たぬきの皮のお話
鯨の皮の次は、たぬきの皮のお話
昼下がりの仕事場。荷造り仕事が一段落して、ふと見上げたら書類棚の上に見覚えのない紙箱。
たぬきの皮?「何が入ってるの?」と訊くと、「たぬきの皮」という当たり前のお返事。???の頭で、箱をおろして開けてみた。ナイロン袋の包みをそっと開けてみると、
あ、ホントにたぬきの皮。随分前にどこからか手に入れて、ずっと書類棚の上においてあったらしい。うちの工房は魔宮だ。毎日出入りする仕事場の片隅に、こんな思いも寄らない不思議アイテムが、当たり前のように眠っていたりする。しかも、それは気まぐれで蒐集した怪奇グッズというわけではなく、ちゃんと仕事上必要があって保存してあるものだという。
さて、クイズです。茶道具を制作する窯元で、たぬきの皮は一体何に使われているのでしょうか。
現在、吉向焼の焼成は、ほとんど電気の窯で行っています。けれども、年に数回、窯変の作品を焼く桶窯や黒茶盌を一点づつ焼く炭窯での焼成を行います。これらの窯は、江戸時代から使われていた古い窯の様式で作られた窯で、炭や薪を火力源としています。炭や薪の燃焼で窯の中の温度を1000度を超える高温にまで上げてやる必要があります。
そのために使う大事な道具が「ふいご」です。外見は長さ1メートルくらいの筒状の木箱。そこにピストンとなる木製の押手がついています。押手を外し蓋を開けてみると中はこんな感じです。
真ん中の仕切り板を押手で前後させることで、筒内の空気を圧縮して窯の中に送り、酸素を供給することで燃焼を促し、窯内の温度の上昇を助けます。この仕切り板をよく見てください。
たぬき、いました。
ふいごのピストンとなる仕切り板と筒内部が接触する部分にもさもさの帯状のものが貼られています。それがあのみおぼえのある・・・。筒の底の部分にはなめらかなガラスの板が貼られていて、仕切り板が滑りやすくなり、たぬきの皮の適度な摩擦で効率よくふいご内部の空気を圧縮できる仕組みになっているようです。聞くところによると、ふいごの仕切り板に使うのは昔からたぬきの毛皮と決まっているそうで、50年近く前現在の桶窯を造ったときにふいごも新しく作成したようです。たぬきの皮はそれ以降張り替えた記憶もないようですから、きっと今使われているふいごのたぬきは50年以上前の古狸ということになりますね。
茶盌を焼く1000度の高温を、50年前の小さな野生動物の毛皮が一役買っているという不思議。また、50年くらい先の張替えに備えて、確保した毛皮を紙箱に詰めて日常の場に眠らせている伝統の鷹揚さ。
まいったなあ、かなわんわ。
何十年ぶりかで気まぐれで起こしてしまったおたぬき様は、丁重にお包み直してふたたび書類棚の上でお眠りいただくことにした。
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