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800万円かけて写真集を自費出版した写真家の現状と展望

「800万円!保井さん、ギャンブラーですね。」

先日、渋谷のとんかつ屋さんで会食していた方に言われて、はっとしました。じぶんとしては全くそのつもりはなかったのですが、やっぱり客観的にはそう見えるのかと。

斜陽産業といわれる出版、しかも最も売れないジャンルであろう作家の写真集に、自己資金でそれだけのお金を突っ込むというのは、確かにギャンブルといえるかもしれません。とはいえもう作ってしまったので・・・。

2023年7月、初めての写真集「PERSONAL WORK」を出版します。

先に現状を開示しておくと、写真集は6月20日に予約を開始して、10日間で600冊、545万円の売上げとなっています。

発売前の段階でリクープ率68%ということで、今後の展望についても見通しがたってきたというのが現在地です。

これを踏まえて、今回は写真家として、どのような考えで写真集の制作、ひいてはこの出版プロジェクトに取り組んできて、今後10年どのような活動をしていきたいか、そのあたりをお伝えできたらと思います。

【2023/06/30追記】
「作る」「流通させる」「売る」 を作家主導で、を追記しました。


なぜ写真集を作ると決めたのか

まずじぶんの出自といいますか、文脈としては2014年から2015年にかけて、SNSを活用してフォトグラファーとして独立するムーブメントが起こった、その一群からぽっと出た人間ということになります。

当時書いた記事は、いま読み返してみると「これから何者かになろうぞ」感が溢れ出ています。恥ずかしすぎるわ。

そんなこんなで元気に活動してきたわけですが、フォトグラファー8年目、2022年あたりから、完全に矢印が下向きます。いわゆるバーンアウト状態。ここでその原因について深掘りしませんが、というかいまだに原因はわからないんですよね。ただ、なったというしか。

幸いパンデミックを経ても、仕事が途切れることはなく、かつ身の丈にあった生活を心がけているので、金銭的に困ることはありませんでした。それでも、なかなか気持ちの面で写真に向き合うのが辛かった。

さらに、なまじSNSから出てきた人間なので、その弱音を表に出すことはできません。少なくともできないと思い込んでいたな。

「すべてのSNSからログアウトして、一年くらい休みたい」なんてことを日々考えていました。そこでぼんやりと思いついたのが、写真集の出版でした。

クライアントのためでなく、自分のためのプロジェクト

この「クリエイターのバーンアウト問題」ですが、じぶん達をSNSから出てきた人たち1期目と考えると、2期目、3期目とよりボリュームの大きいゾーンでこれから問題になるのでは、なんて思ってしまいます。もちろん周期は人それぞれなので一概にはいえませんが、活動開始5年〜8年くらいは特に危ないと思うんですよね。

なぜなら、そのあたりで「再生産モード」といいますか、とくに努力やチャレンジ必要なく、ルーティンでなんとかなる時期が来るからです。ちょっと停止して新しいことを学んでみたいが、この流れを断ち切ることもはばかられる。そんな状態。でもほら、適度に休むことも大切ですよ。

閑話休題。ここでフォトグラファーの仕事を説明すると、お金を払ってくださるクライアントがいて、そのクライアントの個々の要望に合わせて、撮影の能力やディレクションを発揮し、成果物を提供していく、ということになります。

たまに理不尽に思える要求もありますし、全てが全てハッピーな仕事ではないことは事実です。とはいえ、ほぼ9割ハッピーな仕事をしてきたつもりで、ここになんら不満はないんですね。ただ、せっかくのじぶんの能力や技術を、主体的に、思い切りじぶんのためだけに使ってみるとどうなるだろうか。そこで行き着いたのが、自費出版だったのです。

いわゆる商業出版で、出版社が出版に関わる費用を全て負担する出版方法であれば、主体性はどうしても犠牲になります(未経験ですが)。これが自費出版であれば、制作からお届けするまですべて主体性を持って取り組む必要性があります。

この主体性というのが、今のじぶんにとって大切で、トンネルを抜けるきっかけになるものだという、確信のようなものが湧き出てきました。

印刷会社へのコンタクト・最初の見積もり

笑われるかもしれませんが、じぶんはメールを送るという行為が苦手です。返信も遅いし、なんなら返信できないこともあります。

でもTwitterとかでは「仕事のできる人は返信が早い」という内容が、手を替え品を替えいろんな表現で流れてきて、いつもそこで遠い目になってしまうのですが。それはさておき、メールを送るという行為が苦手で、さらにそれが初めてのコンタクトとなると、その苦手ボリュームは最大値となります。

「はじめまして。東京で写真家として活動している保井崇志と申します。」

この出だしでコンタクトした先は、長野県松本に本社を置く印刷会社、藤原印刷でした。今年の3月9日のことです。そのお問い合わせを送るまで、あれやこれやと一週間くらい悩んでた記憶が。とはいえ、その後すぐに返信がきて、最初の打ち合わせが決まって、あっけなく出版プロジェクトが始まっていきます。

場所は神保町。藤原印刷東京支社での最初の打ち合わせは楽しく、それもそのはず、そもそも「写真集について」「印刷について」の話を本気ですることが、人生で初めてのことでした。調子に乗ってあれもこれもと、今回の写真集について希望を伝えると、一週間後に出てきた見積もりは、2000部の印刷・製本で580万円というものでした。

じぶんが希望した紙は「OKウルトラアクアサテン」といって、アート紙の中でも最高級レベル。約200ページの写真集を作ろうとすると、本文だけで軽く100万円オーバーとのこと。それに加えて全ページ本機・本紙校正(本番の印刷機・紙で色校正をする)を希望していたので、いまから思えば妥当な金額といえます。

ただその時は、400万円でおつりが来るかなという心づもりだったので、頭を抱えることになります。紙を変えるか、校正を簡略化するか、それかページを減らすか・・・、と考えて、あれ待てよと。

今回は自分のためのプロジェクトなので、自分の作りたいものを思い切り予算をかけて作れば良いのではないかと。

早い段階で「コストパフォーマンス」という文字をプロジェクトから消し去りました。一生に一度かもしれん。それなら思い切りこだわったものを作ろうと。

制作費の内訳

これが最終的な制作費の内訳です。

ざっくりとした金額ですが。クリーニングクロスは同梱物として。

印刷・製本費はシュリンク加工(薄いビニールで個包装する)費などが追加されて、最終的に600万円となりました。表紙と本文の紙代だけで200万円かかっています。

印刷・製本費だけでこれなので、今回はブックデザインはじぶんでやることに。販売サイトもShopifyを活用して、最小限の費用で作りました。

印刷・製本以外で予算をかけたのがコンテンツ制作。今回の写真集制作のレポート記事を、保井とは違う角度からの視点がほしいと考え、市川渚さんにお願いしました。

この制作レポートは「本の制作の裏側」という内容で、少なくとも日本語の記事としては、どこよりも詳細で正確で、情熱のこもった内容となっています。

短期的な売上げはSNSでなんとか頑張りますけど、中長期的な売上げに関しては、このレポート記事の効果は絶大になってくるはず。

あとはドキュメント動画制作。こちらフォトグラファーの井上さんに協力してもらいました(レポート記事の大部分の写真も井上さん)。

このように、最小限のメンバーで、最大限の成果につながるよう制作していきました。世の中はカメラやレンズの新製品とかAI写真の話でもちきりなのに、自費出版という辺境の地で奮闘していて、それでも孤独を感じずにすんだのは市川さん、井上さん、藤原さんが伴走しててくださったおかげです。

梱包資材についてもこだわりました。ダンボールとプチプチで40万円。ネットで写真集を購入する方はおわかりかと思うのですが、届くその時まで、どのような梱包でくるかにたいしての心配は尽きません。

じぶん自身そういった経験をしてきたので、資材会社と何度もサンプルをやりとりして決定しました。色も印刷もなしでコストを抑えつつ、厚みのある材質にすることを優先。N式額縁タイプを選択して、ギフト感・高級感を損なわないようにしました。二冊以上はA式(みかん箱)タイプですが、こちらも一番厚い材質でオーダー。プチプチも固めの材質です。

プライシング=コミュニケーション

そして、これら全て、Twitterでリアルタイムでツイートしながら進めてきました。それが必要だったのは、早い段階から「この本は高くなる」ということが決まっていたからです。

制作費800万円で2000部、半分の1000部を損益分岐点とすると一冊8,000円。消費税、送料を合わせると10,000円近い本になってしまいます。これでも原価率でいえば50パーセント。これ以上価格を下げると長期的にみれば厳しい。

そこで「この本はこのように、人の手がかかっています。だからこの価格なのです」と知ってもらうためのコミュニケーションが必要でした。いわば生産者シールの拡大版です。「わたしがつくりました」の顔写真が載ってるあれですね。

クラウドファンディングすれば良かったのに、とおっしゃる方もいましたが、これは最初から選択肢としてありませんでした。単純に手数料の約17〜20%がきついし、ある程度天井が決まってくるという懸念もありました。各プラットフォームで「写真集」と検索してみても、なかなか調達額が500万円を超えてくるプロジェクトは見つかりません。

そして、後述するように、この出版は先のあるプロジェクトなので、プロジェクトサイト=販売サイトでないと成立しません。

さらに、このプライシング(価格づけ)の肝をコミュニケーションと認識したときに、公式ばった感じのない、荒削りでもいいのでリアルタイム感が必要だと感じました。それでいうと、Twitterというのは神ツールだと思います。本当になくならないでほしい、Twitter。

SNSフォトグラファーは情報価値しかないのか?

本来SNSメインで活動する人たちは、このように「情緒的つながり」を築くことができる人たちです。

それなのに、少なくともSNSフォトグラファーと出版という観点でみると「バズる写真」とか「撮影地ガイド」とかHow Toのような「効能価値」や「情報価値」を押し出した切り口が散見されます。それは企画する側が単純にフォロワー数しか見ていないことに起因すると思えてなりません。

ソフトカバーで、価格は1,000円〜2,000円台で、手軽に情報が得られるという企画。もちろんそれらを否定はしませんが、いちSNSフォトグラファーとしては違った可能性や選択肢も提示したいという気持ちがあります。

写真家として後世に爪痕を

強く影響を受けた人物に、エドワード・ホッパー、ソール・ライターがいます。影響を受けたなんておこがましいですが、なんというか親近感を抱いてしまうのです(もっとおこがましい)。

写真を始めた頃のじぶんといえば、最終学歴が中卒で、勤めも派遣社員ということで、社会との強いつながりを感じてこなかった人生といえます。

街を歩いていても常に部外者というか、用事という用事ってないことが多いんですよね。みんな特定の行き先に向かって歩いているし、社員証のボルダーを下げて歩いてる人たちを見ると、根無し草なじぶんに引け目を感じることが、今でもあります。

ただ、写真を撮っているときは、なんとなく社会とつながっている感覚があって、自分勝手ではあるものの救いのような行為となっているのです。その感覚を、ホッパーやライターの作品を見ている時も強く感じられて、つまりそれは、対象に深く関わることなく、それでも遠くから眺めていたい、関わっていたいという、極めて現代的な社会との距離感を感じるのです。

じぶんがいつか死んで、何十年たった後に、誰かがこの写真集を見て、写真家の名前も知らないけど、同じような親近感や救いを感じてくれたら嬉しい。少なくともその可能性はこれで残せたかなと思います。

今回の「PERSONAL WORK」はライターの名作「Early Color」のサイズに寄せています。リスペクトはありますが、単純に何度も手に取れるサイズだと思う。

「ひとり出版社」という道

そして、今回良かったのは、制作から販売して届けるところまで全てに責任を持ったことで、インフラが整ったことです。印刷会社、資材会社、倉庫とのつながり、販売Webサイトの構築、注文を受けて発送するまでのフロー、そしてなかでもISBNの発行は法人を立ち上げてでもやる必要のある作業でした。

ISBNというのは書籍の識別に使われる国際規格コードで、バーコードのもとになる番号です。これは日本図書コード管理センターに発行してもらうものですが、今回10個のISBNを取得しました。

「ISBNは1個のみでも取得できますよ。」

「いや10個でお願いします。」

「今後の出版のご予定はありますか?」

「いや、えー、あり・・・ます!はい。」

という日本図書コード管理センターとのやりとりを今でも思い出します。

ひとつはもちろん「PERSONAL WORK」で使って、あと9冊分の空きがあります。まだこれからの話ではありますが、今後何人かの作家に声をかけて、一緒に本を作っていきたいと考えています。

商業出版としてこちらで全額持つか、作家の自費出版というかたちか、まだ明確ではありませんが「個人的な創作活動をする人をエンパワーする」という理念で活動していきたい。じぶん自身、作家としての目線で接することができるし「ひとり出版社」、案外やれるかもしれません。

幸い商業フォトグラファーとして、じぶんの食い扶持は稼げるわけなので「PERSONAL WORK」で出た利益は、また次の出版にまわして、ゆくゆくは10冊の本を刊行し、Webサイトに並べること目標にします。今後10年の目標といいますか。

全て写真集でも良いし、詩やエッセイを英語で、地方の写真、日本の家族写真、グラビアも良いかも。ある意味そこはポートフォリオを組むような感覚で経営判断していきたいと思います。

それでいうと、Webサイト名を海外向けにわかりやすい名前にしたくて、「TOKYO PHOTO BOOKS」にしてしまったので、ここはもっと広い名前にしていれば良かったと反省・・・。

「PERSONAL WORK」の販売が一段落したら、ドメイン含めてサイト名の変更なども視野に入れつつ(おそらく法人名の”USETSU”になるか)、今後の展開を考えていこうと思います。

「作る」「流通させる」「売る」を作家主導で

さて、じぶんのことばかり話してきましたが、要するにこれは本を「作る」「流通させる」「売る」ということは、もはや作家主導でできてしまうということなんだと思います。

今回の「作る」に関しては市川さんの記事を読んでいただけたらと思いますが、問題はその先の「流通させる」「売る」ということで、これも実はストレスのない舗装された道路がすでに通ってるんですね。

自費出版といえば手売りをしたり、部数が少ない場合は発送作業をじぶんでやるケースもあるかと思いますが、それでも何百冊とかなると、発送は大変だと思います。

今回の写真集は2000部印刷して、それでも自宅にある在庫はほぼゼロです。在庫のほとんどは倉庫にあって、しかも梱包、発送までやってもらえます。Shopifyで受けた注文は発送代行のシステムを通じて倉庫と同期され、あとは出庫の指示をワンクリックで送るだけ。なので販売後もほぼ自走するようなイメージ。

出版社、取次、書店さえも通さず、ちょっと工夫して頑張れば何百万の売上げをあげることができる。そういった例として参考にしてもらえるかもしれません。

最後に

この写真は、写真集に収録した中で一番古い写真で、2012年に撮られたものです。

当時は、まさかじぶんがプロになるとも思わず(2015年に独立したので)、ただ純粋に写真のことだけを考えていた時期です。まだ大阪に住んでいた頃で大阪駅の写真。この頃の気持ちで写真に向き合えているか。そんなことを考える日々です。

大切なことは、主体的に創作活動を続けられるスペースを、時間的にも金銭的にも確保しておくことかなと思います。今回のプロジェクトを通して、それを痛感したし、長期的に利益は出なくても心身が充実していることがなによりです。

それこそ800万円って、高級車でも買えそうな金額ですけど、それを買ったら消費のサイクルに乗っかるわけなので、それに比べたら創作活動のサイクルに身を投じる方が良いと思うんですよね。

というわけで、ここまでお読みいただきありがとうございました。ちなみに、写真集の方はまだまだリクープしてないので、あと5億冊くらいは売れてほしいと思っています。

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写真集「PERSONAL WORK」を出版しました。 http://usetsu.com