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【小説】私の明日はどっちだ?5-③
人生は無数に枝分かれした道でできている。どれほど真剣に選ぼうと迷いは消えず、こころはいつも霧の中…。
これまでのおはなしはマガジンにまとめました。
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生まれたときからお年寄り?
ここで働き始めてから、今日でひと月が過ぎた。今までどんな職場であっても、いいかげんに仕事をしてきたつもりはない。でも部署が廃止になったり、もっと稼がなければと自分から辞めたりして、結局職を転々とする人生になってしまった。こんなことをしてきました、と言えるだけのキャリアというものが、私にはない。正社員として履歴書に書ける項目も少なく、そのことがいっそう自分を小さくしていた。
なのに、今はどうだ。
念入りに準備をして受けた会社は落ちまくっていたのに、ここにはするっと決まった。そして、やりたいことどころか、何をするかもわからないまま始まった。
毎朝行くのが楽しみ…という感じではないが、こわくはない。覚えることは山ほどあるけど、自分をなくすほど追い立てられている気はしない。何かあっても、その日のうちに誰かが聞いてくれたり次の対策がわかったりするので、割とまっさらな状態で毎日を迎えることができている。
不思議だ。
何かを成し遂げようとしてあんなにしてきた今までの努力って、いったい何だったんだろうか。
「…薮田さん?薮田さんってば!」
「え…?は、はい、すいません私…なんでしょうか」
「さっきから呼んでるのにどうしたの?」
ニワカさんが珍しく声を荒げている。
「次郎さんに頼まれてた新聞。昨日ハルカくんが買いそびれちゃったから、今日は絶対忘れないでねって言ってたのに。次郎さん待ってるよ」
そうだった。昨日帰り際に、ここには置いていない全国紙を買ってくるよう言われていたのだった。もちろん忘れずに買ってきたが、来てすぐあれこれ用事を頼まれて、渡すのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「すいません!今すぐ渡してきます!」
仕事が支障なくできている、わけではない。
「次郎さん、おはようございます!遅くなってごめんなさい!はい、これ」
朝ごはんのために部屋から出てきた次郎さんに駆け寄り、私はリレーのバトンを渡すように新聞を差し出した。
「…」
無言で私の顔をちらっと見ると、次郎さんは、サッと奪うように新聞を取り上げた。
「仕事は、きちんとやりなさいよ。ったく…」
次郎さんは、新聞をバサッと広げながらつぶやいた。
「次郎さん、すいませんでした。ずっと待ってたんですよね。本当にすいませんでした!」
昨日ハルカくんが買って来られなくて、次郎さんにしこたま怒鳴られていたのを思い出し、私は何度もあやまった。でも本音を言えば、だからあやまってるじゃない、と思わないでもなかった。そんなに怒らないでよ、と。なのに次郎さんは止まらなかった。
「だいたい今の人は、仕事ってものを軽く考えすぎてるんだ。昔は言われたことは絶対だった。失敗なんて、絶対許されなかった。そもそもキミは何が専門なんだ?特別何もなさそうだが。こんな使いもできんのか。そもそも日本において仕事というものはだな…」
え?日本まで話広げちゃう?新聞渡すのちょっと遅くなっただけじゃない。
「そもそも、まっとうな労働に対して、賃金というものが発生する。その考え方は、さかのぼれば…」
「だから次郎さん、本当に申し訳ありませんでした。来てすぐ持っていくべきでした。私、いたらなくてすいませんでした。これから気をつけます」
「いや、そもそも…」
「次郎さーん、今お味噌汁持ってくるから坐っててね!」
琴音さんが助け舟を出してくれたとき、私はこころの底から彼女を拝んだ。
「琴音さん、助かりました。もう永遠に話し終わらないんじゃないかと思って。ヒヤヒヤしました」
「薮田さんさ、そろそろみんなのキャラクターつかんでほしいなあ」
ニワカさんが会話を引き継いだ。
「でも私、お年寄りって慣れてなくて」
「そうなの。そこなのよね」
「は?」
「老人て、最初から老人のまま生まれてきてると思ってない?」
「まさか。そんなこと」何言ってるんだニワカさんは。
「そう?人って、赤ちゃんで生まれて、寿命を全うすれば誰でもお年寄りになるわけじゃない?でも普段生活してると、世界は自分たちと同じぐらいの年代の人間だけでできてると思い込んでるところないかな」
「だってこどもやお年寄りと接することなんてないし…」
「そうそう、そこが問題だと思うわけ。身近に見えてないと、いつのまにか意識から外れちゃう。そんなつもりがなくても、自分と違う立場の人のことを考えられなくなる。だからこどもとかお年寄りとか、いろんな人が見える環境を普通にしたい」
「はあ」
「この施設の発想の原点はそういうことなの」
そういえば、食事のたびに手伝いに来てくれるのは、近所の人たちって言ってた。資格はないけど、配膳の手伝いとか片付けとかはできるのだそうだ。時間にしたらわずかで、毎回違う人が来ている。難しい作業ではないが、人手があるのとないのとでは大違いだ。全体のケアに余裕が生まれる。
「空いた時間に気負いなく来てもらって、まずは体験してもらう。自分には何もできないからってしり込みしてる人でも、ちょっとならやってみようかなってハードルも下がるでしょう」