探訪録8:とある神事を祀る珍しい神社「鏑流神社」
どうもこんにちは、ツキです。最後までお読みいただけたら幸いです。
今回は佐賀県佐賀市にある、特定の神ではなくとある神事を祀る神社「鏑流神社」をご紹介いたします。
佐賀駅からSAGAサンライズパークに通じるサンライズストリート沿いにこの神社は鎮座しています。佐賀駅の北口からだいたい450mくらいの距離と結構近くにあるためアクセスはかなり良いと思います。
ちなみに読み方は「鏑流(てきりゅう)神社」です。
由来と御祭神
さて、それでは本題のこの神社の御祭神と由来についてお話しいたします。
まずは由来ですね。全ての始まりは遡ること平安時代後期。八幡太郎こと源義家が戦勝祈願のために、124段の石段を馬で駆け上りながら2尺4寸(約72cm)の的に矢を的中させたことがこの神社の生まれるきっかけとなったとされています。しかし、それ以外の由来は分からなく、いつ建立したのかなどは分からないようです。一応鳥居は寛永9(1797)年に建立したようなので、神社の建立は同時期かもっと前かとは思われます。
お次にこの由来を踏まえた上で御祭神のご紹介です。 社名や由来から察することもできると思いますが、この神社の神様は流鏑馬と関わりがあります。まあ、流鏑馬の発祥とかそういう関わりがあるわけではないんですけどね。
それではどのように関わりがあるのかと言いますと、「流鏑馬」はこの神社の御祭神です。御祭神そのものが「流鏑馬の神」です。「流鏑馬」が祀られているのです。
改めて言います、こちらは神社で神事としても行われる「流鏑馬」を神として祀っている神社となっています。(結構衝撃的だったので何回も書いてしまいました笑)タイトルで察していた方もいらっしゃるとは思いますけどね。
ちなみに流鏑馬を祀る神社ですが流鏑馬神事自体は行われていないようです。(街中だし小さな神社なので当然といえば当然ですが。) しかし、由来は分かるんですけど、なぜ流鏑馬を神としようとしたのかは分からないんですよね。始まりを踏まえて考えたら源義家を祭神としていても不思議ではないんですけどね。
過去
「鍋島直正公(佐賀の大名、佐賀の七賢人の一人)伝」によると、この付近一帯は三溝村という豊かな水田地帯で鍋島本藩の蔵入地だったらしいです。特にここで作る鳩麦は献上品として用いられていて、200年程前から当神社で献上の神事が行われていたのだそうです。
この神様は三溝村の氏神様であり守護神様で「鏑流さん」、「藪神様」など色々な呼び名で呼ばれ親しまれているそうです。 建立当時は、文武両道や五穀豊穣、悪霊退散などの神様としても崇敬されていたのだそうです。 ちなみに、昭和10年に現在の場所に鎮座しましたが、その前には3回ほど遷座をしていたようです。過去には堀江神社(おそらく同市の)に合祀されていたこともあったらしいです。また、明治維新前には山伏の祈祷所としても機能していたそうです。 意外と過去にも色々あったみたいです。その分、たくさんの人々に崇敬されていたんだなぁと思います。
現在
実はこちらの神社、現在は少し注目の神社になっています。
まずは佐賀のプロスポーツチームがいくつか訪れていることですね。もともとが戦勝祈願の流鏑馬から生まれた神社なので必勝祈願で訪れているようです。
2022年には、佐賀の女子バレーボールチーム「久光スプリングス」、男子バスケットボールチーム「佐賀BALLOONERS(バルーナーズ)」が必勝祈願に訪れたみたいです。鳥居横には両チームの選手のサインが書かれた大きな絵馬型の看板が設置されています。
また、夜にはライトアップがされているみたいです。そのためなのか鳥居が青いシートで覆われています。しっかり覆われているため、まるで青い鳥居のようになっていて結構目立っています。 どちらもいつまであるのかは分からないので、気になる方は早めに行ってみることをオススメします。
余談ですが、現在佐賀県で流鏑馬神事を行っている神社はそこまで多くはないようです。有名なところでは武雄神社(武雄市)、黒髪神社(武雄市)、稲佐神社(杵島郡白石町)などみたいですね。興味がありましたら行かれてみてはいかがでしょうか。いつか僕も行ってみたいなぁと思ってます。
さて、それでは今回は佐賀県佐賀市にある神事の「流鏑馬」を祀る神社こと「鏑流神社」でした。佐賀駅近くなので興味がありましたらどうぞ行ってみてください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。また、他のスポットもまとめようと思いますので、その時はどうぞよろしくお願いいたします。