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表裏の縁Ⅱ:後編《紅蓮》

 しっかり数日休みながら栗丸を構い倒して過ごした。

 ちょっと遠くまで散歩に行きたいだので休めたのかどうかやや疑問ではあるが仕事中のような緊張はしなかったからヨシとしよう。戦闘も避けておいたし、いくらか体も休まっているはずだ。家で過ごしている最中にモーグリから直接手紙を渡されたが、どうやら不滅隊の連中はあの下衆な坊ちゃんを正式に捕縛して独房へ放り込んだらしい。差出人は偽名になってるがスウィフト大闘佐で、不滅隊で調べていた資料と俺が持ち込んだ資料、双方使って証拠があるなと判断したので捕縛することにしてさらに調査を続けるそうだ。無論、屋敷で自由にさせている時にも調査や取り調べはしていたが、逃亡の危険もあると踏んだという事だな。まあ、後ろ盾をしっかり得ない限り、非力な金持ちのぼっちゃんが安全に誰にもばれないまま逃げるのは難しいだろうが。それでいて密売していたと不滅隊が把握しているという奴に後ろ盾について逃がしてやろうなんて奴もそう居ない。なにせ得をしそうにない。さらに言うと、ジゼルに何をやろうとしたかも調べがついたのでそちらの方の裁きも受けさせるし、ジゼルの方にも連絡を入れたそうだ。あの守兵たちも共犯ということになるから調べが入ったが脅されていたというのは一応加味される、と。社会的制裁を受けさせろ、までが《依頼》だったが具合よく事が運びそうでなによりだ。そんな流れできちんと調べているのも知っていたし、ジゼルが不滅隊に呼ばれて話を聞かれたりしているのも知っていた。スウィフト大闘佐が経過を時折チラホラと教えてくれるからというのもある。俺が思いっ切り関係者だからこそだ。そうじゃなきゃ教えてもらうことは普通、無い。そんな中でジゼルが回復しきった後に《俺》にまともなお礼を伝えられていないような気がする、と気にしているという話も教えてもらった。きちんと礼は聞いているのだが、本人が本調子じゃなかったせいで記憶があやふやなんだろう。それにしてもきちんとお礼をしたかったと気にしているあたり気のいい子だなと思う。だからといって積極的に接触するものでもないだろうし……。最も、あれだけ裏の姿で遭遇してしまうと《超える力》持ちである彼女が《絶影としての俺》を視てしまう可能性は十分にあるわけだ。そっちのほうが厄介そうではあるんだが……どうしたものかな。

 親しくなってから聞いた話だと、それでも彼女の《超える力》は過去視が得意ではないらしい。何が得意で不得意なのかは本人しか知りようがないのだが、ジゼル本人によるとそういうことらしい。最もあの力を他人のと比べるのも難しいのだがアレコレと話を聞いた限り、俺の過去視の発動回数に比べて頻度が低い、というのは確かなようだった。たぶん、兄貴と同じくらいじゃないだろうか。兄貴も本人曰く、刹ほどには過去を視ないとのことだし。だが厄介なことに追体験をするという深度の深さは俺と同じらしい。誰かの過去をまるで自分がその場で本人としてこなしたかのように経験する現象。アレを経験する、と言っていいのかも分からないが便宜上、経験していることにしとく。経験してきた、と断言できるレベルの現象だからだ。もしアレが運悪く俺に対して発動してしまったら彼女は人殺しを追体験することになる。それも別に殺さなければ自分が死ぬ、と言う極限状態ではなく金を貰って好き好んで仕事として殺す、というかなり悪趣味な状況で。そんな追体験はとてもじゃないがして頂きたくはない。俺への評価がどうなろうがそんなものはどうでもいいが不愉快だろうからな、《好んで殺しをする》なんて体験するのは。普通の人はそもそも過去を全く見ないし追体験もしないが、《超える力》持ちだと見たり体験したりする可能性が出てきてしまう。事実、友人である《超える力》持ちのジーキルは、これといって何も話したことが無いのに、俺が殺し屋も兼業しているのを察している。察しているが黙ってくれているに過ぎない。ほかの《超える力》持ちたちも、もしかしたら彼のように俺の裏の姿を、俺の知らないうちに覗き見ているかもしれないがその話を持ち出してきたやつがいないから視られていないか、黙ってくれているかなんだろう。視られていない方が絶対に良いが。……どうしたものかな。

 考え込んでばかりいるのも良くないなと、意識を切り替えることにして足元をうろうろしている栗丸を確かめる。特にアレコレ構えとも出かけたいとも今日は言ってこないが、ちょっと散歩にでも連れ出すか……俺の気分転換もかねて。たしか気になっていた布地もあるし、マーケットボードで値段が落ち着いたか見て見るか。ある程度のギルを持って行って手が届くようなら買えばいい。どれ、じゃあちょっと金を出してこよう。普段は50,000ギル程を持ち歩いていて、それ以上の額は財布に入れない事にしている。ので、少々高い買い物をするときは自宅にある金庫から金を引っ張り出している。あまり大金を持ち歩くのは好きではない。普段に比べて多い金額を財布やカバンにきちんとしまい込み、雷刃にちょっと栗丸を連れてクガネの方まで買い物に行ってくると伝える。彼が畏まりました、お気をつけてと返事をするのを聞いてから栗丸を呼んで一緒に家を出た。散歩散歩!と機嫌良さそうに栗丸がついてくる。実をいうと自宅を出てすぐの場所に、マーケットボードは置かれている。が、そこだと近すぎて栗丸の散歩にならないので渡し船を使ってクガネの市場まで行くつもりだ。栗丸達が自分たちだけで外をほっつき歩く大冒険をした時に、ここの船頭には世話になってそれ以来、彼らとはそこそこ仲良しだ。栗丸が近寄っていくと声を掛けてくれて構ってくれるので俺としては有難いと思う。例によって代金を支払って、クガネまで運んで行ってもらう。小舟に乗っての移動もすっかり慣れた栗丸は俺が抱えていなくても船の外を覗こうとしたりはしなくなった。川を覗いていて川に落っこちて流されかけ、熊に食われかけてからより警戒するようになった気がする。怖かっただろうしな。もう不用意に落っこちないように、自分で気を付けているらしい。水辺を覗きたくなった時は俺に抱えてくれと言うようになった。まあ、俺が水に引きずり込まれることがあるから頻繁にはやらないことにしている。担当になってくれたヒューランの初老の船頭が舟歌を歌いながら漕ぎ進む。栗丸が合わせて鼻歌を歌っているがそっちは俺にしか聞こえてない。こういう仕事歌は聴いていると眠たくなってくるな。悪い意味じゃない。不思議と心地が良い。彼は歌が巧いな。のんびり舟歌を聞きながらクガネにたどり着いて、運んでもらった礼言い、良い歌声を聞かせてもらったことにも礼を言う。彼は少しだけ照れ臭そうに笑って、それから栗丸の頭を撫でてから仕事に戻っていった。またおいで、と。彼が次の仕事へと海へ去っていくのをしばらく栗丸が見送っていたのでそれに付き合ってから、じゃあ行こうとクガネの市場……小金通りヘ向かう。相変わらずの極彩色の街だ。俺の目でも派手なおかげで景色が多少分かりやすい。紅色の橋を通って市場へ入る。西から流れ込んできた冒険者たちとクガネに元々いる住人達、それから観光に来た異国の連中や商売にやってきた商人たち。結構にいろんな人達が入り乱れているので栗丸には離れないように声を掛けておく。分かってるぞ!と返事をしながら、栗丸が俺の足元にしっかりと着いてきていた。人混みは結構怖い、と栗丸も思うらしい。栗丸にとっては大きな生き物ばかりだものな。さて、俺が気にしていた布の出品数と値段はどんなものかな。

 マーケットボードを確かめる。俺の目だと確認に少々時間がかかるが致し方ない。目当ての布は……どうやらいくらか値段が下がったようだ。なら買ってしまおう。必要なのは反物の状態で二つばかりか。アレコレ手続きを踏んで、落札しておく。何がどうなってるのか分からないがこの辺りが自動で出来る。シドやらアラグのやらの技術が流用されているんだろう。リテイナーの雇用窓口の方へ行って、落札した証明を済ませると品物を受け取った。恐ろしい程に迅速に対応してくれるがどうなってるのやら。まあいい、便利なのに違いはない。背負いカバンに反物をどうにかして突っ込む。手触りが良い布だ。ほんの少しはみ出しているがきちんと固定はしたので零れ落ちてくる事もないだろう。値段が落ちてきていたといはいえ安い買い物というわけでもないので盗られちまわないようにしておかないとならない。まあ、手を出されようもんなら即座にとっ捕まえるくらいの自信はあるが。少しだけ、クガネをぐるりと回ってから帰るかなと思っていたらどこかで聞いた足音を聞きつける。これは……今回は平和なタイミングだな。

「あ、刹さん。」

 声のした方に振り返ると当然だが、人が大勢居て直ぐには見つけられない。が、声の出所は聞き取れていたのでどの辺りなのかはある程度、分かってはいるし、誰の声かも分かってはいる。スイスイと人波を避けながら声を掛けてくれた年若いエレゼンが近寄ってくる。足を踏み出す度に鳴るガシャリという鎧のぶつかる音。俺の近くまでやってきてからカチャッと音を立ててフルフェイスの兜の可動部分持ち上げて素顔を見せてくる。

「こんにちは。」
「あぁ。」
「栗丸くんもこんにちは。」

挨拶を返してすぐ、俺の足元にいる栗丸にも改めて挨拶をしてくれる。人混みだからと側でじっとしていた栗丸がぴょんぴょんと俺の前に出て嬉しそうに大きくその場で飛び跳ねた。

「!!」
「栗丸くんはいつも元気ですね。」

しゃがみ込んで栗丸を撫でてくれながら、彼女―ジゼル―がにこにこと笑う。フルアーマーにしっかり槍を担いでいるから冒険帰りか、はたまたこれから何処かへ出かけるのか。彼女の足元にも、栗丸とよく似たまん丸の生き物がちょこんと座っている。栗丸がすぐさまその子に寄って行って挨拶をし始めた。ぴょこぴょこと飛び跳ねながら挨拶する栗丸に対して、その子はじっとしたままだがまん丸の目がしっかりと栗丸を追いかけていて、栗丸が側で立ち止まるとピトッと身体を軽くくっつけている。アレが仲良し同士の合図らしい。栗丸によれば、あれはホッペとホッペをくっつけているのだそうだ。あの挨拶をした時は必ず、ホッペとホッペした!と報告してくるから栗丸にとっても嬉しい挨拶らしい。

「レークも元気そうだな。」
「おかげさまで!刹さんはお買い物ですか?」

栗丸と同じパイッサの子供。ジゼルの連れているのはレークという名だそうだ。異国の言葉でタマネギと言う意味だと。言われてみて確かに、この珍妙な生き物はタマネギにも似ているなと認識したものだ。俺は栗を先に連想したがタマネギが過っても不思議じゃなかったなと思う。もし先にタマネギが過っていたら果たして名前はどうなっていたかな。玉ねぎ丸だと呼びづらいし、ネギ丸だと長ネギを連想しそうだ。そのままタマネギと呼ぶ事もあり得たかもしれない。ともあれたまたまながらお互いパイッサと一緒に暮らしている同士で、栗丸とレークもすぐに仲良くなった。最もレークは大分無口らしく、栗丸のように騒がしくない。ほんの時々鳴き声らしき声を聞くがその程度だ。一応俺にも懐いてはくれている。

「ああ、ちょっと布をな。」
「布?ですか?」
「服を仕立てたくてな。使いたい布は異国ので糸から作れないから反物になってるのを買っちまおうと思って。」
「ああ、もしかして宝箱から見つかることがあるっていう奴ですか?ラザハンの方の……。」
「あぁそれだ。」

ラザハン製の珍しい布。少し肌寒くなる秋の頃に丁度良いと言うドレスがレンに似合いそうだったので仕立てようかと考えて仕入れに来たわけだ。さっき買い付けたのがその布なので、あとは時間を見つけて服を仕立てる仕事をすればいい。少々面倒というか、難しい類になるからある程度集中したい。なにせ失敗したら布がダメになる。そうなったら買いなおさないとならない。ギルはまた貯めればいいし、また買えばいいと言えばそこまでだが出来ればスムーズに作り上げてしまいたい。目の事があるからどうしても、ほかの連中より集中と時間が必要だから……。冒険も《仕事》も入れていないうちに、家にこもって仕立てたいところだ。買い物が散歩になるから栗丸はついでに連れてきた感じだとジゼルに説明する。人混みを連れ歩くのは気をつけないといけないが、栗丸自身も周りの人間もちゃんと気をつけて歩いてくれる。たまに素で気が付かずに栗丸が蹴られかけることもあるが基本的に相手には悪意がないので俺が栗丸を庇う形をとってやり過ごしている。連れてきてよかったな、ジゼルとレークにも会えたし。

「ジゼルは出掛けるところか?」
「いえ、帰ってきた所です。荷物を整頓したくて。」

冒険していると結構に荷物が増える。普段持ち歩く必需品以外に、細々とした戦利品や依頼で得た報酬なんかが本当に少しずつながらも積まれていくからだ。チリも積もればなんとやら。それが冒険カバンを圧迫しだすことも多々あるから、冒険者たちは時々、ごちゃごちゃのカバンをひっくり返して整頓せねばならなくなる。持ち歩きたい物と保管しておきたい物を選別して要らないものはマーケットに売りに出したり、グランドカンパニーに物資として納めたり、雑貨屋に買い取って貰ったりする。身軽でいたいが持ち歩きたいものも多い。冒険者の多くが自分の荷物事情に頭を悩ませている事だろう。俺もそうだ。

 ところで彼女は今、帰ってきたところだと言ったな?なら……急だがアレの話をしてしまおうか。なかなかタイミングも無いし、お互い時間があるのならばいい機会かもしれない。《俺達》はさっさと心算が出来てしまうから、問題は彼女の方の都合だ。

「……暇があるならちょっとばかり話に付き合ってくれないか?」
「え?ええ、特に用はないので大丈夫ですけれど……。」

お風呂は済ませておきたいかも、と彼女が言う。鎧を着たままの行動は汗もかくし着替えたいですし、と。クガネの宿、望海楼で身支度を整えてからでも良いですか?というので勿論だと応える。

「俺の家の場所は分かるよな?」
「はい。大丈夫です。」
「なら、済んだら来てくれ。話しておきたいことがあったんでな。」
「何でしょう?とりあえず分かりました。」
「雷刃に出迎えと案内を頼んでおくから、家まで来たら彼に従ってくれ。」
「?」

 従ってくれという表現に、ジゼルが不思議そうな顔になる。彼に案内してもらってくれ、で済みそうなのに従うとわざわざ言い換えたのが引っかかったのだろう。一応、わざと言い換えたがなんとなしに通常とは違う空気が伝わったようで一先ずは納得してくれたようだ。じゃあまた後でと挨拶をして、彼女は宿の方へ、俺は自宅へと戻る。栗丸がジゼルとレークとも話せたとご機嫌だ。家に行ったら、悪いけどお前は奥で良い子にしてるか誰かと散歩をしててくれと言うとちょっぴり残念そうにしたが、栗丸は良い子だから旦那の言う通りにするぞ!と胸を張っていた。本当にこの子はいい子だ。何かしらの事情があるときちんと理解してくれている。さて、急いでシロガネの家まで戻って支度をしなくては。帰りは渡し船を使わずに、テレポで帰ってしまう事にする。栗丸は抱きかかえておいて、目を閉じておけと言い聞かせて一応、俺の手のひらで栗丸の目を塞いでおく。空間移動につきもののグンニャリとした視覚へのゆがみを防ぐために。元気よくわかったぞ!という返事の後に、ぎゅっと目を閉じたのは分ったがうっかりクセでパチっと開けてしまうとも限らないのだ。この子は賢いがどこか間が抜けている。ともあれ、手早くテレポを詠唱して、暗闇に落ちるような一瞬の間のあと、波の音が大きく聞こえたところで目を開ける。きちんと自宅の玄関先にたどり着いていた。栗丸の体に着いた埃を払ってやりながら、もう大丈夫だから目を開けて良いぞと声を掛ける。どうやら頑張って目をギュっとしていたようだ。エライぞ、と褒めてから玄関のドアを開く。玄関先にぶら下げた鋳物のドアベルと、呼び鈴ように下がっている金属の鐘がどちらも小さな音を立てる。

「おかえりなさいませ。」

すぐさま雷刃が出迎えの挨拶をくれる。奥のカウンターにいるロットゲイムとアドゥガンも揃ておかえり、と挨拶をくれた。アドゥガンは軽い会釈だけで声はないがこれはいつもの事だ。

「雷刃。急だが《支度》を手伝ってくれ。」
「はて、《支度》ですか。本当に急ですね。」

自宅に帰り着いてすぐ、出迎えてくれた雷刃に手伝いを頼む。《支度》と表現した時は刹で冒険者の準備をするのではなく、絶影として裏の姿としての支度をすると決めてあるので雷刃は少しばかり驚いたようだ。一緒にリビングにいたロットゲイムとアドゥガンも同様に。

「ジゼルが来る。詳しい事は言えないが《本職》の方で応対したい。」
「……なるほど。細かい事情は勿論、聞きませんが承知いたしました。」

即座に雷刃が居間を片付け始める。カウンターの奥にいたロットゲイム達も出てきて当たり前のようにそれを手伝い始めた。出しっ放しだった彼等の休憩のためな茶器や茶菓子がすぐに下げられていく。ざっくりとアドゥガンが床掃除もしてくれた。特にあれこれと指示したわけでもなしに、彼等は自然と役割分担をしてこなしてしまうから俺としては助かる。本来なら彼らはそれこそ俺の《本業》に関わらせない方がいいのだが……三人共が良くも悪くも裏側に居たことがある連中のせいで深入りはしないが手伝えることは手伝う、とこうして手を貸してくれている。ロットゲイムだけは例外的に、かつて海賊だったころのコネも使ってここで情報収集の補助をしてくれとスカウトしたから彼女は、まあ、最初からそう言う事になるが。

「ならアタシらも支度済んだら引っ込むか出かけるかしとこうかね。」
「頼む。急で悪いな。栗丸の事も任せたいんだが。」
「なら栗ちゃんはアタシが預かるよ。準備が済んだらお散歩に行こうね栗ちゃん。」
「!!」
「わかった、ロットゲイムとお散歩楽しみ。だそうだ。」
「良い子だねえ。」
「……。」

アドゥガンが黙ったまま俺をみて、静かに奥の部屋の方に手のひらを動かした。どうやら彼は出掛けずに、彼の私室で休む事にするらしい。

「急に悪いなアドゥガンも。」
「……。」

ここは刹さんの家なのでそこは気にしないでくれと彼が言いたいのは分かる。無言だし僅かなジェスチャーでのやり取りだがそれでも言いたい事が解るのは不思議だが面白い。さて、俺自身も支度をしなくてはならない。まずは先にロットゲイムに預ける栗丸用の荷物を彼女に託しておこう。食い物や水。魔物に遭遇した時に避難してもらう大きめのポーチなんかを彼女に手渡しておく。栗丸にも改めてロットゲイムの言う事をきちんと聞いて散歩するんだぞと念を押す。栗丸は良い子だからちゃんと言う事を聞くぞ!と胸を張るのを確かめて頭を撫でてやる。どこか自慢げにするのを見て苦笑してしまう。可愛いやつだな本当に。栗丸自身もロットゲイムに任せておくとリビングに並んだ小さな部屋の鍵を開ける。いつも鍵がかけて有り、滅多に開けないし中にもあまり入らない部屋だ。何故ならばここは《絶影の仕事場》だからだ。ごく稀にこの部屋でお客と仕事の話をする。刹と言う俺の自宅であることに変わりはないので本当に稀だ。刹の自宅な訳だからそこに殺し屋の絶影の仕事場が有るのがもうおかしいのだから。裏仕事の書類やら整理するのに俺自身の私室に持ち込みたくないからこそ設えた部屋だから人が立ち入る回数は僅かではあるんだけどな。中の様子を確かめて、ほんの少しだけ掃除をする。基本的にあまり立ち入らないから埃が少しばかりあったが激しく汚れたりはしていない。書類の類も全て整えて見えないところにしまわれているし見られる心配もない。飾られた白と黒の花は、幸いにしてまだまだ元気だ。簡単に部屋を整えてからリンクパールでレンと兄貴に連絡を入れておく。訳あって本業の姿でジゼルと自宅で話をする事になるから申し訳ないが帰宅してくるならば夜にしてほしい、と。二人とも、すぐに理解してくれる。有り難い限りだ。じゃあアンタのお願い聞く代わりに帰ったら私の好きなケーキ何か焼いてねーとレンは笑っていた。ジゼちゃんによろしくね、とも。もちろん、彼女の望む通りにしよう。兄貴の方も俺はリムサ・ロミンサに一泊しておくよとあっさりした答えだった。とかく言うつもりは無いけれど本業の話をするならば相応の用心をして意図しない相手に姿を見られたりしないように、それからジゼルさんに失礼が無いようにな、と釘も刺してくる。言う通り気をつけるよと返事をして、改めて手間をかける事に詫びを入れて通信を切った。ジゼルとのやり取りが真夜中までかかるような時間の使い方はしないから、レンが帰る頃にはこの部屋もいつもの様に鍵が掛かって俺も普段通りの刹になってるだろう。部屋を一度出ると雷刃が待ち構えていたように声をかけてくる。どうやら大方の準備が済んだらしい。

「居間は整えましたし、茶菓子は用意できましたので、どうぞ。」
「悪いな。」

雷刃が用意した茶菓子を仕事部屋に運び込んで、テーブルに並べておく。お茶はジゼルが来てから温かいものを用意してくれるつもりらしい。彼はそう言うところを拘るのでお任せだ。ロットゲイムが一足先に散歩に行くよ、と宣言したのできちんと彼女と栗丸を見送る。栗丸が行ってきます!とぴょんぴょん跳ねるのを軽く手を振って応えておく。ロットゲイムがどこに栗丸を連れて行くつもりなのか分からないが、彼女の事だから危険なところへわざわざ行く事はしないだろう。

「俺もジゼルお嬢さんがいらして茶を出したら奥に引っ込みますんで。何かあればリンクパールで呼びつけてください。」
「分かった。……あぁ、引っ込む前に、身なりの確認だけして欲しいな。」
「かしこまりました。」

大体の支度が済んでから、雷刃がアドゥガン用のお茶と食い物のセットを運んできて彼に手渡している。例によって無言のままだがアドゥガンはしっかりと雷刃にお辞儀をして、それから俺にも会釈してから私室へと引っ込んで行った。彼等の休む部屋が並ぶ区画にも、きちんと手洗い場やらはあるのでそこらへんも心配はしなくて良い。

……さて、あとはジゼルが来るのを待って、彼女が到着してから身なりを急いで整える感じになるな。本当なら出迎えには出ずに応対を雷刃に任せて既に絶影のみてくれにしていてもいいが、一応、顔を出しておいた方がジゼルも安心するだろう。安心というか納得というか。刹がきちんと居る、という認識をさせておきたい。

「ジゼルが来たら、部屋に通して奥のソファに座ってもらってくれ。俺は応対して急いで着替える。レークも一緒かもしれないがそのまま連れ込ませてやってくれ。」
「かしこまりました。座って頂いてお茶をお出ししたら、一度身支度の様子を伺ってそれから引っ込みますね。」
「よろしく頼む。」

 お任せを、と雷刃が品良くお辞儀をする。それから数分後か、玄関に下げられた鈴が音を立てる。シャラシャラと品のいい静かだがよく通る。ノッカーよりもいい音な気がするからと呼び鈴としてぶら下げた鈴。うちに訪ねてきた時はそれを揺らして鳴らしてくれと友人知人には伝えてある。すぐ様、雷刃がゆっくりと玄関のドアを開けた。風呂でスッキリとしてきたのだろう、鎧を脱いで街着になったジゼルが立っている。腕にはレークを抱え上げていた。

「こんにちは、雷刃さん。刹さんにお呼ばれしまして……。」
「ジゼルお嬢さん、ようこそいらっしゃいました。聞き及んでおりますのでどうぞお入り下さい。」

しっかりとお辞儀をして、ドアを支えてどうぞ、と雷刃がジゼルを招き入れる。お邪魔いたしますとスラリとしたエレゼンの少女が家の中へと入ってから、雷刃がそっと音を立てないように玄関を閉めた。

「急に呼びつけて悪いな。」
「いえ、用があったわけでもありませんし。……栗丸くんはお出かけですか?」
「訳あって散歩にな。すまんなレーク。アイツは留守だが。」
「そうでしたか。」

レークがそっかぁ、と言いたげに目をパチパチさせるが、言いたげな内容の割にそこまでガッカリしている訳でもなさそうだ。さっききちんと親愛の挨拶を済ませているからかもしれない。この子は栗丸に比べて大人しいので少々、気持ちの予測がつけづらい。

「それでお話というのは?」
「あぁ、ちょっと会わせたい奴が居てな。呼びつけて来るからそっちで待ってて貰えるか?」
「?はい、分かりました。」
「俺が案内しますんで、刹さんは。」
「あぁ、頼んだ。」

 雷刃がごく自然に此方ですとジゼルをあの仕事部屋へと案内し始める。マーケットで会った時に雷刃に従ってくれと話しておいたからジゼルも素直にそれについて行った。それを尻目に急いで地下の風呂場へ駆け込む。勿論、足音は立てないが。手早く髪の色を染め直して形を整えて、僅かな化粧をして服も変える。本来、髪の染め直しは時間がかかる筈なのだが、敏腕美容師のジャンドゥレーヌに手早く終わる技術を教えて貰ったのでそれで済ませた。彼に頼み込んで習い覚えてよかったと思う。便利だ。仮面をきちんと被り、得物も普段の鈍色の双剣から緋色の双剣に持ち直す。最も、パッと見ただけでは丸腰に見える筈だ。武器を見えないように持ち歩くのが常だから。大体の身支度を整えて地下の部屋出ると、雷刃が温かい茶を用意し終えたところだった。丁度いい。ジゼルの所にそれを運ぶ前に、俺の身なりの確認をしてもらう。髪の染め残しがないか、仮面がズレていないか?を特に重点的に。

「特に問題有りませんが、ここだけ少し皺伸ばしますね。」

髪も仮面も問題は無い、と言いながら、彼が着込んだ服に飾りとしてつけられたタイを直してくれる。綺麗な波型になりつつ、余分な皺が無いように、と。

「よし、整いました。」
「済まんな。」
「いえ、ではお茶を届けますね。届け終えたらもう一度降りてきますので。」
「分かった。それを待つよ。」

では、と雷刃が温かい茶を二人分、お盆に乗せて階段を上っていく。失礼しますと声を掛けてから、障子を開けてジゼルと簡単な会話をしながらお茶を並べている音が聞こえて来ている。少ししたら、刹さんの呼びつけた方がいらっしゃいますので、と。ジゼルが僅かに不思議そうな空気になったのも伝わってくる。刹さんと呼びつけた方、二人で来ると言わないのは何故だろう?と思ったようだ。たしかに、本来ならそうなる筈だよな。が、事実としてこれから彼女の元へ行くのは俺一人。だがその一人が実質《二人》だ。雷刃がでは失礼しますね、と部屋を辞してまた地下へ降りてくる。済みましたよ、と。

「では俺も部屋に戻ってますんで、何かあれば連絡を。」
「ああ、いつも済まんな。」
「いえ、では。」

念のためにきちんと挨拶をしてから彼が一階へと戻り、私室へと引っ込んで行く。細かなやりとりだが、連絡なりなんなり、確認を取り合う事を雷刃が拘るので俺もそれに則っている。彼にはここで散々、頼っているのでなるだけ彼がやりやすく過ごしておいて欲しいしな。念を押す確認自体は俺にとっても大切だ。さて。

 階段を上がる。足音は立てない。自宅だろうと刹の時であろうと基本的には足音を立てないようにしてしまうから最早癖だ。仕事部屋の前に立つと、ジゼルがどこか落ち着かなそうな空気になっているのが分かる。膝に乗せたレークに会わせたい人とは誰だろうかとなんとなしに零しているのも聞こえてきた。レークの方はと言えばいつも通り、黙ってじっとしているらしい。栗丸と違って反応が薄い子だが、だからといってジゼルを無視しているわけでも無い。ただ動きが少ないだけの子だ。……流石に無言で開けるのもおかしいし、かと言って声をかけるのも違和感があるように感じて少し考えてしまう。まぁやりづらいがノックで良いな。障子の格子部分を軽くノックすると、中にいたジゼルがはい、と控え目ながら返事をしてくれる。居ます、とか、どうぞ、とかの意味合いでだろう。さて、どんな顔をされるか。ゆっくりと障子を開ける。スーっと静かな音で開いたそこに、三度ばかり遭遇した殺し屋が立っているわけだからな。

「……!?」
「驚かせたか?悪いな。」
「えっ……。えぇっ?刹さんが会わせたい人?が貴方なんですか!?」

思わず声が大きくなったのだろう、それに少しだけレークがびっくりしたようで目をパチクリさせながら僅かだけジゼルを振り向いている。あ、ごめんなさいとジゼルが頭を撫でると、大丈夫ーと目をパチパチしながら俺の方を見上げてきた。アンタだーれ?と言いたそうだ。

「俺とは会いたくなかったか?そりゃ残念だ。」
「いやあの、ええと。そうじゃないですけどええと。」
「なら、とりあえずそういう事だ。刹に呼びつけられたのは俺だ。」

中身は同じ。いや、《稀に違う》が基本的には同じだし同じ身体だ。当然、声も刹のソレで違いない。だが、絶影の時は意識して低い声を出す。刹よりも重く、鋭い音。口調も刹の時より粗くする。白髪の時の俺は《刹では無くて絶影である》のだから《絶影らしく》振る舞うのが自然なこと。

「……刹さんとお知り合い、なんですね?」
「あぁ、昔からのな。お嬢さんが厄介に巻き込まれて拉致監禁されて下衆な連中に下衆な真似をされそうになったのも、アイツは把握してるよ。」
「??どうしてそれを刹さんが把握?貴方が漏らしたんですか?」
「近いものはあるな。だが漏らした訳じゃ無い。もっとシンプルだ。」

つまりどういう事なんだ?とジゼルが小さく首を傾げる。同時に、なんだか刹さんそもそもこの人に似ているな?とも思い始めたのも。レークが一緒になって首を傾げると言うか傾いているが果たしてあれは何か考えた末に傾いてるのかどうかなのか。見えるその姿は俺の視力ではどうしてもボンヤリだが見ていて面白くて笑ってしまいそうになるのを堪える。

「お嬢さん、救出の依頼を出した奴が誰なのか気にしていたろ。可能なら礼を言いたいと。」
「え?ええ、可能ならばもちろん……。でも貴方が依頼主の事は明かせないと。」
「本来ならな。明かすもんじゃ無い。」
「?でもなぜその話を?」
「そもそも何かしらのツテが有ろうが俺みたいな影の住民がお嬢さん達にこんな風に堂々と接触する事自体があり得ない。」
「それは、そうでしょうけど……ならどうして刹さんは貴方をここに?」
「当然特殊な事情があって、お嬢さんに《依頼主》を教えてやろうと思ってな。」
「え?」
「《依頼主》がそれで構わんと判断したから、だ。繰り返すがかなり特殊な事情によるもので本来なら有り得ない。」
「ではその特殊な事情?と言うのは?」

口元が持ち上がる。悪巧みするような笑み。ジゼルが一瞬だけ槍を握ろうかと考えたのがわかる。だが、ここは刹の家で、雷刃達だってきちんと控えている筈と思いとどまったらしい。我慢するようにほんの少しレークを強くキュッと握ったのがわかる。握られた方のレークはほんの少しだけぎゅむっと顔が内側に寄ったが全く気にした様子が無くて面白い。動じないなこの子は。

「本来なら有り得ない。《依頼主》はしゃしゃり出ちゃこない。が、今回は特例だ。」

ゆっくり、右手を仮面に持っていく。ジゼルが何事だと少しだけ身構えたのが分かる。体を力ませたからこそ、ソファと彼女の身体、服が擦れて微かな繊維の重なって擦れる音が聞こえてくる。仮面に手をやるというのは素顔を見せるのか?と驚いたのだろう。顔を見せると言うのはつまり正体を明かすと言う事で大ごとなはずだ、と。空気がタダならないと思ったのかレークもほんの少し身動いて居る。モゾモゾとジゼルの腕に毛玉が押し付けられてごく小さな音がした。カチっと仮面の固定を緩くする。普段ならば仕事を済ませて着替える時位にしか外す事のない仮面が緩んで微かに顔と仮面の間に隙間が増えた。

「《依頼主》は《俺》だ。」

その瞬間の声だけは、《刹の声》になる。《依頼主》なのは、そう、刹の方だ。するりと仮面が外れて、顔が覗く。髪は白く、いつもの髪型ではない。戦化粧も普段とは違う。それでも。顔そのものをすげ替える事は出来ない。特徴的であろう青と白のオッドアイがしっかりとジゼルには見えただろう。もちろん、レークにも。

「……えぇっ?刹さん!?えっ!?」

ジゼルがびっくりして目をまん丸くしながら、声を上ずらせる。面白い反応だ。知り得るはずのなかった秘密を知った時の人間の反応と言うのは面白い。奇術師が手品をする時、こんな気持ちになるだろうか。種明しをした時のお客の反応はきっと楽しいに違いない。レークはと言えば、顔がすっかり見えたあたりでアレェ?と思ったらしい。セツが白い?とひどくノンビリした思考が伝わってきて面白く思う。たしかに、髪の白い状態の刹だからセツが白い、と言えなくもない。

「やれやれ。まぁそう言う事だよジゼル。」
「どう言うことですか……!いや半分くらいわかりましたけどええと。つまり、刹さんとあの、私の奪還をした人は同じ人?なんですね?」
「そう言う事だな。半分どころか全部分かってるぞソレ。」
「……刹さんが依頼主で奪還したのも変装した刹さん、と言う事で良いんですよね?」
「そうだな。依頼主は俺、実行したのは白い髪の俺。どっちも俺だが、別人として扱ってる。」

 びっくりしました、とジゼルが溜息をつく。だから刹さんが私がどう言う目にあったのか全部ご存知なんですねと納得もしたようだ。そう、初めから知っているのだ俺は。姿形を絶影にしても、本人である刹が綺麗に消え去るわけでは無い。皆にも彼女にも話していないし話す気もない事だが《意識が完全に絶影になっている》事もある。《彼》が記憶を共有してくれる事の方が多いので実質、常に《二人で》物事を見ているし聞いている。必要な時には完全に《絶影に任せる》が、そうじゃない時は《刹が絶影の見てくれと振る舞いを真似ている》だけの事もある。少し前までの俺はまさにそれをしていた。《絶影そのもの》は今、この状況を理解しているが表に出てくる事はないだろう。そもそも今は面倒だし寝てる、と気配もしない。特に用がないとか休んでいたいときなんかは、《彼》は今のように寝てる事も多い。逆に《彼》がメインで動いている時は俺が寝てたりする。そういう時、体は動いてるが俺の意識はない。精神的にだけ寝ていると言えばいいだろうか?明らかに普通とは言い難い状況だがそうとしか表現のしようがない気がするな。

「あ、ええと、事実には驚きましたが本当にありがとうございました。助けて頂かなかったらどうなったか……。数日休んで体も回復しましたし。」
「なんであれ、大ごとにならずに済んでよかった。……いや充分大ごとなんだがな。」
「しばらく不滅隊にもお邪魔してましたし……騒ぎとしてはそうですね。でも。なんというかあのお家の関係の方、結構に捕縛されちゃった気がしますけど……。」

拉致監禁されたというのは事実なので、彼女はきちんとウルダハ領内でどういう目にあったのかを不滅隊に申告している。その辺も一応把握済みだ。あの下衆一家はそもそも、先代の当主がやらかしていたわけで不滅隊がしっかり目を着けていたしなにより、悪事の調査中だったので彼女からの申告にさらに調査を厳しくしたので捕縛者が増えたわけだ。なにせ俺も調査を手伝っている。

「俺がダメ押しに悪事の証拠垂れ込んだからな。」
「えっ?」
「捕縛者が増えたのは不滅隊がきちんと捜査していた証拠でもあるが。余罪が多すぎて却って忙しくさせちまった気がするな。」
「……もしかして私を介抱してくださった後に調べたい事があるって仰ったのはソレですか。」
「ああ。殺さなくていいが社会的制裁を加えろ、までが依頼だ。」
「……刹さんは容赦しないほうです?」
「恩人を攫うような奴に容赦が必要だったか?」
「なるほど、刹さんを怒らせちゃいけないのは分かりました。」

怒ってらしたんですね、とジゼルがどこか納得した顔になる。初めて会ったとき……ここでいう初めては冒険者の姿で初めて遭遇した時の事だ。俺が調子を悪くしてしまい栗丸は川に落っこちてその上クマに食われそうになった時、咄嗟に飛び込んできたジゼルのおかげで栗丸は食われずに済み、俺も水をかぶっただけで終わる事が出来た。そうじゃなかったら栗丸はクマのオヤツになったろうし、俺もメインディッシュにされてたかもしれない。俺だけは助かるパターンもありそうだがだとしても大怪我はしただろう。それを防いでくれた彼女は命の恩人だ。俺のみならず栗丸にとっても命の恩人なのだから丁重に扱うのが筋というものだ。俺の流儀では、だが。受けた恩は生涯忘れず返し続ける。それが俺の流儀なのでその大事な恩人を攫ってよからぬ事をしようとしているのを目撃した以上、放っておくことは出来なかったわけだ。が、目撃していたのが刹である俺ではなく絶影のほうだったから話が面倒くさいことになったに過ぎない。刹としての俺が目撃していたら、即座に割り込んだろう。相手の主張もジゼルの主張もお構いなしに、彼女が調達してきた品だけあの雇われに放って彼女は無理やり連れて帰った。絶影だったのでそれをしなかっただけだ。ちなみに絶影は俺の流儀を尊重してくれるので、その方針に則った形で行動してくれる。例外もなくはないが。

「運よくジゼルを嵌めようって会話してるのを見聞きしたんでな。まあ、聞いてたのが絶影の方だったからややこしくなったが。」
「絶影……?」
「あぁ、白髪の方の時の通り名だ。狂い月の絶影。」
「あ、そうですよね。刹さんの名前でその、危ない仕事はしませんよね……。」
「表向きの俺は一応、ベテランの冒険者でしかないからな。まぁ間者の仕事はそっちでもしてるが。」

 よいしょと手前の、出入り口の障子に近いソファに座り込む。この部屋はあまり広くない。万が一、お客を入れなきゃならなくなった時、簡単に逃がさない為でもある。仕事の内容であれ会話した事であれ、不用意に外に漏らしてしまうような手合いならば相応に処理せねばならないし、心変わりをする様な流れになればそれまた相応にしなくてはならない。そうなった時に動きやすい広い部屋では逃してしまいかねない。だからここは少々窮屈だ。ここで動きたいように動く事ができるのはこの部屋のヌシである《俺達》だけだろう。《俺達》が主導権を握る事が出来るように仕組んである形だ。だからこそ招いた相手が信頼できるジゼルであろうとも、彼女が急に逃げようとした場合に手早くは出られないように出入り口から遠い位置に座らせている。その上で狭い部屋である以上、得物の槍も取り回しづらい。天井はそこそこ高いが、左右の幅は狭い。そのせいでリーチのある武器が不利になる。《俺達》の方は体はデカイものの忍びの身のこなしを学んでいるから狭くてもある程度動けてしまうし得物の双剣は短めの刀なので取り回しも利く。相手の懐に飛び込めば此方のモノだ。たとえ恩人で信用に足る人物だと分かっていようとも、絶影の仕事部屋でのお客の扱いは変えたりしない。これは保身のためだが。

「嵌めようとしたのを聞いてたって事はあの、私があの人たちと何かやり取りしたのを見たんですか?」
「ああ。《仕事帰り》にあいつ等がコッファー&コフィンでコソコソ話してるところに通りがかった。」
「そのおかげで私は無事で済んだんですね。本当にありがとうございます。」
「正直、放っておくか迷ったのも事実だ。絶影にとってはジゼルは赤の他人で深く関わらないほうがいいに決まってるからな。が、俺にとっては恩人で冒険者仲間なわけだから、まぁ結局、首突っ込んだ。」
「しっかり刹さんと絶影さんで切り替えてるんですね……。」

 彼女の言う通り《俺達》はきちんと別人の立場をとるし、お互いを尊重する事にしている。ほとんどの時間は刹で有る俺が刹として行動している。時々、絶影の側が表立って動くが頻度としては控えめだ。本業の数は少ない方が良いし、それで構わない。《絶影自身》も頻繁に動き回るのを好んでいない。《彼》には《彼》なりの役割や拘りがある。殺しの仕事は好きだが頻繁にこなすのは良しとしていないらしい。俺本人にも負担になるだろうから、と。もちろん俺自身も殺しの仕事はするし楽しんでやってるので、そういう意味でもお互い交代でこなしたり譲ったり譲られたりしている。詰まる所、一人の人間だが、それでもお互いを別人として尊重する。気が付いたらそれが当然な事になっていた。多分、これは病的なものだ。絶影のほうも《俺は本来なら存在する必要が無い》と話していた。精神が分割されてるのは明らか病のソレだ、と。俺自身もそう思うのだが、《彼》のおかげで精神的になんとかなってるのも事実なのでそこらへんの、どうやら俺は心が割かたれているらしいと言う話は誰にもしたことがない。誰かに絶影の説明をする事があっても、今ジゼルにしているように俺が絶影という人物を演じていて、なおかつそれを別人として扱っていると言う表現にとどめている。半分は事実だしな。お互いを自分と同じだが別人、という扱いをして尊重するからか、《彼》は俺の流儀も守ってくれている。だからこそあの守兵を寝かしている時にはジゼルを見逃したし、本当なら関わらない方がいいと思いながらも彼女が拉致されたのを見て助けたほうが良いんだろう?という前提で話を進めてくれた。残忍で冷酷だが結構にお人好しだなと思う。

「別人の扱いをするからな。今は《刹が絶影の見てくれで演じてるだけ》だと思えばいい。」

本業中も全て絶影が動いているわけではない。《刹が絶影の振る舞いを演じている》だけの事も沢山ある。この間のジゼル誘拐事件の時は久々に《彼の側》に全て任せていたからあの時は名実ともに《狂い月の絶影》だった。だからこそ、ジゼルを助け出すか否か《相談》もした。結果的に刹から絶影へ、ジゼルの救出を依頼すると言う形をとったのだ。ちなみに、依頼なわけだからきちんと報酬も発生する。俺から《彼》に何が支払われたか?は秘密にしておこう。

「絶影の時にあまりにジゼルと遭遇するからな、下手したらジゼル、過去視で《絶影の身支度をする刹の姿》だの《仕事》の追体験だのしちまうだろ。」
「あっ、たしかに可能性はありますね。私はあんまり過去視が強くはないんですけど……。」
「なんにせよ、いきなり正体を見られるのはリスキーだと判断した。結果的に対面する事にしたんだ。」

 先手でバラしてしまおう、と考えたって事ですね?とジゼルが頷く。いきなり視て絶影の正体を知り、驚いたり混乱したりした末にうっかり、本来の姿の方である刹さんの名で呼びかけたりしては色々と支障が出ますものね、と呟いたのが聞こえてきた。そこまで彼女は想像出来たらしい。果たして俺はその通りの危惧をしていた。もっと言えば超える力による過去視の中でも特に強烈な追体験が起きたら大惨事だ。文字通り、対面した相手の過去の出来事をまるで自分の事のように体験する現象が時折だが起きる。あれを体験していると言って良いのか判らないがそうとしか表現しようがないのも事実だ。軽い頭痛とめまいの後、白昼夢を見るように《誰か》となって《何か》をこなすという体験。自分が《誰か》そのものにしか見えなくなるし明らかに自分では入り込んだ事の無い場所に居て、対峙した覚えのない何かや誰かと向き合って会話したり、それこそ戦っていたりするのを、本当に己の事のように視る。アレがもし、絶影と遭遇している時にジゼルに発生してしまったら?と俺は考えて心配したわけだ。絶影の姿へと身支度を整える刹を追体験するくらいならまだマシで、《絶影として仕事をこなしている》追体験なぞさせたら目も当てられない。なにせ《絶影の仕事》は基本的に殺しだからだ。その上、《仕事中》の《俺達》は凶暴で、追い詰めるべき対象を笑いながら狩るような残忍さを隠しもしない。それを彼女に体験させたとなったら正直に良い気持ちがしないのだ。もちろんこうして正体を明かしたからには追体験は起きない、なんてことは無い。が、俺がそう言う外道であると分かった上でなら幾らか心構えもできるんじゃないか?と思う。心構えができているか出来ていないかは重要だ。何より何も知らないまま正体を知って思わず意図しないまま暴露されたりするのを避けたい。暴露なんぞされたら俺が表舞台から消えなくてはならない。彼女は年若いから俺の流儀としては見逃したいし、だがそうなれば俺は表向きの姿でさえ罪人となってしまう。家族達にも迷惑になるし、なるべくそれは避けたい事態だ。それこそ他の超える力を持った仲間にもバレる可能性はあるにはある。警戒しだしたらキリがないが絶影の姿で遭遇をしているのがどう言うわけかジゼルのみで回数も多いと来ているから特例としての先手だ。そんなに気にするならいっそ本業は廃業すべきなのかもしれないが……。俺にとっても絶影にとってもやり甲斐のある仕事なのでそれも悩ましい。

「刹さんの意図は理解しました。確かに乱戦中に視てしまったり追体験したら思わず本名で呼んでしまいそうです。」
「分かってもらえて何よりだ。本来、正体を明かすなんてお互いに宜しくないから避けたかったんだがな。秘密を教えてしまった以上、多少なりジゼルにも危険なんだが……スマン。」
「いえ、危険は慣れっこですから。むしろ正体を明かした刹さんの方が危険ですよね?それこそ私がうっかり零したらそれだけでも大惨事で。」
「そうだな。だからこそきちんと秘密にはしておいてくれ。最悪、《片付け》なきゃならなくなる。」
「お片づけ対象にはなりたく無いですから秘密は守ります!レークもですよ。」
「……。」

うんー、と分かったのか分かってないのかハッキリとしない返事がレークから返っている。この子はめちゃくちゃ口が硬いので心配無いと思いますけど、とジゼルがレークの頭を撫でている。本当に無口だものなレーク。栗丸が言うに、レークは優しくていい奴だそうだ。おしゃべりもたくさんするぞ!と言っていたがあの子達だけに分かる何かで意思疎通しているのか、栗丸が一方的に喋っているのか……どうなのか分からないが仲良くしているので何でもいいか。ジゼルもレークも、栗丸にとって優しくて素敵な人達に違いない。


「そう言えば、気になっていた事があるんですが聞いても?」
「内容によるな。答えられるものなら答えるぞ。」
「初めて……あのお屋敷の前で会ったときに見逃してくださったのはどうしてですか?あの時はそれこそ知り合いでも仲間でもありませんでしたし。」

殺しはせずともあの守兵さんたちのように寝かせておいておくでもよかったのに、なさいませんでしたよね?とジゼルが首を傾げる。確かにあの時が初対面だから知り合いでも仲間でもなかった。だったら殺しても不思議じゃなかったのでは?という意味での質問だろう。もちろん殺して無かったことにしちまう方がラクだ。遺体の処理という意味では手間取るが。人間を殺すのはそれなりに簡単でも、遺体を片付けるのはかなり手間がかかるからな。そんなに素早く処理できるもんではない。その手間が嫌だから殺さずにどうにかする、という事も確かにあるが、彼女と初めて遭遇した時に見逃したのはそう言う理由ではない。どちらかと俺の流儀の問題だ。

「ああ、それか。未成年は見逃す主義だ。」

思っていた返事では無かったのか、ジゼルが一瞬だけ、何を言われたか分からないという表情になるのが分かる。しっかり見えてるわけじゃないが。レークの方はと言えば、相変わらず微動だにせずに彼女に抱っこされている。ぶれない奴だ。

「……それだけ、ですか?」
「ああ。老い先長い子を殺す趣味はない。逆に言えば一定の年齢以上の奴は相応にする。それにあんなとこに若い娘を寝かしといてみろ。どういう目に合うか分かるだろ。」
「ああ。ええ、そうですね。あそこで寝かされたら体よくお屋敷に運ばれちゃったかも……。」
「下衆の息子の方にな。」

老い先の長い子、子供は未来につながる大事な命だと勝手に考えている。何になるかもわからない。悪党になるかもしれないが、絵にかいたような善人になるかもしれない。どちらも織り交ぜた普通の大人になるのが大多数だし、その大多数の中から今度はさまざまな職に就くやつが出てくる。未来の世界を担う命を奪うのは、俺の流儀ではない。そう説明するとジゼルがなるほど、と頷いた。簡単に言えば子供は大事にするものだと思っているという訳だな。世話したりするのは苦手だし、別に子供が好きなわけではないのだが……。これはたぶん、故郷の長からの影響だろう。長は目も悪い上に異能のある俺の事もほかの子供と同じように扱ってくれた。目が悪いというだけで、ああいった小さな村では生きていく力に乏しいと判断されて《隠されたり》するのだが、長はその提案があった時、鬼のように怒ったらしい。どころか心配して時には少々、贔屓ではなかろうか?と思うように大事にしてくれたこともある。まあだいたい贔屓目に見えるようなときは俺が村の連中にとやかく言われたりされたりした時だけだったが……。長はいつも、子供は宝なのだと話していた。これから先を見ることになる、《まだ小さいだけのヒト》なのだから大きくなるまで大事に扱わねばならない、と。俺がいつか村を出たいと、そう話した時も一言も咎めずに聞いてくれて、ならばしっかり修行と勤勉に励んで、大人になってから行きなさいと言ってくれた。最初から最後まで、長は俺の味方でいてくれた。その人の子供は大切にするものだ、という主義と実際の行動は、明らかに俺に影響を与えてる。万が一、ジゼルがそうであったように未成年に目撃されたとして。その目撃者からの証言や証拠で俺が割り出されて捕縛されたり始末されたりする可能性は大いにある。が、そうなったら俺はソレを受け入れる心づもりが出来ている。ので、未成年はすべからく見逃すことにしている。まああまり見られることも無いんだが……見られた場合は、見逃す。誰かの未来をつぶすというのは本来、気持ちがいい事ではない。それが子供相手であればなおさら。仕事の場合は割り切ってるが、その流儀に則っているので子供を殺せという依頼は全て蹴る。元締めにはそれを知らせてあるから、その手の仕事は俺に回してこないし、《同僚》が受けた場合もその話を俺にしない。心情的な問題なのだが、元締めなりの気遣いなんだろう。それこそレディやほかの《同僚》たちであれば、目撃者が子供だろうと殺すだろう。誰かの未来よりも、己の命や立場、未来を選ぶのは別におかしなことではないし、俺達は仕事として殺しを行っているわけだから仕事はこなさなきゃならない。となれば、障害は排除する。それが生きた人間だろうが物理的な障害であろうが。俺はその障害の排除のうち、未成年を排除するという選択をしたくないから見逃している。ただそれだけだ。

「私が見ちゃったこと自体は、やっぱりソチラには良くない事なんですよね。」
「そりゃな。《仕事》現場なんか見られるもんじゃない。が、俺は子供相手であれば見逃す。俺の命よりも若い子の命の方が重いと思ってるからな。俺みたいな悪党が長生きするより、これから先、何になるかも分からない子供たちが生きてる方が良い。」
「その理念のおかげで私は助かった訳ですから変なことは言えないんでしょうけど……、でも、だからって刹さんのほうが死んでもいいみたいな話は駄目ですよ!レンさんも栗丸くんもいるのに。」
「みんなそう言うな。」
「命は一個だけですもの。」
「その一個だけを金貰って奪ってるんだぞ。急に奪い返されても文句えないさ。」
「ああ……!ううん、でも。」

色々と俺を窘めようと考えてくれているらしい。優しい子だな。が、何を言われても俺は流儀としてこれを変えるつもりは無いぞと言っておく。そりゃどこかで気が変わることもあるだろうが、今のところそんな気はしないしこれから先も多分、無いだろう。極端なことを言えば俺にとっちゃ俺の命は非常に軽いモノなので重要なモノののように扱う事はしない。ジゼルが流儀は変える気はないぞと聞いて、困ったような顔をする。いやでもソレは駄目ですよと言いたいのが分かるが、口には出さなかった。俺が変なところで曲げないのをなんとなく察してくれたようだ。こだわりが強いだの、流儀、主義があるだのと言えば多少聞こえがいいが、これはただ単に頑固なだけだ。

「……あの、もう一つ良いですか。」
「さっきも言ったが答えられるものなら答えるし、答えたくなければ言わないぞ。」
「私が未成年て、どうして分ったんですか?あの時はフルフェイスの鎧でしたし……。エレゼンは大人に見られがちなので驚いて。」
「ああ……そうだな、こういうと気持ち悪いとは思うんだが匂いで分かる。子供や若い子はちょっと独特な香りがするんでな。」
「匂い?ですか。汗とかそういう……?」
「そうだな。端的に言えば体臭だ。」

はて?とジゼルが自分の手や腕を嗅いで見ている。が、たぶん分からないだろう。自分の体臭というのはそもそも自覚がしづらいし、俺が感知している香りは……なんだろうな、うまく言えないが人間の鼻だと本来、感知する必要が無い奴だ。犬とかなら平然と分るかもしれないが、ヒトだと訓練した奴とか調香師などの嗅覚を商売の道具にする奴くらいでないと分からないだろう。おそらくだが。

「ううん?分らない?ですね。」
「そりゃそうだ。別に分らなくても困るものじゃないから気にしないで良いと思うぞ。俺は目が厄介な分、聴覚やら嗅覚に頼るからってのも大きいしな。」
「ああ……目がお悪いのにそういうお仕事を……すごいですね。……そういえば森で会ったときに遭遇した密猟者もその後のレッドベリーも音だけで人数と職種をだいたい察してましたっけ。」
「ああ。爆撃音がしてるわけじゃないなら結構聞こえてるんでな。まあ、それでも初めて遭遇した時みたいに俺が全然ジゼルに気が付いてないなんてこともある。」

そういえばあの時は私に全く気が付いてなかったですね、とジゼルも驚いた顔になる。密猟者も野盗もすんなり察知したのに、と。たぶん、知らないうちに疲労状態だったんだと思うと説明すると納得していた。そのせいでクマに襲われたんですものね、と。気が付かない時は自分でも驚く程、気が付かないので落差が凄い。基本的には常に寝不足で過労の状態ではあるんだろうと思うが、それが酷いか酷くないかだけで聴覚や嗅覚の鈍り方も変わる。普段くらいの過労状態なら特に問題が無い。いや、過労状態というのは問題だがこれはもう眠れてないから諦めている。ジゼルには言わないでおくが。寝つきと寝起きが最悪なのは話したが、慢性的に過労だとは話す必要はない。心配されるだけだ。気持ちは有難いが、寝たくても寝付けないでいるから俺としてもどうしようもない。一応、ウルダハに世話になってる先生がいて色々相談したり試してみたりは続けているが、今のところあまり効果が出ていない。先生がポンコツなのではなくて俺の体質や精神的な問題が大きいからだろう。色々考えたり資料を漁ったりしてくれる先生には申し訳が無いなと思う。ただ不思議なことに栗丸が一緒に暮らすようになってからはほんの少しだけながら改善している。あの子は不思議な子だな、つくづく。

「もし、もしもだぞ?また《絶影の姿》の時に遭遇したりしたらスマンが見なかったことにして去ってくれ。」
「……分かりました。事を見逃すのはどうなのかとも思いますけど、私じゃ刹さんに勝てませんし。」
「?マトモにやりあったらジゼルの方が有利だぞ。防具の耐久もそうだし、武器の威力もそっちのが上だ。」
「重装備が出来るという意味ではそうですが、経験の差が違いますもの。冒険者としてのごちゃごちゃした戦いはもう慣れましたがこれでも槍を持ったのは最近でして。」
「最近?最近であれだけ動けりゃ大したもんだろ。まあ経験の差は埋めづらいのは確かだな。《絶影の俺》は冒険者的な忍者とは違う戦い方をするし。」

冒険者としての忍者と、影のものとしての忍者は別物だ。いや、基礎はたぶん同じだが。《俺が》振舞を変える、というほうがより正確か。表向きには師に指南された通りの戦い方をするが裏ではお構いなしに、事を成すことを優先する。お構いなしなので俺独自の技術も平気で使う。暗器やら短銃やらも裏の時は遠慮なく扱う。表向きの時も持ち歩いてはいるが、まず人前で使うことはない。せいぜいナイフを投げるくらいだ。そのナイフ投げも双剣士ギルドの連中に改めて教わったモノだから一般的というか冒険者用というか。あまり不自然ではないであろう程度のものだ。投げもの武器は得意にしているから、本当ならナイフ以外にも鎖だの鎌だの手斧だとチャクラムだの、とにかくなんでも投げられる。それこそ包丁やら石の礫でも構わず武器にしてしまう。ようは手で掴める手ごろなサイズならば全部投げ武器にしてしまえる。が、それを堂々とやるのは裏の姿の時だけだ。あまり冒険者の戦闘術になんでもかんでも投げるような技術が広がっていないから、表では目立たないように使わない事にしていた。戦士が手斧を投げたり槍使いが手投げ用の槍を投げたりしてはいるものの、《冒険者の忍者》がそれらを投げているのは見かけないし、俺の師であるオボロ達が投げているのも見たことが無い。なのでそれに準じている。無用な噂を立てないように。

「忍者さんと組んだこともあるんですが……参考にならなそうですね。」
「参考にはなるぞ。ただ、それ以上におかしな戦い方をするのが確定してるってだけだ。」
「となるとやっぱり勝てる気がしないです。」
「まぁジゼルの感じで戦闘前提となると……鎧がぶ厚いから真正面からは辛いし……。」
「いやその、刹さん目がいつもより据わっちゃって怖いです。」
「ああ、悪い。だがまあそういう視点で見て考えながら為すぞ。裏の時の方がより攻撃的だ。」

ジゼルだって魔物や敵対者と戦うときは、どこを狙うべきかどうか考えてるだろ?と言うと、あぁ確かに、とどこか納得した顔になる。魔物だろうが人間だろうが、動きを止めやすい場所……急所やらはだいたい似たような位置だからそこをいかに負傷させるか。戦闘中はそれを効率よく狙おうとするし、相手の動きを誘導して狙い通りに為し易くしようとする。殺す前提では無くても、相手を負傷で折れさせ、こちらのほうが強いと認識させて挫けさせるために。そのためには効果的な場所、方法を探りながら戦うものだ。生き物の急所はたいがい、ある程度決まっているからそこらを狙う事にはなるな。相手が機械だの妖異だのになってくると話が変わってくるが。

「それこそレッドベリー何人か殺したぞ。」
「えっ?あの時ですか!?」
「気づいてなかったか?ならその方が良い。」

弓使いは首がもげてたから確実に殺したことになるだろう。あれで無事だったら人間じゃない。人間じゃないかもしれないがたぶん、人間のはずだ。腹に双剣を片方刺した奴もいるが、そっちももしかしたら死んだかもしれない。彼奴らは所詮野盗で、まともに病院になどかかれないからだ。金はあっても、野盗なんざ門前払いされるだろう。ただでさえ、黒衣の森……グリダニア領という場所ではシェーダー族というだけで不当な扱いを受けやすい。あそこの森に居るバスカロンという元鬼哭隊のオッサンなら助けてくれるかもしれないが、それでもあのオッサンは酒場の親父で医者じゃない。できて薬を分けて可能な限りの素人手当をしてやる程度だ。元が軍人だから多少は覚えがあるかもしれないが、たぶんマトモな治療は無理だろう。彼が治療師をこっそり呼んでくれる可能性も無くはないが。ほかの奴らも、傷の経過が悪ければそのまま患って死ぬ。小さな傷であっても、そこから雑菌が入れば体内を毒していって熱をだしたりした末に弱り切って死ぬ。気が狂ったようになっちまう事もあるらしい。そこまで行くともう手立てがないからいっそ殺してやった方がラクかもしれないな。俺は幸いそういう現場を見たことが無い。見るからに重傷で手立てがなく、気は確かなままな虫の息の奴を楽にしてやったことならあるが。

「俺一人だったら全員殺したな。」
「ええっ……。ああ、でも邪魔をしたわけだし目撃者ですものね。でもあの人数相手に逃げないで倒す選択なんですか。」
「あそこに群れてる程度のレッドベリー相手なら勝てる確信があるからな。そうじゃなきゃ逃げるよ。ジゼルも煙玉、浴びたろ?」
「ああ……!しばらく涙と鼻水が出ました……!」
「催涙効果のある薬草が少し混ざってるからな。致死毒じゃないだけマシだが。」
「致死毒の事あるんですか!?」
「俺は毒殺をしない主義だ。」

毒殺はしないと聞いてジゼルが、ん?という顔になる。あの屋敷の主人は確か毒で死んでいたよな?と思ったようだ。それはつまり?と俺の顔を問いたげに見てきたが、俺が何も言わずに苦笑だけすると問うのを思いとどまったようだ。最も問われたとしても答えない。さっきも言ったが答えられるものは答えるがそうでないものには一切回答するつもりは無い。レディがアレを毒殺したのは、《俺》が犯人ではないという主張のためでもあったわけだがジゼルに対しては狙い通りの主張になったかもしれないな。毒殺はしない。しないが、睡眠毒でお休みいただくことはある。一切の薬を使わないわけじゃない。俺の場合はトドメには使わないだけだ。毒の効果で皮膚が極端な変色をしたり、眼球が溶解したり、そういうのを嫌うからだ。殺すだけでも冒涜なのに遺体を崩すようなさらなる冒涜はしたいと思ってない。毒物を使わずとも、斬ったり刺したり死体をわざわざ損壊するのは趣味が悪いと思っているからな。無論、遺体そのものさえ消してしまってくれという依頼であれば話は別だ。依頼にあればきちんと処理をする。一応、《掃除屋》という遺体処理を専門にした《お仲間》も居るが、俺の場合は単独で全部済ませる。レディなんかは《掃除屋》に後処理を頼んだりしていたと思うが。というか、殺すだ殺さないだ平気で会話してしまっているがジゼルはあんまり気にしてないな?面白い子だ。年若かろうに大分、殺伐とした会話を平気でしている。俺も平気で応えてしまっているが、よろしくないかコレは。あまりに自然に会話出来ているから気にしてなかったな。

「《そういう》話ばかりするもんでもないな、スマン。」
「ああ、いえ、疑問に思って聞いたりしたのは私ですし。」

むしろちょっとワクワクしたのも事実ですから、とジゼルが言う。ヒトの生き死にが面白いというより純粋に知らないモノを知ることが出来るからというワクワクだ、と。生き死にのほうだったら俺と同類でいろいろと不味いだろうな。その気ももしかしたらあるのかもしれないが。まあ冒険者なんかになってる以上、好奇心はそれなりに旺盛のはずだな。傭兵稼業に寄っている冒険者ももちろんいるが、俺みたいにあちこちを見て回りたいから、という奴もそれなりに居る。彼女の場合は……たぶん後者だろう。傭兵をメインの仕事に据えるには若すぎる。少年傭兵も居るには居るから断言は出来ないが会話している限りは冒険がしたいんだろうなと感じる。冒険をするには生き延びるために戦う力が必要だ。結果的に皆、なにかしら武術を身に着ける。彼女の場合はそれが槍術だったというだけだろう。相応の使い手でなければこなせない竜騎士を名乗れるのだから若いながらも侮れない戦士と見るべきだろう。今日もきちんと槍は携帯している。防具も身に着けているが鎧ではなくて革や布を重ねた類だった。どちらかと言えば、防御をメインにしたのではなくて見栄えに少々気を使った類。今更ながら、完全武装はしなくてもよいと思ってくれていたんだなと気が付く。

「平然と会話するから俺も気にするのが遅れたな。俺のほうは別に構わんが。」
「刹さんじゃないですけど、聞きたいから聞いていただけなので大丈夫です。それに刹さんの方も話したく無い事なら話さないでしょうし。」

彼女が言う通り、話さない方が良いことは聞かれても話す気は無い。正体を明かすことがそもそも要らん事ではあるんだがな、とこっそり苦笑する。裏の顔なんてものは秘密にしておいた方が良いに決まっている。特に俺の裏の顔は殺し屋なんだからな。人を殺める事で金を受け取るなんてどう考えても犯罪なんだから。仕事としてそういうものが存在するのは間違いないとは言え。軍人だの特殊部隊達はある意味で公的に金をもらって人を殺してる。戦争であるという現実があるからこそ余り突っ込まれないだけでやってる事は殺人なのだから。最も、相手が襲ってくるならば容赦してはいられない。何せ侵略者はこっちを叩き潰すことも辞さない。それに抵抗するには同じくらいの気概が無ければただ殺されるだけになってしまう。死にたくは無い人間の方が多いのだから、黙って殺されるのを待つなんて事は簡単にはできない。他国の侵略者に殺されない為に、侵略者に愛する人を奪われない為に、軍人に成る奴が居る。好き好んで金貰って人を殺す俺のような奴よりも彼等の方が立派だと俺は思う。もちろん、裁かれない為にと軍に入って肯定的な殺人を楽しんでいるという奴も中には居るが極少数だろう。そんなのが軍隊形成できるほど存在していたら色んな意味で気持ちが悪い。いやもしかしたらそのくらいの数だけ居るのかもしれないが。なんせここに一人、気の狂った殺し屋が居る。

「それにしてもそちらの姿の時に飛び飛びながら遭遇してしまうのは何故でしょうね……。」

別に私は絶影さんを調べたり探したりしていたわけでも無いし、それはそちらも同じでしょう、と、ジゼルが首をかしげる。俺も同じように疑問だ。お互い、接触しようと居そうな場所や相手の情報を探っていたわけでも無いのに偶然、遭遇すると言うのを繰り返してしている。東方風に言えば縁があると言う奴だろうが何も裏の顔の方に無くても良かろうに。どうせなら表向きの方でお願いしたいところだ。俺もジゼルも好き好んで裏の時に遭遇してる訳じゃないとは言え。

「いやでも、そのおかげで私は助かった部分も有るんですけど……。何というかそちらに負担になってしまってるな、と。」
「助けたのは助けたかったからだから気にしなくて良いが、うっかり遭遇すると対処に迷うのは正直な話、そうだな。」

まぁ問答無用で見逃すが、仕事はせねばならないしそうなると彼女の方に見なかった事にしてもらうのが一番良い。初めて遭遇した時のように煙玉で撒いても良いがアレは多少の催涙成分をねじ込んであるので浴びた奴は少しの時間ながら涙や鼻水を流す事になる。自分から去ろうとしている相手にそんなもん投げつけたくは無い。もちろん、仕事が最優先だから致し方ないときは容赦なく放り投げるが。中にはあの手の煙幕に致死毒を仕込んで奴も居るからたかが煙と侮らない方が良いのは確かだ。催涙効果だって結局は毒物だ、吸わないに越したことはないし吸ったらどこかしら体内がダメージを受ける。

「ともあれ今後は見かけても黙って去ることにします。」
「宜しく頼む。俺としてもせっかく親しくなった相手を害したかないんでな。」

無意識に、なんとなく手が暇に感じて動かしたくなって、袖にしまってある小ぶりなナイフを取り出して片手でお手玉をする。手が暇だとやりがちだ。指や手を動かしているとなんとなく落ち着くから表向きの時もナイフを回したりして遊んでしまうんだよな。俺がポンポンとナイフを放っては掴むを繰り返しているのに気づいたジゼルが一瞬ギョッとなるのが分かる。同時にレークがなんとなくナイフの動きを目で追いかけていて顔がナイフの動きに合わせて上下に揺れだした。面白い。頭をコツンと突くとカクカクと頷く動作をし続ける赤べこと言う牛の縁起物のようだ。

「えぇ……それ抜き身ですよね?」
「使い捨てのな。」
「と言うかさっきまで持ってませんでしたよね?」
「隠し武器だとか仕込み武器だとか、そう言う類も扱いが得意でな。表向きの時も持ち歩いてるぞ。」
「忍者さんたまにナイフの雨が降ってますけどその仲間ですか。」
「そうだな。」

袖は勿論、首元やズボン、靴に至るまであちこちに武器は隠してある。普段使うメインウェポンである双剣を奪われたとしても、俺は決して丸腰では無い。むしろ全身に少しずつ凶器を隠している。忍者なんかやってるとそう言う飛び道具やら隠し武器やらに馴染み深くなるものだ。忍術として気を捏ねてぶん投げる手裏剣も、元はと言えば物質的に小さな奴を投げているのを模したものだ。小さいから当てるのは難しいが、そこは訓練するしかない。俺は投げ物を得意にしているから手で掴めるものならなんでも投げちまうが。たまに本気で間違えて栗丸のオヤツの団栗をぶん投げたりもする。勿論、表向きの時だけにだが。裏向きの時には団栗を持ち歩かないしな。ギャグみたいな間違えだが、団栗と言えどぶつかりゃそれなりに痛いので多少は攻撃にはなってるらしい。栗丸が一緒の時にやらかすとそれは栗丸のオヤツ!!と非常に不満げな顔をされて抗議をされるのでなるべく間違えたくはない。いやまぁ、そんなに頻繁に間違えないんだが。

「私も手投げの槍は少しばかり訓練してありますけど、隠し持つ様なサイズでも無いし……面白いですね。」
「手品みたいだろ?出すもんが全部、物騒だがな。」

殺す為の手段と道具をやたらと 用意してあるのだから手品なんてものとは程遠い。アレはお客を楽しませる為の仕掛けだが俺のは息の根を止める為の仕込みだ。獲物を逃さないために、複数の攻撃手段を用意してある。なおかつ、姿を見ただけでは武装が解らないようにもしてる。丸腰ならばと油断するならそれも利用出来るからな。ジゼルの様に大型の槍なんかを使う職種では隠し切るのは難しいだろうが双剣はそれなりに小振りだし。

「俺からすると大型の武器を振り回せるジゼルが大したもんに見えるぞ。」
「鍛錬してますから!最も刹さん、なんでも齧るって仰ってましたよね?」
「齧るは齧るが、きちんと戦えるか?と言われると疑問だな。重い武器はどうしても気力が出ない。」
「力持ちでしょうに。」
「膂力は一定量あると思うが何というかな、やる気がないな。」

ジゼルが得意とする槍術というのも一応、習ってはあるが俺とは相性が悪い。武器も鎧も重い。あの重たくて長い得物を棒切れの様に振り回せる彼女は凄いなと純粋に思う。双剣も鉄や鋼だし別に軽くは無いんだが、槍と比べれば当然相当軽い。そこに来て板金から加工した重鎧も纏うとなれば体全体が重たい筈なのだ。だと言うのに槍術士だとか竜騎士と呼ばれる連中は空中に飛び上がれる。文字通りジャンプと呼ばれる技能だが、とんでもない高さにまで跳躍して落下の勢いや自身や武器の重さを利用して相手を上から突き刺すと言う俺からしたら訳の分からない挙動をするのだ。元を辿れば頑丈な鱗で覆われたドラゴン族への攻撃として編み出されたらしい。確かにドラゴン族の肉体と言うのは頑健であの鱗を貫通なりして肉への損傷を狙うのは簡単ではない。ちょっとやそっとでは鱗に白い引っかき傷が入る程度にしかならないからな。ならば上空から勢いよく飛び込んで槍を突き立てたらどうか?物理学だとかそんな感じに考えるのだろうが俺は学がないので細かいことは分からない。が、経験として上から降ってくるものに被弾するのは死にかねないと知っているのでどう言う威力になるのかは想像が出来る。イシュガルドにいる竜騎士隊はそのジャンプ技を使いこなせるエリート部隊で、対ドラゴンに特化している程には有用だと言うことだ。ジゼルの扱う技もルーツとしてはそちらになるんだろう。年も若いし、鎧を着ていなければ線の細いお嬢さんなのだが……跳躍技も使いこなす立派な竜騎士でもある。忍者やモンクは手数の多さで非力さを補うような戦い方をするが、竜騎士や侍と言った連中は違う。彼らは重くて強い一撃を正確に叩き込み続けることが出来るが、俺達のような軽装の攻撃役ほどのスピードと手数をこなすことは出来ない。そこらへんは適材適所なのでどっちが良いか?というのは本人の慣れや熟練度で決める事だろう。手数を多くするのが得意な忍者の俺が慣れてない竜騎士をこなそうとしたところで碌な技の使いまわしが出来ないだろうし、逆にしてもそれは同じだ。もちろん、何もかもを高い練度で習得できる奴というのも居る。俺の知り合いの冒険者でそれを体現する奴らが何人かいるが、彼らは本当にとんでもないなと関心する。攻撃役だけかと思いきやタンク役や回復役まで全てをまるでその手の専門家のようにこなす姿は純粋にかっこいいなと思う。時々、技術のコツを教えて貰ったりもするがそれでも俺では彼らの足元には及びそうにない。素直に忍者を主にこなしているほうが俺には向いている。

「忍者の行動に慣れてると身軽な装備の方が楽なのは確かだからな。一応、鎧も着れるが。」
「暗黒騎士とかガンブレイカーやってらっしゃいますもんね。」
「暗黒騎士は武器が重いが身近に教えてくれる人がいてな。」

暗黒騎士は友人のメッシがしっかり鍛錬しているので彼に教えてもらって練習はするが、いかんせんそもそも俺は攻撃役を好むのであまり表立って扱わない。一人で出掛けた時や、連れ合いが全員友人達などならタンク役の支度をすることもあるが。ガンブレイカーはロスガルの師がいるから彼にあれこれと教わって、その戦い方がどこか攻撃役の様な振る舞いだったので気に入って時折鍛錬はしている。得物もそこそこ重たいし、引き金を引きながら斬撃を行う性質上、負荷も高くなるから疲れはするがやっていて楽しい。戦闘技能を楽しい、と感じるのがもうおかしいのかもしれないが多くの冒険者はそれぞれ自分が好む戦闘職というのを持ってるから多分、俺だけじゃないのだろう。俺はついでに始末をつけてしまいたくなる狂った願望が混じってる形か。だからこそタンク役よりも攻撃役の方が性に合っている。それこそ生死がかからないような、冒険者同士での組手みたいなものも結構好きだったりする。定期的にグランドカンパニーが公的に国同士で喧嘩して良いと特例を出したフロントラインという場所に参加しに行ってるのもそのせいだ。殺生まではしないが、同盟国同士ながら敵兵として相手と殴り合いをするのが許された特区。極端な話、同盟国だから戦争はしたくないがフロントライン地区をウルダハもグリダニアもリムサ・ロミンサも自国の支配下にしたいから合法的な模擬戦争をしよう、というお前ら馬鹿なのか?と言うようなルールが適用された場所だ。勝ち続けたところが一時的に支配権を持って土地の調査が出来る、みたいな話らしい。あそこには古代アラグの遺跡だかなんだかが埋もれてるんだとかなんとか言われているからそれを調べたいわけだ。よその国よりも早く調べ上げて技術の解析をしたいとか、そういう理屈なのはわかる。同盟国とはいえ所詮は外国で結局のところ信用しきれないから我先に、と争う。人間ゆえの宿命かもしれないが、じゃあ合法的に試合形式の戦争しよう、と着地するのは発想がぶっ飛んでるなと思ってしまう。俺はお偉いさんではないので細かな思惑やらは知った事じゃないから滅茶苦茶な話だな、としか思わない。まあ疑問には思いつつ参加してる時点で俺ももれなくネジが飛んだ冒険者だろう。集団戦だから組手というより大規模演習みたいな感じだが、大型の魔物を倒すだのとはまた違っためちゃくちゃな戦場になるので独特の面白さがある。この面白さが違うだの、戦う事に面白さを見出してる時点でもうおかしいのかもしれないな……?同時に、独特の恐怖とイラ立ちもあるからアレは万人向けではないとも感じるな。大勢から敵意を向けられるというのは、恐ろしい事で不愉快なのは間違いない。フロントライン特区で発生するアレは合法的な喧嘩だと割り切ってやってるとそのうち慣れる。それでもかなり特殊な戦闘になるから、俺にとって面白いからとほかの奴に参加してみないか?と誘うような気にはならない。明らかにアレはストレスに感じる奴の方が多いはずだ。そこらへんは向き不向きだな。俺には向いていたというか、問題にならなかっただけだ。参加したての頃は困惑ばっかりしてたのは確かだがもう慣れたというだけで。本当の戦争ではなくて試合のようなもんなので殺す心配も殺される心配もない。気絶はさせられるが。そこでも基本的には忍者か攻撃型の魔道士をやってるあたり、とことん攻撃役が好きなんだろうなと自分で少しばかり呆れる部分がある。が、まあやってて楽しいのは間違いないから仕方ないな。

「俺はそもそも誰かを護るなんてのが向いてない。何かを倒すのは向いてるが。」
「こう、刹さんには解ると思うんですが戦うの楽しいんですよね。」
「あぁ、やっぱりジゼルその手合いか。そうだな。技術が伸びてるのを確認出来るのも大きいが、なんと言うか純粋にな。」
「良かった分かっていただけて。」

戦うのが楽しいとか、そう言うのは怪訝な顔をされる事が多いしあんまり口にしないんですよね、とジゼルが苦笑する。確かにな。戦闘とは無縁の人達にはおそらく、全く理解されないはずだ。戦うと言う行為は相手を殺すなり害すなりが前提にあるし、自分だって負傷させられる可能性が高い。命を害すると言うのは本来なら強い抵抗を覚える行為だし、痛い思いをするのは皆んな嫌だろう。中には殺すのが大好きだし、嬲られるのが大好きと言う特別変わった奴等もいるが、文字通り特別なので別枠扱いだ。前者はシリアルキラーなどと呼ばれたりして時々騒ぎになる。それこそイシュガルドの異端審問官なんかには異端者を尋問という名目で拷問して殺すのを楽しんでた奴も居たろうな。後者はあまり聞かない。聞かないだけで存在してるのは間違いないが。世の中、変わったやつと言うのは結構沢山、存在している。戦闘を楽しんでこなす俺やジゼルも少数派かもしれない。ただ、モンク僧の様にお互いの強さの為に対人戦の鍛錬することを好むと言う感覚ならば、冒険者達なら多少、共感してくれるだろう。なにせ自分の強さの成長を感じられるのは嬉しい事だ。現に、エーテルで加工し、強敵に見立てた木人を殴り続ける鍛錬を好む冒険者は多くいる。本来は設けられた制限時間の間に木人を破壊出来れば合格となる鍛錬法なのだが、いかに時間を残して素早く壊せるか?に重きを置いて鍛錬している奴も多い。残り時間が多ければ多いほど早く壊せている……自分がそれだけ破壊力をきちんと発揮できていると確認出来るからだ。時間制限も何もなく、ただいつもの通りに技を扱う為に反復練習をする事も多々ある。俺も自宅の庭に木人を置いてあるのでそれで練習はしている。黙々と殴り続けると言うのも割と楽しくなってくるもんなのだ。あの木人、非常に世話になってるし殴りまくっておいてこんなことを言うのはなんだが、エーテル加工されてるとはいえいくら殴っても壊れないので凄いを通り越してやや気持ち悪くもある。エーテルでの加工って言う奴はちょいちょい意味の分からない現象を起こすよな。ちなみにだが、たまに栗丸が俺の真似のつもりらしく、木人に飛びかかって殴ったり蹴りつけたりして見ている。時々、ポインと跳ね返されてひっくり返っているが栗丸自身は楽しんでいるようだ。怪我しないなら何でもいいんだけどな。

「戦争はなんというか、イヤですけども……。」
「それは俺だって嫌だな。まあ相手が侵略してくるっていうなら気力がある場合、全力で抵抗させては貰うが。戦うのは好きだが戦争はそりゃ嫌いだよ。」
「中には戦争が好きって人も居るんですよね。」
「そう言う奴もいるな。人間の数だけ好みだのの数もある。」

理解には苦しむがな、と付け加えるとジゼルが同意するように頷くのが分かる。戦争というのもそう単純では無かったりする。領地争いから信仰や理想、果ては経済的な理由。非常に多様な理由で戦争というのは発生する。もちろん起きない事に越したことはないし、俺個人としてはあんなもん時間と労力の無駄だと思う。が、現実としてはあちこちで戦争が起きている。エオルゼアだって帝国と戦争真っただ中だしな。巻き込まれる非力な住民が悲惨な目に遭うばかりで碌な事などないのだが、戦争を発生させることで利益を得られる奴というのが存在する。武器や兵器を扱う商人なんかはそれこそ戦争は商機となるわけだし、傭兵たちも命がけとはいえ争い事に雇われればそれが金になる。自分たちの利益を出すためにわざと戦争を発生させる奴らだって存在するし、中にはなんだかよく分からないのだが利益だのなんだの関係なしに《戦争での》殺し合いが大好きでならない、というぶっ壊れた奴もいるらしい。軍師として戦略を練りだして勝利をもたらしているうちに、兵士たちを手駒に見立てて自分の戦術がどこまで通じるか試したい、などと戦争を続ける方向にもっていく軍師なんてのもいると聞いたことがある。恐ろしい話だ。そう言うイカれた軍師にとって戦争は戦争ではなくて盤上のゲームなんだろう。そう言う奴にとっては命がけで前線にいる兵士たちは文字通り駒でしかない。人間としては見ていないのだ。傷つこうが死のうが関係ない。人間は人間として扱ってほしい所だ。いや命を命として扱え、のほうが正確か。殺し屋やってる俺が言うとどっちにしても説得力がないけどな。

 ともあれ、本来ならしないほうがいい種明かしを済ませて、アレコレと話をしたが結局のところなぜ遭遇してしまうのかは分からない。縁があるの一言で片づけるしか無いんだろうかな?縁というのは基本、良きモノとして認識してるが今回の縁ばかりは良いと良いっていいのかどうか……。表向きにも縁があるようだからそっちは良い。栗丸にとっても同種の友達が出来たのだし俺にとっても似たような戦闘を好む感性を持つ友人が出来たわけだからな。が、裏側の方に色濃くその縁が滲み出てしまうのは厄介だ。俺にとっても困るが彼女にとってだって良いとは言えない。なんせ裏側の俺の仕事は基本的に復讐心を元にした殺しなわけで、ターゲットとなる奴は下衆が多い。もちろん例外はあるが、基本的には下衆に被害に遭わされた側からの依頼であるから必然的に俺の獲物は下衆が多くなる。俺とだけ遭遇するならまだしも仕事現場でかち合ってしまえば下衆ともかち合ってしまう可能性が出てくるわけだ。そっちのほうが危険かもしれない。俺は彼女を害することはしないがターゲット側がしかねないし。そうなったらなったでお互い、どうにかして彼女には離脱してもらえるように努力はするが……いや悪い想像はしなくて良いな。なったらなった時に考えて動けばいい。場当たり的だが冒険者でも殺し屋でも臨機応変に動かねばならないのはいつもの事だ。想定していなかった事なんてものはいくらでも起きる。それに対応出来なければ表向きだろうが裏向きだろうが生き残れないしな。彼女の方も今後万が一遭遇したとしても立ち去ってくれると約束をしてくれたので離脱を優先してくれるだろう。その方がお互いのためだ。

「……あ、でも刹さん思ったんですけど。」
「なんだ?」
「絶影さんの状態でソチラの命が危なそうな時に飛び込むのくらいは許してくださいね。」
「……許す許さないの話ではないがあまり歓迎は出来ないな。」
「私の行動は私が決めます。」
「……人の事言えないがジゼル結構強情だな?」
「基本的には立ち去りますけど例外もありますって先に宣言しておきます。」
「ない事を祈るよ。」

首を突っ込んでこない方がいいという話をしたばかりなのにこの子は。赤の他人であるあの守兵たちを助けようとしたくらいだから知り合ってしまった俺の事は余計に助けようとしてくれてしまうんだろう。友人知人と言う奴はやはり困っているように見えたら手を出したくなる。それは俺も同じだ。が、なんというか絶影に対してそれは手を差し伸べる側へのリスクが大きくなりすぎる。だから歓迎できることでは無いのだが…。この堂々とした宣言を聞くに彼女は俺が危ないと判断したら迷わず割り込むんだろうな。有難いような困るような……。

「言っても無駄かもしれないが本当に危ないなら自分を優先しろよ?」
「覚えてはおきますね。」

 言われた通りにするかどうかは私にも分かりません、とジゼルがニコっと笑う。こりゃ飛び込んでくる事ほぼ確実だな。俺が絶影としての仕事中に彼女が飛び込んで来ずに済むように気を付けないとだ。あんまりこの話を続けてもただお互い譲らない押し問答になるだけだろうからこれで打ち切りにしておくか。俺の方も彼女の方も、どちらも譲らないと確信がある。

ならもうあとは雑談としよう、とお互いが意識して会話の中身を切り替えた。最近、潜り込んだ遺跡の話やドラゴン達の手伝いをしたりした話。栗丸やレークが最近気に入っている遊びや食い物。話そうと思えばいくらでも、話す事は有る。面白おかしくアレコレ話しているうちに時間は過ぎて行って、ジゼルとレークは帰ってきたレンたちも含めて一緒に夕飯を食べてから帰っていった。今度は最初から、なんでもない他愛もない話を目的にするか冒険先で、とまた会う約束をして。

 この時に話した、絶影の命が危ないとなれば妨害しに飛び込むという宣言が割と近いうちに実行されてしまうとは俺はもちろん、当然ながら彼女も思っていなかったが……それはまた別の話。


表裏の縁Ⅱ:終

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