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 親が離婚するまでの間、兄とふたりきりで過ごしていた。
 その頃の私は、何度も熱を出し、咳が止まらず眠れない夜があった。
 兄ができることは、自分も眠れず側にいる事しかない。
 当たり前だ、その当時兄もまだ子どもだ。
 子ども同士の5歳差は大きく思えるが、大人では無い兄にどうする事もできないなんて分かりきっている筈なのに。
 そんな時親は居ない。
 それでも兄からの報告で、近所のクリニックにかかる事になった。
 小児喘息と診断され、生活環境に薬に発作への対応等説明を受けた。
 比較的軽い症状だった事もあり、それからも子どもふたりだけの不安な夜があった。
 それでも兄なのだ、その意識が彼を動かす。
 発作が出れば、水を飲ませて落ち着かせて薬を飲ませて側で見守ってくれた。
 吸入薬や治療薬をある程度使用すれば兄でも対応はできる。
 だからあの頃の私も自分の辛さしか考えられず、兄を頼ってしまった。
 それでも出来過ぎた兄に任せてしまう考えの浅い両親に、今でも怒りを持っている。
 両親の離婚で兄と離れてしまった時は、そんな生活が嫌になって捨てられたのだと思っていた。
 その後ひとりで辛くなると、兄がしてくれた様に自分でする様になった。
 私の年齢が上がっていくと発作が減少して治っていった。
 症状が比較的軽かったとはいえ、病院への受診や、費用は両親が居てこそだと思うが、適切な治療も発作への対応も兄がいたからできた事で、両親への感謝の気持ちは湧かなかった。
ほんの短い時期だったが、ひとりきりになった私は惨めだった。


 「………ごめんなさい」

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