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3話
兄の聿(いつ)が半月ぶりに訪ねて来た。
私と違って会社勤めをしている聿は、忙しい。
大学から一人暮らしをしていたが、私が家を出る事となり、入違いに家に戻った。
祖父らが住んでいた古い家を建て直し、それを聿が譲り受けたからだ。
聿が結婚してからでも、と思っていた父が亡くなった事で早まったのだ。
その当時付き合っていた彼女は、聿の自由さを好んでいたらしく、家に戻る事で母を、私を負担に感じる様になった。
ならばせめて私だけでもと、反対を押し切って一人暮らしを始めた。
それでも、彼女の気持ちは変わらなかったらしい。
付き合っていた頃は、父や母に気を遣い丁寧な対応の彼女を今どき珍しい女性だと思っていたが、聿が自由だからこそたまの淑女面は気分転換みたいな物だった様だ。
これが毎回、毎回が毎日になると思うと耐えられなかったらしい。
聿は時間が許せば、月2回ほど訪ねてくる。
私の嗜好品の珈琲豆と、カステラを持って。
聿が笑顔を見せる。
聿は優しい。
好きでもない私を、妹だからと優しくしてくれる。
私が中学生だった時、家庭教師をしてくれていた人に『お礼』をしているのを見て、怒ってくれた。
私の無知を利用したその男にはもちろん、私が馬鹿だった事にも怒ってくれた。
父と母は怒る事はせず、諭すように話をして、相手には凄く怒っていた。
その時の私は泣く事しか出来ず、兎に角気まずさの中を逃げ出す事しか考えていなかった。
『謝れば、私が謝れば終わる』と思って、泣きながら謝り続けた。
聿は相手の男と私に何があって、どんな行動をして、どこが悪かったかを私に叩き込む様に話をした。
怖くて謝っていた私に馬鹿だから謝れと言った。
そらから聿は、私を妹として守ってくれる。
でも、厄介者には変わらないから『お礼』はしたいと伝えると『ご飯』を要求された。
聿の為に朝と夜ご飯を作った。
母はセンスがないらしい。
父は興味がないらしい。
適当なふたりは適当に食べているので、私が頑張る事にした。
家を出てからは、時々やってくる聿の為に沢山作る。
聿が結婚したら、奥さんと3人で食べようねと言ったら断られた。