vol.2 A Traveler 編集部クジラ
刊行にあたって
2022.11/7.21:11
一作目「創刊」からはや4ヶ月。長い長い夏を越え、秋を越え、やっと冬に差し掛かったかというこの時期に、二作目を完成させられたことに喜びを禁じえません。前作に引き続き、ライターは皆もれなく受験生でありましたが、忙しい夏、秋の間にも全原稿を揃えていただいた。一番原稿の上がりが遅かったのは情けない話、僕自身でありました。なかなか刊行されないなと、僕の怠惰に半ば呆れるようなこともなく、じっと刊行を持っていてくれた読者と、そしてライターに深い感謝を申し上げたい。
編集部クジラのvol.2「A Traveler」のタイトル通り、今作は旅をテーマに
した文章を収録している。表紙は今回も、山中氏に依頼し、快く引き受けていただいた。「旅」に思いを馳せながら引かれた線に、どんな思惑があったのか、どんな趣向が凝らされたのか、前回に引き続き独占インタビューで明らかにした。
さて、まずはkensvelt氏による随想。前回とは打って変わってとてもエッセイチックに仕上がっているが、仄かな冷笑とユーモアを散りばめる彼の文体は健在だ。ここで四の五の語るより、彼のサイエンスに対する飽くなき好奇心と願望を詰め込んだ心地よい随想に身を任せながら、「A Traveler」への旅支度をしてほしい。
今回もTeto氏にライターを務めてもらった。氏の実体験を軸足にしながら、”地元観”を「旅に出る、そして旅から帰る」視点から見つめ直す。ソトモノ的価値観に立ち返って、自らの旅の出発地点を振り返るとき、我々の目が何を捕らえるのか。氏の論考を読みながら、そんなことを考えるかもしれない。そして旅行に行きたくなるに違いない。kensvelt氏の「ゆりかごからの人類観」とは対照的な、プラクティカルな文章も楽しんでほしい。
今作、「A traveler」は編集長自身の中で、一つの節目としての役割を果たすと考えている。noteでの投稿を始めてから一年が経つこのタイミングでの刊行には今までnoteで行ってきた”実験”や”遊び”や”真剣”の数々を、一年間にも及ぶ長い旅から帰ってきたという気持ちで臨みたかった。「A Traveler」を読み終わったとき、あなたがどんな気持ちでもといた場所に帰っていくのか、実際に目の辺りにすることができないことを惜しみつつ、密かな楽しみにしている。
前置きが長くなってしまったが、僕の限られたフィードバックの場として少し余白をお借りした。最後に繰り返すが、創刊に続いて二作目の刊行にこぎつけたことに本当に深い感謝と感動を覚えている。思いつきで始まった企画が、思いつきで終わらなかったことへの無上の感激を噛み締めながら、編集作業を進めている。
というわけで、そろそろ編集部の第二作「A Traveler」の旅へと発つことにしよう。
お品書き
ー刊行にあたって
そうだ宇宙、行こう、ーkensveltー
対談 ーやまなか、makiー
地元 〜じっさいに もともとある とくべつを〜 ーTetoー
Escape scape ーmakiー
最後に
「そうだ宇宙、行こう。」
ライター : kensvelt
「宇宙はこんなにも広いのに、何故私達は宇宙人に出会えないのか?」
フェルマーのパラドックスとも呼ばれるこの問題には様々な回答が寄せられたが、その中に「グレートフィルター仮説」というものがある。ざっくりいうと、「私達が宇宙人に会えないのは、生物が発展し知性を得る段階や、文明を築き本格的に宇宙に進出する段階などに、乗り越えることが非常に困難で強大な障害(グレートフィルター)が存在するからである」というものだ。前者の場合は比較的幸運で、既に障害を乗り越えた私達は上手く行けば太陽系から飛び出して宇宙を飛び回ることができる。ただし、他の星系での知的生命体の発見は厳しいかもしれない。
ここで後者、文明の形成から宇宙に出るまでのどこかに障害があると考えてみる。この場合、私達はまだこの障害に直面していないことから、私達はいずれ何らかの要因で宇宙に出ることなく滅亡する運命にあると考えられる。この要因がただ単に技術的な突破口を見つけられずに衰退していくだけなのか、食料や資源不足によるものなのか、絶望的な感染症の拡大によるものなのか、世界的な核戦争によるものなのかはわからない。なんにせよこの仮説を信じるならば、私達人類による宇宙の旅は茨の道と言えるだろう。
ところで、そもそもの話にはなるが何故私達は宇宙を知ろうとし、宇宙の旅に憧れるのか。別に、宇宙の始まりがどうであったか、ブラックホールがどんな形や仕組みをしているのかなどは直接的に技術・生活水準の向上に繋げられないように思われる。科学は生活をより良くするためだけに存在している、なんてつまらないことが言いたいわけではないが、宇宙についての研究の動機が知的好奇心に大きく支えられていることは様々な科学分野の中でも珍しいのではないだろうか。しかし、大局的に見るならば宇宙を知り地球を飛び立つ夢は、好奇心を満たすブラックボックスというだけでなく、私達人類にとって最大の、そして最後の課題になりうる。
ご存じの方も多いと思うが、太陽はおよそ50億年後に燃え尽き、星間ガスとなって拡散する。人類が自滅したり自然消滅してしまうことを考えずこの星系に留まり続けるとすれば、私達は太陽の死とともにこの宇宙から退場することになる。すべての恒星に寿命があり、いつかはしぼんだり爆発したりと終わりを迎える。こう考えると、この宇宙に生まれ、種としての存続を望むすべての知的生命体に言える最終目標は、「恒星間を旅行し続け、その度に文明を再興する技術を得る」ことなのかもしれない。
一体人類はどこまで行けるのだろうか。
私達人類はここまででしたと割り切って、来るはずもない電波をぼんやりと待ち続けて、緩やかに衰退していくのも一興だろう。しかし、それでも私は太陽系の外の景色を見てみたい。そのレベルまで科学が躍進してくれたら嬉しいという願望混じりの期待だ。
人間の飽くなき探究と好奇心によって少しずつでも進歩を続け、いつの日か宇宙への旅に乗り出してグレートフィルターの先の景色を知る日が来ることを願っている。
やまなか ✕ maki
「創刊」で話題を呼んだ、やまなかとmakiによる対談企画が帰ってきた!制作の裏側に隠された血みどろの苦闘を赤裸々に収録。世のイラストレーター必見の独占インタビュー!
〼〼〼〼
maki / こんにちは。今回も、編集部の雑誌企画第二弾「A Traveler」の表紙を手掛けていただきました。
やまなか / ご依頼ありがとうございました。
maki / 現物をもらってはや一ヶ月ほど経ってしまいましたが、書き終わった感想を。
やまなか / 今回も厳しい条件でしたね。「写真を使え」ってそれだけ言われたんで。
maki / 絵と写真、でしたっけ。我ながら雑な注文だ…(笑)
やまなか / これがいかに難しいかってのをちょっと言いたいんですけど、
maki / はい。
やまなか / まず写真を使った作品って制限が多いでしょ。絵ならできることは写真では難しいんですよ。なぜなら写真は現実の切り取りなので。
maki / そうですね。我々は一般市民ですからなおさらね。風景とか不用意に撮るとまずいわけですし。
やまなか / まあそう、プライバシーみたいなのもある。それに絡めて次の制限なんですけど。
maki / はい。
やまなか / 素材を集めないといけないんですよ。今回のテーマに合うような写真を集めるのって結構大変で。なんせ「旅」。
maki / はい。
やまなか / まず考えたのは「いろんな風景を切り取るべきだろう」ってこと。その効果は改めて今回の表紙を見てもらうと分かると思うんですけど。
maki / これですね。
やまなか / やっぱり使うならいろんな場所の風景を使いたかったので、
maki / うんうん。
やまなか / 依頼されてからしばらくはひたすら出先で写真を撮りまくってました。
maki / ちなみにこれどこの風景とか聞いちゃってもいいのかな。
やまなか / そうですね。左から
京都駅ですね。かなり拡大してます。
奈良県の橿原市ですね。昆虫館があって、そこにいくついでに撮りました。
平安神宮です。またまた京都。次はちょっと遠いですよ。
北海道は小樽です。
maki / やっぱり!京都じゃないのが混じってるなと気になってた。
やまなか / まあ新しく撮ってきたり、カメラロール必死に探したりいろいろしましたね。
maki / うんうん。多分表紙に使われていたのは3枚の写真ですが、それを選び抜くまでに何枚も精査したの?
やまなか / そうですね。京都住まいなのでその周辺の写真にはなっちゃうんですけど。
maki / うん。
やまなか / パノラマで撮ってみたりね。
maki / 市役所前か。うんうん。
やまなか / こういう雰囲気のも悩んだんですけど、
maki / なぜあの三枚に?
やまなか / 歩きながら横目で見てるみたいなアングルが欲しかったんですよ。ひとところに留まってるんじゃなくて。
maki / なるほど。ばちんと一枚絵じゃなくて、何気ないけど目を引くような風景。
やまなか / まあそういう感じですかね。この構図に至るにも紆余曲折でした。途中でラフを見せたと思うんですけど。
それをちょい整えた奴ですけどね。
maki / うんうん。
やまなか / これは車窓からの風景みたいにしようかなって思ってた時のやつですね。旅で疲れた男の子が寝ちゃってるみたいな。
maki / いくつか案があったんだ。
やまなか / 次がこれですね。
アルバムの表紙みたいなイメージです。
maki / どのへんが気に入らなかったの?
やまなか / 一枚目は単に電車の中が描けなかった…。
maki / なるほど(笑)
やまなか / あと写真も活かしにくいなってのもあります。二枚目は疾走感がなくて。
maki / 疾走感。
やまなか / 旅してる感が出しづらくて。画角もヘッダー用に変なサイズなので。
maki / まあ確かに、どちらかと言えば旅の後って感じですよね。
やまなか / 十分に描けないなと。で、結局完成した構図は最初に話もらった時にすぐに浮かんでた構図だったと。
maki / なるほど。じゃあその辺も絡めて、前回みたいに気なったところをいくつか聞きたいと思うんだけど。
やまなか / どうぞ。
maki / まずこの写真以外の部分。
やまなか / はい。
maki / これって...なんですか?何かをイメージして書いたもの?
やまなか / スチームパンクな町ですね。でもそもそもは違うのが描きたかったんですよ。
maki / ほう。
やまなか / 最初はもっと現実のビル街を描くつもりでした。
maki / なぜそこからスチームパンクに?
やまなか / 破れた部分から写真で現実のビル街が見えるみたいなのがしたかったんですよ。
maki / うんうん。
やまなか / でもビルのいい感じの写真が撮れなくて。じゃあそういう演出は無理だと。
maki / なるほど。
やまなか / そうなるとどうなってもいいやつがいいなってことで、スチームパンクなSFな町にしました。
maki / ほんとは重なってる部分はひとつなぎにするつもりだったと。
やまなか / そうそう。あとは背景は黄色にしたかったんで。
maki / へー。それはまたなぜ?
やまなか / 写真を並べた時に黄色だ…って。背景に合わせて写真の色調も加工してます。
maki / クジラにのってるピーターパンは何者ですか?
やまなか / 『旅人』。
maki / ピーター・パンすぎやしませんか。
やまなか / 旅してるやつのイメージを書いていくとああなるんですよ。ピーターパンは全然意識してなかったな。むしろゼルダのリンクみたいになっちゃったとは思った。
maki / ああ、それだ。確かに。ちなみに今回の表紙、やまなか的な面白いポイントはありますか?
やまなか / 特に小ネタは仕込んで無いけどリュックの辺りは描き込んでるので見てみるといいかもですね。今回は特に大きな破綻はないです。残念ながら。
maki / 今思えば、ここをああしておけばよかったな...と思うようなとこはありますか?
やまなか / 今のところないですね。あったら今までに修正して送ってますw
maki / 確かに。じゃあ刊行後の反応を楽しみにしましょう。あ、そういえば、次号はこういうのが描きたいみたいなビジョンは?
やまなか / テーマとかは置いといて、最近虫にハマってるんでそういう生き物をいっぱい描きたいなあ…。
こういうの大量に置きたい。
maki / うわあ...kensveltが嫌な顔をしそうだ。なるほど。じゃあ次号のテーマは昆虫図鑑にしようか。
やまなか / 俄然やる気が出てきた。次回もどうぞご贔屓に。
maki / 今回も対談にご出演いただきありがとうございました。
やまなか / いえいえ。
maki / ではでは〜。
〼〼〼〼
「地元 ~じっさいに もともとある とくべつを~」
ライター : teto
私は旅行へ行ったとき、必ずと言っていいほど地元と比較してしまう。旅行先の良さや悪さを自然と吸収し地元の風景に浮かべると、なんだか地元が恋しくなったり、どこからかじんわりと幸福感が湧いてきたりする。それは、旅行者はいつのまにか「ソトモノ」の視点を持つようになり、地元を多角的な視点から見られるようになる。そして、普段の生活の豊かさを実感するからだと私は考える。今回は、その「ソトモノ」の視点を持つことについて考えていきたい。
普段生活する中で「豊かさ」を実感している人はどれぐらいいるのだろうか。きっと大多数は「豊かさ」について特に何も考えずに生活している。なんとなく電車に乗り、なんとなく食事をし、ぼんやりと一日が過ぎていく。そんな毎日を生きているのではないだろうか。普段の暮らしの幸せを実感するためには何かと比較しなければならないが、日常生活においてそんなことを考えている人は少ないだろう。
中には国や自治体レベルの規模で国民や市民が自らの豊かさ・幸福度が実感できるように取り組んでいるところもある。この背景として、今まで物質的・経済的豊かさを求めてきたことから過労死やサービス残業といった無理に生きることが定着してきたからだろう。その結果、ブータンのGNH(国民総幸福量)や東京都荒川区のGAH(グロス アラカワ ハピネス)、熊本県の県民総幸福量といった指標が見られるようになった。しかし、本当にそのような指標は必要なのだろうか。私はこの指標の代替案として、旅行による「ソトモノ」の視点から豊かさを享受できるのだということを伝えていきたい。
では、ここで旅行から帰ってきた後を思い浮かべてほしい。なぜか「やっぱり家はいいなぁ」とか「地元が違って見える」といったことはないだろうか。なぜそのような感情が湧いてくるのか。それは、自然と旅先と地元を比較しているからだ。旅行に行くことで一時的に地元とは離れ「ソトモノ」になることで新たな視点を持ち帰る。そして、自分の生活を客観視することができ、自分の生活の豊かさに気付くことができたからだ。
旅行は私たちが非日常を味わうことで癒される、豊かになる、幸せになると思いがちだが、それだけではなかったのだ。旅行の間だけでなく帰ってきた後も、私たち旅行者に影響を与え続けるのだ。だから、私たち旅行者は旅行することを止められないのだ。皆さんもぜひ「ソトモノ」の視点を持ち帰ってきていたということを知ったうえで次の旅行に向かってほしい。
話は変わるが、私はある記事を目の前にしたとき、豊かな気分はぶち壊されたことを共有していきたい。
「学生旅人の泣き顔」
私は時間ができると、ふらっと旅行へ行くに活発な活動をしていたディベート部を引退したとき、平日も休日も時間ができてしまって旅行に関心が向いた。当時はひとり旅だったり友人とだったりと、あれこれ楽しんだ。受験を前にして思い返すと、あのときの思い出は私に受験後にあるだろう未来を明るく見せてくれている。そんな私の旅はいつも電車を使っていた。登校時ですら電車を使わない私にとって、旅行での電車はいっそうの特別感を与えた。その電車に、ある改革がなされようとしている。その情報をつかんだのはとある朝のことだった。穏やかな朝が訪れようとしていたその時、「鉄道運賃が変動制になる」という記事が目に入ってきたのだ。まだ具体的に決まったわけではない。国交省がその制度設計に入るという話である。私が青春18切符だけを利用し、その期間だけの旅行者だったなら、そんな改革はどうでもいいと思っていただろう。思いついたときにいきなり旅行をする私にとって、この変更は旅行計画を立てる上でめんどうなことである。バイト禁止の高校に通っているので、頼りにしているのは月に一度もらえるお小遣いと祖父母がたまにくれるお小遣いのみである。そんな余裕のない学生旅人は、この記事を読み泣きそうになったのだ。
この改革は学生旅人だけに影響を与えるものではない。一般の会社員などの労働者にもダメージが予測される。確かに、運賃の値上げは仕方のないことである。燃料が高騰しており、在宅勤務も増えたこの世の中は維持するだけでも大変なのだろう。実際、コロナ禍になってからというもの、JR本州の3社はどこも最終赤字となっており、苦しい経営状況がうかがえる。今回の改革もその働き方の変化によって、検討を始めたそうである。けれども、本当に「変動制」が必要なのだろうか。
働き方の変化といったが、その形態は年々多様化している。フルタイムやロマンスの神様に出てくるフレックスタイム制、最近よく耳にする在宅勤務もあげられる。本来ならばもっとあげるべきところだが、今回は説明のためにこの三つだけで考えたい。鉄道運賃変動制は「ダイナミックプライシング」というそうだ。わけのわからない横文字が出てきた。これに関しても文句を言いたいところだが割愛する。この文章においても以下、鉄道運賃変動制はダイナミックプライシングとする。話を戻そう。ダイナミックプライシングが導入されると困るのは、フルタイムの労働者である。これは間違いないだろう。そもそも、日本の法律において往復の通勤時間は労働とみなされていないのだから、会社は交通費を負担する義務はないのである。そのため、交通費全額負担の会社とそうでない会社が存在している。という状況であると、フルタイムの労働者は金銭的負担や生活リズムの変更が求められるわけだ。学生旅人よりも泣きたくなること間違いない。総務省の情報通信白書によれば、2021年3月時点で在宅勤務(資料内ではテレワークと表記)は38.4%と圧倒的に多い数であるかと言われれば正直なところ微妙である。また、2021年3月は緊急事態宣言下であり、そうでなければもっと少ないはずである。そんな不安定な状況下においての導入は、価格の乱高下が予測される。だから、国交省はダイナミックプライシングの導入には慎重に取り組んでほしい。そして、少しだけでも学生旅人の存在が見落とされないといいなと願うばかりである。一応補足しておくと、ダイナミックプライシングの動きはタクシー業界にも影響を与えるのではと聞いている。まぁ、旅行は計画的に貯金もしっかりすればいいだけの話だが私は真剣である。
最後に私が3月に敦賀で撮影した一枚を。
「Escape scape」
ライター : maki
度重なる星間飛行で疲れ果てていた。と言っても、今回の仕事でダイブしていたのは細川だった。僕はずっと船内で2日ごとに計器を確認して、細川の座標を特定することに終始した。本当に疲れ果てているのは細川のはずだが、彼の表情に疲れを感じさせる趣は一切ない。彼は訓練生時代からタフな人間だった。ふと、窓の外に目をやる。ムーンベースのモジュールが網目状に張り巡らされた月は、まるで銀白色の編みに包まれたガラスの浮き球のように見える。ムーンベースまで15万キロメートル。浮き球には真っ白いレゴリスが詰まっている。
ムーンベースでの帰港手続きには時間がかかった。0時丁度に帰港して、ベース内のホテルにチェックインしたのは6時頃だった。細川は部屋に入った途端にベッドに潜り込んで、入眠してしまった。まあいい、チェックアウトは2日後だ。時間はある。
変な時間にチャックインして眠気が醒めてしまった僕は、普段飲まないコーヒーを淹れながらなんとなくテレビをつけた。
「反BORH社を掲げる過激派…勢力……犯行声明が本日の午前5時00分に……BORH社の運営するSNS、Liveneoの掲示板に書き込まれ……、政府は…トレース……。…場合、普及作業には少なくとも3週間必要とすることが予想され…」
ニュースキャスターがニュースを読み上げているのを聞きながら、淹れ終わったコーヒーを大きめのコーヒーカップに注いだ。ニュースの音声で目を覚ましたのか、細川がいつの間にかベッドの上で正座しながらモゴモゴとなにか言っている。
「帰港から6時間も待たされたのはこれが原因だったのか…?安いホテルとはいえテレビの写りも悪いし音声もとぎれとぎれだ。反BOHR派のキャンペーンももう少しペースを落としてほしいな。今回もどうせ声明を出して終わりなんだろうが、こう何回も電波不調を起こされちゃ、取れる疲れも取れないよ…。」
「未だに反BORHのキャンペーンが一向に減らないのも無理はないな。地球に残っている人々の一部は未だにneoliveに懐疑的だ。実際、我々もLiveneoの末端管理人だが、あれを人と呼ぶかどうかはあやふやなままだ。政府が8世紀前に無理やり推し進めたプロジェクトのせいで、イノーベーションに対する倫理の補完が追いついてない。neoliveに移り住んだ、というか転生した人間も宇宙人口のコンマ数%のエリートや富裕層だけだ。彼らのneoliveが、地球に残る人々に生命として受け入れられるにはまだもう少し時間が必要だろう。」
僕が話し終わると、細川は何も言わずにまたベッドに潜ってしまった。僕もテレビを消して、残ったコーヒーはシンクに流した。時刻は7時前。ベッドに潜り込んだ。久しぶりに重力を感じながらの睡眠だった。
ホテルでの3日間は、主にロビーのカフェで過ごした。色んな人種がいる。カフェで働く人間も殆どは地球人だが、ちらほらとルナリアンも混じっている。彼らの高い身長はここでは特に目立つ。僕がカフェにいる間、細川はホテルでずっと寝ていたらしい。彼のタフさの秘訣は睡眠にあるようだ。
3日後、我々二人の船はムーンベースを発って地球に向かった。地球から十万キロメートル離れた地点で10日間円軌道を描き、残りのタスクを消化して地球に帰還する。今回のダイブは僕の番だった。久しぶりに宇宙服に体を包まれ、ダイブの準備を始める。しかし、この新繊維の匂いはどうも苦手だ。もう長らく地球に帰っていないから忘れてしまったが、森の匂いに近いような気がする。とにかく、慣れない匂いだ。
船内の細川の誘導に従いながら、船外に出る。宇宙服に身を包んでいるのに、外に出た瞬間一瞬聴覚が奪われるような感覚に襲われた。何度EVAを繰り返しても、この感覚がなくなることはなかった。細川から信号が送られ、ヘルメットがグレーのスリープマスクに覆われる。細川がデブリの通過ルートを計算し、間もなくダイブのゴーサインが出る。僕の宇宙服のソナーが静かに起動する。log5秒後に波が返ってきた。
「細川、起きてるか…。座標は…x=44994√2、y=4445√2、z=73328√2、z’=59857√3…。今何層目にいる?」
「うーん…。今…2次元に直してちょうどe√6層目だ。」
「ダイブインシークエンスに入る。e√5層目からe√7層目の間の居住スペースと広場を一通り換装する。」
「今回のタスクはe√5層目からe√6層目の換装だけでいいらしい。」
「細川、e√7層目に足跡と、ピーピングライフのリークがある。そこからは確認できないか?」
「いや、ここからは確認できない。座標の更新にあと22秒かかる。」
「22秒も待てない。先にe√7層目の換装に取り掛かる。」
「待て、現在地を動くな。座標がズレて…」
なんの前触れもなく、細川との通信が途絶えた。と同時に、さっきまでいたe√6層目を見失った。上に移動したのか?それとも下か?
あたりを見回しているうちに、明るい場所へ出た。以前通過したことがある、e√10層目だ。しかし様子がおかしい。層のそこかしこに血痕が見えた。なぜこんな場所に血痕がある?それに、かなり黒みを帯びた血痕だ。地球人の血ではなさそうだ。不思議に思っていると、細川の通信が回復した。細川は何も言わずにスリープマスクをショットダウンして、ダイブは終了した。
「なぜ急にダイブを終了したんだ。座標のズレを修正するならスリープマスクの再起動で済んだはずだろ?」
船内に帰投し、すぐさま細川に問い詰めると、細川は顔色を悪くして唇を震わせていた。細川の顔を見て、追求する気は起きなかった。一時間弱に及ぶダイブの調査書を早々にまとめ、お互いに一言も交わさないまま、ふたりとも寝袋に潜り込んだ。寝袋の中で、つい一時間前に起こった出来事を思い返してみた。冷静に思い返せば思い返すほど、異常な出来事だった。e√10層目の血痕。明らかにおかしいことだった。いや、ありえないと言ってもいい。しかし、あの場所は確かにe√10層目だった。neoliveによるneoliveの殺人は決して多くはないが、皆無ではなかった。つい先日も、ニュースで取り上げられていたばかりだった。しかも、大抵はe√2層目以下で行われる、しかも流血を伴わない”無効化”に収まる程度だったのだ。あまりにも不可解だったが、その日は疲れていたし、通信遮断のハプニングも重なって、気が動転していただけかもしれないと自分に言い聞かせ、とりあえず眠ることにした。e√10層目の血痕は、調査書には書かなかった。
それから2週間後、地球での帰港手続きを終えて自宅に帰ってきた。日本は1月の下旬に入り、外はすっかり冷えていた。自分の吐く白い空気に視界を奪われながら、マンションの長い鉄骨階段を登り部屋のドアノブに手をかけた。やけに重いドアを開けて、久しぶりの部屋の匂いを肺いっぱいに吸い込み、ひとしきり懐かしさを感じた。ポストに溜まっていたチラシや新聞を整理するために取り出すと、一つの新聞記事が目に止まった。”e√11層目”、”殺人”、”BOHR社CEO”。僕がe√10層目で見たものは、BOHR社のCEOの血痕だったのかもしれない。
布団を敷いて、本棚から適当に選んだ雑誌を広げながら、ムーンベースからの連絡を待った。e√10層目には僕の足跡が残っているかもしれない。いや、説明すれば済む話だ。僕の持っているライセンスでは、居住スペースと広場の換装以外にできることはない。説明すれば分かってもらえる。調査書に書かなかったことは、相当咎められるだろうけど。
そう考えながら、いつの間にか雑誌に顔を伏せて寝ていた。電話の音に目を覚まされることはなかった。
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最後に
編集部クジラの第二号「A Traveler」をお手にとっていただきありがとうございました。次号の刊行についての計画はまだありません。でも作る気はあります。何ヶ月後になるかはわかりません。ライターが皆高校を卒業するタイミングに三号目が出せたらいいな…と、僕が勝手に構想(妄想)している段階です。気長に待っていただければ幸いと思います。
お仕事のご依頼は、現在受け付けておりません。
編集長より