意外と人は見ていてくれる
「あなたの能力が足りないから、この仕事は任せられない」と言われたのは一ヶ月ほど前のことだった。
事実は事実として受け入れたが、その能力というのがいわゆるヒューマンスキル的なものだったから、私は結構苦しい思いをした。
例えば「もっとニコニコして」だとか、そういった類いのもので、やろうと思えばできるのかもしれないが、やりたいと思わなければできないことだった。
正直不本意だったが、言われたことももっともだったし、それに何より、それができなければ後々自分の首を絞めることは確実だった。
人間としての訓練をしているんだ、これができた方が絶対将来楽なんだ、そんな風に思いながら努力して、自分でも「なんとなくいい感じなんじゃないかな」「思っていたよりも苦しくない」「自分の対応が変わったから、なんとなく相手も変わってきたような気がする」そんな風に思い始めた頃だった。
話がある、と同じ人に声をかけられて、ああまた何か言われるのか、と思った面談。
「あなたが変わろうとしていることはこの数週間ですごくよくわかった。あなたが変わったことで、他の人の対応も変わっている。これがゴールではないけれど、このまま続けてくれればやりたいことが任せられる」
そんな風に言われた。
びっくりした。
自分でも努力したつもりではいたが、それを相手が気付いてくれていたこと、状況が変わったことに驚いた。
私は、変な意味で人の目を気にしながら生きてきたと思う。こう思われたらいやだな、嫌われるんじゃないかな、馬鹿って思われるんじゃ、そんな風に考えて怯えてきたが、いい意味で人の目が変わるということもあるのだ、と気がついた。
今までもきっとたくさんあったんだろうな、とは思うが、わかりやすく直接伝えてもらったことはおそらく、今回が初めてだったような気がする。
別の話になるが、私は最近、前髪のセットに力を入れていた。
今までが壊滅的に適当すぎたので、伸びた前髪をどうしたらそれっぽくいい感じにできるか試行錯誤していたのだ。
私の努力はあまり前髪に反映されていないので、特に何も気にされていなかったのだが・・・
つい先日、久しぶりにあった友人に言われた。
「髪型変えた?なんかいい感じ」
彼女は私の前髪の変化に気付いていたわけではないのだが、全体的に雰囲気が似合っている、と褒めてくれた。
人に褒められたくてやっていたわけではない。
人に変だと思われたくなくてなんとかやっていた、という方が正しいのだが、それでも実際に以前より良くなり、それが他人に伝わってフィードバックとして帰ってきたことが驚きだった。
この二つの件は、どちらも「自分がだめだとおもっていること」だった。
自分が自信があることを褒められても、そりゃそうだよね、頑張ってるし、と思って私は流しがちだ。
でも、だめだと思って、努力したことが他人に気付かれるのって、うれしいんだ。
頑張りは意外とちゃんと現実に反映されるし、見てくれている人もちゃんと存在する。
当たり前のことだが、それを強く感じる出来事だった。