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【つながる旅行記#301】入船山公園で呉の歴史とビラを見る

前回は潜水艦あきしおの中に潜入し、知らない世界の知識を吸収した。

もう夕方になろうという時間ではあるが、今から向かうのは入船山公園

今居る場所からはさほど遠くない場所にあり、何やら色々見どころがあるようなのだ。

1kmくらい
!?

そんなわけで到着。

いや、この案内図を見ると、見どころありすぎでは……?

「呉市立美術館」
「旧東郷邸」
「郷土館」
「急呉鎮守府司令長官官舎」
「歴史民俗資料館」
・・・

絶対15時を回ってから来るところじゃなかった気がする。


……まあこれもまた運命。

今回は仕方ないということで。

旧東郷邸

中に入ると、火薬庫を発見。

早速入ってみよう。


!?


火薬庫の中では、呉市のキャラクター『呉氏』によるミュージックビデオが上映されていた。

夢のような瀬戸内でも
ここば現実と思える
ほんの1回でも
あなたが来てたらいいと思ってる

ダジャレ要素満載の歌詞と、今居るのが火薬庫の中というギャップに震える。

こ、これがインスタレーションというやつですか?(たぶん違う)

鎮守府の解説パンフレットもあった。

どれどれ……

おお、度々訪れている舞鶴だ。

神埼煉瓦ホフマン式輪窯もしっかり紹介されている。

やっぱり知っているものが出てくるとちょっと嬉しい。

佐世保にはまだ行ったことがないが、こんなコンクリートタワーがあるらしい。

うーむ、これはいつか見に行かねば……!

鎮守府コンプリートまでにはあと佐世保横須賀の2箇所なので、鎮守府巡りは旅行の目的作りにはハードルが低くていいかもしれないな。


水交神社
旧海軍工廠塔時計
郷土館

駆け足で展示を見た郷土館では、呉の発展の歴史についてあれこれ学ぶことが出来た。

呉は鎮守府が置かれた軍事的に重要な場所だったので、近代的な水道整備病院鉄道なども他地域に先んじて発展したようだ。

中でも電気に関しては、2023年7月には新1万円紙幣の顔となる渋沢栄一らの支援も受けつつ、広島水力電気(現:中国電力)を設立し、その後完成した中国地方初の水力発電所は広島までを高圧送電線で繋いだらしい。

やはり国が全力で発展させている場所は凄いことになるなと実感する。


また、1905年の芸予地震についてもちょっとだけ記載があった。

この地震は日露戦争でバルチック艦隊を打ち破った4日後に呉近海を襲ったというタイミングの悪い地震で、鎮守府関連施設にも大きな被害が出た。

呉では水道管が破裂するわ、海戦の負傷者に加えて民間の地震被災者も加わるわで、病院はもう大変なことになったという。

だが、華々しい海戦の勝利に水を差すこの災害ニュースは、詳しく報道されることはなかった。

戦争中はこういう情報も規制されるんだな。


個人的に「おおっ!」と思った展示もあった。

それは太平洋戦争でアメリカ軍が市街地にばら撒いたビラである。

ビラ

この世界の片隅に』の中でもこういったビラが登場し、「すずさん、届けないと憲兵に叱られるで?」なんて描写があったが、実物が見れるとは。


そして内容を読んでみると、「自由」に関するあれこれが多い。

まさかの福沢諭吉も登場しているし、なんだか文章もしっかりとした日本語だ。(実際日本人が作っていたとかなんとか)

日本国民に告ぐ

そして有名な「日本国民に告ぐ」もあった。

これは色々なバージョンがあるのだが、基本的には爆撃するから都市から離れろという内容のビラだ。

なんだか内容を見ると「爆弾には眼がありませんからどこに落ちるかわかりません」という気弱なような恐ろしいような事が書いてあるが、実際呉の東側にある福山市を襲った空襲では、軍事基地や化学施設ではなく市街地に爆弾が投下されて多くの民間人被害が出ている。

アメリカ側のトラブルで急遽昼間の爆撃から夜間爆撃に変更になったようなのでその影響もあるのかもしれないが、酷い話である。

福山市

いやはや、わかってはいたがなかなか戦争関連が多くなってしまう。

やはり呉や広島はその話題からは切り離せないな。

では、次回は呉鎮守府の司令長官官舎を見ていこう。

なんだか全然日本っぽくない建物が目の前に見えているが、中は一体どうなっているのか。


次回へ続く……!!


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aosagi
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