やる気がある人になりたかった
「あいつはやる気があるからな~」とか
「好きは才能」とか
「強い思いがあれば成し遂げられる」とか。
そりゃそうだと思う。
やる気があればすでに勝ちみたいなものだし、好きは才能だというのは間違いないし、強い思いがあれば頑張れるに決まっている。
でもそれがない場合は、どうすればいいのだろう?すでに始まる前から負けているのだろうか。
気持ちを思考でなんとかできると思っていた時期があった。割とつい最近まであった。
別にやりたくないことでも無理やりいいところを探して、「私の成長には必要なこと!やりたい!」とか、「もっと頑張りたいです!」とか。
それを好きな自分でいたいから、まだ好き。ここが好き、ずっと好き、と思考で思ってみたりとか。
思ってもないことを思いたくて、評価されるやる気のある人にならねばと思って、思ってもないことを口にしていた。
面接はすごく評価が高いけれど、入ってみたらあれ?というタイプがまさに私である。
でも、気持ちは思考では変えられないと気が付いた。
いくら思考で「やりたい」と思おうとしても、心が「やりたくない」と言ったらやりたくないのである。
所詮思考なんて後付けの存在なのだ。(じゃあこの文章は何だろう、という疑問も生まれるが…)
「やりたくない」人は評価はされないし、「やりたくない」からそこにいるのが辛い。
それは正しい場所にいないからで、心がわくわくする方を選べばいい、というけれど、それは現実的に難しかったりする。
人に評価されることを「やりたい」と思えたら勝ちなんだと思う。勝ち負けの話ではないけれど。
それって…どうすればいいのかなあ。
思考でなんとか自分を動かしてきた人間なので、最近そんなことを思うのであった。
答えはまだ出ていない。
心が自分だとしたら、私はまるで自分とは違う道を選び続けてきたのかもしれない。
心って自分でコントロールできないから大変だ。