影の素顔《紅蓮》
よく抵抗する獲物だった。
不意打ちで取り巻きは全員潰したが最も重要な獲物が非常に活きの良い奴だった。追い立てる分にはこの上なく楽しいが長時間の小競り合いは避けなくてはいけない。一切の物音を立てずに戦闘を行うのは現実としては不可能だからだ。真夜中でも激しい物音を立てては目を覚まして様子を見にくる奴や不穏と察して見回りに衛兵が来るかもしれない。だからそろそろ死んでもらいたいんだが、これはこれで面白い。
「っクソ野郎……!どいつの差し金だ!?顔くらい見せろ!」
威勢がいい事だ。
殺されるかもしれないと言う恐怖よりも、殺そうとしてくる俺と、殺せと命じたであろう誰かへの怒りが前に出るらしい。恐怖に呑まれちまう奴にはこんなに苦労しないが、憤怒に囚われる奴は愉快なことになる事が多い。今もまさにそれだ。きちんと抵抗する力を、戦う力を持つからこそこうして小競り合いになっていて、どちらもいくばかりか傷は負っている。
獲物の男は俺が素顔でないのが余程、気に入らないと見て執拗に顔を狙ってきている。仮面を剥ごうと言うのだろう。無論、なるべく顔への被弾は避けているが仮面が取れたとしても取れなかったとしても、この活きの良い獲物を殺さないという選択肢はない。必ず殺す。久しぶりに楽しい。狂った高揚感を感じているからこそ笑みが浮かんだままだった。それがなお、相手の神経に障るらしい。何がおかしいんだ!と喚いているのが聞こえる。
お前を狩る過程が楽しいんだよ、お前にはきっと分からないよなぁ……。
楽しいからこそ負傷も気になっていないし、痛みも感じてはいなかったが、頰やら腕やらには刃物で切られた傷が出来ていて当然出血している。ヌルリとした感覚が少しだけ気になる程度だ。この程度の負傷は日常すぎて苦にもならない。
楽しくて高揚しすぎて、少々動きが雑になってしまう瞬間があったようで、その瞬間にソイツの片手剣の先がガツンと仮面の、こめかみの辺りを叩くのが分かる。顔に固定するための部位がガチッと音を立てて皮膚を叩きつけてきて痛むと同時に血が流れ始めた。圧もあって切れたか。ふわっとほんの少し浮いた仮面が、そのまま心許無く顔からズレるのが分かる。あぁこりゃ、外れるな。ずるりと黒い仮面が顔から離れて落ちていく。コツッと石畳に落ち、パサリと乾いた音を立ててまるでそこに置かれたように止まる。同時に時間が止まったかのような静寂。夜風が酷く冷たく感じる沈黙が流れた。目を閉じたままの俺の顔に、ソイツが釘付けになるのか分かっていた。素顔を見ようと躍起になっていたからこそ、ついぞ仮面をひっぺがしたと高揚しただろう。が、仮面が外れたその素顔が、目を閉じているのは想像してなかったらしい。異様な程に張り詰めた、緊張した空気を察しておかしくて笑ってしまう。
顔が見えたが結局、誰だか分からないと思っていたらしい獲物が、時間をかけてから驚いているのが伝わってくる。俺が小さな声を上げて笑っているのを聴きながらも、ソイツはじっと俺の顔を見たまま動けないでいる。自分の記憶にある《誰か》と繋がって、それが間違いではないのかどうか考えてしまって固まっている。ゆっくりと、目を開いた。目元の特徴と言うのは相手に印象を残しやすい。もちろん、口元や耳、角に極端な特徴があればそちらも記憶に残りやすいが、やはり人間が気にするのは目だ。視線、視力を交流に使う生き物故に。だからこそ俺は仮面で目元を隠し、視力以外の感覚に強く頼るために目も閉じてしまう。
「な、なっ!お前、お前は!!」
「……俺は、《何》だった……?」
面白い。酷く驚いたまま、攻撃に移れずに後ずさり始めているのが分かる。驚愕故に眼球が震えて、血の気が失せているのが伝わってくる。顔を晒してやると息巻いていたあの時の勢いは何処へやったのやら。面白い。小さな笑いが止まりそうにない。
「《解放者》……!アラミゴの、《解放者》がなんで……!!」
「……人には誰しも一つ二つ秘密があるものだ。……良い冥土の土産が出来たな……?」
「!ま、待って、待ってくれ誰にも言わない!!」
「……勘違いするなよ?お前を殺すのは初めから決まっていた事だ。俺の顔を見たからじゃない。が、見たからにはなんであれサヨナラだ。」
「ひっ!」
初めの活きの良さが嘘のように。俺の素顔を見た故に戦意が消えてしまったらしい。残念だ。追い立てる狩りが楽しかったと言うのにこれではただの虐殺だな。まぁそれでも構わない。殺せるのなら構わない。仕事は仕事だし、見たやつは消す。永遠のお別れだ。
「どうして、どうして《解放者》が俺達なんかを……!?何が、何をしたってんだ!」
「……ッくくく……《俺》を《なんだと思ってるんだ》かなアンタらは。……せいぜいあの世でたっぷり考えろよ。」
混乱して、喚くソイツの肩を捕まえて待ってくれと言う言葉を聞かずに双剣で心臓を損傷させる。鈍い貫く音とソイツの喘ぐような悲鳴。無理に刃を捻りながら引き抜いて損傷をデカくし、ついでに喉元も掻っ切っておく。顔を見られた以上、万が一、生存されては困る。これで助けるのはもう難しいが、それでも凄まじいことに人体は即死しなかったりする。ソイツが握っていた片手剣をふんだくると、更なる念押しで腹に突き立てておいた。いわゆるオーバーキルになるが致し方ない。死体や無力なやつを破壊していく趣味はないがことが事だ。
俺の素顔を、正体を認識してしまった奴を手加減して生き残らせてはならない。最初の一撃でほぼ虫の息だったが、念押しで呼吸が止まったのも、仮面を拾い上げて付け直しながら聞いておく。筋肉の痙攣が止まらずに防具が擦れる音がかすかにする程度だ。……取り巻きの呼吸と心音も一応確かめる。もし生きていたら会話を聞かれていて俺が誰なのかを把握した状態で助かって、情報として持ち帰られてしまうかもしれない。正体がバレるのは避けなくてはいけない。俺の為ではなくて俺の大事な人たちのために。念押しを兼ねてエーテル視を使って《生命》を確かめたが、全員、問題なく事切れたようだ。死体にもしばらくはエーテルが残るが、死んだものと生きたものではやはり輝き方が違う。死んだ奴のエーテルはくすんで萎み、灰色のように見える。足元に転がした全員、きちんと灰色に変色していた。さて、なら依頼完了だ。隠せとも言われなかったし今回はこの惨状のまま帰ればいい。
誰かに怨みを買って襲われた末に殺された、と分かるようにしておいてくれと頼まれる事があるが、今回はその類だった。アラミゴの解放のために尽力していた裏で、ウルダハやグリダニアに定住する事を選んだアラミゴ人を否定し、果ては行き過ぎた暴行で死なせたりしていた連中。怨みを買って当然だろう。帝国に侵略された末、命からがら逃げ延び、祖国を諦める選択をせざる得なかった者達と言うのも確かに存在する。年齢的に戻るのが難しい者、子が幼くて協力しようにも出来ない者、負傷や病が重く動けない者……様々な理由で故郷を諦め、他国で生きる道を選んだ人達がいる。が、この獲物達はそれらを認めなかった。アラミゴ人ならばアラミゴ奪還のために生きるべきと他者にまで強要しようとした。どこかの神龍を喚んだクズのように。仲間にならないアラミゴ難民にはキツくあたり、気に入らないと暴行して死なせる事件をいくつか起こしていた。怨みを買わないはずが無いのに、当の本人達はそれこそが正義と信じてやまないから反省もしなければ罪悪感も抱かない。最も面倒で醜悪な連中だ。この世に正義なぞ存在しないんだからな。
「……《解放者》ならばお前の理想を理解出来るとでも思ったか?それとも、《解放者》たる者、善人に違いないとでも?……くくっ……馬鹿馬鹿しい。何も知らないくせに、良くもまあ。」
そう、皆んな知らない。
《俺》がこんな薄汚い感情に任せて動くと言う事実を。生命を狩る事を《娯楽》にしてしまう異常な精神を持つ事を。裏側では金をもらって誰かを殺す仕事を好んでいる事を。《俺》を必要以上に持ち上げる連中は欠片も知らない。
「事実を知った時、《お前達》はどんな反応をするんだろうなぁ……。散々、《俺》に頼り切った末に《俺》が殺人鬼だと知ったら。……《俺》は英雄なんかじゃないと伝えても聞く耳を持たないからな《お前達》は。」
物思いに耽りそうになったところで、足元の死体のことを思い出して苦笑する。長居は無用だったな。血の匂いが充満していて噎せそうだ。明るくなれば此奴らは発見されるだろう。そうでなければ真夜中のうちに、見回りに来た衛兵かブラついている冒険者にでも見つかるかもしれない。どうあっても騒ぎにはなる。依頼者はそれで構わないと話していたが。帰って風呂に入って、返り血や泥を落として身支度を整えるかとため息をつく。《俺》に戻らなくてはいけない。
「……手当もきちんとしなけりゃな。」
大怪我ではないものの、刃傷の手当ては丁寧にせねば。ともあれ、帰ろうかと暗闇の中に溶ける。足音も気配も姿も闇に紛れさせて。
……《こっちがお前》であったら。もしかしてもっと生きやすかったんじゃないのか、と考えても無意味な事が過る。
……不毛だな、やめておこう。
静かに、帰る。《俺の方》の居場所に。
―影の素顔・絶影―
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