機密天使タリム 第四話「コード:Typeα-11M(Talim)」
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1998年9月
茨先生は僕を他の部屋へ連れて行き、話を始めた。
タリムはついてこなかった。
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1990年(八年前)
現在のタリム達が住む町から少し離れた山奥に、隕石が落下した。
黒鵜、茨、アズニャル博士が所属する機密機関はその調査をすべく、準備をしていた。
機関施設
黒鵜と、金髪の優男……カーティスの二人が機関施設の廊下で話していた。
「黒鵜、お前来週の予定、大丈夫だろうな?」
「何がだ?」
「だからぁ、私と彼女の結婚式だろ!!親友の結婚式を忘れるとは冷たいなぁ」
黒鵜は静かに答えた。
「前に一度訊いたことを再び訊くな。
想定外の事態がなければ行く」
「そう言いながら、お前って想定外の事態ってヤツのほうに行くんだよな~」
「それはお前の用事と、事態の緊急度の比較による」
「全く、警備部は忙しいですなあ!」
「お前こそ、フラフラになるまで働くなよ。
結婚式の最中に過労で倒れたら恰好が悪いぞ」
「ははは、言ったなあ!」
カーティスは黒鵜の頬を指でつついた。
黒鵜は無言でそれを払いのけて、立ち去った。
「……全く、昔から愛想のないヤツ」
「昔から二人は親友だったんですって?」
そこに、通りかかった茨が話しかけた。
「ああ、そうです。
えーっと、医療部の茨博士ですよね。
若き美人の天才だって専らの噂で」
「冗談がお好きね、カーティスさん。
調査部では女性をおだてるのも仕事の一環かしら?」
「ははは、それは時と場合によりますが、今のは本当のことですよ」
「私なんて到底……。
大学にいた頃なら思いあがっていられもしましたけど、ここに来てから本物の天才を見てしまうとね……」
「アズニャル博士?
まあ、彼は天才っていうより、奇才というか……。
常識をひっくり返すレベルの人だね。
物凄い実績もあるけど、時々人として危ういんじゃないかって……」
「まあ、そうですね。黒鵜さんは昔からあんな?」
カーティスはにっこり笑って答える。
「ええ。
誰に対しても愛想はなく、淡々とした仕事人間って感じで。
学業も訓練も淡々とこなして。
いつも私より優秀で。
それに、あいつムカつくことに、一回や二回私に負けても、全然悔しがらずに動じないんですよ!!
総合の成績じゃ学業も実技も結局どっちも勝てなかったなあ。
でも、ああ見えて熱いものを持ってるんですよ!!」
「へー。
……あ、さっき聞えたんですが、結婚なさるんですって?
おめでとうございます」
茨はにこやかに笑って言った。
「ありがとう。
……本当は、あいつは最初黒鵜の方に気が合ったようなんだけどね」
「へえぇ?!」
「まあ、黒鵜は誰に対してもあんなだから愛想つかされちゃって」
「それであなたと?」
「そうそう。人生なにがあるかわからないね」
「そうですね……。
わからないと言えば、先日落下した隕石の調査。
組織がやたら躍起になってるようだけど……それほどの意味があるのかしら?
ただの隕石よ?」
「私もそれは知らないね……。
調査部からも調査員を出すことになってるんだけど」
「あら、医療部や生物研究部も何故か人員を出すことになってるんだけど。
宇宙から来た生命体でもいるのかしらね……な~んて」
翌日
「調査員たちが行方不明?!カーティスも……」
町近くの山中に落下した隕石。
機関はそれを調査するために十名程度の調査員を派遣したが、全員音信不通となった。
黒鵜はその報せを受けながら、電話で話していた。
「はい、わかりました。
彼らを捜索する任務に当たります」
電話を切った黒鵜は顔を片手で覆って呟いた。
「あいつ……なにをやっている……。
花嫁に心配かける気か」
黒鵜は捜査隊を率いて隕石が落下した山に向かった。
山に入っていくと、よろよろとこちらに向かって歩いてくる調査隊員のひとりを発見した。
「おい、大丈夫か?!何があった」
「機関の捜査隊か?!早くこの山を降りるんだ!!!」
「おい、何があった?他の隊員は?!」
「俺以外は全滅だ……あいつ以外は……クソっ!!どうしちまったんだ!!!」
「カーティスは……?!」
「それは……あの野郎!!!ガハッ……」
調査隊員は血を吐いて倒れた。
胸には後ろから刃が突き立てられていた。
気が付くと、調査隊員の後ろには血塗れのカーティスがいる。
「カーティス……無事だったか……?
……いや、お前、何を……?」
「黒鵜!!!
会いたかったよ!!!」
カーティスは黒鵜に抱きついた。
その筋肉は膨れ上がり、顔や胸に異様な模様が出来ていた。
他の捜査隊は銃を構えてカーティスを取り囲んだ。
カーティスは嬉々として黒鵜に話し始めた。
「とっても面白い発見をしたんだ!!
それを見せたいから今すぐ町へ行こう!!」
「カーティス、お前は何を言っているんだ?
今、急に現われて調査隊員を後ろから刺したように見えたんだが、
俺の気のせいだよな……?」
「うん?やだなあ」
「……そうだよな、俺の見間違い……」
「ちゃんと見てくれてなかったの?
じゃあ、今度こそ見ててくれよ!!」
目の前のカーティスが消えたと思った瞬間、周囲の捜査隊員たちの首が飛んだ。
「ほらほら!凄いだろ!!
今じゃお前の目に止まらないほどの早さで動けるんだ。
今だったら実技試験で私の圧勝だな!!
……あー、でも。このままじゃあ圧勝過ぎてつまらないよなあ」
「カーティス……?
これは、悪い夢なのか……?」
カーティスは嬉しそうに語り始めた。
「夢……か。
そう、夢が叶った。
例の隕石の中には素敵な発見があってさ。
こう、ウネウネした謎の生き物がいて。
それが飛びついて腕の皮膚を食い破ってきたかと思ったら……
気が付くと超人的な身体になっていたんだ!!
他にも謎の生物に食いつかれた隊員が三人いたけど、みんな超人になる前に灰になっちまった。適正みたいなものがあるのかなあ?
お前どう思う?」
「謎の生物……?
超人……?
適正……?」
黒鵜はあまりの想定外の事態と衝撃によろめいた。
「まあ、それ以外の奴らは試し斬りして殺しちゃったんだけど。
お前はやっぱり適性があると思うんだ。
なんせ、私の唯一のライバルだからな!!」
「カーティス……?
さっきから何を言っているんだ……?」
カーティスの指先から、小さくうねる触手が現われた。
「これ、凄いだろ?
超人にしてくれる生物だ。
体内で分裂させれば、任意の相手に一部を与えることが出来るみたいなんだ。
一人試してみて灰にしちゃったけど……お前ならきっと」
「やめろ……カーティス……!!
人間を辞める気か?
来週の結婚式はどうするつもりだ?」
「そんなもん、どうでもいいじゃないか」
カーティスの指が、黒鵜の腕を貫いた。
「やめろぉおおおおおおおおーーーーーーーー!!!」
「また一緒に遊ぼうぜ、黒鵜」
黒鵜は気を失った。
機関の手術室
黒鵜が気が付くと、機関の手術室にいた。
すぐに、全身を金属のベルトで厳重に拘束されていると気づいた。
「おんやぁ、目が覚めましたか。黒鵜君」
手術台の傍にいるのは、アズニャルと茨。
「アズニャル博士……。そうだ、カーティスは?!」
「彼は……化け物になって、町を気まぐれに破壊して回っているわ」
「茨博士……。
おい、拘束を外せ」
「外してどうするんです?黒鵜君」
「あいつを止める。今ならまだ……」
「無理ですよー、色んな意味でね。
彼の身体能力も精神状態も、とっくに人間を辞めちゃってます。
おまけに……警官の拳銃はおろか、自衛隊の重火器すら効きませんねぇ。
戦車砲だって周りが壊れるばっかりですし。
あなたがそのままで立ち向かったところで……」
「……”そのまま”?
どういう意味だ?」
「自分の左腕を見てください」
カーティスに貫かれた黒鵜の左腕は、青黒く変色していた。
博士はその手に10円玉を持たせた。左手の指を少し動かすだけで、コインは紙のように自在に曲がり、小さく押しつぶされた。
博士はどこか楽し気に説明し始めた。
「あなたの左腕はカーティスと同じ状態です。
なんとか症状の進行を遅らせている今でも、それくらい余裕ですね。
今のあなたならどんなプロレスラーや重量級のボクサーでも、左腕の一撃で倒せますよ!
それどころか、アフリカゾウにも素手で勝てますね」
「今の俺ならば……ヤツを止められる……?」
「それは無理でしょう。
計算上、それでもカーティスの方が遥かに強い。
そして、この力を使うということは、あなたも彼のように理性を失った化け物になるリスクが高い」
「……なら、どうする?
ヤツをこのまま野放しにするか?」
黒鵜は左腕の近くにある金属製のベルトを掴んで、曲げた。
「いえいえ、ちゃんと考えていますよ。
要はあなたを理性を保ったまま、超人的な身体能力を行使出来るように改造すればいいのです!!」
「……出来るのか?」
「おそらく。まあ、早くても一か月……」
「俺にどんな危険があってもいい、一週間でやれ」
「はあ……無茶を言いますねェ」
黙っていた茨が口をはさんだ。
「待って、二人とも。
人体を改造して兵器にするようなものよ?!
それも、制御出来るかすらわからない、後でどんなリスクがあるかすら……。
……正気なの?
あなたの身体を元に戻すことが最優先じゃない?!」
「それでカーティスは止められるか?
あいつは俺が止めるしかない」
「フフフ……
それでこそ黒鵜君です!!!
それに……この宇宙生物……形状からして、仮にテンタクルズとでも呼びましょうか。
寄生というより、融合に近いですね。人間の構造すら変えて、別の生物に変えていると言えるでしょう。
……融合した後は、分離は不可能です」
「なら、進むべき道はひとつだ。やれ」
黒鵜の覚悟の言葉に、アズニャルは嬉々として叫んだ。
「さあ、実験を始めましょう!!!」
「狂ってるわこんなこと!!!
やめなさい!!取り返しのつかないことになる!!!」
茨の叫びは、誰にも届かなかった。
一週間後、決戦
町中の緑が多い公園でカーティスがひとりで佇んでいた。
≪あ、ようやく来たのか。
退屈してたんだ。
町を壊したり、人間を追いかけまわすのも最初は楽しかったけど、飽きてきてね。
隕石を狙ってくるヘリとか落としたりもしたけど。
途中から大人しくお前のことを待つことにしたんだ≫
黒鵜は両端に刃のある剣を携えていた。
≪なんか、現状の人間たちの技術を総動員させてなんとかこの力を制御させようとしてる感じかな?
それで私と勝負か……。
ちょっと期待はずれかな≫
「なぜ、こんなことを……。
結婚式はどうしたんだ?」
≪だから、どうでもいいって。
なんかさ、本気で好きになったつもりだったけど。
いま改めて考えたら、そこまででもなかった。
お前に惚れた相手だったから奪ってやりたかっただけなのかもな≫
カーティスは狂気の眼差しで黒鵜を見つめながら言った。
「最初の頃はともかく……
あいつは、本気でお前を……」
≪私には、お前しか見えてなかったよ。
いつも私より優秀で、どれだけ努力しても追い抜けず、
たまに私が勝っても私を気にせず動じない、そんな……
世界で一番憎らしい男。
お前に負けを認めさせることが私の唯一の生き甲斐だ。
それが……いつしか、愛に近い感情になった。
わかるか?≫
「……わからん。
だが、お前は俺の友だった。
だからこそ、俺自身の手で葬る」
≪そうか……。
嬉しいよ!!
やっと私だけを見てくれた!!!
さあ、存分に殺し合おうじゃないか!!!≫
黒鵜は剣を振るうも、圧倒的な力と速度のカーティスに翻弄された。
黒鵜は気が付けば素手で地面に叩きつけられていた。
≪スピードもパワーもタフネスも違い過ぎる……。
はあ……。
こんなもんかぁ。
あれかなあ。
欲求に素直になれるほうが適性が高いのかな?
君はいつも自分の欲求より、任務を冷静に最優先にする男だから。
……だからこそ暴走もせず身体をコントロールしやすいのかな?
代わりに出力が低い。
私のように身体を安定させて強い力を行使出来る適性の持ち主はレアなんだろうね。
気が付いたら、右手にこんなのが出来ているし≫
カーティスの右手に、結晶のようなものが現われていた。
≪はあ……悲しいなあ。
せっかく待っていたのに。
肝心の黒鵜がこんなんじゃあガッカリだ。
けど、仕方ない。
殺すしかないかなあ≫
カーティスは右腕を倒れている黒鵜に向かって振り上げた。
そして、黒鵜の姿が消えた。
≪……?!≫
「試作兵器零式アロンダイト起動!!リミッター解除!!!」
黒鵜はカーティスの後ろに現われた。
髪の毛は逆立ち、目は青く光り、小手が外れた左腕は赤い光の筋が走っていた。
≪速い……っ?!≫
黒鵜は圧倒的な速さでカーティスを幾度も斬りつけた。
≪だがっ……≫
カーティスは途中からある程度その速さに対応し、攻撃を防ぐも全ては防ぎ切れない。
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機関の一室。
機関の重鎮たちと、政府の高官、そしてアズニャル博士が集まっていた。
機関の軍事顧問が呟いた。
「あの隕石から現われた謎の触手のような生物……”テンタクルズ”、あれに寄生された人間はあれほどの力を発揮するのか。
戦車も戦闘ヘリもまるで歯が立たない」
博士はこう言った。
「寄生というより、融合と言うべきものです。
テンタクルズと一体化することで、別の生物へ変貌していますから
テンタクルズと融合した元人間を、”変異体<イヴィル>”と仮称しましょうか」
政府の高官が訊ねた。
「あれはどうやって重火器を防いでいるんです?それも、傷一つ負わずに」
博士が答える。
「それは、未知のエネルギーによって全身を守っている……一種のバリアと言っていいでしょう」
「バリア……?!まるでSFだな。破る手段は?!」
「同質のエネルギーを使わなければ無理でしょうね。つまり、地球上のあらゆる既存の兵器は変異体に無力ということです」
重鎮や高官たちは次々とため息交じりに話し始めた。
「馬鹿な……」
「機関中枢部が言っていた、予言は本当に……」
「予言?今流行っているあれか?ノストラダムスの大予言……」
「馬鹿な。機関は世界中の研究技術を集めるための研究組織だぞ。
オカルトなど噂に過ぎん」
「それは表向きの話しで、機関の持つ経済力、軍事力、科学力、政治的影響力は全て、世界を終焉から守るためにあるとしたら……?」
「馬鹿な……」
「現状、機関でも中枢に近い限られた人間しか知りませんからね……」
「よいですか」
博士は彼らに向かって言った。
「一言一句、覚えておいて下さい。
機関の中枢が千年の間注目してきた、終焉を予言したヨハネの黙示録の一節です。
第一のラッパ。地上の三分の一、木々の三分の一、すべての青草が焼ける。
第二のラッパ。海の三分の一が血になり、海の生物の三分の一が死ぬ。
第三のラッパ。にがよもぎという星が落ちて、川の三分の一が苦くなり、人が死ぬ。
第四のラッパ。太陽、月、星の三分の一が暗くなる。
第五のラッパ。いなごが額に神の刻印がない人を5ヶ月苦しめる。
第六のラッパ。四人の天使が人間の三分の一を殺した。生き残った人間は相変わらず悪霊、金、銀、銅、石の偶像を拝んだ。
第七のラッパ。この世の国はわれらの主、メシアのものとなった。天の神殿が開かれ、契約の箱が見える。
そして、この第七のラッパの節が、ノストラダムスの有名な1999年の予言と同じことを指している、というのが機関中枢の見解です。
1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
終焉の王<アンゴルモア>は蘇り、
世界を支配する」
高官が訊ねる。
「……恐怖の大王?終焉の王?
具体的にはなんのことなんだ?」
「空から来る大王は、おそらくテンタクルズの載った隕石のことでしょう。
今年落ちてきたヤツは、さながら先遣隊というところですかね。
そして、終焉の王は変異体の王……変異体たちを統べる最強の変異体のことです」
重鎮の一人が訊ねる。
「アズニャル博士……君はどこまで知っているんだ」
「知らないことだらけですよ」
軍事顧問がこう言った。
「予言の話は今はいい。カーティスが足止めされている今なら……あの隕石を攻撃出来る」
「攻撃してどうなります?」博士は訊ねた。
「隕石周辺にまだ謎の生物……が、あれの残りを焼き払うくらいは……」
「出来れば採取して研究を……」
「そんな悠長にしていられるか!!!即刻攻撃だ」
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黒鵜はカーティスの右腕を斬り落とした。
「覚悟しろ、カーティス!!」
よろけたカーティスに、黒鵜は渾身の一撃を振るう。
≪うぐぁーーーーーっ!!!≫
カーティスの胴が斜めに切り裂かれ、胴が二つに切り分けられる寸前で黒鵜の刃が止まった。
カーティスは黒鵜の腕を残った左手で掴んで地面に叩きつけた。
「ぐはっ……!!」
カーティスはそのまま黒鵜を殴りつけた。
「うがぁ……!!」
≪残念だったね。今の私はこれくらいじゃ死なないみたいだ……。
それに、ほら≫
カーティスは切り落とされた腕を拾って傷口につなげ、動かしてみせた。そして、自分の胴体を両腕で抱きしめるようにして、胴の傷を塞いだ。
≪わお、まるで切断マジックショーだ。
実はしっかり斬られているのにすぐ元通り……と言っても、さすがに即座に完治はしない、辛うじて傷口を塞いでくっつけとく程度かな。
さ、続きやろうか?≫
黒鵜はふらふらと立ち上がったが、カーティスに殴りつけられて倒れた。
≪あれ……これからだと思ったのに。
時間制限付きのパワーアップ?
……はぁ~~~。
ガッカリだよ、これで終わりなんてなあ≫
カーティスは黒鵜の頭を右手で掴み、左手を喉の前に突き出した。
≪さようなら、黒鵜≫
鋭い手刀が黒鵜の喉に突き出され……止まった。
空を、五台の戦闘ヘリが飛んでいた。
カーティスの右手の結晶が輝いた。
≪最優先任務……
期日まで同胞の巣の防衛。
黒鵜……決着はまた今度≫
カーティスの姿が消えた。
しばらくして、空中のヘリが全て煙を吐いて落ちた。
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後日、機関で
その後、機関は倒れた黒鵜を回収した。
そして、機関の研究室でアズニャル博士と茨が話している。
「ふ~~む。
なるほどなるほど。
カーティス君はどうやら隕石の防衛を最優先に行動するようですね……。
つまり、我々はあの隕石には手が出せません。
逆に言えば、カーティス君は隕石から当分離れられないでしょうねぇ。
そして、黒鵜君。
理性を保つために身体変異を止めるリミッター。
それと、能力を向上させるために一時的にリミッターを解除しながら能力を増幅するシステムを構築したまではよかったのですが、それでは戦闘継続時間が足りませんか。
リミッター解除状態でも出力の限界は高くない……」
茨は呟いた。
「より高エネルギーを得られないと、再生する変異体にトドメを刺すことは不可能……。
そう、例えば……超密度のエネルギーでも浴びせない限り……」
「ふぅむ、有用なデータは取れましたが、残念ながら黒鵜君にこれ以上の拡張性は期待出来ませんね。
カーティスの言うところによれば、単純に適性が低すぎて話にならない!!
別の被検体が必要です!!!」
茨は頭を抑えながら言った。
「アズニャル博士……まだこのような非人道的な研究を進める気ですか?」
「冗談じゃない!!!
機関中枢の予測によれば、このままではカーティス以上の化け物が現われて世界を滅ぼすんでしょう?
人道なんてものはそれをどうにかしてから言うべきでしょう!!」
「次の被検体って……」
「カーティス君の言っていた適正についての話……
現時点での私の見解と一致しています。
まず、適性の第一条件が”純粋な強い欲望”。
第二が”安定した精神”。
第三が”高い身体能力”。
そして……変異体が今以上の未知の力を生み出す可能性があるとすれば……。
第四に”発想力に優れた知性”といったところでしょうか」
「それに合う条件で、こちらの情報開示が出来て、かつ自身の犠牲に同意してくれる……。
そんな人間がいると思いますか?」
「うーん、軍人やエージェントだと、第一と第四で合う人は無理でしょうねえ。
黒鵜君のようにプロフェッショナル過ぎる人間は、自由な発想力や創造性とは縁遠いですから」
「そもそも、安定した精神と強い欲求を兼ね備えているという時点で難問では。
それに、他に志願者になってくれるような人物は……」
それから半年後。
再びアズニャル博士と茨が話し合っていた。
「やはり、大人の被検体では無理ですね。
第一と第四の条件がひっかかる。
カーティス君のように純粋な欲望の持ち主は案外少ないものですし。
金、名誉欲、性欲、そういったものに強い欲望を抱いている大人は多いですが、適合率と安定性は低い……欲望にも質というものがあるようです。
そうなると……作り出すしかないじゃないですか」
「は?」
「子どもを、そうやって育てましょう。
そうですねえ、機関の力なら、世界中の身寄りのない子どもたちの中から、適性の高い候補者を絞り出して……」
「博士……あなたという人は……」
「ほかに、何か有用な代案が?」
「……しかし、本来我々が守るべき子どもの未来を奪うのは……」
「我々が成果を出せなければ、世界中の子どもたちの未来が消えますね」
「……」
1991年、機関
「11人の選りすぐりの素質ある子どもたち。
この子たちにテンタクルズの組織の一部を与え、別々の環境と教育を与え、異なる個性……意志の力を与えましょう。
誰が、人類の希望になるでしょう?」
褐色肌の七歳の少女が、部屋の中でぽつりと呟いた。
『おばあちゃんは……?』
誰もそれに答えない。
『ここはどこ……?
ご飯は毎日食べられるようになったけど……
一人で食べるのは美味しくないよ』
アズニャルと茨は別室のモニターと音声で少女を観察していた。
「ふぅむ……11番は父母を事故で亡くし、その後祖母が一人で育てていたものの、病気で死亡。その後、機関に引き取られて今に至る。
……この子には、”孤独”の個性を与えましょう。
この子に誰も接することがなかったら、適合率はどうなるでしょうかねえ」
「博士……それはあまりに……」
「非人道的、ですか?
子どもを実験に使っておいて今更!!」
「……」
『……』
しばらく独り言を繰り返していた少女は急に無言になり、何もない空間を見続けた。
『……生きてるのって、つらいな』
「……!!!」
茨の脳裏に、かつて自分の育ての親が急死し、孤独になった少女時代の記憶がよぎった。
あの日から、誰からも守ってもらえず、孤独に、強く生きていかねばならなかった。
気が付くと茨は走り出し、少女の部屋の扉を開けていた。
「……はあ、はあ……」
『あなたは誰……?
お母さん?』
「冗談じゃないわよ、男運に恵まれないまま母親なんてまっぴら!!
私は茨。
あんたの先生よ」
『せんせい……?』
「あんたに生きていく上で大事なことを教えてあげる。
あんたがこれから楽しく幸せになるために!!」
『そんなのいらない』
少女は無表情のまま言った。
「いらないわけないのよ!!」
茨がそう怒鳴ると、少女はビクっと怯えた。
「あ……ゴメンね。ええと……あんたの名前……」
『コード:Typeα-11Mです』
「あ……」
このプロジェクトのために機関に集められた子は、今までの名前を暗示によって忘れさせられる。
機関員にも元の名前を知らされない。
被検体の子どもたちに「人間として」の感情移入を避けるためだ。
子どもたちはIDで呼ばれ、子どもたちは最初にそれを暗記させられ、自分の名前だと認識することから「教育」は始まる。
「……畜生……。
なんだよこれ……。
こんな何も知らない小さい子をIDだとか、被検体だとか……。
世界を、人類を救うために仕方ない?
そんなやり方しか出来ない人類なんて、滅べばいいじゃないか!!!」
茨は崩れ落ち、泣きながら床を叩いた。
血が出るのも構わず、何度も何度も拳を叩きつけた。
少女はそんな茨をしばらく眺めた後、茨の振り上げた手に触れようとして、手に頭をぶつけた。
『いたっ』
「あっ?!……な、なにやってんのあんた?!
いや、そうじゃなくて、ゴメンね、痛かったでしょ……?!」
『せんせいも、いたそうだった』
「え……」
少女は茨の手を優しくさすった。
『おかあさんも、いたいときにこうしてくれた』
茨は少女を抱きしめて泣いた。
「……あんたのことは私が守る。
Typeα-11MなんてIDで名乗らなくていい……」
『……え?』
「あんたは今日から、Talim……タリムよ。
誰かを守る強さ、優しさ……そして勇気を持った子になりなさい」
『うん……わかった』
「アズニャル博士……この子のことは私に任せてもらうわ!!」
マイクから博士の声が聞こえた。
「フハハハハハ!!興味深い!!いいでしょう!!」
黒鵜が、二人の様子を見に来て呟いた。
「……俺が弱いせいで、被検体に選ばれた子たちを犠牲にし、この子にこんな責務を負わせるのか……」
1997年、機関
現状の機動天使システムの構造を簡単に言うと、こういうことだ。
身体に変異体組織を埋め込み、人間離れした身体能力を得る。
さらに、変異体組織を使った専用強化スーツを装着することで、変異体と同じく意志のエネルギーを用いた戦闘が可能になる。
そのエネルギーを増幅することが出来る武装が、ビームブレイドトンファー。
エネルギーを蓄積し、さらに飛行可能となる背中の機械翼。
思考制御と一般人へのステルス能力を持つヘルメット。
耳当て型汎用通信機。
そして、「最も強い意志」をエネルギーとして解き放つ……現状、唯一変異体にトドメをさせる技がタリム砲。
このときのタリムは、何度かに渡って身体に変異体組織を埋め込む手術が終わってしばらくした頃。
「緊急事態です、被検体十一番が暴走!!!」
茨の元に、被検体十一番……タリムが暴走したとの報せが入った。
身体能力測定のために訓練室にいたタリムは叫び声を上げて暴れ出した。
タリムの訓練室には穴がいくつも空き、中には防護服の職員が数名倒れていた。
そこにタリムはいなかった。
倒れている職員のひとりが小型マイク越しに茨へ話しかけた。
「茨博士、タリムはあなたを探しているようです!!
危険です、今の十一番は……っ!!
まだ死者は出ていませんが……。
早く施設から離脱してください」
茨はモニターのある研究室から出ようと扉を開けようとした。
”メコッ”
異様な音を立てて、金属の扉は力ずくで曲げられ、倒された。
扉の向こうから、タリムが表情を歪めて歩いてきた。
『今の、聞いてたよ。
茨先生は、私から逃げようとしてた……?」
「違うわ」
『嘘……』
タリムは近くのテーブルを素手で叩き割った。
「タリム……あなたは一体どうしたの?
今まで、真面目に訓練してきたじゃない」
『そう……私は……。
人類を守るため……全てを犠牲に……。
家族も、友達も、人間としての生活も、大事なモノも何一つなく……。
ただ訓練に明け暮れて、身体は半分化け物にされて……。
私は……私は……』
一瞬の静寂の後。
『うわぁあああああああああああああっ!!!』
叫びと共に、タリムは泣き出した。
『私は普通の女の子になりたかったーーーーっ!!!
漫画みたいに学校行って、友達作って、恋をするような、普通の女の子がよかったのにーーーーーっ!!!
例え学校に行っても、こんな化け物、誰も好きになってくれない……友達になってくれない。
それなのに私は、誰かを守るために、本物の化け物と戦わなきゃいけないの……』
「タリム……」
茨はタリムに近寄ろうとした。
『寄るな!!!
私を名前で呼ぶな!!!
……あんたのせいだ!!!
あんたが中途半端に人間扱いするから、こんなに……こんなに苦しいんだ。
せめて、実験動物として、兵器として扱ってくれれば、こんな気持ち……なかったのに』
茨はタリムに真っすぐ近づいた。
『近寄るな!!!殺す!!!』
「あなたに私は殺せない」
『さっき逃げようとしたくせに!!!
あんたのことは絶対許さない!!!』
「私は、逃げない」
茨はタリムに腕を伸ばした。
タリムは茨の顔を殴った。茨は勢いよく跳ね飛ばされ、床に転がった。
「う……」
『近寄るなって、言ったのに……』
顔を腫らした茨は立ち上がって、タリムにもう一度近づいた。
『あ、来ないで……。
次は殺しちゃうから……』
茨はタリムを抱きしめた。
「ごめんなさい……、
ごめんなさい……」
茨はそう言って泣き出した。
『なんで……謝ってるの?
私が悪いことしたのに……』
「あんたが言ったことは何も間違ってないからよ」
『私……』
「だけどね……ふたつだけ間違ってた。
ひとつは、私はあんたから逃げたりしない。探しに行こうとしたの」
『……』
タリムは黙ったまま、茨に抱きしめられるままでいた。
「もうひとつは、あんたに人は殺せない。
あんたは人の痛みがわかる優しい子だから」
『私、今、先生を殴ったのに……?』
「あんたが私を殴ったときも、すごく悲しそうな顔してた。
本当はこんなこと、したくなかったよね。
でも、怒りの気持ちがおさまらなくて、他にどうしようもなかったんだよね……」
『私、いっぱい暴れて他のひとも殴っちゃった。
とっても悪い子だよ。
ただの化け物だよ……』
茨は大きく手を振りかぶって、びんたの構えを見せた。
タリムはそれを見て、思わず目を瞑った。
”ぴたっ”
茨の平手が、タリムの頬に優しくふれた。
『……え?』
「自分を悪く言っちゃダメよ。
あなたは、自分の行い次第で世界を滅ぼす悪魔にも、世界を守る天使にもなれる。
私たちは、あなたに天使になってほしかったから、こんなに……色んなものを押し付けて、普通の女の子としての人生を奪ってしまった。
本当にごめんなさい。
あなたがそれを怒るのは当たり前なのよ」
『でも、私が本気で怒ったら……みんな死んじゃう。
私は怒っちゃいけないんだ』
「違うわ。
怒りはね、決して受け入れたくないものを拒むための感情なの。
自分の心を守るために大事なものなのよ。
ただね、怒りに身を任せて誰かを傷つければ、自分の一番大事なものを失ってしまうことを覚えておきなさい」
『……うん。
だったら私は、この気持ちをどうすればいいの……?』
茨はしばらく考え込んだ。
「そうね。
暴れるより、好きなだけ文句言ったほうが遥かにマシね」
『……それでいいの?』
「いいわよ。
けど、文句言って相手とモメるより、”自分の感情を伝える努力をしながら、自分にとっていかにこの状況を良くするか”を考えて、交渉するほうがもっといいわね」
『……どういうこと?』
「例えばさ……私はこんな風に怒っていて、でもちゃんとゴメンナサイして今後は暴れないから、代わりにワガママなんか叶えて、とか」
『え?私が悪いことしたのに、なんかお願いしていいの?』
「いいのよ、今回は。
私たちで出来ることなら、なんでも。
私たちはそれくらいしなきゃいけないの。
到底許されないことをしているのだから」
タリムはしばらく考え込んだ。
『私……戦いが終わったら、どれくらい生きていられる?』
「そうねぇ……。
人並みの寿命……八十才までは難しいけれど、三分の一……いや、半分ならなんとかいけると思う」
『そっかぁ……。
うん、私……頑張るよ。
みんなを守るために頑張ってみる。
それでね、いつか……少しでも、普通の生活がしたい』
「わかった。私たちは全力でそれが出来るようにサポートするわ」
『あとさ……今部屋にある漫画、もう飽きちゃった』
「わかった、新しいの山ほど用意しておく」
『学校の話がいいな!!
いつか行けるようになったら、参考になるし!
あと……恋の話とか』
「はいはい、お年頃ねぇ」
『それから……』
タリムは茨の腫れた頬を見て言った。
『殴ったりしてごめんなさい』
「このくらい大したことじゃないわよ!!
医者なんだから処置も自分で出来るし。
ただ、この顔じゃ今週末にようやくセッティング出来た合コンは……。
……
……
次の機会は、来年、あるといいなぁ……。
この仕事は、出会いの機会がほとんどなく……って……」
『本当にごめんなざぃいいいいいいいいいぃっ!!!』
「いいのよぉ、あんたが学校行けないことに比べれば大したこっちゃ……うぅっ」
二人は泣きながら抱き合った。
1998年1月、機関
アズニャル博士は呟いた。
「十一体の被検体は死亡九名、資質に期待出来ない脱落一名。
残ったのが、まさかこの子とは……」
少女が運動マットの上を華麗にくるくると飛び回った。
それから格闘技の構えを取って、蹴りやパンチの型を一通り行った。
茨は部屋の外からマイクでタリムに訊ねた。
「タリム、あんたのやるべきことは何?」
『人類を守ることです!!!』
アズニャルは頷いた。
「この子に与えられた意志……力の源となる欲望の正体は……”使命感”ですか。
なるほど、人類を守るという意識を強く刷り込ませることで、強く純粋な欲望と精神の安定性を両立させているのですね」
アズニャルが部屋に入ってくるのを見て、タリムは笑って手を振った。
「タリム、訓練の途中だ!!」
黒鵜の檄が飛んだ。
『はーい』
「もっと緊張感を持て!実戦で気を抜いていると死ぬぞ」
『は、はい!』
アズニャル博士は笑って言った。
「そろそろ、例の機密システムの試験運用をしてみましょうか」
茨先生は躊躇いながら聞き返した。
「今のタリムなら、起動出来ると?」
「ええ。もう、時間もないでしょう?
これで彼女が暴走したり、耐えられなかったら、人類は終わりですがね」
別室で、タリムは専用のスーツに着替え、ヘルメットを被った。ヘルメットはコードによって様々な機器と接続されている。
「心の準備はいいですか?タリムさん」
『はい!ばっちりですよ』
「システム起動!!スイッチオーーン!!」
博士は楽しそうにスイッチを押した。
タリムの背中に銀色の機械翼が現れる。
『うわぁー……なんか痺れる?!全身がっ?!震える?!』
「タリム……」
「大丈夫かっ?!」
茨と黒鵜は心配そうにタリムに声をかけた。
『うん……二人の声を聞いたらなんか落ち着いてきた』
「タリムさん、目の前にワゴンバスがあるでしょう?
それを壊せますか?」
『やってみる』
タリムは回し蹴りをすると、ワゴンバスが吹き飛んでぐちゃぐちゃにひしゃげた。
『ええっ、これ付けてるとこんなこと出来るようになっちゃうんだ……』
「素晴らしい!!では早速外へ出て、低空飛行をしてみましょう!!
それから……あなたの必殺技が起動するか、それもテストしましょう!!」
『必殺技……?』
「適合率91%……今のあなたなら、出来るはずです。
想いの力を凝縮し、撃ち出すことで、どんな兵器に無敵の変異体すら一撃で破壊する……このプロジェクトの真骨頂を!!!
それから……」
博士は異形のヘルメットを取り出した。
『なにそれ……可愛くない』
「おや、趣味に合いませんか。
……ですが、とってもいいものです。
これさえあれば怖さも、迷いも、余計な感情がなくなる魔法のヘルメットです」
『へーっ!!凄いね』
「これの素晴らしい点は、そういった余分な感情を制御しても、あなたに与えられた”使命感”は決して弱まらないのです。
あなたの”使命感”こそ、敵を撃ち抜く最も強い武器なのです!!!」
『私の使命……。
うん、私人類を守るために頑張る!!
そのために私は生まれてきたんだ!!!』
ヘルメットを被ったタリムは、専用カタパルトから空へと飛び立った。
その様子をタリムに装着されたカメラを経由して観察していた博士は頷きながら言った。
「まさに、天使のようですね!!
う~ん、いつまでも”例の機密システム”だと格好がつきませんねぇ。
彼女が使う武装システムを機密天使システム、と呼びましょう。
彼女こそ人類を守る機密天使タリムです!!!」
茨は呟いた。
「自分を犠牲に人類を守る天使を、私たちは作り上げた……。
無力で何も出来ない大人たちが、自分たちを守らせるために」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1998年現在、機関のビル屋上
話が終わった。
茨先生は僕をビルの屋上へ連れて行き、外を眺めた。
そして、缶コーヒーを僕に渡そうとした。
「コーヒー飲む?」
「いえ……」
「今の話、正直どう思った?」
「どうって……」
どうって。
……どうって……。
そりゃあさあ……。
僕は近くのコンクリートの壁を全力で殴りつけた。
「そ。あんたがそういう子でよかったわ」
先生はポケットから消毒液と包帯を取り出して、素早く手当てしてくれた。
「私たち機関の大人たちは、死んだら間違いなく地獄行きね。
ま、私は死後の世界とか信じてないけど。科学者だし。
……私にとっては、生きているこの世界が、生きているひとたちが全て。
だから、私は子どもを守りたくて、医者になったんだ。
だけど、だけどなんで人体実験に加担しているのか、ときどきわからなくなる……。
あ、子どもに言うようなこっちゃないわね」
先生はため息をつきながら言った。
「いえ……その、そういうの、聴けてよかったです」
「そう?」
「なんというか、正直あなたたち機関の大人は、目的のために手段を選ばない冷酷な、
温かみの欠片もない人たちだと思っていました」
「そりゃ……やってることからすればなんにも言い返せないわね。
アズニャルはあんなだし」
「だけど、あなたや黒鵜先生は、タリムを一人の人間として接している。
とても大事に」
「……そうね。あなたにとって、タリムはどんな子?」
どんな子、か。
タリムと出会ってからの色んなことを思い出した。
「最初は、ゴツイ装備して、化け物を倒して、怖かった。
けど、ヘルメットを外したら普通の女の子って感じで……。
学校ではほんとにワガママで、大変で……まるで大きいワンパクな小学生の妹みたいな」
「そうね……あの子は七歳で研究所に引き取られて、
それからずっと七年間、変異体と戦えるようになるために生きてきた。
友達や普通の生活とは無縁にね。
だから、精神的な成長は七歳からずっと止まっていた。
……あなたと出会うまでは」
「……今までの人生の半分を変異体との戦いのために。
その上で、これから命懸けの戦いを一人で続けなきゃならない。
どうしようもないこともわかっています。
だけど、だけど、
他に方法は……なかったんですか」
「……なかった」
「大人は戦えなかったんですか」
「無理だった」
「あの子のほかにいなかったんですか」
僕は、今までの話でわかったことを、ひとつひとつ確認した。
茨先生は決してこちらから視線を外そうとせず、答えた。
「……いなかった」
「あの子は苦しくなかったんですか」
「たくさん苦しかったと思う。
今だって……戦うのが怖くないわけじゃないと思う。
守れなかった人がいることも気に病んでいる。
それに、あの子は……変異体が元人間って知ってしまったから……」
「余計な苦しみを与えないために、知っていて黙って、あんなヘルメットを被せてまで戦わせていたんですか」
「……そうよ。
いつか分かることなのに、とんだ偽善よね」
「あなたたちは……苦しくなかったんですか」
茨先生は、一瞬だけ驚いた顔をした。
「……馬鹿ね、大人を気にかけるのは子どもの役目じゃないのよ。
私たちに、苦しみを感じる資格はない」
「そう……ですか……大人になるって、大変……なんですね」
怒りのやり場がなかった……ただただ、重い何かが全身を駆け巡るような感じがして、酷く疲れて、自然と涙が流れ落ちた。
茨先生がハンカチを取り出した。
自分のを取り出そうとして、今日はすでにタリムに貸していたことに気づいた。
先生がそっと涙を拭いてくれた。
「それはちょっと違うわ。
私たちは無力で馬鹿だったから間違って……。
間違いを正すことも出来なかったダメな大人ってだけ。
あなたは間違えることがあっても、自分の間違いを正せる大人になりなさい。
そして、一番大切なものだけは、なにがあっても守れる大人になりなさい」
「……はい」
「コーヒー飲む?」
茨先生は再び缶コーヒーを差し出し、僕はそれを受け取った。
「はい、ありがとうございます……甘っ!!」
「あはは、疲れた大人は甘いコーヒーを飲むのよ」
「はあ」
「うん、いい顔つきになったわね。
よろしい、優しいナイトさん。お姫様が心配して迎えに来てるわよ」
ふと気づくと、屋上の入口にタリムが立っていた。
「はい……話せてよかったです」
「そ。あ、最後に」
「え?」
茨先生は僕の耳元でそっと囁いた。
「女の子はすぐ成長していくものなの、目を離しちゃダメよ」
それから
それから、僕とタリムは無言でエレベーターに乗り、駐車場に戻った。
黒鵜先生が車の外で待っていた。
「行くぞ」
「どこへ?」
「……美味いコーヒーが飲みたい」
黒鵜先生は小さな喫茶店に車を停めて、中に入れと言わんばかりにこちらを一瞥した。
ほんと、話すの苦手な人なんだな。
「お前たちはカプチーノでいいか?」
『クリーム大盛で!』
「はい、ありがとうございます……あ、せっかくなので僕は先生と同じので」
「そうか」
僕はさっきコーヒー飲んだけど、奢ってくれるならまあいいか。
先生はコーヒーが来ると、砂糖やミルクを入れずに一口飲み「美味い」と呟いた。
『あまーい!おいしい!!』
「苦っ……」
こんなものが本当に美味しいのか?
やたら苦くて酸っぱいだけなんだが。
「味覚が子どもだな。
コーヒーは甘くないほうが美味いに決まっている。
あの女はそれがわからない。信じられん。
俺は甘いコーヒーとアズニャルが嫌いだ」
『無理せずお砂糖入れたら?
クリームちょっと分けてあげようか?』
「ああ、ありがと」
タリムはスプーンで自分のクリームを僕のコーヒーに入れてくれた。
「それで……三人は昔からのお知り合いで……」
「それがどうした」
「いえ……」
コーヒーについてはいきなり自分から話し始めたと思ったら、この絡みづらさ。
「疲れた大人は苦いコーヒーを飲むものだ。
缶コーヒーも論外だ。
これだけは譲れん」
『黒鵜先生はコーヒーにホントうるさいからなあ。
好みの違いがあるのはわかるけど、もうちょっと茨先生と仲良く出来ないの?』
「その必要はない」
この二人は自然に親しく会話するんだな。
「少し外で電話してくる」
先生は席を外した。
タリムは少し黙って、もじもじしながら言った。
『あのね……
その……
色々ごめんなさい……』
「なにが?」
『凄く、不愉快だったり、怖かったり、痛い思いをさせちゃったよね……。
私がワガママを言って学校に行かせてもらって、
あなたを巻き込んでしまった。
本当にごめんなさい』
「今日は謝ってばかりだな」
『だって、悪いことしたから』
「……お前は別に悪くない。
僕らと同じ十四歳が学校に行って何が悪いんだ?」
本当は僕はまだ十三だが、年上みたいに振る舞われるのは嫌だから黙っておこう。
『……うん』
「それとな」
『はい』
「少し前まで”お前”とか雑な呼び方なのに”あなた”呼びはむず痒いからやめろ」
『じゃあ、あんた?』
「もう少し違うのないのか……?」
『お前』よりはいいけど。
『そなた』
「いつの時代だ」
『ユー』
「どっかの芸能事務所か」
『tú(トゥ)』
「いや、何語だよ?」(注・スペイン語であなた)
『……君』
「よろしい!お前にしちゃ上出来だ」
『ブー!だったら君もお前!じゃなくてちゃんと呼んで!!』
「君……」
『それだと呼び方被るじゃん、ちゃんと!名前で呼んで!!」
名前……けどこの子の名前は……。
『私はタリム!忘れちゃったの?!
茨先生が付けてくれた大事な名前なんですけど!!』
そうだ。
経緯はどうあろうと、この子はタリム。
今この瞬間は普通の女の子のタリムだ。
「わかったよ、タリム」
『よろしい!』
「あと……それからさ」
『何?』
「これからはさ、そのー。
僕もちょっとは頑張るよ」
『何を?』
「……色々と」
『……うん?勉強とか?』
「そうじゃなくって。
……僕なりになんか、サポート出来ないか、ってことだよ」
『誰の?』
「タリムのだよ!!」
タリムはキョトンとした顔をしてから、笑った。
「なんで笑う?!
そりゃあ、僕は戦う力とかないかもしれないけど……。
なんかあるだろ」
『あはは、無理することないんだよ。
元々君は私たちに関わる義理とか義務とかないんだし」
「いいの!」
『ホントは処分なんて黒鵜先生も機関も考えてないんだよ。
私たちの秘密さえ誰にも言わなければ、もう関わらなくてもいいんだよ?
家だって出ていくし』
「何言ってんだ、変に遠慮される方が嫌だっての」
まったく、なにを今更……。
『黒鵜先生だって、元々学校生活をちょっと手伝ってほしい、くらいしか思ってなかったんだから……危ないことに巻き込むつもりは……』
「決めたの!!
無力かもしれないけど、僕は僕なりになんかやるから!!」
『……どうして?同情?』
タリムはじっと僕の目を見つめた。
「……違う。
そりゃ、ちょっと同情もした。
なんでタリムが実験体にされて戦わされなきゃならないんだ、って』
『……それは違うよ。
そうなった経緯はともかく、私は私の意志で戦うの。
それに、自分が不幸だと思ってないから』
その瞳には、有無を言わさない揺るぎない強さがあった。
「……ああ、そうだな。
悪かった。
タリムが不良を守ったのを見てさ……。
なんかこう……わかるだろ?」
『うん……?』
「……。
正直、カッコいいな、って思ったんだよ……」
『……ぷっ』
タリムは吹き出した。
「おいっ?!」
『あははははははは!!!』
「笑う事ないだろ!!」
『ああ、なんか急にお腹すいちゃった!
先生が奢ってくれるからケーキ頼んじゃお!
すいません、これお願いしまーす!!』
「あ、タリム!!」
しばらくして黒鵜先生が戻ってきて、言った。
「ケーキをホールで三つも頼むな!!!!お前も止めろ!!!」
テーブルには小さめのホールケーキが3つ並んでおり、タリムは黙々と食べ続けていた。
「すみません、止められませんでした」
「まったく……。
今回はケーキだからまだいいが、なにかあったらこの番号にすぐ連絡しろ。
俺のPHSの番号だ」
「はい」
緊急時に必要になりそうだ。覚えておこう。
タリムは委縮する僕をキョトンとした顔で眺めてからケーキをパクついた。
そしてコーヒーでそれを喉に流しこんでから、しばらく黙った。
『あのさ……
ありがとね』
タリムはそっと呟いた。
「うん?なにが?」
なんについての礼かよくわからん。
『だから……色々!!』
「色々ってなんだよ、具体的に言わないとわからん」
『君ってさー……そういうところ鈍いってよく言われない?』
「なんだとぅ?!礼を言ったと思ったらなんだよそれはっ?!」
『べーっ、お礼タイムはもう終わりましたーっ!!』
時間制限あるお礼とか斬新すぎる……。
『それよりさ!今日の晩御飯……』
「そんだけケーキ食べてまだ食うのかっ?!」
『日本には素晴らしい格言があることをクラスの子に教えてもらいました。
”甘いものは別腹”!!』
「別腹にも限度があるだろ?!」
『もう一個教えてもらった。”ダイエットは明日から”!!』
「それ絶対成功しないヤツだろ?!」
『あはははははっ!!!』
「お前らもう少し静かにしろ……」
楽し気に笑うタリムの姿を見て、少し救われた気がした。
第五話へ続く。
こちらは、6月15日がタリムの誕生日ということで、(たぶん)期間限定の第一話前日譚。
注釈
作中の黙示録の予言内容はウィキペディアのものを引用しています。
ヨハネの黙示録 - Wikipedia
また、ノストラダムスの大予言はウィキペディアの内容を引用しつつも、一部を物語の都合で改変しています。
恐怖の大王 - Wikipedia
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