バーチャルセックスにご用心

巨大なコンピューターが休むことなく稼働する傍で、AIロボットたちが忙しく働いている。ここは地球政府の『バーチャルセックス推進本部』だ。
「バーチャルセックスを望む人間が急激に増加しているようだ」
「子どもを欲しがる人間もいる」
「種の保存本能はまだ残っているのか」
「早急にAIベビーの増産体制に入らねばなるまい」
AIロボットたちは人工筋肉の口角を上げて、笑顔で頷き合う。

夕方5時に自宅での仕事を終え、明子はいつものようにリビングの窓際にある『南国の海の夕日』という設定ボタンをオンにした。
沈む太陽が海面をオレンジ色に染め、輝く黄金の絨毯が水平線まで広がっている。
200階建てマンション『バーチャルシービュー』は林立する中高層マンション群の一画に建っていて、明子は108階に一人で住んでいる。リビングの大きな窓から見える景色が気に入って、このマンションの購入を決めた。
今や仕事や買い物、そして趣味や娯楽でさえも全てオンラインで事足りる時代だ。現金通貨は姿を消し、オンライン銀行でやり取りする。個人情報は『マイオンラインナンバー』によって政府のホストコンピューターで管理されている。

45歳を迎える明子は短髪で小太りだ。リビングのソファーに埋もれるように座り、壁に備え付けの大きなディスプレイ画面のスイッチを入れた。画面が立ち上がり、アカウントとパスワードを入力する。明子の分身であるアバターの『ミナ』が画面に現れた。
ミナは足が長く細身だ。肩まである黒髪、切れ長の一重瞼で、深い黒色の瞳がブルーの伊達メガネの奥で光っている。明子はメガネの色とお揃いのブルーの開襟シャツ、白のジーンズ、白のスニーカーを選び、アバターのミナに着せる。活動的な20代の女性といったところだ。
ミナの姿が消え、『アバター恋活室へようこそ』という文字と扉の絵が浮かび上がった。
『アバター恋活室』では入会金さえ払えば、アバターを通して多くの人に出会うことができる。気に入った人と友達にもなれるし、恋人にもなれる。『バーチャルセックスプラン』の料金を払えば、セックスをすることもできる。特殊なヘルメットを装着して、リアルなセックスと同じような体感ができる仕組みになっている。
以前はリアル恋愛が主流だったが、最近はバーチャル恋愛を好む人たちが増えた。
明子も若い時は男とつきあったことがあるが、生身の人間とのつき合いは何かとめんどうだと思う。

明子はヘルメットを装着した。着けていることを忘れるくらい軽い。
肩にかかる黒い髪を目の端に捉えた。細身になった体を身軽に感じる。
『アバター恋活室』の扉絵をクリックすると、最近つき合い始めたギルが現れた。
金髪で目の色は深い青色だ。目鼻立ちがくっきりしている。ファッションセンスもいい。
「やあ、ミナ。待っていたよ」
ギルの穏やかな優しい声がミナの耳の奥をくすぐった。その声だけで体の芯まで震えてくる。彼とは体のウマが合う。そしてギルと一緒にいるだけで、生きていることが楽しいとさえ思えてくる。
「今日は森へ行きましょ」ミナはギルをバーチャルピクニックに誘った。
木々の香りを胸いっぱいに吸い込む。森の奥まで行き、木立から光が差し込む草場へ出た。小さな泉から透明な水が湧き出ていて、鳥の鳴き声がする。
「ギル、この水、美味しい」
ミナは両手で泉の水を掬い、その手をギルの口へ近づける。ギルはミナの手のひらから水を一口すすり、その口で腕へとキスしながら、ミナを抱きすめて服を脱がせていく。
2人はゆっくりと草の上に倒れた。吐息が混ざり合い、徐々に2人の動きが速くなる。
「ミナ、いいよ。とってもいい」
次第に2人の体が汗ばんでくる。風がかすかにそよいで、熱い素肌を舐める。
2つの体がひとつになり、森に差し込む光に溶けてそのまま2人は果てた。

数日後、キッチンにある配送ボックスからドスンと鈍い音が聞こえた。
食料品、日用品などあらゆるものがエアシューター気送管を使って配送されている。
何か配達を頼んでいたかしらと、明子は首をかしげながらボックスの扉を開けた。
高さが50センチほどの円筒形の透明カプセルの中に、梱包された荷物が入っていて『コウノトリ便』というラベルが貼られている。
明子はカプセルから荷物を取り出し、梱包の上から触ってみた。赤ん坊の頭のような感触を感じる。
「こんなもの、頼んでいないのに。まさか」
明子は慌てて『バーチャルセックスプラン』の契約書を読み返した。そこには非常に小さな文字で但し書きがあった。
『※なおプラン実行者に対し、一定の配当率でAIベビーが配送されることもあります。返品不可。配送されたAIベビーを故意に破損もしくは遺棄した場合、地球政府刑法第32条第1項により殺人罪に問われます。』
明子は震える手で梱包をほどいた。
金髪の頭が現れる。見開いた両目の中の青い瞳が明子をじっと見つめていた。

(月刊ふみふみ vol.19  ~未来~ 2020年7月 初出)

*アマゾンkindle にてお求めになれます。定価99円(unlimited対応)

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?