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【9話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

第三章『戦場中』

フクロウと金髪で長身の女性ワニガメが、運搬用のフローターに荷物を載せていく。

「急いでください!ネコさんは、それほど持ちません」
「いい信頼ね、フクロウ」
「茶化さないで下さい、ワニガメさん。とにかく積み込み急いで」
「分かってるわ」

ここはクリップ屋さんの入っているアパートの屋上。フクロウ達は、ディアスの言っていた作戦の真っ最中である。
しかし作戦は難航中。ウサギの代役のネコが想定外の事態に足を止められ、敵に囲まれてしまったのだ。このままではネコが殺されてしまうどころか、作戦が失敗しかねない。
フクロウはそのカバーのために、急遽現地に向かおうとしている所であった。

「けど、フクロウ」
「なんですか?」
「運ぶべきお金は、ネコと共に上級街外殻にあるわ。スラムの奥に入ってくれればこの武器を使えるけど、上級街外殻に居る限りは、大っぴらに手は出せないわよ?」
「分かっています。それでも手を拱いてネコさんが死ぬのを見てはいられません」
「それにスラムの入り口付近を支配しているギャング『ブルーフレイム』は、今回妨害してきている『青い光』と懇意よ。そして私達とは仲が悪い。だからネコがスラムに入ったとしても、入り口付近ではこの量の火器は使えないって分かってる?」
「それは……分かっていますが」

青い光とはディアスの所属する自警団だ。
彼らは長年吉見の計画を追っており、仕事の期限が迫った今日、最大の戦力を持って作戦阻止に動いてきたのである。

「仕事の手筈としては、上級街中核近くでネコがお金を受け取り、上級街外殻を抜け、スラムの入り口近くの『ブルーフレイム』の勢力地を越え、私達が大っぴら展開できる『リング』の支配地にまで到達。ネコを援護してお金を受け取り、相良コーポレーションの息の掛かった店に逃げ込む、というモノだったわよね」
「ですね」
「でも、ネコは上級街外殻の時点でしくじり、敵に囲まれてしまった」
「…ええ」
「工程の最初の最初よ?冷静に考えて、どうやって助けるつもり?」
「それは……」
「それは?」

ワニガメに作戦を一から確認されるまでもなく、この仕事は破綻寸前だ。
ブルーフレイムの勢力圏では、青い光はある程度の騒動ならばを瞑って貰える。逆にフクロウ達は行動が制限されてしまう。
一方で、リングの勢力圏に入ってしまえば話は変わる。リングは敵対勢力の排除以外には無頓着で、フクロウ達がどれだけ騒ごうが関与しないだろう。そしてブルーフレイムの息が掛かった青い光が侵入して来ようものなら、容赦なく排斥する筈である。

要するに、フクロウ達の仕事は、ギャング同士の陣取りゲームの上での出来事な訳である。けれど、上級街外殻に居るネコを助けない限りは、その盤上にすら乗れない。

ただネコを助けるのは勿論容易ではない。
全滅の可能性を抱えてでもネコを助けにいくか、一つの仕事と諦めてネコを見捨てるかの選択が必要だった。

「フクロウ、早く決めてください。中途半端な気持ちで戦場に行けば死ぬだけです」
「分かっています……分かっているんですが…」

ワニガメは荷を積む手を止めずにフクロウの言葉を待っている。
『ネコを見捨てる』選択肢しかないと決めている訳ではなさそうだが、それ以外の方法の実現性の低さが、ワニガメの質問を詰問に見せてしまっていた。

「私が行って、ちゃっちゃと手伝いますよーだ」
「え?」

手を止めてしまったフクロウの耳に入ったのは、気の抜けた女の子の喋り方。
それは居る筈のない救世主。この状況を打開できる唯一のカードであった。

「ウサギさん!?どうしてここに居るんですか!?」

フクロウはアパートの下に遊沙を発見し、平坦な声に喜びをにじませる。

「これはこれは、お久しぶりね。甲斐戸羽さん」
「いや…なんていうか……遅刻しちゃいました!」

ワニガメの刺すような視線に、遊沙はわざとらしく笑う。
しかし直ぐに笑いを引っ込めると、バツの悪そうな顔で聞いた。

「この仕事。私の席、まだありますか?」
「ええ。是非座ってください」

遊沙の登場は、不可能を可能にできるかもしれない奇跡。
フクロウは助かったと胸を撫で下ろす。

「ダメよ、フクロウ。部外者を作戦に入れる訳にはいかないわ」

けれど、ワニガメから待ったが入る。

「何を言っているんですか、ワニガメさん!ウサギさんはうちの従業員です」
「元、従業員よ」
「しかし!ネコさんを一刻も早く助けないといけません。ウサギさんなら、それが可能です!四の五の言っている場合じゃないでしょう」
「フクロウ、可能なら全てをやらせるの?」
「それは……」

フクロウは言い淀んでしまう。
組織の運営という点では、ワニガメの判断の方が正しいだろう。

「この子が青い光に寝返っているかもしれない。また仕事を途中で放り出すかも知れない。そういう事に成ったら、もしかしなくても全滅よ」
「……寝返ってることは無いと思います。仕事も途中で放棄したんじゃなくて、次の仕事を受けなかっただけですし」
「仕事の件はいいわ。でも、何を根拠に裏切ってないと言えるの?」
「根拠はありません」
「子供じゃないんだから、盲目的に可能性に飛びつくのは止めて」
「すいません…」

フクロウはワニガメの問いから目を逸らす。
ワニガメは静かになったフクロウの代わりに遊沙を問い詰めた。

「なぜ戻ってきたの?」
「『仕事』をしに来ただけですよー」

遊沙はアパートの壁伝いに、一気に屋上まで登った。

「依頼はしていない筈よ?」
「仕事の途中だったし、戻ってきました!」
「それは代役に変わったわ」
「その代役がピンチなんでしょ?代役の代役です!」
「要りません」
「要り……仲間がピンチなんでしょ!?」

ワニガメの頑な態度に驚き、遊沙は声を大きくする。
こいつは何なんだとフクロウを見るが、フクロウは首を横に振るだけだ。

「たしかに仲間がピンチよ。しかし、仲間でないアナタをチームに入れて、チームが崩壊する方が重大な失敗に繋がるわ」
「……頭硬い奴。だったら、私を雇い直してよ」
「雇うに値する価値はあるの?」
「貴女が私をスカウトしたんですよーだ!」
「その結果、アナタは仕事を途中で放り出して、消えたわね」
「う……」
「更にその結果、私の仲間がピンチなの。殺すわよ、アナタ」
「ご…ごめんさい…」
「ま、仲間の方はどうでもいいのだけど」
「どうでもいいの!?」
「いや、ワニガメさん。ネコさんを比較的どうでもいいとか止めて下さい…」
「そう?」

ワニガメの様子に、フクロウは彼女の意図を察した。
しかし遊沙に社会人的な空気を読めと言うのは、無理な注文に過ぎる。

「いい加減、話を進めてください。ワニガメさん。ウサギさんはおバカなので、『察しろ』というのは、酷なのです」
「失礼な!何を察したらいいのかは、分からないけど!」
「確かに馬鹿ね」
「なんなん!」

遊沙の容姿にワニガメは溜息を吐く。
同時に熱くなっていた自分に気付き、冷静であろうと努める。

「…そうね。仕事を途中で降りた事を咎めている訳じゃないわ。悪気のない顔で戻ってきた事を謝れとも思ってもない。
けど戻ってきた『理由』は言いなさい。私達が命を預け合うに値するか判断するから」

「う……リングにはなかった厳しさ…」
「この町のクリップ屋さんは、ギャングではなく会社なのよ」

働きたい理由を述べよとは、知能の下がった遊沙には酷な話だった。危険な戦場を前にして脳は半ば覚醒しているが、遊沙の脳味噌の程度自体は変わらない。
あくまでも運動能力で使うべき部分を、無理矢理日常会話に転用しているに過ぎないのだ。

遊沙は戸惑い、視線を彷徨わせる。その先で早く現場に行きたくてやきもきしているフクロウと目が合った。
それで少し冷静になれた。よく見れば、ワニガメも同じ様子。『この人たちも仲間を助けたい』のは変わらないのだと理解した。

それでも、大人はおいそれと動けないのだろう。
結局はコンビニの店長と同じで、行動するには『贖罪』が必要なのだ。それも遊沙が自分の為に贖罪をするのではなく、遊沙がワニガメ達の代わりに行う贖罪が。

「メンドクサイ…」
「何か言いました?」
「言ってませんよーだ。ディアスが、気に入らなかったの」
「はい?」
「ディアスが気に入らなかったから、仕事に戻ってきたの!」
「それは……それが理由?」

説明を聞いたワニガメは押し黙ってしまう。
遊沙は不安になり、発言を撤回する。

「う…ごめんなさい、その理由、やっぱり無しで」
「それは大いに同意します!あいつはマジでウザい!あのスカした顔に弾丸を叩き込みたい気持ちはよく分かるわ!」

しかしワニガメから帰ってきたのは、爆笑と同意だった。

「ふぇ?そんなんでいいの?」

呆気にとられる遊沙に、ワニガメは少し落ち着いた様子。
肩を震わせながらも、難しい顔をする。

「けど、そういう理由で仲間になると言われると…う~ん…受け入れ辛いわね…」
「ですよね~」
「ワニガメさん、時間がありません。その答えで十分じゃないですか」
「ですが、フクロウ。ケジメは大切です」
「なんのですか?ウサギさんの謝罪ですか?ワニガメさんの納得ですか?それとも私の責任ですか?それの何か一つでも、ネコさんの命より重いと言えますか?」
「侮らないで下さい。個人の感情の話ではなく、この会社の存続の話をしているのよ」
「相変わらず、変に頑固な人です」
「だから、雇ったんでしょ?」
「そうでしたね…」

フクロウは埒が明かないと判断したのか、ワニガメに提案をした。

「分かりました。では、こうしましょう。仕事が終わったら、ウサギさんの脚をマッサージしてあげていいので、仲間にしませんか?」
「ふぇ?」

遊沙は何を言い出すのかと首をかしげる。

「ウサギさんも、それでいいですよね?」
「え?は?いいけど……」

遊沙達の世界では、修羅場は次々に遅い来る。一度生き残った所で、次にへまをすれば人生が終わるのだ。
だから拳銃使いが拳銃の整備をするように、遊沙だって唯一の武器である脚のメンテナンスは欠かさない。それを代わりにしてくれるなら、断る理由は無かった。
ないのだが、それが交換条件になる理由が分からない。

「あわわ…怒ってる!」

横目で確認するが、ワニガメは下を向いて震えるばかり。よく見ると、顔も赤くなっている気がした。

「分かったわ!仲間にしましょう」
「べ!?」

気がしただけだったらしい。
遊沙は説明を要求する!と、フクロウに大きな瞳を向けた。
フクロウは空を見上げ、遊沙を見ないようにして種を明かす。

「…ワニガメさんは、特殊な性癖があるんです?」
「…うぇ?」
「相良コーポレーションの案内役の辰巳さん。あの人と同じ性癖です」
「あ~……」

遊沙にいかがわしい事をしようとして、渚にぶっ飛ばされたあの男だろう。

「ショタコン?」
「いえ、ロリコンです」
「全く一緒!?」
「安心してください、一応同性同士ですので」
「いやいやいや!安心できないよ!それ同性関係ないよ!」
「大丈夫よ、ウサギ。優しくするから!」

突然変わったワニガメの声色に、遊沙はゾワリと身を震わせる。

「優しくならないで、怖いから!後。優しく撫でないで!」
「激しいのが好みなの?」
「この人綺麗でしっかりしてる風だったのに、とんだ変態だったよ!」
「否定はしないわ。受け止めてね」
「してよ!受け止めないよ!」

再三の変態との邂逅で、夜空に遊沙の悲鳴が響くのだった。

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