死への現実論
輪廻というサイクルが無かったら
単に物質としてのサイクルだったら
意味を追求してしまう人間には
きっと酷な事だろう
燃え尽きてしまえば
腐って溶けて無くなってしまえば
ただの塵と化すのだろうか
この思考回路も
一時的に構築されたもので
この時間が終われば
全部崩れ落ちて塵になる
塵になったら
その塵が再構築されて
別の物質をつくって
別の誰かをつくって
別の誰かの思考回路の
材料になる
自分という自我は
産まれる前の記憶の無い頃に
巻き戻されて空気になる
死後はただの物質に戻って
記憶という概念さえも
消し去られてしまうなんて
寂しいなぁ
この寂しくてどうしようもない
気持ちを紛らわせるために
なぁ
死後の世界を人はつくって
来たんじゃないか