衝動、二つ
―おい、立て?休んでる場合かー
腹の底の方から発破をかけられる。疲れと負傷で膝をついていたところで、勘弁してくれよと苦笑してしまう。
―まだ足りないだろ?―
「……もう大分《喰い散らかした》ぞ。」
乱戦。
帝国の連中との小競り合いに、妖異が乱入してきて滅茶苦茶になっている。結構に惨状だ。大勢の人間が負傷し、死に絶えているし同じくらいの妖異が砕け散って還っていく。全体が同じように減っていくのか戦況が良くなっているように見えない。変わらずに帝国兵はいるし妖異も居るし味方と呼べるレジスタンスと冒険者も居る。
―《俺達》は狩る側で、獲物じゃないだろう?―
ヌルリと革手袋の上を返り血が滑る。双剣にもべったり血が付いていて何度か拭ったり振り払ったりしていた。次々と、獲物を食い荒らした俺の牙が。
ギラギラとした殺気は、俺だけの物じゃない。俺のと、《内にいる絶影》のと、混じり合った殺気だ。大勢食い散らかしたのに、その殺気が収まる気配がない。本能的と言って良いのか、明らかに飢えている。人とは言い難い、喰い殺す事を望む衝動。あぁ、これは化け物だと、生きてきて何度か感じた事を改めて思う。俺は、《俺達》は人の皮を被ってるが化け物だ、と。
ー化け物は化け物らしく振る舞えば良い そうだろう?―
敵と呼ぶ存在ごと、いのち全てを嘲笑うような言葉と声。疲労で力の抜けていた手足に、身体に、血が勢いよく通うのが分かる。立ち上がれる。闘える。喰らいつける。
『貪りに行ける。誰も咎めない。戦場に人らしさなんぞ要らない。』
《俺達》は化け物でケダモノだ。ならばケダモノらしく喰らい尽くせば良い。立ち上がりながら、昂りを抑えておけなくなる。胸から何かが突き破って飛び出してくるような感覚。衝動と渇きが、飢えが。
―その先で死ぬ事になるなら
それはそれで良いさ
どうせ《俺達》は壊れたケダモノなのだから―
他の人間達と共に生きて行く資格なんざ本来、無いようなモノ。
無価値なんだから、この生命は。
『《俺》は《お前》が事切れる瞬間まで傍らに居る』
あぁこれが、狂気じゃ無いなら何なんだろうか?武器にこべりついた血を乱暴に防具で覆われた腕で拭う。いつかそのうち、きちんと事切れるなら、このイカれた精神は、魂は、正しく星へ還れるんだろうか?死ねないまま生きてきた。何度死にかけても冥府ではなくこの生きた世界に放り出された。還る事さえ出来ぬほどに壊れているのなら、そうだな、粉々に砕けて無になるしか無いか。星の巡りにさえ戻れない。狂ったケダモノにはその方がお似合いだ。
ーさあ行こうか、俺は《此処》に居るー
身体に、魂に、被さるように気配を感じ取る。幻影のように俺に《もう一人》の姿が重なってブレる。周りの連中にはきっと解らない。解っているのは《俺達》だけ。双剣を握り直して、両腕を広げて吼えた。
歪んだ飢えを満たす為に、獲物を喰らう為に、表向きは敵と呼ばれる生き物を倒す為に。狩りを。最期が来るのならそれで構わない。めでたしめでたし、なんてのには程遠いがそれでいいだろう?《俺達》はこれ以上無く、ねじれて歪んで狂っているのだから。
獲物を求めながら
死に場所も探している。
ケダモノに相応しい終わりの場所を。
刹と絶影 衝動、二つ
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