが
「──ここ、おっさんが歩いて来れるならアイツも来るんじゃね?」
と誰かが言ったことで皆慌てて車に乗り込み急いで帰宅した。
結局、この日のことは上手く説明が出来ないこともあり、その後も皆誰にも話さずにいた。
<ただヤバい奴にあっただけで心霊体験ではなかったですしね。だからってわけじゃないんですけど──Aは結局、おっさんの忠告は無視して、それからも見た目を変えなかったんです>
肝試しから約一ヶ月が経った頃、Sさんは大学の友人から声をかけられた。
「なぁ、お前Aと仲良かったよな?連絡出来ないか?もしくは自宅知ってる?」
「え?そりゃ連絡出来るし、アパートも知ってるけど……なんかあった?」
「いや実は今日の講義中に、アイツ急に叫んで教室を飛び出して行ったまま音信不通なんだよ」
「えっ!?」
その講義は一般教養の緩いやつで、大人数が入る大きな部屋でただビデオを見るだけの内容だったそうだ。
「ビデオが流れてしばらくしてかな。Aが急に大声で叫びながら逃げるように退出して行ってさ。みんなびっくりしたよ、勿論教授も。一回講義もストップして騒然となったんだよ」
SさんはとりあえずAの携帯電話に掛けてみたが、やはり繋がらなかった。
「もう大学には居ないかもしれないから自宅に行ってみよう」
心配だったSさんは後の講義は欠席してすぐにAのアパートに向かった。Aと一緒に講義を受けていた友人もやはり心配との事で着いてきてくれた。
<Aはやっぱりアパートに居たんです。ただ、すごく怯えた様子で……私達が尋ねても、中々ドアを開けてくれなかったんです。周りをキョロキョロずっと気にしてて……いつも無駄に元気で明るい奴だったんで、それだけでも結構ショックでしたね>
「A、大丈夫か?何があったんだ?」
Sさんが尋ねるとAはゆっくりと語り出した。
今日の講義、Aはどうせこの科目はテストも持ち込み可だしビデオなんて真面目に見る必要ないなと思い、出席票に名前を書いて提出したら居眠りでもするかと考えていた。
しかしビデオが始まると、背後で変な音がしてきた。
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
なんだ?ノックペンでも弄ってるのか?
ビデオに飽きて手持ち無沙汰になるなら分かるが、まだ始まったばかりだろ……Aは呆れつつ無視して居眠りを始めた。
しかし──
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
カチ
不快な音は鳴り続いた。
「それで俺……普段なら絶対そんな事しないんだけどさ……イラッと来たのもあって、後ろを振り返ったんだよ……文句の一つでも、言ってやろうかと……そしたらさ……」
AはじっとSさんの目を見て
いたんだよアイツが
と呟いた。
「振り向いたらアイツ……キャンプ場で会ったやつがいたんだよ……!また電源の切れたケータイをこっちに向けててさ……一生懸命押してんだよ……撮影のボタンを……」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……って
Aは沈んだ声で繰り返していた。
Sさんは、何も言えなかった。
「でもさぁA。俺、お前が出て行った後に後ろの席見たけどそんな変なやついなかったぞ?」
一緒に来てくれた友人がそう言った。
「あの教室色んなやつがいたけど、流石にそんな奴いたら俺もそうだし周りも気づくよ」
だからさ、多分なんかの見間違いじゃないか?そう明るく言った。
キャンプ場の事を知らないからではあるのかもしれないが、その言い方でその場の死んだような空気は若干和らいだ。
Aもそうかな……そうかもな……と呟き、少しだけ元気になったように見えた。
「そ、そうだよA。きっとお前疲れてるんだよ。だからなんか変なもの見るんだ。今日はゆっくり休め。な、また明日大学でな」
SさんはAにそう声をかけ、マンションを後にした。
Aは相変わらず暗い顔だったが、それでも最後に二人を見送る時は少し笑顔を見せてくれた。
帰り道、Sさんは友人に感謝を伝えた。
「ありがとうな。あの場でああ言ってくれなかったら、俺もアイツも沈んだままだったよ」
「ああ、うん……実はさ」
彼は言おうか言うまいか迷ったんだけど、と前置きして言った。
「いや確かにさ、アイツの後ろには誰も居なかったんだよ。誰も座ってなかったのは間違い無いんだ。ただな、こんなのが落ちてて……なんか俺気になって拾っちゃったんだよね……」
そう言って彼は一枚の紙を出した。
それは講義の出席票だった。
<出席票って名前とか学生番号とか書くのは分かるんですけど、うちの大学何故か男女のに丸つける欄もあるんですよ。多分、必要ないんですけど>
その出席票、他の欄は全て空白だったが何故か"男"の箇所だけ大きく丸が付けてあった。
しかも太い黒のマジックで。
「普通、シャーペンかボールペンだよな?こういうの。なんでマジックなんだろうな……」
やっぱり誰がいたのかな──最後に彼はそう呟いた。
その後、結局Aは大学に戻らなかった。
********************
それが今から20年くらい前のことです。
結局、Aと話したのはその時が最後でした。
彼は私達は勿論、家族にも誰にも何も言わずに急に消えちゃったんです。
今どうしてるか……
まぁ、もし今会ってもAだって分からないかもしれないですけど。
え?そりゃそうでしょ。
きっと変えちゃってますよもう。
見た目。
だって、フォルダに入ってるんですから。
<了>
*********************
出典:
禍話インフニティ 第四十七夜(2024年6月8日)
『とられるぞ』(03:57辺りから)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/795309845
こちらの話を文章化およびアレンジしたモノになります
タイトルはこちらのwikiより頂きました
二次創作についてはこちらを参考に
『禍話』は猟奇ユニット「FEAR飯」による無料怪談ツイキャスです
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禍話公式X
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