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【13話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

闇夜に聳える黒い壁。視界の先にそれが写った瞬間、喜びに近い感情が沸いた。
いつもは気分が沈むのに、緊急事態において反転するのは皮肉なものだ。

「ラスト!頑張って、相棒」

銃弾飛び交う異常を走り抜け、二回までと言われた全力疾走は既に五回を数えた。
体のどこに力を入れても十分に伝わらず、筋肉のどこを調べても伸び切ってしまっている。それでも端切れの様な自分を繋ぎ合わせ、生の形へと継ぎ接ぎしていく。

「行ける!」

遊沙が、気合を入れ直すために吐き出した一呼吸。
――其れこそが、綱渡りで保っていた逃走の唯一の無駄だった。

「来てしまったのか…」
「っ!」

一瞬の機の緩みをついて、横合いから斬撃が襲い来る。

「危ないよ!」
「殺すつもりで、剣を振っているからな」

反射より早く身を屈め、斬撃を回避した。
今まで灼熱の様に熱かった身体が、緊張から氷みたいに冷えていく。

「ここに来てディアス……嫌になる!」

遊沙は横目でディアスを確認し、二人の視線が交錯する。
交わす意思はない。交換する意義もない。
共通する言語など、二人の間には存在しない。
お互いの道を行き、お互いに邪魔だと睨み合う。

「私はアナタの言う悪じゃない。でも殺したいなら、好きにしたら!」
「当然、殺すさ。悪行は正されねばならない」

遊沙が加速し―
ディアスも加速に着いてくる―

「振り切れない!」
「追い付けないか!」

逃げる遊沙と追走するディアス。
二人は『壁』に向かって、疾駆する。

「あっち行ってよ!変態!」

遊沙は心底嫌そうに叫ぶと、団地の壁を駆け上がっていく。

「お前を殺したら、いくらでも次に行くさ」

ディアスは腰のスイッチを押して簡易版のエアフローターを起動させる。
腰に二つ付いた噴射口が炎を吐き、ディアスの体を押し上げた。

「ずっるい!アマノハバキリあるくせに、エアフローターまで使うの!」
「お前だって、加速装置と防弾リュックを併用してるじゃないか」

言い争いながら、空へ駆けていく。
二人は数度交錯した後、同時に団地の屋上に到達した。

「わ!わ!」
「ちょこまかと!」

着地際に剣を振るわれ、遊沙は身を転がせて回避する。

「その才能を、世界をよくするためには使えないのか!」
「そんな暇人じゃ、ありませんよ~だ!」

攻撃を外したディアスは忌々し気に呟くが、内心で泣きそうなのは遊沙だった。

(やっちゃった!前転しちゃったから、距離が足りない!)

団地の屋上の奥行きは七メートル程。今、回避の為に三メートル使ったので、残りは四メートルしかない。
その先の団地の切れ目で待っているのは『大穴』だ。

人間紛いの住む、踏破不能の無法地帯。
そう。ここはリングが爆破した団地の跡地だ。今遊沙のいる方は一棟が残っており、反対側が二棟残っている。建物の間は百メートル程。爆破された瓦礫が、崩れた地下に未だに散乱し、瓦礫の隙間に小蝿のように人間紛いが隠れていた。
落ちればマトモな着地は望めないし、力の強い人間紛いに捕まったら逃げられやしない。

「行き止まりだ!大人しくそのリュックを渡せ!」
「……ああ、もう!」

ディアスは直ぐそこで、他の追手も次々と団地に昇ってきている。
距離を取り直すことは出来そうになく、ならばこのまま行くしかない。

「頼むね、相棒!!」

遊沙は大穴の方を向いたまま、後方へエアシューターを撃った。

「破れかぶれな攻撃が中るか!」

ディアスは体を傾け、空気の砲弾を回避する。
しかし攻撃というより、『加速』に近いエアシューターの使い方に疑念を抱く。

「まさか……お前、跳ぶ気なのか!?パッシブワンダーでは無茶だぞ!」
「無茶でも死ぬよりマシだもん!」
「落ちたら普通に死ぬより惨いぞ!生きたまま食われる!」
「私食べるトコないもん!」
「そういう問題じゃない!」

エアシューターの反動に押され、遊沙が加速していく。
ディアスは慌てて追走し、遊沙を本気で止めようとする。

「いっけえええええ!!私!!そして私の脚!!」

遊沙は、エアシューターで加速したまま右足で踏み切り、

「逃がすかああ!!」
「逃げるよ!!」

大穴などなんぼのものかと、十五階建てプラス違法改造分の建物から大跳躍を試みた。


「来ましたよ!ワニガメさん、クロサイさん」
「分かってます!フクロウ」
「任せとけって、大将」

遊沙が飛んだ先の建物のベランダで、三つの影が動いた。
全身に対衝撃マントを纏い、スナイパーライフルを構えたフクロウ。
長い金髪で革のコートに身を包み、両脇にマシンガンを構えているワニガメ。
長身で手足の長い男で、アサルトライフルを構えているクロサイ。
三人は遊沙の跳躍を確認すると、構えていた銃の引き金を引いた。得物が一斉に火を噴き、スコールのような音が撒き散らされていく。

「ぐわあああ!」
「畜生!」
「ぎゃあああ!」

弾丸の雨音に重なるは悲鳴。遊沙を追って空中に飛び出した追手達が次々と撃たれ、大穴に落ちていった。

「フクロウ!」
「分かってます!」
「ダメ!ディアスとウサギの距離が、近過ぎるわ!」
「これじゃ撃てんね。大将、着地点に俺が行こうか?」
「それはダメよ、こっちも人手不足なの!あっちの建物から飛んでくるだろうし、団地の敷地外を回ってくるかもしれない。それを抑えないと追い詰められるわ」
「この辺は併設された工場も敷地の外も、人間紛いの領域に成っちまってるから、簡単には回ってこれねえとは思うけど……

チュイン

……うへ!あぶねぇ」

向かいの建物から飛来した銃弾が、クロサイのすぐ近くの壁を穿った。

「た、確かに、あっちの奴らを抑えないと、こっちに来ちまうな!……大将、どうする?」
「敷地の外も数ブロックは人間紛いの領地ですし、ここら辺はギャングのテリトリーがごちゃごちゃしているので、自ら大回りしてくるとは思えませんが。
しかしフローターなどはここで封殺しなければいけないですし、相手が組織である以上、上司の命令で大穴に降りる者もいるでしょうね」

フクロウとしては、今すぐに遊沙を追いディアスを仕留めたかった。
しかし、遊沙は通信機を持っておらず、下手に動く事も出来ない。

「……仕方ありません。この場に留まって退路を確保します」
「はい!」
「おうさ!」

フクロウは平坦な声に苦汁を滲ませると、淡々とライフルの引き金を引き続けた。


「どうした!あっちまで百メートルもない!エアフローターなら、飛べるだろ!逃がしてしまうじゃないか!」

遊沙が飛び出した団地の屋上で、まとめ役のような男の怒鳴り声が響く。

「飛び出したいのですが、向こうの建物から撃たれています!」
「馬鹿モノか、お前らは!空中を高速で飛んでいる奴なんてそうそう落とせる訳ないだろ。臆せずに渡れ」
「それが先行して飛び出した部隊は、ディアス以外全員撃ち落とされました。敵は手練れです!」
「ち…ここに戦力を集中させているのか」

部下の報告を聞いて、まとめ役が考え込む。

「そうなると、このポイントが奴らにとっての重要地点という事か。なら、五班は壁の縁から撃ち返して奴らを足止めしろ。他の者は、回り込んで奴らを抑える!」
「大穴の傍を通るんですか!?」
「仕方ないだろう!運び屋はディアスに任せるしかないから、こっちのすることはフクロウを殺すことだろう!」
「で、でも人間紛いが……あいつらは凶暴らしいですし、見るだけで目が潰れて、同じ空気を吸うだけでも病気が感染して死んでしまうって聞きました」
「お、俺も……絶対に出会ったらダメだって、おっかさんが……」

まとめ役の指示に対して、部下同士が顔を見合わせて尻込みする。
部下達の様子を見て、まとめ役は情けないと拳を震わせる。

「ええい!返事は、『分かりました』のただ一つだ!」
「「「わ、分かりました!」」」
「なら、早く状況を移行しろ!」
「「「分かりました!!」」」
「そもそも、たるんどる。『人間紛いに食われることが、なんぼのもんじゃ!』くらい言わんか!」
「「「それは嫌です!」」」
「馬鹿モノか、お前らは!」

まとめ役は嘆かわしいと、大袈裟なジェスチャーをする。

「相良コーポレーションが開発しようとしているのは、超小型超電磁砲だぞ!その開発阻止は絶対に成さないといけない!
しかし!我々とて相良コーポレーションと正面切って戦う力はない。上級街中核に居を構える大森製作所を襲う訳にもいかない!多数の大手取引先が有り、立地としてもギャング同士の睨み合いが激しい危険地帯にあるらしいフクロウのアジトを叩く訳にもいかない。
そうであれば、巣穴から顔を出している今を襲う以外ないのだ!しかも、今回は本日の作戦強行を読み、大きな戦力を持って当たる事が出来ている。この機を逃す訳に行くか!」

「「「わ、分かりました!」」」
「そうだ、行け!奴らを殲滅するのだ!」
「「「「分かりました!」」」
「ついでに人間紛いも皆殺しにしてやれ!」
「「「わ、わかりました?」」」
「舐めとるのか、お前ら。声が小さい!」
「「「分かりました!」」」

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