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掌編小説✳︎天気予報はにわか雨

急な雨が降ってきた。

放課後、高校の校門を抜けて
駅へ向かう途中だった藍子は
屋根付きのバス停まで走った。

朝、母親から
『天気予報で、折りたたみの傘があった方がいいってよ』と言われたことを思い出す。

電車に乗り遅れそうな微妙な時間で
慌てて玄関を出たので、その声は無視した。

少しぬれた髪を、ハンカチで拭うと
先客がいた。

藍子が憧れていた、隣の高校の男子生徒が
そのバス停のベンチに座っていた。
時々見かける彼を、目で追っていたこともある。
名前も知らないし、偶然会ったときに
心で「おはよう」って挨拶していた。

黙って隅に立ち尽くしていた藍子。
彼はどこ行きのバスに乗るのだろう。
ちらっと一度だけ、藍子を見た後
すぐにスマホに、視線を戻した。

次々来るバスには乗らず、ベンチに座っている。
藍子はゆっくりと、反対の端に、腰を下ろす。

雨がやんだら、ここを離れて
駅に行かなくちゃいけないと
藍子は、灰色の空を眺めた。

生まれて初めて、雨がやんで欲しくないと思った。

それでも数十分もすると雨は止み、住宅街の屋根の間に虹が架かった。

仕方なく、バス停を出ようとしたら
彼が
「え?」と言った。
藍子も
「え?」と振り向いた。

「バス乗らないの?」と聞いてきた彼。
「あ、私はただの雨宿りで」
「なんだ、僕もだよ」

「え?」また藍子は彼を見た。
「君がバスに乗ったら、見送るつもりだった」
「あぁ……私も」
「え?」次は彼が、藍子を見つめた。
「あ、あの私も、そちらがバスに乗ったら見送るつもりでした」
「いつもは駅で見かけてるけど、バス乗るのかな?って思った」
「私もいつもは駅で見かけるのに、バス通学だったのかな?って思ってました。…え?私のことを?見かけた?」

「実は……気になってた」

きっとこのときの私は、とんでもない顔だったと藍子は思った。あまりの驚きに、言葉が出ない。

「駅まで歩いてたら降ってきたけど、どうせすぐ止むかと思って、ここで雨宿りしていたら君が来た」

彼の後ろに見える虹が、藍子にはいつもより鮮やかに見える。

そのうち、また雨がぽつりぽつりと屋根を鳴らした。

彼は、膝の上にあった鞄から、折りたたみ傘を出し、立ち上がる。

「良かったら駅までどうぞ」


藍子が見上げた
傘を察し出す彼のにっこり笑った頬に
えくぼが見えた。

藍子はこくんと頷き、並んだまま数分歩くと雨雲は割れて、日差しが一つの傘の影を作る

そのまま傘はたたもうとはせず
「日傘にもなるから」と彼が言う。
少しぬれた彼の制服の肩先の雨粒は
太陽の光が反射している。

足下の水たまりには、藍子の
恥ずかしげな顔が映っていた。

          完


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