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機密天使タリム第三話『私の力は、守るためにある』

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1998年9月

動物園に行ってから、翌週の放課後の学校廊下


「タリム、今日は買い物寄ってくぞ」
『わーい、おせんべー』
「炭水化物ばっかり食べるんじゃありません!!!」

 なんだかんだでコイツの世話にも少し慣れてきた。
 手間のかかる妹だと思えば可愛くも……。


『ほんと、ママみたいなおじさん。略してママオジ』
「全然可愛くねえ!!ママオジ呼ぶな!!」
『えー、しつれいですよー』

 どっちがだ!!

「ママオジー、しっかり子どもをしつけしろよー」
「頑張れシングルファザー!!」
 通りすがりのクラスメイトたちが無責任なことを言ってきた。

『それは違います』
「タリム、はっきり言ってやれ。僕はママオジでもファザーでもな……」
『私がこいつの保護者です!!』

 クラスメイトたちは爆笑しながら去っていった。

 この間の騒動以来、タリムはかなりクラスに打ち解けていた。
 あのときはクラスを動かすような形になったが、普段は「元気な小学生の妹みたい」なんて言われるようになっていた。
 それは正直よかったんだが……。

『んひっ?!』
 ムカついたのでちょっとコイツのほっぺたを引っ張っておいた。
 

階段脇の陰で

 僕たちは話しながら学校の下駄箱に向かっていくと。
 階段脇の暗がりに、不良組三人が小さくて気の弱い男子を取り囲んでなにかやってる。

「今月ちょっと厳しくってよぉ~。
ちょっと貸してくれねぇカ?」

 タチの悪い不良ども。世界で一番偉そうにしていて、やることは人の迷惑になることだけ。
 この世で一番嫌い。
 ……だけど、僕にはどうしようもない。
 
「タリム、早くいくぞ、巻き込まれるようなことはくれぐれも……」
『ねえ、君たちなにしてんの?』
「タリムウウウウウウウウウっ?!」

 三人の不良がこちらを睨んできた。

「あんだ?あー……こいつ例の転校生ですぜ?ウザキ兄さん」
「どうですぜ、ちょっと調子こいてるらしいですぜ?サザキ兄さん」
「ああん、なんだって、マツザキにウザキよお」

 この中学で有名な迷惑三馬鹿だ。

『???なにこの変なひとたち?ご兄弟ですか?』
「おうおう、俺たちゃこの辺で有名なザキ三兄弟!夜露死苦ぅ~~!!
俺様は長男のサザキ!!」
 サザキはリーダー格のキザ気取りの金髪。

「イエエエエエイ!俺は次男のウザキ!!」
 ウザキは顔に髑髏の入れ墨を入れた、小さいが目つきが異様に鋭いヤツ。

「ヒャッハー!!!俺は三男のマツザキ!!……お前か、また俺様の邪魔する気か?!
あ~~ん?」
 マツザキは一番背が高いが、細長くて目つきがキョドキョドした赤いモヒカンのヤツ。

 不良の三番目、マツザキが僕に絡んできた。
 こいつとは小学校が同じで、過去にちょっとした……因縁のようなものがあった。

「別に、なんでもないですよ。タリム、早くいくぞ」
『……で、その三兄弟がなにやってたんですか?』

 タリムは僕を無視して首を傾げながら言った。

「ちょこーっと友達にお金借りようとしてたのよ」
「ま、いつ返すかわかんねーけどな!ヒャハハ」
『ふーん。こういうの日本語で言うとなんてんだっけ。チンピラ?三下?』
「ひゃは……チンピラに三下ねえ……。ふざけんなよ!!」

 三下三人は明らかに気分を害したようだ。

「す、すんません。タリムいくぞ!!」
 僕はタリムの腕を掴んでひっぱったが、びくともしない。
 え?……こんな小さい身体でびくとも……?

 不良たちが周囲を取り囲んできた。
「ほーん、そいつぁ俺様たちが色々教えてやんなくちゃあなあ!!」
「サザキ兄さん、こんなちっこいのが好みなんですかぁ?!」
「女だったら誰でもいいに決まってんだろ、ボインが一番だけどないよりマシ!!!」
「ちげえねえ!!!キャハハハハハ!!」

 僕に、腹の底から何かが沸き上がる何かがあった。

「お前ら……いい加減しろよ」
「ああん?!ちいせえ声できこえねえなあ~~?もう一度言ってみろよ?」

 至近距離でスゴまれると、正直怖い。
 思わず目を伏せてしまう。

「……すみませんでした、今日はこいつだけは見逃してください」
「あああああん?」

 僕といじめられっ子だけなら、金をとられて気が済むまで殴られれば終わる。だが、女の子のタリムだけはそういうわけには……。

 僕はタリムに言った。
「早く行け、早く!!!」
『行かない』
「なんで?!」
『私は誰かを見捨てたりしない!!』
「お前、この状況で言う事か……!!」

 不良たちがケタケタと笑った。

「お嬢ちゃんカッコいい~~。だけど身の程というモノを知らないとどうなるのかな~」
 マツザキがタリムの胸元に手を伸ばしてきた。

「お、おい!!」

 触れられると思った瞬間、マツザキはタリムの後方へ飛んでいった。
 ボールでも投げたかのように、自分よりずっと大きな男を軽々と投げ飛ばしたのだ。

『そうですね、身の程は知らないとマズいと思います』
「てんめ……ぐああああっ」
 タリムは二人目のウザキの腕を軽々とひねった。

「ぶっ殺す!!!謝るなら今のうちだぞぉ……」
 サザキはナイフを取り出した。
 タリムはそれを冷めた目で見た。

「らあああああっ!!!」
 サザキが切りかかった瞬間、タリムはナイフを持った手を蹴り上げた。
 ナイフが床に転がった。

『まず、どっから突っ込めばいいのかわかんないんですけど。
友達を脅してお金とっちゃダメだし、
そんなの友達じゃないし、
ファミリーネームが違うのに兄弟とか変だし、
髪型も変だし、ナイフの握り方使い方も変だし、
そもそも脅すだけで本気で相手を切る覚悟もないですよね?
それで何が出来ると思ったんですか?
……言ってみて』
 タリムの声はどんどん冷ややかになっていった。

「う、動くなあああ!!」

 マツザキが転がったナイフを取って、いじめられっ子の喉に押し当てた。

『それで、どうするつもり?』

 後方のマツザキのほうを向いたタリムの腕を、サザキが凄まじい形相をしながら掴んだ。

「動くな!動いたらそいつの喉を掻っ切れ、マツザキぃ!!
お前、ただで帰れると思ってねえよなあ?!そっちの小僧は消えな!!!ただし、先生にチクったら後で殺す!!!」

 まずい、これはまずいことになった。
 どうする……どうするのが正解だ?!
  
 僕はタリムの顔を見た。
 少しうつむいた顔は、不安なのか、恐怖なのか、なにを考えているのかわからない無表情さだ。
 だが、タリムを置いて……曲がりなりにも自分を頼ってくれた、救ってくれた異国の小さな少女を、こんな酷い連中の元に置いて見捨てる……?
 だが、こいつらは殴り合って勝てる相手でもない上に、蛇のように陰湿極まりない。
 一度目をつけられたら卒業まで延々と嫌がらせ……で済めばいい方だ。

『……ふ……』
 タリムがなにかため息のようなものをわずかに吐き出した。
 よく見れば目元にわずかな涙が。

 ……そうだよな。怖いに決まってる。
 だけど……この不良たちの威圧感は、正直、直視できないほど、怖い。
 身体が震えてしまう。 

 意を決して、僕は言う。
「じゃあ、僕は帰ります」
「気をつけてなー。女の子は俺様たちに任せておけよー」

 僕はタリムの腕を掴んだサザキのそばを通り抜け……
るフリをして、そいつの脛を思い切り蹴り飛ばした。

「うごぉ?!こんガキャ!!!」
 
 ああ、またやってしまった。
 これで無事に卒業出来るかわからなくなった。
 小学校のときも似たようなことがあったな……。
 それでも……卑怯者にはなりたくない!!!

 サザキは足を抑えながら僕を睨みつけた。
 タリムはそれを見てから、ナイフを持ったマツザキに素早く近づき、腕をひねってナイフを落とさせた。
 僕はそのナイフを素早く掴んで窓から捨て、
「誰かそのナイフを先生に持っていけ!!!三馬鹿が傷害事件を起こした証拠だ!!!」と叫んだ。

「てんめええええええ!!!」

 ウザキが後ろから僕を、廊下に置いてあった椅子で殴りかかってきた。
 タリムはそれを片手で受け止め、ウザキを蹴り倒し、椅子をウザキの上に置いた。

『どうしようもない卑劣な連中……こんなの、守る価値ないよね』
「てめえのせいでよおおおおおおおっ」 

 サザキはいじめられっ子に八つ当たりで蹴りを入れた。
 タリムはサザキに足払いをかけてバランスを崩させて、上から片手で頭を押さえつけた。

『思い通りにならなくなると弱い者いじめして!
許せない、こんなヤツ……殴ってやる!!』

 タリムはサザキを思い切り殴ろうとした。

「やめろ!!お前はそんなことしちゃ……」

 僕はその手を掴もうと……したが、タリムは強い力でそれを振り払おうとして……
僕の頭に勢いよく当たった。
 血がダラダラと出てくる。
 タリムは真っ青な顔で僕を見た。
 サザキはタリムの手から逃れる。

 不良たちは「血ぃーーーーーー!!!」「人殺しーーーー!!!」「ゴリラ女ーーーーー!!!」と叫んで逃げて行った。

保健室

「あー、派手に血が出てるけどだいじょぶ、皮ふが薄いとこがキレイに切れちゃっただけだねー」
「いてて……しみるっ!」

 僕は保健室で治療を受けていた。
 といっても、血を拭いて消毒して、薬塗って絆創膏はって終わり。

 

保健の茨先生。
 男子たちから絶大な人気を誇る保健室の女王。
 圧倒的なボリューミーなスタイルに、毅然とした態度。
 胸元を開けた服と、タイトなミニスカートと黒タイツ。
 まさに女王の風格。

「あのー……タリム?」

 衝立の向こう側に、小さい人影が動かないままでいる。

「小さいナイトさん、随分ガラにない大立ち回りしたみたいねえ」
「いや、ほとんどやったのはタリムですが」

 黒鵜先生がやってきて、タリムの元へ行き話しかけている。

「事情はおおよそ聞いた。後で機関へ来い……それから」
 黒鵜先生がこっちにやって来て、僕の肩をがしりと掴んだ。

「ひえっ……その……これは」

 マズい。
 タリムがトラブルに巻き込まれるのを防げなかったことを怒られるーーーーーー!!!!

「よくやった」
 黒鵜先生はそれだけ言って立ち去った。
「……はい?」

 茨先生は黒鵜先生を目線だけで見送りながらこう言った。
「ケッ。あのカッコつけ。それだけ言えばわかると思ってんのか」
「ええと?」
「少年もあーいう大人になっちゃダメ。
言いたいことがあったら、ちゃんと相手にわかるように伝える努力をすること!
じゃないと一生後悔するわよ」
「あー、はい」
「あいつはね、あんたは男としてよくやった、よくあの子を守った、って認めてくれたのよ」
「でも僕……タリムがトラブルに巻き込まれるのを防げな……」

 茨先生は僕の口元に人差し指を立てて「シィーっ」と言った。

「今のあんたに誰もそこまで期待しちゃいない。
出来るとも思ってない。
それでいいのよ。難しいことは大人の役目。
だけど、あんたは自分の立場と力で、出来る限りのことを勇気を出して最後までやった。
それは男としての第一歩。
それでも足りないと思うことがあったら、後でちゃんと反省や努力をしなさい。
……そう言いたいの、あの馬鹿は」
「そう……ですか」

 胸の中がじんわりと熱くなった。
 そうか、僕は大人の男に生まれて初めて認められたんだ。

「で、今あんたがやるべきことがまだあるでしょ?」
 茨先生が衝立の向こうをクイっと指さすと、小さな人影がビクっと動いた。

 タリムは学校の外へ向かって先へ歩いて行った。
 僕はそれについて行った。

帰り道



『……』
「えーと、タリムはケガしなかった?」

 ぶんぶん、と首を横に振るタリム。

「怖くなかった?」

 ぶんぶん。

「えーと、なんかゴメンね、ちゃんと守ってやれなくて」

 タリムは首をかしげた。
 なんで今はこんなしゃべんないんだコイツ。

『……どうして、あなたが謝るの?
守るのは、私の役目でしょ?
私のほうがずっと強いんだから』

 あー……。
 冷静に考えてみればそうなんだよなあ。
 
「でも人質……」
『臆病者のあいつらが人質に重傷を負わせたり、ましてや殺すなんて無理』
「まあ、そうなんだけど。
男は女の子を守らなきゃいけないんだ、本当は。
だからゴメン」
『……別に、怖くなかったし』
「だって、途中泣いて……」
『うん?……ああー、途中あいつらの芝居が退屈でアクビ出そうになっちゃって』
「……え」
『あんなのにビビるわけないじゃんー。
私が化け物と戦ってるの見たことあるでしょー』
「まあ、そうだね……冷静に考えれば」

 急に足を止めて、こちらに振り向くタリム。

『……本当にごめんなさい。あなたを傷つけてしまった。
この前、誰かを傷つけるのは悲しいことだって、自分で言ってたのに……』

 タリムは深々と頭を下げた。

「……うん?……ああ、これ?いや、全然大した傷じゃ。
たまたま手が当たっただけだろ?」
『あなたが止めてくれなかったら、私、あの不良をぶん殴ってた。
私の力は……守るためにあるの。
その力で人を傷つけちゃったら、私は化け物と変わらないんだ……』
「それは言い過ぎだろ。
だって、お前は絡まれた子を守ろうとして……」

 タリムは首を横に振った。

『ううん……あの瞬間、私は怒りで相手を殴ろうとしていた。
私、自分が強いからって、思いあがってた。
簡単に人を守れるって。
ただ力があるだけじゃ、守るどころか簡単に誰かを傷つけちゃうんだ……
ごめんなさい……』

 タリムは頭を下げながら、はらはらと地面に涙を落とした。

「あー、うん、まあ、そうだな!
だいじょぶ、僕はだいじょぶだから!!」
『大丈夫じゃないよ……』
「ダイジョブだって!それにさ、
タリムは誰かを守るためにしか力を振るわないし、
同じ失敗はしない、だから大丈夫だよ。ほらハンカチ」
『うん……』

 タリムは僕の手からハンカチをかっぱらって、涙を拭いてから鼻をチーンして自分のポケットに入れた。

「今度から自分のハンカチ持とうな……あと鼻はティッシュでかめ」
『わかった……』

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不良三人のその後

 タリムに怯えてサザキ、ウザキ、マツザキの不良三人はその場から逃げ出し、学校の廊下を走っていた。

「ヤバい、ヤバいですよアニキ!!
ナイフをセンコーたちに取られちまったら……。
あれ高かったのに!!!」
「バカマツザキ!!
問題はそこじゃねえ!!!
俺たち、ケーサツの世話になっちまうかも……」
「冗談じゃねえ!!」

 廊下の両側から、男の先生たちが何人も迫ってきた。
「お前たち、大人しく校長室へ来なさい!!
他に危険物は持ってないだろうなあ?!」
「ひぃいいいいっ?!」
 一番下のマツザキはすっかり怯えていた。

 リーダーのサザキは怒鳴った。
「弱みを見せんじゃねえ!!!
強行突破だ!!
ラグビー並みに強引に片側だけ突破すりゃあ勢いでなんとかなる!!!」
「さすがアニキ!!」
「一生ついていきます!!」
「どりゃああーーーーーー!!!」

 サザキはまっすぐ片方の教師たちに突撃していった。
 それを近くの教師たちが一斉に取り押さえる。

「いまだーーーー!!!」
「うぉおおおおーーーー!!!」
 弟分ふたりはその隙に包囲網の隙間から逃げて行った。
「お、お前ら……俺様を置いて……ふざけんなーーーーーッ!!!」

 屈強な教師二人に両側から腕を捕まれたまま、校長室へ連行されるサザキ。

 誰かがすれ違いざまにぼそっと呟いた……ような気がした。
≪チカラが欲しィか……≫
「あん?誰かなんか言ったか?
そんなもん欲しいに決まってるだろ」

 ふとサザキは自分の右肩を見ると、ミミズ……にしてはグロテスクで太い、奇妙な生き物が這っているのを見つけた。
 それは、徐々に自分の頭に近づき、頬を這い上がり、耳の穴へ向かって……。

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通学路

 そうこうしているうちに、僕とタリムは学校から少し離れたスーパーの近くまで来た。

「なあ、ちょっと買い物して帰ろうか。
なんか食べたいものあるか?」
『なに?急にやさしー。なんで?』

 なんとか元気になったみたいだな。

「なんでもねえよ……いらないのか?」
『じゃあ、プリンとせんべーとシュークリームとアイス!!あと……』
「多いわ!!!……ん?」

「あああああーーー?!お前らよぉおおおーー?!」

 さっきの三馬鹿不良……のうち二人、ウザキとマツザキだ。

「オウオウオウオウ?!お前らのおかげでサザキのアニキは校長室に連れてかれたんだぞ?!」
「俺たちはその隙に上手く逃げ出してこれたけどな?!」

 いつも三人でツルんでいる割にそれか。
 こいつらに友情とかないのか。

「今はアニキがいねえから見逃してやるけどよぉー。今度会ったら……あ、アニキ?!」

 サザキが青い顔をしてふらりと現れた。

 ……おかしい、ナイフを校内で振り回す事件を起こして、簡単に帰れるとは思えないが。
 それに、妙に青い顔色と、異様に吊り上った目つきが尋常じゃない。
 おまけに、頭には紫色の大きな瘤があり……ピクピクと動いている。 


≪おおおオおおオお……≫
 なんだこの、異様な声は……。

「アニキ?」
≪俺を良くも置いてったなア?!≫
 
 全身がボコボコと波打ち、全身の筋肉が膨れ上がった。
 全身は紫に変色し、奇妙な赤い模様があちこちに伸びている。
 その姿は、とても人間とは思えない。

 そしてサザキは次男ウザキの首を手刀で切り落とし、自分の胸にウザキの頭部を押し当てた。頭部が胸に飲み込まれ、一体化する。
 そして、頭の瘤は体に飲み込まれるように消えていった。

≪これでいつでも一緒ダ。もう寂しくないダロウ……≫

 三男マツザキはそれを見て、腰を抜かし失禁した。

≪次は貴様だマツザキぃいいいいいいい!!!!≫

”ウウウウウウウーーーーーーン!!!”
 周囲に警報が響いた。

「この警報は……あのときと同じ!!」
『この町には、化け物の力を感知すると鳴る警報が設置されているの。
でも、まさか……人間が変異するなんて……』

 タリムはサザキ……いや、元サザキと言うべきか……を見ながら、青ざめていた。

「タリム……」
『標的を確認。殲滅します。大事なものを守るために!!」

 タリムが元サザキに向かって素手で身構えた。

「素手で戦えるのか?!」
『無理……だけど!!!』

 タリムは腰を抜かしているマツザキをちらりと見た。
 そうか……次に奴が狙うのは。

「一旦退いて武器を取ってくるんだ!!無理をしてまで守るようなヤツか!!!」
『ダメだよ……さっき改めて思ったんだ。
私の力は、守るためにある。
それを、嫌いな奴とか、価値がないからとか、勝手に決めちゃダメなんだ。
そうしちゃったら、いつか私、思いあがって好き勝手に人を傷つけるようになると思うから。
……あいつらのように。
私は今日、それを学んだ』
 
 タリムは子どものようだが、きっかけがあれば迅速に学び、変わっていくのか……。
 感心している場合じゃない。
 素手で勝てない、逃げも出来ない、ならば……。
 僕はマツザキの肩を担いだ。

「情けないぞ不良!!普段威張り散らしてそれかあっ!!!
てめえ自分で歩きやがれ、重いんだよクソーーーー!!!」
「だって、足が……動かねえ……アニキが、アニキを……」
「いいから一緒に走れええーーーーーー!!!
僕はお前なんざ正直とっとと殺されちまえと思ってんだけどな!!!
それじゃ気が済まない馬鹿がそこで命張ってるんだよーーーー!!!
タリム!僕たちはなるべく急いで離れるから!
相手の注意を引きつつ徹底してダメージを受けないように立ち回れ!!
とにかく時間を稼ぐんだ!!」
『わかった!』

 僕の推測が正しければ、あの人が来る。

”キキーッ!!!”
 黒い乗用車がアスファルトを擦るように滑り込んできた。
 いいタイミングだ、黒鵜先生!

「やっぱり来てくれた!ストーカー先生!!」
「ストーカーじゃない!護衛任務だ!!」

 車の外からケースが放り出された。
「そいつと一緒に早く乗れ!!!受け取れタリム!!!」

 僕はマツザキを押し込みながら、車に乗り込む。
 その間に黒鵜先生が拳銃を元サザキに数発撃つ。
 しかしヤツは小石が当たったほどの反応もしない。

「銃が……効かない?!」

 さらに黒鵜先生は手りゅう弾を取り出し、元サザキの近くに放り投げた。

「は……?そこまでやる必要が……」

 手りゅう弾が爆発した。
 爆発地点のアスファルトには大穴が開いていたが、元サザキの服は破けたが、身体には全く損傷がないようだった。

「嘘だろ……」
「あの化け物……変異体<イヴィル>には、あれと同質のエネルギーの武器でなければ傷つけられん。
今はタリムから注意を一瞬逸らせればいい!」

 それから、黒鵜先生は車を走らせて元サザキから離れた。
 僕は後ろを振り返りながらタリムと元サザキの様子を見た。

 タリムはケースからトンファーを取り出す。
『機密天使システム起動。
ビームブレードトンファー!!』

 トンファーから青白い光の刃が現れた。
 タリムの制服の上が破れて、背中から白銀の機械翼が現れた。


 元サザキがタリムに殴りかかっていく。
 タリムはそれを躱しながら元サザキに接近し、すれ違いざまに胴を切り裂いた。

≪ギャウァーーーーーーーー!!!!≫

 元サザキは痛みで叫ぶも、傷口がみるみる塞がっていく。
 ……タリムの武器ならヤツを切り裂くことは出来ても、致命傷にはならないのか……。

『エネルギーチャージ完了……ロックオン、タリム砲発射!!!』
 あれは、僕と出会ったときに化け物を一撃で消し去ったヤツか!!!

 タリムの左腕から、エネルギーの嵐が放出され、元サザキを粉砕……
するはずだった。しかしエネルギーは当たる直前に霧散した。

「どうしたんだタリム?!」

 元サザキは近くにあった看板を拾った。
 看板は剣のような形に変わり、元サザキはそれを振り回した。
 呆然とするタリムに勢いよく当たり、吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
 その衝撃で地面が軽く抉れた。

 黒鵜先生はバックミラーを睨みながら歯ぎしりして叫んだ。

「あいつ……あれを倒すべき敵でなく、人間だと認識してしまっているんだ!!
”守る意志”と共に全身のエネルギーを放つタリム砲は、こうなっては使えん」
「え、じゃあどうすれば……そうだ、トンファーでバラバラになるまで斬れば!!」
「手足はもちろん、頭を落としても再生するぞ。
例えバラバラにしても時間稼ぎにしかならん。
タリム砲レベルのエネルギーで身体を破壊しなくては倒せん!!」
「じゃあ、黒鵜先生があのトンファーを使ってタリム砲ってのを撃てば……」
「……あれが出来るのは……成功例は、現状全人類のなかでタリムだけなんだ。
変異体を倒せる唯一の存在、それが機密天使タリム」

 そうか……確か学校案内した時も、”唯一”と言っていた……。
 僕は事態をおおよそ飲み込めた。

「……戦えるのは、タリムだけなんだ」

 黒鵜先生の車に走って近づいてくる元サザキ。
 その速度は人間離れして……どんどん距離を縮めてくる。

 黒鵜先生が運転しながら僕に話しかけた。
「ち……!やはりこの不良が狙いか。少年、このヘルメットをタリムに届けろ」
「え、どうやって?!走っている車から……」

 車のドアが開いた。

「やれるか?」
「……あいつに蹴りを入れたときより全然余裕だチックショー!!!!」

 僕はヘルメットを腹に抱えて車から飛び降り、地面に転がった。
 あちこち擦りむいただろうが、どうでもいい。
 タリムはこちらに向かって走っているが、まだ距離がある。
 僕は車を追う元サザキからなるべく距離を取りつつ、横を通り抜け……

「キぃさま俺の横を通るんじゃアねえええーーーー!!!
また足蹴る気かボケがぁーーーーーーー!!!」

 こんな姿になっても蹴り入れたの根に持ってんのかよオイーーーー!!!
 これだからねちっこい不良なんて嫌いなんだよぉーーーーーーー!!!
 
 元サザキがこっちに迫ってくる。
 僕はタリムに向かって全力でヘルメットを投げる……
 重い、距離が足りな……。

『やぁーーーーーー!!!』
 タリムが素早く走り寄ってスライディングしながら受け取り、それを装着。

『システムオールグリーン、強化スーツ未装備。
メンタルセーフモード起動。
適合率92%……敵を殲滅します。
大事なものを守るために』

 急に機械のようなしゃべり方のタリム。
 無慈悲なほど的確に元サザキの両腕、両足を切り裂いた。

「ロックオン、タリム砲発射」


 元サザキは全身を打ち抜かれ、倒れた。全身が崩壊していく。

「まるで……別人のような容赦のない動き……
機械にでもなったような……
ヘルメットを着けてから……
まさか?!」

 僕は黒鵜先生を見た。

「非人道的とでも言いたげだな。
だがよく考えてみろ。
感情を抑制する装置でもなければ、普通の少女は戦場で的確な判断をすることは出来ない。
それとも、判断を誤らせ、このまま全滅したほうがよかったか?」
「……!!!」

 だからって、人を守るために戦う女の子に洗脳装置を着けて戦わせるのか、お前ら大人は!!!
 よりによって、元人間を殺させるために!!!

 ……そうやって叫びたいのを堪えた。

 わかってる。
 わかってんだよ、先生が言うようにそれが必要だってことを。
 そうしなければみんな死んでたってことも。
 たぶんタリムもそれがわかってて、自分の意志でヘルメットを受け取ったことも。
 その上で、事情を知ったばかりの僕が、みっともなく激情に任せて先生を非難するか?
 ……それは、覚悟を持って戦った彼女に対する最大の侮辱だろう?
 そうさ、何も言えるわけがない……。

 僕は唇をかみしめて、先生を睨みつけた。先生は全く意に介さなかった。


 

それから

 黒鵜先生はマツザキを彼の自宅に送って、僕とタリムをのせたまま車を出した。

「……よくやった」先生は呟くように言った。
「……それは何に対して?」
「……よくやった」

 微妙に会話になってねえな……。
 この人には何を言っても無駄だろう、そんな気持ちが、怒りをいくらか鎮めた。
 ヘルメットを外したタリムは学校を出たときよりさらに沈んだ顔をしていた。

『一人守れなかった……それに……
さっき戦ったあれは……
明らかに、元人間……
あのときの不良だった……。
私が殺したのは……人間……』
「それは違うぞ」

 黒鵜先生は運転しながら言った。

「あれは、もう人間ではなかった。
ああなったら、もう決して元には戻らない。
お前が倒さなければ、もう一人の不良も、こいつも、俺も、みんな死んでいた。
そして、あの化け物……変異体<イヴィル>は、欲望を力にする無敵の化け物だ。
放っておけば欲望のまま破壊を繰り返していた。
だから……お前は多くの人たちを守ったことになる。
そしてそれは、お前にしか出来なかった。
……違うか?」
『……ううん。その通りだよ。
……私はこれからも、元人間を、殺していかなきゃいけないんだね。
多くの人々を守るために』

 タリムは拳を握りながら、正面を見据えた。
 その握られた拳は、震えていた。
 僕は、何も言葉をかけられなかった。


機関施設

 しばらくして。
 黒鵜先生が車を止めたのは、一見普通の五階建てビル。
「ここが機関だ」

 先生は駐車場に車を停め、僕たちをビルのエレベーターに入れてボタンを押し、自分は外へ行ってしまった。

「え、先生?」

 ドアが閉まり、エレベーターが地下へ……
 地下一階、二階……五階……十階……。

「えっと、タリム?ここどこ?」
『機関』

 そういやこいつ暗いモードのままだった。

「どこまで行くの……?」
『……』

 あれは不可抗力だった、とか。
 あれはもう化け物だったとか、お前が頑張ったから被害者がひとりで済んだとか、
言いそうになったけど、言えなかった。
 
 ……ああ、わかってる。
 それでも、例え救いようがなくても、元々相手がどうしようもないクズでも、
 お前は、人の痛みを背負い込んでしまう。
 付き合いの短い僕にだってわかってしまったから。
 優しすぎるんだよ、お前は……。

 地下三十階。タリムが顔を伏せたまま通路を進んでいく。
 そして通路の曲がり角から突然、
「ニャーーーーーんんん!!!!」
 猫耳つけた長髪で白衣のおっさんが現れた。

「え……」

 タリムはそれを無言でスルーして奥へと進んでいった。

「せっかくの私のとっておきのネタが!!!
愛が!無駄になってしまった!!!」

 うわあ、絶対変な人……。

「よーーーこそ、えーと……何君だったかなー……。
まあいいや!機関の研究者、アズニャル博士です!!
変異体<イヴィル>とテンタクルズの研究、および、機密天使システム研究の責任者です!!
さて、どこからこまで説明したものかなぁ……」


「ええと、変異体というのが、さっきタリムが倒した化け物ですよね?」
「そうそう!!
欲望をエネルギー源にし、未知のエネルギーへと変換させる性質を持つクリーチャー!!
その正体は、テンタクルズと融合した人間なんですねえ!!」
「テンタクルズ……?」

 博士は瓶に入れた標本を取り出した。
 中には、触手のような……奇妙な紫の肉塊が保存されていた。
 そういえば、サザキが変になったとき、最初はこんな肉塊みたいな瘤があったな。
 すぐに消えてしまったが。
 
「これ、実は宇宙からやってきた生物なんです!!」
「宇宙……?」
「本当ですよ!!八年前にこの近くに落下した隕石の中にいたんです!!
それでね、それで!!!
この生物の構造は我々に近いタンパク質の……」
「その辺のことは言わなくていいから」

 博士がイキイキと話し出そうとするのを、後ろからやってきた誰かが止めた。

『茨先生……』

 今学期から着任した保健の先生。
 黒鵜先生と同じタイミングで学校に来て、タリムを気にかけていた……同じ組織のひとなのも頷ける。

「ここからはあっちの部屋で私が説明するわ。
んーと、少年。
私たち機関が何者かってのは知ってる?」
「えーと、ノストラダムスの大予言の、人類の終焉を防ぐための組織だとか」
「そうよ。
まあ、それは組織の中枢と、私たち”機密天使システム”に関わる職員たちしか知らないことだけどね。
事が事だけに、ごく少数の人間だけで対処してるのよ。
万一情報が流出すると世界がパニックになるしね」
「はあ……。
人類は本当に滅びるんですか?
ノストラダムスの大予言とか、ただのオカルトなんじゃ?」

 さっきタリムと化け物の戦いを間近で見ておいてなんだが……。
 人類の終焉とかって話はどうも実感がわかないというか、眉唾な話というか。

「そうだとよかったんだけどね……。
実際、千年前に一度世界は滅びかけてる。
終焉の王<アンゴルモア>の出現によって。
歴史の表からは隠された事実だけどね。
まあ、普通の人間には……例え大国の力でもなんにも出来ない相手だから隠すしかなかったんだろうけど」
「終焉の王<アンゴルモア>?」

 ノストラダムスの大予言にあるヤツか。
 具体的に終焉の王が何かって話はテレビであれやこれや言われているが、どうもハッキリしないよな。
 隕石やら、核戦争やら、環境破壊やら、天変地異やら、宇宙人やら旧約聖書の天使やら色々言われているけど。

「世界を滅ぼす力のある変異体の王のことね。
私たちの目的は、こいつが世界を滅ぼす前に倒すこと」
「それはどこにいるんですか?どういうヤツなんです?」
「それは……現われてみないとわからない」
「そいつも元人間なんですかね?」
「まあ、そうだと私たちは推測しているけど。
私たちの開発した探知機で、変異体の力を見つけることは出来るんだけど……。
ほら、変異体が現われたときの警報あるでしょ?あれね」
「……はい。
それでも終焉の王は見つからないと?」
「そうね。
変異体が力を使わないと検知出来ないってこともあるけど。
終焉の王は発見されない特殊な能力でもあるのか……はたまた、まだ地上に現われていないのか、わからないけれど」

 要はわからないことだらけってことか。

「終焉の王とか警報のことはわかりましたが。
それで……一番訊きたいことが……」

 そう、僕には絶対に訊かなければいけないことが……納得できないことがあった。

「どうして、タリムだけが戦わなきゃいけないんですか?
機密天使システム、っていう武装でしか変異体に通用しないのは、見てわかりましたが。
同じ武装を他の人に……プロの軍人に装備させたり、無人兵器に搭載させたほうが合理的ではないですか?」
「そうね……それが出来ればそうしたかった。
変異体が欲望を力に……人類の手では成し得ない力にするのなら、それを打ち砕くのは、奴らの力を流用した意志の力を使うほかはなかった……。
そして、大人を被検体にした実験では……。
ふう……。
そうね、せっかくだから、最初から順を追って話したほうがあなたも納得するかな。
八年前、現代で初めて人類が変異体に遭遇した日から……」

 茨先生は重い口調で語り始めた。

 

第四話に続く。

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そして作者は泣いて喜びます。

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