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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第4話

結里子ーただ生きる

紘太の助けた男の子の父親は
葬儀には来ていたけれど
私もまだ、顔を合わせることも出来ないし
気持ちの整理もつかない状態で
その場に立っていることさえやっとだった。

同僚のめぐみが、ずっと寄り添ってくれたから
めぐみの方に、後日改めてお詫びを
させてほしいと、名刺が渡されていて
落ち着いたら、連絡が欲しいとも。

最初は躊躇ったが
私からも、伝えたいことがあり
ようやく日常に戻り、職場復帰もした頃
名刺にあったメールへ
連絡を入れて、お会いする約束をした。 

紘太が助けた男の子は
「陸くん」と言った。
お父さんのお名前は
大地さん。

陸くんと大地さんと、職場近くの
マックで待ち合わせた。

陸くんと大地さん。
ママはパパが大好きで
息子さんに、パパと似たような名前を
つけたのかな?なんて想像した。

大地さんは
陸くんを一人で、育てている。

あの日も、仕事に行く前
陸くんを保育園に預ける為
駅のホームで、電車を待っていた。

ホームの真ん中辺りで、大地さんは
保育園の荷物を持ち直すため
一瞬、陸くんの手を離した時
出発直前の反対の電車に
飛び乗ろうとした人が
陸くんにぶつかった。
そのまま小さな体は飛ばされて
これから電車が来るはずの
線路に落ちてしまったのだ。
慌てて、大地さんが
駆け寄るより早く
紘太は線路に降りて
陸くんをホームに上げていた。

けれど、紘太は

間に合わなかった。

滑り込んできた
自分が乗るはずだった電車に……

♢♢♢♢♢♢

最愛の人を、奪ってしまった事に
かける言葉もないと頭を下げている
大地さん。
がっしりした体型が、小さく見えるほど
体を折り曲げて深々と頭を下げる。
その肩先の向こうにはプレイゾーンで
無邪気に遊ぶ、陸くんが見えた。

私は伝えた。

「多分、紘太は危険を承知で
動かずにはいられなかったのだと思います。
私が今日、ここに来たのは
せっかく紘太が助けた、陸くんの命。
大切に育てて欲しい事。
陸くんが、もう少し大きくなって
この事故のことで、自分を責めるような事が
ない様にして欲しいんです。
紘太は、後悔してないはず。
それより紘太の分も
元気で長生きして欲しい事。
お父さんから伝えて頂きたくて
ここに来ました」

辛くないと言えば、嘘になる。
でも、陸くんを助けた事で命を落としたと
陸くんには思ってほしくない。
それだけは伝えたかった。

私も、誰も責めたくはないし
大地さんが、負い目を感じている事は
痛いほど感じる。

それでも私は
紘太のいない世界で
淡々と生きて行くのが、やっとだった。
余計な感情は
砕けた心には、沸いてもこない。

♢♢♢♢♢
毎晩、ベットに入って
額縁の中の紘太を、
ぎゅっと抱きしめて
「おやすみなさい」と言うのが
ナイトルーティンになった。

紘太の一周忌がまもなくの頃
抱きしめた紘太の額縁の角が
私の胸に当たった時、違和感を感じて
もう一度指で触ってみた。

「あっ」

右胸に小さなシコリ。
検査の結果
やっぱり乳がんだった。

幸い発見が早くて
ステージは、そう高くなかったけど
紘太がいなくなって
生きてる意味を見出せない私は
罹患して、もしもこのまま
治療をしなければ
早く紘太の所に行けるのかな?って
思った時もある。

でも、果たしてそれは
紘太が喜んでくれること?

小さな命を助けた紘太に
治療も受けず、命を落として
もしも会えたとしても
きっと喜んではくれないよね。

私は、きちんと治療を受けて
紘太の分も、生きて行こうと決めた。


摘出手術をし、治療を受けながら
仕事は、続けさせてもらえることになった。

でも、流石に激務な病棟ナースは
無理なので、受付業務に回してもらって
放射線治療、抗がん治療を受けた。
体調が悪い時は、いつでも休ませて
いただけるのは本当にありがたい。

一人の部屋で、紘太の事や病気の事で
心も頭も全て覆い尽くされて
どうしょうもなくなるより
仕事をしている時は、本当に気持ちが紛れる。

抗がん治療で、髪も抜け落ちたけど
ウイッグを早めに使っていたので
私の病気を知らない人は
誰一人、気がついていない。
ただ、爪の色が青黒く変色してしまった事は
自分でも目に入る分
現実に引き戻される瞬間だった。



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