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インターネット教養学演習① ~「耳なし芳一」~

 

はじめに


 最近「ネット教養」が話題になってるじゃないですか。
 「このネタで笑えるなんて、日本人の教養ってすごい!!」みたいな話が盛り上がってから「教養って、これ中学知識なんですけどwww」みたいな冷笑浴びせるやつ。ちなみに「冷笑う」って書いて「せせらわらう」って読みます(教養ポイント+1)。

 人を下に見て笑うのはいつ特大のブーメランが返ってくるか分からないから止めた方がいいのにと思う一方で、「教養」の安易な濫発に違和感を覚える気持ちも分かります。

 それ関連で最近話題になってたのが掲題の「耳なし芳一」ですね。具体的な流れはよく知らないんですが(一番よくない)、どうやら「耳なし芳一」のストーリーを暗黙知として共有できるのは教養だね~みたいな話が拡散された結果、意地悪な人の目に留まってしまったようです。
 SNSに生息している物の怪は大概、文字がびっしり書いてあっても(読めるかどうかは別として)寄ってきてしまうので非常に厄介ですね。

 冗談はともかくとして、たぶん「耳なし芳一ごときで教養を語るなんてwww」みたいな文脈で燃えたのでしょう。で、ようやく本題なんですが、別にどっちかの陣営に立って批判や擁護がしたい訳ではありません。この話を遠巻きに眺めていたとき、ふと思いました。

 ——あれ? 耳なし芳一のこと、何も知らなくない?

疑問

 そうです。私が知っていたのは「お坊さんが全身にお経を書いてもらったが耳だけ書き忘れてしまい、化け物に引きちぎられて聾者になる」という珍妙な筋書きだけ。
 たしか誰かの依頼を受けて、化け物が出るとされる狭い倉のような場所で一夜過ごすことになったとか、耳を千切られた後は琵琶法師(盲目でもないのに?)みたいなことをしていたような気がしますが、全部うろ覚えです。それ以外のこと、例えば、

  • Q1. 依頼主は誰か、なぜ依頼主は無事で僧だけ物理的な被害を被ったのか

  • Q2. なぜお経を書くと化け物から見えなくなるのか

  • Q3. 耳を引きちぎられてから、なぜ僧は追加で危害を加えられなかったのか(出血や痛みに伴う音声からステルス部分を推測することは容易)

  • Q4. そもそも化け物とはどんなやつか(妖怪?鬼?)

 ストーリーひとつ取っても、これだけの疑問が浮かびます。加えて

  • Q5. 作者および成立年代

  • Q6. 成立の背景(訓話? 作り物語?)

  • Q7. 現代まで語り継がれた理由

くらいまで知っておくと、胸を張って教養人を名乗れそうな気がします(あくまで「耳なし芳一」限定)。しかし今の段階では圧倒的無知。無知の知。「教養」を笑うことはおろか、「教養だね~」の輪にすら入れません。

 という訳で、調べようと思います。使用するソースは以下の通りです。

 まずは八雲の小説を読んでQ1-Q4を考察します。残りの資料はそれ以降の問いに答えるためのものです。では参りましょう。


結果① 青空文庫を読んで

 え、面白!!!!!
 みんな読んでください!!上に戻って!青空文庫のリンク踏んで!もう教養とかどうでもいいから! いや最初からどうでもいいか!!もういっそここで終わりにしようかな……
 ……取り乱しました。
 感想としては、めちゃくちゃいい怪談でした。主人公の芳一が盲目であることによって怪異に気づけずに第三者の観察でゾッとさせる展開が王道でたまらないし、視覚情報が遮断されているぶん手を引く鎧の感触とか弾き語りに対する周囲の反応とかラストの恐怖が効果的に演出されている気がする。
 オチが分かってるのに面白い話は名作。最高!!

 でまあ、ここからはどう足掻いても蛇足なんですがせっかく始めてしまったので、前節の疑問について確認していきます。

  • Q1. 依頼主は誰か、なぜ依頼主は無事で僧だけ物理的な被害を被ったのか

    • A. そもそも依頼主が幽霊。よって続く問いは無意味。

 恐らく「幽霊による依頼」と「幽霊退治の依頼」が私の記憶の中で入れ違っていたのでしょう。

  • Q2. なぜお経を書くと化け物から見えなくなるのか

  • Q4. そもそも化け物とはどんなやつか

    • A. 化け物=壇ノ浦で敗死した平氏の亡霊。幽霊ならお経が見えないのは当然(?)。

補足:
 お経は般若心経で、書いたのは住職と*納所なっしょ(寺の会計・事務を行う下級僧)のふたり。納所が耳担当だったが記入を忘れており、住職も確認しなかった。何事もダブルチェックを怠ってはならない

                        *goo辞書「納所坊主」

「ところで、今夜私はお前と一緒にいるわけにいかぬ。私はまた一つ法会をするように呼ばれている。が、行く前にお前の身体を護るために、その身体に経文を書いて行かなければなるまい」

小泉八雲「耳無芳一の話」

 溢れ出る強キャラ感。そんなに強いなら一晩くらい法会の仕事後にしてもらって一緒にいてあげたらいいのに。

  • Q3.  耳を引きちぎられてから、なぜ僧は追加で危害を加えられなかったのか(出血や痛みに伴う音声からステルス部分を推測することは容易)

    • A. 住職から身動ぎせず、声も一切出さないよう厳命されていたため。また、霊的な何かは耳を引きちぎった後すぐに立ち去ったため、血を見る機会がなかった


 これ凄くない!? 以下のように、化け物辞去→流血の前後関係がはっきり描写されており、文句の付けようがありません……。

重もくるしい足踏みは縁側を通って退いて行き――庭に下り――道路の方へ通って行き――消えてしまった。芳一は頭の両側から濃い温いものの滴って来るのを感じた。が、あえて両手を上げる事もしなかった……

小泉八雲「耳無芳一の話」

 もう一つ、芳一にとって不幸中の幸いだったのは、亡霊が両耳を同時に引っ張ったことです(片耳ずつ引っ張ると反動で身体が動いたり、もう片耳を千切る間に流血が始まったりして、存在バレの危険性が高まる)。
 無粋な話をすると、亡霊が「両耳が浮いている」と認識したなら真横(耳がちぎれる方向)ではなく手前に引き寄せるのが自然な気がします。しかし、亡霊の力が強すぎるあまり慣性力で耳が引きちぎられたと考えれば引く方向に関係なく説明がつきそうです。本当か??(物理に詳しい方、ご教示ください)

 何はともあれ、そういうことにした上で改めて該当箇所を見直してみると「瞬時」「鉄のような」という表現が、剽悍な武士を想起させます。


 その瞬時に芳一は鉄のような指で両耳を掴まれ、引きちぎられたのを感じた!

小泉八雲「耳無芳一の話」

結果② その他の文献

 やる気も尽きてきたので、残りはさらっとやってしまいましょう。ジャパンナレッジで「耳なし芳一」と調べて一致したのはこの2件でした。なお、大辞泉は八雲の『怪談』もついでに載せています。

耳なし芳一 みみなし-ほういち
小泉八雲の「怪談」の登場人物。
長門(ながと)赤間関の盲目の琵琶(びわ)法師。平家の怨霊(おんりょう)にまねかれ,夜ごと安徳天皇陵の前で壇ノ浦の戦いをひきがたる。これを知った和尚に怨霊から身をかくすため全身に経文をかいてもらうが,かきわすれられた両耳はひきちぎられた。天明2年刊「臥遊奇談」巻2の「琵琶曲泣幽霊」が出典とされる。

『日本人名辞典』(講談社)

みみなしほういち〔みみなしハウイチ〕【耳無し芳一】
日本の昔話。盲目の琵琶法師芳一が、平家の亡霊に招かれて夜ごと平家物語を語る。心配した和尚が芳一の全身に経文を書いてやるが、耳には書き忘れたため亡霊にちぎり取られる。小泉八雲の「怪談」にも収録。

かいだん〔クワイダン〕【怪談】
《Kwaidan》小泉八雲の短編小説集。古典文学や民間伝承に取材した「耳なし芳一(ほういち)の話」「雪女」「むじな」など17編の怪談と、虫に関する3本の短編を収録する。1904年刊。

『デジタル大辞泉』

 国書データベースは、八雲にちなんで富山大のコレクションを(https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100093305/22?ln=ja)参照しました。

 ちなみにこちらも短編集のような体裁を取っており、リンクで開いたページから「耳なし芳一」にあたる物語が始まっています。
 また、p.25で挿絵(安徳天皇らを祀った墓の前で芳一が歌っている様子を下男たちが目撃する場面)、p.6で題名「琵琶秘曲泣幽霊びわひきょくゆうれいをなかしむ」の文字を鮮明に確認できます。
 本文を詳細に読む気力が残っていないので、分析はここまでとします。変体仮名を真面目に勉強しておけばよかったなあ。

  • Q5. 作者および成立年代

  • Q6. 成立の背景(訓話? 作り物語?)

    • A.  不明。1904年に刊行された小泉八雲の短編集『怪談』における「耳なし芳一の話」、天明2(1782)年に一夕散人が著した読本『臥遊奇談』における「琵琶秘曲泣幽霊」は確認できたが、伝承や昔話に取材したものと思われる。ただし、ダブルチェックの重要性を説く訓話であった可能性がある。

  • Q7. 現代まで語り継がれた理由

    • A. 面白いから。というのももちろんそうだが、八雲が題材としたことで一気に有名になったようだ。


 以上をもちまして暫定的な教養とします。ではまた次回の講義で。
 起立。礼。おやすみなさい。



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