見出し画像

【14話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

「ネコさん!もう弾丸ありません!」
「分かってるって!敵にばれるから、大声出すな」
「す、すいません」

大森は年若い娘に小突かれて、しょげてしまう。ネコはそんな大森の様子を見て、『人生の最後に一緒に居るのが、こんなおっさんかよ』と溜息を吐いた。

ネコは一流ではないが、一応はプロの運び屋。生き汚さを駆使して、2人は上級街中核の入り口近くまで移動してきていた。
しかし誤魔化しも限界。結局商業ビルに追い込まれ、建物を包囲されてしまった。弾丸も底を尽き、ネコの外部装置である『イノセントスイーパー』も壊されてしまった。

「畜生…ここまでか…」

ビルの一階部分のカウンターに隠れながら外を伺う。
建物の周りには蟻のように敵が群がっており、遠目からでも逃げ道が無いのが分かった。

「イノセントスイーパーは直らないのか!」
「車輪は回るようになりましたけど、速度が全く出ないんですよ!」
「出ないってどれぐらい出ないんだ?」
「歩いた方がマシなくらいです……」
「ああ、もう!畜生」

ネコは拳銃で自身の脚を殴った。

「こんな事なら、本当に一人で逃げればよかった。そうすりゃ、あと五十メートルで上級街中核に入れるってところで、足止めなんか食わなかった」
「でも、ネコさんって上級街中核には入れないんじゃ……」
「入れねーよ!悪いかよ、格好付けちゃ!」
「ひぃ!すいません!」
「うるっせえ、おっさん。私が勝手にやって自爆したことだ。謝んな!」
「でも……」
「いいからイノセントスイーパー直せっての!」
「は、はい!頑張ります!」

大森は急ピッチで外部装置の修復を続ける。
しかし、外部装置が直る望みが薄いのは、使用者であるネコが良く分かっている。

「ああもう……ウサギが頑張ってるからって、意地張るんじゃなかった!」

どうせなら死ぬなら、せめて大森を上級街中核に逃がしてから死のう、なんてバカな事を考えなければ、今頃逃げ切れていたかもしれない。
というか、こんなおっさんと仲良くお陀仏なんて結末を迎えるぐらいなら、命を救えなかった罪を感じながら孤独に死んだ方がマシだった。

ダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダダダダダッダダダダダッダダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダッダダダダダッダダダダダ

「っ!」
「ひ…ひ~!」

ネコが頭を抱えていると、突然、嵐の様な轟音が響き出した。

「な、なんですか!?」
「ビルを取り囲んだ敵が、外から銃を乱射してるんだ!やつら、終わらせる気だ!」
「も、もう駄目だ~」
「だから、うるっせえって!死ぬ時におっさんの泣き言とか聞きたくねーんだよ!」

窓が割れ、壁が爆ぜていく。
床が削れ、柱が焦げていく。
空気すらも燃え出すような錯覚。

溶けて拉げた鉛が、辺りに充満していくような恐怖。
空間ごと叩き狭められ、押し潰されていく幻覚が腹を埋めていく。

商業ビルの受付カウンターは、強盗などの有事に備えて頑丈に作られている。しかし、親の仇のように、銃を撃ち尽くす馬鹿共なんて想定して居る筈もない。
鳴り止まぬ銃雨を前に、カウンターは軋みを上げ、無情にも変形し始めていた。

「ここまでかよ、畜生!」

ネコは嘆きを天井へと叩き付ける。銃声に掻き消されながら慟哭する。
後悔無く生きてきたつもりだった。

不安定な生活だ。危険に満ちた人生だ。
今日死んだとしても心残りなんて無い様に、全力で生きてきた。

その筈だったのに、いざ死が目の前にチラつくと震えてくる。
この世のやり残しが、走馬灯の如くに浮かんでは増えていく。

「ふざけるな!生きてる価値もねーって思ってた世界に、死ぬとなりゃこれだけ未練がある。何だこりゃ!神様ってのも意地悪だな!命ある内には、本当に大切な事は見えないようにしちまうってのか!」

ネコは絶叫すると、カウンターの淵を掴んだ。

「ね、ネコさん、なにをする気ですか!」
「外に出て走るんだよ!ウサギ程とは言わなくても、銃弾の嵐を踏破すること位、私にだって出来るさ!」
「できませんよ!考え直してください!」
「放せ!行くんだよ~」
「ダメですって~」

終わりが迫る人間が二つ。
壊れ始めた現実を前に狂騒を奏で、呼びつ付けられた死神が旋回を始める。首を切り落とす刃は鈍く、品定めをするように二人に纏わり付く。

「うわ!」
「な、なんですか!?」

鋼が千切られる大きな音がして、ネコは身を竦めた。
音の方を見ると、何とか形を保っていた鋼鉄製のシャッターが、はさみで切り取られたように切り千切られていた。

実はネコと大森が言い争いを始めたあたりで、銃弾の嵐は止んでいた。それは安堵すべきことではなく、いよいよ二人の終わりが近付いている事を示していた。

つまりは仕上げ。
銃弾の代わりに投入されたのは、本物の厄災だった。

「はーい、コンバンハ。正義に仇成すクズどもは、何処にいるのかねー、と」

鋼鉄のシャッターを蹴り破りながら、店内に入ってきたのは細身の女性だった。
赤と黒の混じる無造作ヘアに、黒のボディスーツ。精悍な顔立ちだが、多少目がイってしまっている事もあり、正義の味方という印象ではない。
彼女の脚には、ローラーブレードの様な外部装置が履かれていた。

「アマノハバキリⅡ……ジェミニかよ!」
「知っているんですか?ネコさん」
「青い光と懇意な殺し屋で、青い光が最終局面に投入する戦力だ。やる気はねーが、実力だけを言えばディアスに迫る奴だ」
「最終局面って……終わらせに来たって事ですか!」
「騒ぐな、うるっせえな。その通りだよ」
「い、イノセントスイーパーは直りましたが……遅かったですか」
「ああ、遅い……直ったのかよ!?」

ネコは大森の手からイノセントスイーパーを奪うと、大慌てで装着した。

「私は適当にアイツを引き付けてから逃げる。おっさんも自分の判断で、ここを離れろ」
「……分かりました。ご武運を祈ります」
「は!祈る位なら、口に出して応援してくれよ!」

ネコはニカリと笑うと、拳銃を放ちながらカウンターの外に飛び出した。

「ダム!そこに居たのか」

ジェミニは、焦点の定まらぬ目をネコに向けると、右足で床を踏み付けた。
踏み付けられた地面は振動し、ジェミニの周りの空気を硬化する。ネコの放った銃弾は固くなった空気に阻まれて、ジェミニには届かない。

「空気の盾か……何とかして通さないと、勝ち目がないな」

アマノハバキリⅡは、ディアスの持つアマノハバキリをローラーブレード状に小型化したものだ。最大出力はアマノハバキリに劣るが、小回りが利き、アマノハバキリに出来る事は一通りできる様に設計されている。

「とっとと死んでくれや」
「!?」

ジェミニはネコに向けて無造作に足を振るう。
蹴りは外部装置の振動するローラー部分を通して空気の刃と成り、ネコに襲い掛かる。

「アブね!」
「……ち!全方位に走れるタイプのイノセントスイーパーか」

ネコは後方に急加速すると、空気の刃を避けて、壁の向こうに隠れた。回避するついでに弾丸を撃つが、ジェミニはアマノハバキリⅡで加速して銃弾を逃れた。

「わざわざ回避した?空気の盾はいつでも使える訳じゃないのか?」
「ったく、こんな羽虫の処理、他の奴に任せろってーの!」

ジェミニは前傾姿勢で加速し、その勢いのまま蹴りを放つ。

「デカ!嘘だろ!?」

加速の後に放たれた空気の刃は、先程と比べ物にならない程に巨大。
ネコの隠れていた壁を切り裂き、壁に固定されている鉄製の棚も拉げさせていく。

「けは…けは…」

なんとか刃を回避したが、粉砕した壁が埃となり、視界を奪われる。

「次生まれてくる時は、ちゃんと生きるんだぞー、羽虫!」
「な!」

気付いた時には手遅れ。ジェミニは埃に紛れて、直接攻撃が可能な距離まで踏み込んできていた。既に蹴りを放つ直前の体勢になっている。

「うぐぁ!」
「は!もう戦えねーな!」

蹴りの軌道に、慌ててイノセントスイーパーを差し挟む。イノセントスイーパーは左足の骨ごと破壊され、ネコはゴム毬の様に吹き飛んでいく。
ジェミニはネコの落とした拳銃を拾うと、ネコに銃口を向けた。

その時――

「!?」

ジェミニは咄嗟に反応し、迫り来る矢に蹴りを放った。衝突の閃光が瞬き、空気の槌と超質量の矢がエネルギーを放出し合う。
数秒間、両者の攻撃は競り合ったが、やがてジェミニの蹴りが勝ち、矢は消し炭となった。

「あ…う……」
「やるなあ、ゴミ虫!良くも殺してくれようとしやがってよ!」

大森が放った矢は、試作品の超電磁砲であった。弓矢に近いフォルムで、鋼鉄すら貫通する威力を持っている筈だ。

「こんな…恐ろしい世界だとは……」

不意打ちですら反応する戦闘センス。
超電磁砲を超える威力を放つその技術。
熱量の開放に耐える肉体。
一歩間違えれば死んでいたのに、楽しそうに笑みを零すその歪。

ジェミニが自分とは別種の人間であると、大森は心の底から痛感した。

「お返しに、殺してやるよ。ゴミ虫!」
「ひ…ぃ……」

大森の口からは、悲鳴しか漏れない。
ジェミニは大森を蹴り潰すべく右足を踏み込み。

「ち……あの羽虫、まだ死んでなかったのかよ!」
ジェミニは後方から飛来する弾丸に反応。攻撃のための踏み込みを、空気の盾の展開に切り替えた。
ネコが放った予備の拳銃での銃撃は、空気の壁に阻まれた。

「こっちと戦ってんだろ……よそ見するなよ……」
「瀕死の羽虫が、良く鳴くもんだ!」

ネコの左足は、骨が折れて二倍に膨れ上がっていた。
立ち上がる事も出来ないが、ジェミニを睨み付けて挑発する。

「は!いいぜ、羽虫。ぷちゅっと潰したくなってきた」
「やれるもんならやってみな。その前にアンタがお陀仏だからな」

ジェミニが、堪らないと言う風に息を漏らした。

バババババババババババババババババババババッババババババババババババッバババ
バババババババババババババババババババババッババババババババババババッバババ
バババババババババババババババババババババッババババババババババババッバババ

「っうお!?」
「なんだあ?この音は!」

突如、戦場に重低音が響き始めた。間近に迫る花火の様な轟音は、ビルの外で鳴り響いているらしい。
壁の外からは、怒涛のような銃撃と不条理に戸惑う悲鳴が連続していた。

「この得物の吠え声……まさか、あいつ等が来たのか!」

何かを察したジェミニは、ネコ達への興味を無くしたらしい。新しい来訪者の登場に涎を拭い、一目散にビルの外に飛び出していった。

「ネコさん、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……なんだ?何が起こったんだ?」
「さ、さあ?ただ、外では相当大型の重火器が撃たれている様子ですよ」
「そうなのか?」
「ええ。車載砲…下手をすれば小さな艦載砲レベルの音ですよ、これ」
「軍隊でも出張ってきたのか?」
「まさか。本当に軍隊が出てきたら、私達はこの街ごと消えてますよ」
「だよなあ…とにかく助かったけど…どうなってんだ?」
「ネコさん、出たら駄目ですって!暫く大人しくしてましょう」
「……ち、そんなに引っ張るなよ」

嵐が過ぎ去り、建物内は重苦しい無音にのさばられる。
外からは怒号と罵声が聞こえ続けているが、隣の家のラジオでも漏れ聞いている様な妙な気分だ。

「あ~!ダメだ。ストレスで耳が聞こえなくなってきた。不安で自殺しちまいそうだ」
「だ、大丈夫ですか?」
「気安く触るんじゃねー!杖になるもんでも取ってこい」
「は、はい!」

ネコは押し込められた状況に耐えられず、傷だらけの体を引き摺って外に向かう。
ジェミニが壊したシャッターに背中を付け、外の様子を伺った。

「ありゃ……どういう事だ?」

音はすれど姿は無し。外には何も見付けられなかった。
ビルを取り囲んでいる筈の青い光の構成員達も、自分達を葬るために火を吐く機関銃も姿を消していた。

「き、奇跡ですよ!これで逃げれます!」
「アホか。この世に奇跡なんてねーんだよ。助けてくれた奴がいる……いったい誰だ?」
「お仲間じゃないんですか?」
「仲間は来ない。そう約束したんだから、来る筈が無いんだ」
「はあ……じゃあ、なんでしょう?」
「わからねーな。とにかく逃げよう。感謝するのも悩むのも、命が助かった後にすればいい。行くぞ!おっさん」
「は、はい!」


「撃ち方始めー!」
「撃ち方始め!了解!」

ダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダダダダダッダダダダダッダダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダッダダダダダッダダダダダ

ネコ達の逃げ込んだビルの包囲を終えた青き光の構成員達は、指揮官の合図で一斉掃射を始めた。
銃を撃つモノ達は、掃討部隊と呼ばれるチーム。皆、大型の銃を軽々と撃ち、前面には電磁シールドを展開している。

彼らの装備する外部装置は『パワーゲイザー』。外部装置というには大型で、白い鎧と呼べる代物である。歩行速度が落ちるデメリットはあるが、重壁を打ち抜くほどの火器を拳銃の如くに取り扱える筋力と、銃弾を無効化してしまう程の硬さを持つ。

「これで終わりますね」

掃討部隊の後ろに控えていた副官の女性が、指揮官らしき人物に話しかける。指揮官らしき男も、全部が終わったかのような雰囲気で高笑う。

「ああ。悪がまた一つ消えるさ」
「いい事ですね。このまま、悪を全部消しちゃいましょう」
「アホか」
「はぁ…アホですか。私」
「俺達は『正義の味方』じゃなくて、『悪の敵』だ。悪のカウンターパートとして存在するのさ。つまり俺達は、悪のおかげで飯に在り付ける。悪を悪く言っちゃあ、ダメさ」

「は!失礼しました」
「いや、そんな畏まらないでよ」
「いえ。畏まる格好だけですので」
「ははは、君は本当面白いねえ」

指揮官の男はケラケラと笑い、副官の肩を叩く。

「しっかし、相良コーポレーションも悪だねぇ。大森製作所に超小型超電磁砲を作らせて、何をしようってのさ」
「まあ、戦争関連でしょうね」
「もしくはテロだね。あれは弾薬を使わないから、探知犬なんかに引っかからないのさ。それに小型で組み立て式だから、どこにでも持ち込める」
「非常に厄介ですね」
「本当だよ、そういう危険な芽は早めに予防するに限る。今日、僕達はとてもいい仕事をしたのさ」

二人は話をしながら、戦闘から離れていく。
殲滅は確実。掃射は暫く続く。掃射が終われば、後は清掃作業が待っている。
グチャグチャに磨り潰された死体の処理と、目茶目茶になったビルの修復。正直やりたくないが、事後処理までしてやっと仕事として誇れるのだから仕方がない。

「まあ、散らかり切るまでは、小休止と言ったところさ。お茶でも飲まないかい?」
「お茶って自販機のでしょうか?自販機のお茶はお茶ではありませんので遠慮します」
「そうかい?似たようなものだと思うけど」
「いいえ、違います。これは私の矜持ですので」
「立派な心掛けだ。僕だけでも飲ませて貰う事にするよ。いいかい?」
「ええ。気にしません」

毎度変わらぬやり取りをしながら、指揮官と副官は戦場から外れた自販機へ向かう。
しかし。残念ながら、この戦場はいつも通りとはいかなかったらしい。

「あら?どこかにお出かけかしら?」「戦場はこっちではなくてよ?」

大勢の決まったこの場所にて。
青き光の支配するこの戦場で。
支配者の様に泰然と存在して。
勝利すべき者達に、死言を掛ける者達がいたのだ。

「誰だ!」

副官が警戒心を顕わに叫ぶが、指揮官は副官の後ろに身を隠して指示を飛ばす。

「誰だとかどうでもいい。早く兵を呼び集めろ」
「分かりました。全体、集合!」

副官が招集をかけると、ジェミニの動向を見守っていた殲滅部隊はビルの包囲を止め、司令官の前に展開した。
その間の十数秒。欠伸が出るような長い時間を、二人の女性は優雅に待っていた。

「誰だとは」「失礼ね」

30に近い銃口を向けられているのに、女性二人は恐れる様子もない。

「何がおかしいのさ?狂人なら、即座にどいてくれ。さもなくば、悪と見なして撃つ」
「あらあら、狂人なら退避勧告を理解できる訳ないじゃない」「常識人なら、ここに居る時点で矛盾するわ」
「おかしな奴だな。立場が分かってるのかい?」
「30人の人間に守られて、女二人相手にやっと虚勢を張れる」「そんな情けない男の前に居るのだけれど。それがどうして『立場』の話に成るのかしら?」
「ち……3秒で消えな。さもなくば『撃つ』と言っているのさ、狂ったお嬢さん」
「あらあら、怖いわ」「あらあら、怖いわね」
「怖いのは貴様らだ!そんな得物を持ち込んで、なにをするつもりだ!」

副官は我慢が出来なくなったらしく、悲鳴の様に叫んだ。
彼女達は、ゴスロリに身を包み、二人で仲良く一つの銃を抱えている。
彼女達の銃は巨大なバルカン砲で、戦車でも撃ち壊せそうな代物。砲身は二メートル近く、重量は二百キロに迫るだろう。

「あ、あいつら…まさか…あの有名な化け物か?」
「嘘だろ…殺される!」
「グレース姉妹……なんでこんな所に……」

誰かから漏れ出た、絶望の籠った声。
それに対し、殺し屋はおかしそうに笑った。

「私達はプロですもの」「渚教授経由で、ウサギに雇われたに決まってるでしょう?」

まるで歌うように答える双子。
兵達は顔を引き攣らせ、発射命令を待たずに銃の引き金を引いた。

「う、嘘だろ…効いてない……」
「あらあら、挨拶の途中ですのに」「早漏は嫌ですわね」

誰かが溜まらず撃った弾丸は、姉妹の前の電磁フィールドに阻まれて停止していた。
近距離で放たれた音速の何倍もの弾丸達が、目的を忘れた様に夢遊している。生きる目的をなくした間抜けを見ている様で、兵達の心に言い知れぬ恐怖が広がった。

「うわああああ!」
「う。うてええええ!」

混乱が伝播し、絶叫が膨れ上がった。
全員が思い思いに恐怖を発散させ、それだけがすべき事の様に銃を乱射していく。

「ええい!何をやっているのさ!陣形を組み替えるのが先だろう!」

司令官が怒鳴るが、誰も聞いていない。

「た、弾が弾かれたぞ!」
「か、勝てない…殺される!」
「そ、それでも撃て!逃げたってパワーゲイザーの移動速度では追い付かれる!倒すしかないんだ!」

兵達は意味の無い妄言を口にしながら、じりじりと下がっていく。
グレース姉妹の前には、スノードームの如くに弾丸が増えていく。

「く……これはマズいぞ」

戦況は打ち崩され、立て直すことなどできそうにない。
司令官の男は逃走を図りながら、部下を叱咤した。

「怯むな!あいつらが使ってるのは、外部装置『ベルベットムーン』さ。電磁力を操ってるだけだ!魔法でも何でもないんだから、物理的にどうにかならない訳がないのさ!」
「でも、あれは強力です!」
「効力の高い外部装置は、バッテリーを食うのさ!撃ち続けて、出力切れにしてやれ!」

つまり司令官はただ、『撃て』と言いたいらしい。
解決策の無い現状維持の命令など糞の役にも立たないが、残念ながら部下達にも社会的役割というモノがある。

「分かりました!」
「全隊、気合を入れろ!」

部下達はそれらしく返事をして、さも自分達が『素晴らしい解決方法を伝授された』ような顔をするしかないのである。

「「撃ち続けろ!」」
「「おお!!」」
「うふふ」「いいわ」

グレース姉妹は互いに手を合わせ、辛抱堪らないと恍惚の表情を歪ませた。

「いいわ、いいわ」「今日殺すのは貴方達にしましょう」
「う……」

夢遊していた弾丸が電磁を帯び、散弾の様に放たれた。
撃ち返された弾丸にパワーゲイザーを貫く威力は無かったが、兵士達を不気味に押して隊列を崩させた。

「ウサギは居ないのが、残念」「でも、我慢しましょう。踊りましょうよ、早く」

艶やかな唇から、妖艶な誘いが紡がれる。

ヴォン ヴォン ヴォン ヴォンヴォン

白魚のような指が引き金に掛けられ、バルカン砲が回転を始めた。
段々と加速する唸り声は、精神を噛み砕く魔獣の如く。
血肉舞い踊る未来の幻視が、心に乱暴な牙を立てていく。

「ひ!撃て!撃て!!他班!早く援護に来い!全員来い!!」
「ぎゃああああああああ!!」

男達が死んでいくのと同時の現象。
彼女達二人で構える一丁のバルカン砲が、万雷の咆哮を上げた。

いいなと思ったら応援しよう!