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【禍話リライト:こっくり譚】ある口止め

現在六十代の男性Dさんが、中学生の頃に体験した不思議な出来事だという。

学校から帰ったDさんが部屋でテレビを見ていると、小学生の妹が興奮した様子で帰ってきた。

「ねぇ、お兄ちゃん今日学校で凄いことがあったんだよ!」

帰るなりそう言いながら駆け寄ってきた妹に、とりあえず手洗いうがいをするようDさんは言い、彼女が落ち着いてから話を聞く事にした。

「それで何があった?野良犬でも校庭に入ってきたか?」
「いや、全然そんなんじゃないよ!もっと凄いこと!うちのクラスにK子ちゃんって子いるの覚えてる?」
「ああ、あの前にお前が成績優秀で真面目だって言ってた子だろ?」
「うん、そのK子ちゃん。でね、あの子今日学校で"◯◯さん"をやってたの」

"◯◯さん"とはコックリさんのような遊びだそうだが、Dさんも詳細は忘れてしまったという。

<妹から一度説明されたんですけど、よく覚えてなくて。多分"キューピッドさん"とか"星の王子さま"ではなかったと思います。確か割り箸を使う、とかなんとか言ってた気がするけど……>

しかし降霊術遊びであることには変わりないそうだ。その為、学校ではコックリさん共々禁止が言い渡されていたという。

「でも、あの子見た目は真面目で頭いいでしょ?だから先生達も全然気づいてなくて……それを良いことにK子ちゃんがリーダーになって前からちょくちょく隠れてやってたんだよね」

真面目そうな生徒が実は裏では――なんてよくある話だな、とDさんは思ったそうだ。

「それで、今日もみんなで"◯◯さん"をやるってK子ちゃん達が教室でコソコソ話してたの。見つからないように体育倉庫でやろうって」
「お前、それ聞いてたのに何も言わなかったのか?」
「いや前に言ったことあるよ?やめた方がいいよって。でもK子ちゃん全然聞いてくれないし……もう自己責任だし仕方ないかなって……」

「だから私、K子ちゃん達の事は無視していつも通り友達と一緒に空き教室でおしゃべりしてから帰ることにしたんだ。夕方になって、そろそろ暗くなるからもう帰ろうかって、二人で校舎を出たの。そしたら……」

体育館の方から悲鳴のような大きな声が聞こえたのだという。

これは、後から先生に聞いたんだけど……と妹は前置きし

「何事かと思った先生が声のした体育倉庫を見に行ったら――中にいたK子ちゃん達が、おかしくなってたんだって」

と言った。

「おかしくなった?」
「うん。みんな、倉庫の中でわけのわからない事を叫んだりゲラゲラ笑いながら暴れ回ってたんだって。ハンキョウラン、って言うのかな、ああいうの」

コイツ難しい言葉知ってるな、とDさんは思ったそうだが、そんなことより事件が気になった。

「それでどうなった?」
「うん、こっからが大変だったんだよ」

倉庫を開けた先生が驚きのあまり硬直している隙に、少女達が一斉に外へ飛び出したそうだ。彼女達は文字通り狂ったように校舎を走り回り、それを先生達が総動員で捕まえたという。

「もう校舎に殆ど生徒がいなかったから良かったけど、みんながいたらもっと大事になってたと思う」
「それは大事件だったな」
「うん、殆どの子は校舎内で捕まるなり倒れたりしてたみたいなんだけど、K子ちゃんだけは捕まえられなくってさ」

狂った女子生徒の中でK子ちゃんが特に暴れ方が凄まじく、体育教師が抑え込むのすら跳ね退け、学校の外まで飛び出してしまったそうだ。

「実はそのタイミングで、なんか学校が騒がしいねって言いながら歩いてた私達の前を、おかしくなったK子ちゃんが走って行ったの」
「え!大丈夫だったか!?」
「うん、こっちには気づいてなくてただ目の前通っていっただけだから大丈夫。凄い顔してたのと、もう陽が暮れかけてたから一瞬分からなかったけど――あれは間違いなくK子ちゃんだった」

その後すぐに先生達が来て「K子見なかったか!?」「どっちに行った!?」「何かされてないか!?」と聞かれた。二人はK子が走り去った方を教え、「何があったんですか?」と先生に聞いて、一部始終を教えてもらったそうだ。

「それでK子ちゃんはどうなったんだ?」
「うん、その後追いかけた先生達が三人がかりで泥だらけになったK子ちゃんを連れてくのを見たよ。なんか田んぼにつっこんで暴れてたのを捕まえたんだって。多分今は病院にいるんじゃない?」

ね、凄い事あったでしょ、と妹は得意気な顔をした。確かに、想像の遥か上を行く凄い事ではあった。


<妹の話はそれはそれで凄い体験なんですけど、この話、それだけで終わらなかったんですよ>


その日の夜。両親が仕事で不在だった為、Dさん兄妹の二人だけの夕飯だった。料理は前の晩に母親が用意していた為、Dさんは温めるだけの食事を二人分用意していた。妹はリビングの机に食器を並べている。

「準備できたかー?」

Dさんが妹にそう呼びかけたタイミングで


ピンポーーーーーン


玄関のチャイムが鳴った。
時刻は既に夜の7時を回り8時に近いくらいだった。
(こんな時間に誰だろう……)
Dさんは不審に思った。今と違い、宅配便がそれほど発達していた時代ではない。こんな時間に訪ねてくるのは何かあった時くらいだ。

Dさんが急いで玄関に向かいドアを開けると、そこに中年の男女が立っていた。

<知らない人だったんです。少なくとも近所の人じゃなかった。年齢はその時の自分の親と同じくらいに見えたかな。ただ、品の良さそうな二人組で、多分夫婦なんだろうなって思いました>

「ど、どちら様でしょうか?」

Dさんが恐る恐る尋ねると、男性の方が口を開いた。

「夜分遅くにすいません。私どもはK子の親戚の者でして。こちら◯◯さん(妹の本名)のご自宅ですよね?」
「え、あ、ハイそうです」
「実は今日の事件のことでお伺いさせてもらいまして……」
「あ、妹からは聞いてます。大変だったみたいで」
「ええ、そうなんですが……実はこの事を商店街の色んな人達にも知られてしまいまして。なんでも、妹さんが帰宅途中に商店街で今日の事を話してるのを、結構な数の人が聞いてたみたいで……」
「あぁ〜……なるほど」

Dさんは帰宅した時の妹の様子を思い出していた。確かに随分興奮した様子だった。あの調子で話しながら歩いていたら、周りの人に聞こえないはずはないだろう。

「それで商店街の人達にも一軒一軒、お願いにあがってるんです。勝手ではあるんですが、K子の事を考えるとこれ以上この件を周りに話さないで頂きたいな、と思いまして……」
「いえいえ!分かりました!私も言いませんし、妹にもキツく言っときます!」

Dさんの言葉を聞き二人は「ありがとうございます」と、深々とお辞儀をして二人は去っていった。
玄関の戸を閉めながらDさんは(随分丁寧な人達だな…… )と思ったそうだ。

しかもこんな風に一軒一軒を回っているのだとしたら凄い労力だ。なんでわざわざ親戚が?と最初疑問に思ったがなるほどきっと両親とは手分けして回ってるのかもしれないな……などとDさんは考えていた。

リビングに戻ろうと振り返ると、扉から少しだけ顔を覗かせて妹がこちらを見ていた。

「お前聞いてたのか?」
「うん……」
「じゃあ分かっただろ?凄いことだったのは分かるけど、もうこの事はこれ以上話さないようにするんだぞ」
「いや、それはいいんだけどさ……」

どうも妹の反応がおかしい。

「どうした?あの親戚の二人が言ってた事なんかおかしいのか?」

Dさんが尋ねると

「うん……だってあの二人、親戚じゃないよ。あれ、K子ちゃんのお父さんとお母さんだもん」

え?とDさんは聞き直した。

「前に授業参観に来てたの見たことあるもん。あの人達、間違いなくK子ちゃんの両親だよ……」
「え?じゃあ、親戚だって嘘ついてるのか?何のために?」

いやそんなの分かんないよ、と妹は不安そうな顔で言った。

「あとね……私達帰りに商店街寄ってないよ」
「え!?いや、でも……」
「帰る時にちょっと横切ったくらいだし、そもそも私、友達と話す時もK子ちゃんの名前出して話したりしてないよ。この話、最初にしたのお兄ちゃんだもん」

そう言うと妹は俯いてしまった。

「じゃ、じゃあ、お前じゃなくて他の子が言いふらしてたんじゃないか?」

Dさんがそう言うと、妹は首を振った。

「あの時校舎には殆ど人がいなかったし、陽も落ちてきてたから暗くて"誰が"なんて分かる人いなかったと思う。私と友達は目の前でK子ちゃんを見たから分かるけど、他にはそれが分かる人……いないと思うよ……」

<その時はじめて、何だか得体の知れない事が起きてる気がして背筋が寒くなったんですよ。さっきの二人はなんだったんだって……>

「と、とにかく!晩飯、食べちゃおうぜ!」

Dさんはなるべく明るくそう言ってリビングへと戻り、妹さんもそれに従った。

二人で温め直した晩御飯を食べたが、Dさんは殆ど味がしなかったという。妹も落ち込んだまま、ゆっくりと食事を進めていた。
先に食べ終わったDさんは妹に「お前も早く食べろよ」と声をかけ、キッチンに向かった。まだ先程の事でモヤモヤしていたがこれ以上考えても仕方ないと思い、早く休む為にもさっさと自分の分の食器を洗い出した。

そうしてDさんがガチャガチャと洗い物をしていると

「あ……あ……あ……」

妹が変な声を上げていた。
Dさんは一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静になり妹を注意しようと洗い物中のシンクから顔を上げた。

「おい!変なイタズラやめろ!そんなことしてないでさっさと食べ――」

そこまで言ってDさんは硬直した。

顔を上げた先、リビングいる妹が目を見開き正面にある窓を指さしていた。

庭へと続くその大きな窓は、少しだけカーテンが空いており、そこからは真っ黒な夜の闇が覗いている――だけのはずだった。


<その狭いカーテンの隙間からね、さっきの二人が覗いてたんですよ。K子ちゃんの親戚だって名乗った男女が。見えづらいのに、なんとかこっちを覗き込もうとしてか、二人で顔を寄せて。じっと、こっちを見てたんです>

Dさんは思わず悲鳴を上げてしまった。
しかしすぐさま窓まで駆けて行くと、カーテンをシャっ!と開いた。

「何なんですかあなた達!!」

窓は開けなかったが、二人に聞こえるよう大きな声で怒鳴った。すると、二人は覗き込む態勢からゆっくりと姿勢を正すと――


深々とお辞儀をして去っていった。


先程玄関で見たのと同じ、随分と丁寧な仕草だった。


<どれくらいそうしてたか覚えてないですけど、随分長く二人とも動けなかった気がします。恐怖というか、何が起きたか理解が出来なくて。ただ呆然としてました>

二人が次にハッと意識を取り戻したのは、けたたましく家の電話が鳴った時だった。こんな時間にかかってくる電話など普通ではないのだが、咄嗟に近くにいた妹が受話器を取った。

「はい……え?どうしたの!?……うん……え?そっちも?」

妹はとても驚いた様子でしばらく電話口で話をしていた。

「うん、うん、分かった。ありがとう……じゃあ、また明日」

ガチャリと妹が受話器を置いたのを確認して、Dさんは話しかけた。

「誰からだった?」
「今日一緒に帰ってた友達から」
「え?こんな時間に?なんでまた」
「うん、『気をつけて』って知らせたくて電話したんだって」
「気をつけてって、何を?」


「来たんだって。その子の家にも。K子ちゃんの両親」


妹は暗く沈んだ声で言った。

その友達の家では、二人はチャイムは鳴らさなかったそうだが、玄関の曇りガラスの向こうでじっと立っていたそうだ。

「その子のお母さんが玄関に誰かいるのに気づいて『どうかしましたか?』って声かけたんだけど、そのまま深々とお辞儀をして、去っていったんだって」

彼女は二人と面識があった為「今、K子ちゃんのお父さんお母さんが玄関にいたみたいなんだけど、あんたなんかあった?」と聞いてきたそうだ。

友達は両親にも今日の事件は話してなかったという。

「『よく分からないけどそっちにも行くかもしれないから、一応気をつけて』って伝えたくて電話したんだって……」


またも二人は、言葉を失ってしまった。


<その後しばらくして両親が帰ってきたんですけど、今日あったことは話しませんでした。何というか、これ以上何も関わりたくなかったんですよね……>


翌日、K子ちゃんは普通に登校してきたそうだ。その他"◯◯さん"に参加した女子生徒も皆、何事もなかったように登校してきた。

生徒も、先生も、誰一人昨日の話をする事は無かった。

妹とその友達も互いに分かっていながら、どちらも触れられず、結局卒業までこの話をすることは無かったそうだ。

<私と妹もそうです。なんとなく、あの日あった事を話すのが憚かれる気がして……ずっと、これまでも誰にも話したことはありませんでした>

今日は久々に話ができてよかったです――そう言ってDさんは、深々と、丁寧にお辞儀をして去っていた。

<了>

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出典:
禍話アンリミテッド 第九夜(2023年3月11日)
『ある口止め』(28:40辺りから)

こちらの話を文章化およびアレンジしたモノになります


タイトルはこちらのwikiより頂きました

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