見出し画像

機密天使タリム 第二話「校長の頭部へのリーサルヒット禁止が校則になった話」

第一話はこちら。


1998年8月末

 タリムが転校して三日目の朝。
 まず起きてテレビをつけて、ニュースを流す。

”近年、アマゾンの密林が大量に減少し……”

”次のニュースです。
~町の××社で大規模な暴動が発生しました。
過酷な労働環境への反発とみられています。
先月、従業員の自殺者が出ており警察は一連の関係性を……”

「え、この町じゃないか……。
物騒なニュースがあるんだな」
『……そうだね』


 寝ぼけたタリムにパンを食べさせて制服を着せて。
 家を出るとやはり黒鵜先生が近くに立っている。



「お、おはようございます」
『黒鵜先生、おはよー』
「……おはよう。遅刻するな」
『はーい』

 なぜか家の前にいる黒鵜先生に挨拶して、二人で学校へ向かう。
 この先生はいつも無表情で、どこか只者ではない威圧感を発している。
 それに、背中の荷物はなんなんだ?
 


「あのさー。
黒鵜先生ってなんで朝家の前にいるんだ?」
『うん?……あー、私の護衛』
「護衛?
先生って何者?」
『機関のエージェント』
「機関って、そもそもなんなんだ?」
『えーっとね。
国際的な研究機関だよ!……表上は』
「表上……。じゃあ、裏があるのか?」
『うん。……知りたい?』
「そりゃ、まあ」


 タリムは少し考えてから話し出した。

『……
1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
終焉の大王<アンゴルモア>は蘇り、
世界を支配する』

 なんだ、急に?

「それって……ノストラダムスの大予言?」
『そうそう。
今日本で流行ってるんでしょ?』
「ああ……。
まあ、馬鹿馬鹿しいブームだけどさ。
来年の七月に世界が滅ぶとか、人類の終焉とか」
『もしそれが、本当に起きるとしたら?』

 ……は?

『それが千年以上前からわかっていて、その対策をするための組織があるとしたら?』
「……え、それが機関?
その機関にタリムや黒鵜先生が所属していると……」
『……。
本当は、部外者にこういうこと言っちゃいけないんだよ。
けどまあ、お前は化け物に遭遇しちゃったし、私の機密天使システムも見ちゃったし』
「え。あの化け物とか、お前のハイレグみたいなスーツとかも予言とか人類の終焉に関係あるってのか?」
『ハイレグ言うな、セクハラ!』

 タリムは華麗にくるっと一回転して僕の背中に蹴りを入れた。

「がふっ。
それで機密天使って……」

”キーンコーンカー……
……ウウウウウーーーーーーン!!!”

 学校のチャイムをかき消すかのように、警報が響いた。

「なんだ、この音……。
そういや、前も……」
『……先、行ってて』
「は?今予鈴が鳴っただろ?
あと十分以内に席につかないと遅刻になるぞ」
『いいから!!
えっと……お腹痛い!!』
「え?!
大丈夫か……学校のトイレまで我慢出来るか……?
それとも保健室行ったほうが……?」
 
 どうしよう。
 一応、女の子だからあまり立ち入った話をするのも……。

『いや、その、大丈夫だから!!
お腹が痛くなるほど!!!お腹空いちゃっただけだから!!!
ちょっとコンビニ寄っていく!!
先行ってて!!』

 タリムは慌てて走り去った。

「……最寄りのコンビニは逆方向……。
まあいいか。なんか、ついてきてほしくなさそうだったしな……」
  

朝の教室 

 教室に着いてホームルームの時間になっても、担任の黒鵜先生も、タリムも現われなかった。
 それから十分ほど過ぎて。

『おっはよ~~!!』
 タリムは息を切らせながら、元気いっぱいに教室に入ってきた。
 しかし、他の生徒たちはチラリとタリムの方を向いただけでシーンとなっていた。

『あ、あれ……』
「気にすんな……。
みんなお前に慣れてないだけ」
『そっか』

 たぶん、どう接したらいいかわからないんだろうな。
 せめて、悪いヤツじゃないってわかってもらえればいいんだが。

 そして、黒鵜先生が後からやってきた。
「急用で遅くなった。
一時限目は体育。グラウンドだ、遅れないように」
 担任の黒鵜先生はそれだけ言って、ホームルームが終わった。

「おい、タリム」
『なに?』
「次体育だけど、体操着どうする……?
急な話だったからお前の分ないぞ」
『えー、いいよぉ。
制服のまんまで』

 無茶言うな。

『パンツは見えないように頑張る』
「そういう問題じゃない。
体操着じゃないと体育参加出来ないぞ」
『そうなの?困ったなあ』

 黒鵜先生がさっとタリムの前に畳まれた体操服一式を置いた。

『ありがとう、先生!!』
「保健室で予備の体操服を借りられる。
今度からはお前がこういう気の利かせ方をしろ」
「はい……」

 そう言って先生はその場を立ち去った。
 想像すると、黒鵜先生が女子用の体操服を借りてくる光景はなかなかシュールだが、あの人はたぶん他人からどう見えるとか気にしないだろうな……。

『すぐ着替えないと』
 タリムはその場で制服を脱ごうとした。

「おわーーーっ?!
家の中のノリで着替えるんじゃない!!!
更衣室あっちにあるから!!
女子はそっち!!!」
『なんか色々面倒で大変だなあ……』
「それはこっちのセリフだ!!!」

 

体育の時間


「全員集合!!タラタラすんじゃねーーーっ!!!」
 体育教師の馬輪原(ばわはら)は怒鳴った。

「……ん?
お前、転校生か?」
『はい!タリムです』
「お前、名前のない体操着……保健室で借りて来たのか?」
『はい、タイクって初めてだからよくわかんなくて……」
「転校したばかりだからしょうがない。
……と、優しく言うとでも思ったか?!」
『え?』

 タリムはキョトンとした顔をした。

「二学期始まって三日目だぞ、買おうと思えば買えたはずだ!!
親は何をしていた?!」
『親はいません』
「嘘をつくなっ!!!」
『いませんよ。
六つのときから』

 微妙な雰囲気の沈黙が流れた。

「嘘を……」
「先生、そいつ、色々わけありらしくて……。
本当のことみたいで……」

 僕はおどおどしながら馬輪原にそう言った。

 まあ、僕もタリムがどういう生い立ちとか、聞いたことはないんだが。
 こういう嘘をつく奴じゃないことは、短い付き合いでもわかる。
 
 馬輪原は僕の頬を叩いた。
「先生に恥をかかせるな!!!
グダグダしてないでお前ら走ってこい!!!
グラウンド十周!!!
遅い奴はケツを叩くからな!!!」

 馬輪原は立ち去った。

『かばってくれてありがと。
でも、なんで今あいつ叩いたの?』
「気にするな。
それより、走るぞ」
『……うん』
 
 一周500mのグラウンドを十週……つまり5kmだ。
 運動部で鍛えている連中にとってはいつものことだろうが、そうでない上に運動が苦手な僕にとっては正直地獄だ。

 タリムはスイスイと涼しい顔で先頭を走っている。それどころか、二番手を簡単に一周も引き離している。

 体育の教師が叫んだ。
「そろそろ(タリム以外の先頭集団は)四週~~~!!!
周回遅れのヤツはケツを叩くぞ!!!」

 はあ……始まった。
 足の遅い僕らにとっては更なる地獄が始まった。
 特に悲惨なのは女子だ。

「ひぃっ?!」
「オラオラ!!もっと頑張って走れよ!!」

 馬輪原は嗜虐心に溢れたとても良い笑顔をして「指導」している。 
 小太りで一番足の遅い女子は本気で怯えているが、到底逃げられない。
 馬輪原はスパン!スパン!と音を立ててその女子の尻を叩いた。

「やぁっ……!!」
「もっと早く走れるだろ!!」

 小太りな女子が転んだ。
 タリムが遠くから走って来て、その女子の手を取って、立ち上がらせた。

『大丈夫?』
「……」
 女子は無言のまま、顔を伏せて立ち上がった。

「走れるな?!」
 体育の教師はその女子を威圧した。
「……はい」
 女子は顔が青くなりながらも、前に進んだ。

「オラ、遅くなってんぞ!!!」
 馬輪原がまた尻を叩こうとして、タリムがその手を掴んだ。
「なんのつもりだ……?」
『そっちこそなんのつもりですか?』

 馬輪原はかつてないくらいガチギレの表情だ。顔に青筋が走っている。
 それに対して、タリムは涼し気な顔をしている。
 馬輪原はタリムの手を振り払った。

「これは指導だ!!!
足の遅いあいつがもっと早く走れるようにな!!!」

 タリムはため息をついた。

「いい度胸だな。
言いたいことがあるなら言ってみろ」
『なぜ、女の子のお尻を叩く必要がありますか?』
「根性を叩きこむだめだッ!!!
根性なしは社会で通用すると……」
『それで、体罰とセクハラをしてるんですね』
「おい、話聞いていたのか転校生!!!」

 馬輪原が最大の音量で怒鳴った。
 あまりのことに周囲の生徒たちは走るのをやめて、じっとタリム達のほうを見ていた。
 僕は……あまりに恐ろしさにただ、早くこのトラブルが終わることだけを祈っていた。

『なんでそんな大声で生徒を脅すんですか?
そんなに生徒が怖いんですか』
「こんのぉ~~……
女だから殴られないとでも思ったか?!」

 馬輪原はタリムの頬を叩いたが、タリムは全く身じろぎしなかった。

「これが戦場だったらなぁ~~。
上官に反抗したお前は処刑だ!!!」

 タリムは無言で、馬輪原に冷たい眼差しを向けた。

『戦場で一番味方を殺すのは、あなたのような根性論で下の者を思い遣らない上官です。
歴史上、そういったことがたくさんありました。
あなたが私の上官でなくて本当に良かった』
「てめぇ~~~~っ!!!」
「タリム!!!」

 馬輪原は思い切り腕を後ろにふりかぶって、タリムの顔面に向けて殴りかかった。
 タリムが全力で殴られて吹っ飛ばされる……そう思った瞬間。
 タリムは鮮やかな動きで馬輪原を投げ飛ばした。

「……?!」
 そして、タリムは倒れた馬輪原の腕を捻り上げた。


「いだだだだだだ?!て、てめえナメた真似してっと許さねぇ……」
『暴行と痴漢の現行犯です!!!
早く警察を呼んでください!!!』


 周りの生徒たちは凍り付いた。
 数秒して、生徒の一人が「他の先生呼んでくるわ」と言って立ち去った。

 ……これはマズい。
 おそらくだが、これから先生たちが複数駆けつけてきて、タリムを悪者にするだろう。
 今まで学校がそうやって秩序を維持してきたのを僕は何度も見てきた。
 これは大事だ……なのに……。

「ふっ……くくく……」
 なぜか笑いが出てしまった。
 
 学校が自分たちの理屈でタリムを抑え込もうとするなら、本当に警察を呼んでやろう。
 僕は急いで学校の公衆電話に向かった。
 
 その後、警察が到着して馬輪原は空き部屋で事情聴取された。
 そして、タリムが校長室に呼び出されたので僕もついて行った。

 
 

校長室



 校長は小太りの、ちょっと不自然な頭髪をしているのが特徴の60歳くらいの男だ。
 校長は、事件にはならないが馬輪原は二か月ほど学校を休むことになると言った。


「たしかに、彼は行き過ぎたことをした。
タリムさんは他の子を守ろうとしたんだと思う。
けどね、こんなやり方じゃあ、学校生活をこの先送れないよ」
『じゃあ、この子が酷い子とされても黙ってるのが正しいことなんですか?』
「……学校は、みんなが生活するために秩序が大事なのです」

 タリムは納得しないまま、退室を促された。
 僕は一応ついてきたが、通報したことには誰も触れず、空気扱いだった。

 僕とタリムは二人で廊下を歩いた。

『私、なんかマズかった?』
「あー、うん」
『どこが?』
「女子を助けたのは立派だったけど。
学校の秩序を壊すのはマズいんじゃないか?」
『なにそれ?』

 うーん、どう説明したものか。

「あー、上手く言えないけど。
学校の中じゃ、馬輪原が生徒たちをああやってシメることで生徒たちが勝手なことをしないように管理してるんだ」
『うん……?
勝手なこと?』
「そう、生徒たちがまとまりのないことをしないように」
『……?
色んな人がいるんだから、まとまらないのは当然だし、それのなにが悪いの?』
「そうだけど、集団がまとまらないと授業とかもちゃんと出来なくなる」
『うん?
ちっちゃい子じゃないんだから、みんなそれぞれ自分のやるべきことを判断して行動出来るでしょ?
そう出来るように教えるのが教育じゃないの?
少なくとも、私はそうやって教えられてきたよ。
黒鵜先生や、茨先生に』
「……」

 時々、こいつが妙にしっかりしているのはそういった教育の賜物なのだろうか。
 普段は小学生みたいだけど。

『それにさ。
走らせるのも、得意な子、苦手な子がいるんだから。
みんな同じように走らせて、ただ頑張れ、早い子は偉い、遅い子はカッコ悪い、バツと恥を与える、ってのも意味のあることなの?
それで運動嫌いになる子たくさんいるでしょ?
気分が悪くなって倒れる子とかいないの?』
「……いるよ。
僕も体育は何より嫌いだ。
あの女子はしょっちゅう体育で具合悪くしてたまに倒れてる」

 タリムの言うことは正しいのだが……。
 学校の中ではそれがまかり通らない理由を説明できそうにない。

『それ大丈夫じゃないよね。
指導って言うなら、そのひとにあった体力のつけ方や、走るフォームとか教えないと意味ないよね』
「理屈ではそうだが……」
『先生たちの言い分は理屈になってないし、意味がわからない。
先生たちが何をしても従わなきゃいけないって、変だと思うな』

 僕はどうにも否定出来なかった。

その後の教室

 それから、教室に戻ると。
「タリムちゃん、さっきはありがとう……」
 先生に尻を叩かれていた子がお礼を言った。

「私もたまに叩かれてたから、今度からなくなるといいね」
 別の女子はそう言った。

 クラスメイトたちはあれこれと話し始めた。
「正直すげースッキリしたぜ、ありがとな!」
「でもよ、やりすぎじゃないのか?先生にあんなこと……」
「でもさ、たしかに暴行と痴漢だよね……。私たちってずっとそういうのを我慢させられてきてさ」
「学校ってそういうもんだろ?」
「かもしれないけどさ」

 タリムは生徒たちの間で賛否両論の存在になっていた。

 小柄な女子がぼそりと言った。
「あんなに強いなんて、ちょっと怖い……」

 クラスはシーンとなった。

『私は、悪いヤツから誰かを守るためにしか戦わないよ!
あの先生は悪いことしてるって、あの時は思ったんだ。
なんで誰も止めないんだろ、傷ついている子がいるのに、って』

 僕は思わず頷いた。周りは黙ってタリムを見た。

『でも、先生や校長先生からすると、私のほうが悪いヤツなのかな?
それなら、暴力やセクハラされてる子がいても黙っていたほうがよかったのかな?』
「うーん」
「あー……」
「いや、でもなあ……」

 僕も含めて、クラスメイトたちは悩んだ。

 

国語の授業


 昼休みを挟んで午後の国語。
 いつも生徒たちを怒鳴って馬鹿にする、まだ四十代なのに既に六十位に見える女の先生だ。
 タリムは出席を取るところから徹底的に先生に無視をされた。
 クラスメイトの一人がそれに疑問を投げかけると、先生は怒鳴った。

「中学生なんてみんな反抗的なクズばかりだ!!!
昔から酷い生徒たちがたくさんいたから私は鬼みたいに変わってしまった!!!
先生はあなたたちのためにもう授業はしません!!!」

 そして職員室に行ってしまった。
 クラスメイトたちがざわつき始めた。

「どうしよう?」
「こういうときはクラス委員が謝りに行くのが鉄則……寅子風邪で休みか」
「みんなで謝りに行く?」
「間違ったことしたの先生だろ、その上ヒステリー起こしてなんで俺たちがご機嫌取りしなきゃならんの?」
「でも授業……次の定期テストが」

『ごめんね……私のせいだよね。
私、国語初めてで楽しみにしてたんだけどな……』

 タリムがしょぼんとした顔で座り込んだ。


 国語の得意な女子がそれを見てこう言った。
「じゃあ、私が教えてあげるよ」
『ほんとー?!』

 普段はすぐヒステリーを起こす先生に怯えながら授業を受けているのだが。
 今日は和気あいあいとみんなで教え合っていつもより有意義に時間を過ごせた。

『みんな、ありがとね』
「ううん、いつもの授業よりこっちの方が楽しくて、たくさん学べるよ!」

 ……たぶん、こういうことはずっと続かないだろうが。

 
 

翌朝、通学路

 
 朝、タリムと一緒に登校していると。

”ウウウウウーーーンン!!!”
 昨日と同じ警報が鳴った。

『あ、あ、ちょっと用事……』
「なんだよ、こんな時間に用事って」
『えーと……そうだ!!忘れ物!!』

 明らかに、今思いついただろ。

「なんだよ、急に慌てだして。
昨日もそうだったろ?
なんかあるなら言えよ、僕も手伝……」
『いいから、先行ってて!!』

 タリムは全速力で学校へ走っていった。

「……は?」 

 なぜ、警報がなったら慌てだして、学校へ走っていく?
 僕はタリムの後姿を眺めながら歩いていると、後ろから誰かが凄い速度で走って僕を追い抜いて行った。

「……黒鵜先生?」
「……」

 先生は僕のことを一瞥してから、大きなケースを抱えてタリムと同じ方向へ走っていった。

「……なんだよ、気になるな」
 僕も先生の後をこっそり追うことにした。

 たしか、二人が向かったのは、こっち……校舎の裏手だよな。
 なんでこんなところに。
 校舎裏を覗き込むと、大きなコウモリがこちらに向かって飛んできた。

「うわっ?!」

 そう、とても大きな……人間サイズくらいの。
 ……こんな生物日本にいるわけねえっ?!
 

 
 巨大なコウモリはどこかへ飛び去って行った。


「あれは……一体?」
『ねえ、なんでここにいるの?』

 タリムがこちらに歩いてきた。
 最初に出会ったときのように、異形のヘルメットにスーツ、銀色の翼を身に着けている。

「いや、なんか気になって……。
それより、今のって……例の化け物……?
七月に襲ってきた奴と同じ……」
「……お前が知る必要はない」

 僕の後ろから急に声が聞こえた。
 振り向くと、黒鵜先生がいた。

「ひぇっ……?!」
「警報が鳴ったら、それはタリムの仕事の時間だ。
……お前はタリムの日常の世話を少し見てくれるだけでいい。
それ以外には首を突っ込むな」
『……』

 タリムはヘルメットをつけたまま、ちらりとこちらを見てから黒鵜先生と立ち去った。

「……なんだよ、いったい」

 確かに、僕には関係のない出来事だ。
 ……それでも、なんだか胸にモヤモヤする感じがした。

「勝手に巻き込んできたと思ったら、今度は部外者扱いかよ……」
 僕はため息をつきながら、この後すべきことを考えながら、教室へ向けて歩き出した。
 

教室、ホームルーム

 
 ホームルームが始まる直前に、黒鵜先生とタリムが入って来て、その後で校長先生が教室に入ってきた。
 僕は用意しておいたテープレコーダーを机の中に隠したまま、ボタンを押した。

 校長は話し出した。
「みなさんの勝手な行動のせいで国語の先生も、他の先生も授業をしたくないと言っています!!
みなさんの勝手な行動に先生たちは怒っています」

 生徒たちは一斉に反論し出した。
「それって校長の指示?」
「昨日先生がタリムちゃんを無視したのは校長の指示ですか?」
「俺たちの授業を受ける権利を奪うってこと?」
「元々馬輪原が暴力事件を起こしたせいですよね」

 校長は机を激しく叩いた。
「学校の秩序を乱す生徒は当たり前ですが、内申点や進路にも響きます!!
謝るなら今のうちですよ」

 僕は思わず言った。
「それって、将来を人質にした脅迫ですよね」
「君は……たしか小学生の頃、暴力事件を起こした子だね」
「……僕は、間違ったことをしたとは今も思っていません」

 僕は震えながらも、凄んでくる校長を見返した。

「……まあいいです。
反省の色が見えないなら、みなさんが所属する部活を活動停止にします。
他のクラスや学年の生徒も含めてね!!!
連帯責任です」
「……見せしめですか。あんたたち学校は、子どもが思い通りにならないとすぐにそうやって卑怯なことをする」

「言いなりにならない生徒はこの学校にはいらない!!!」
 校長は再び机を叩いて教室を出て行った。
 
「私たち、どうすれば……」
 生徒たちは頭を抱えて唸っていた。
「黒鵜先生、どうすればいいですか?」

「お前たちが始めたことだ、好きにしろ」
 先生はそれだけ言って、目を瞑った。

 僕はテープレコーダーの録音を止めた。
 タリムはその様子を見てから、僕のほうを向いてにっこり笑った。

『何か考えてること、なんかあるんでしょ?』
「……ないよ」
『自信をもって、みんなに言ってみなよ。
大丈夫、私も手伝うから!!』

 僕は机からテープレコーダーを取り出して、テープを巻き戻し、さっきの校長の説教を流した。

「なにかの証拠が必要になったら……と思って。
これを放送したら、学校の生徒たちが味方にならないかな……なんて」
「おおっ!!!」生徒たちが驚きの声を上げた。

 その後、クラスの放送部員がこっそり放送室に忍び込んで、さっきのテープを流した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その後、他の教室

 
 放送でテープの音声が流れ出した。

「なんだ、この放送……」
「校長の声……?」
「これ……あの問題児クラスの話じゃん?」
「あー、なんか外国人の子が体育の先生を締め上げて警察に突き出したっていう……」
「まあ、あいつの体罰は有名だし……」
「昨日、校長の指示であの子を無視させたのか……ひでぇな」

 校長が発言するたびに、生徒たちは怒りの声を上げた。

「今回悪いのは先生たちだろ!!」
「お前、そんなこと言ったら内心が……」
「かもな。でも、学校中でみんなで声を上げれば怖くない!!
歴史でやったろ、一揆だ!!!」
「そうだ!!!今我慢すればずっとこのまま……いや、もっと酷くなるぞ!!!」
「だいたい、私たち真面目な生徒は締め上げられてるのに、不良たちは野放しにしてるなんておかしいのよ!!!」

 その場にいた先生は静かにするように怒鳴ったが、もはや誰も聞かなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 各教室で、「校長に文句言ってやろう!!!」「校長室に詰めかけろ!!!」と声が上がった。
 生徒たちは一斉に動き出した。
 教師たちはそれを止めようとするも、数が違うので生徒たちの人波に押し込まれるしかなかった。
 当然、僕たちのクラスもみんなそれに加わった。

「校長が裏庭にこっそり逃げていくのが見えたぞーーー!!」
「追えーーー!!!囲めーーーーー!!!」
「教師たちの横暴を許すなーーーーーー!!!」

 気が付くと、生徒たちは熱狂的な勢いに呑まれていた。

「そうだ……校長を許しちゃいけない……。
校長を追わなくちゃ……!!!」
 僕もその勢いに呑まれていた。

 ふと気付くと、タリムは姿を消していた。
 だが、今はそれどころではない。
 校長を追わなければ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その頃のタリム


『はぁ……はぁ……っ。
やっとみつけた』

 一番高い学校校舎の屋根上に、人間大のコウモリがいた。
 コウモリは口を開けて、なにかを発していた。
 タリムは完全武装した姿で身構えた。

『広範囲の人間に影響を与える超音波……。
それも、怒りや憎しみを増幅させるもの。
それが、コイツの能力か』

 コウモリはタリムに向けて超音波を放った。

『私にそれは効かない』
 タリムはコウモリに向かって飛び込み、翼を切り裂いた。

 コウモリは地面に落下していく。

 タリムは落下しながら、右腕を前に構えた。
『適合率91%……ロックオン!!タリム砲発射』
 タリムの両手から放たれたエネルギーの嵐が、コウモリを包み込み、粉々にした。
 タリムは地面に激突する直前に、背中の翼で急上昇し、建物の陰に向かって飛んだ。

『……ふぅ。任務完了。
最近のニュースの複数の暴動事件にコイツが裏で関わっていた。
だけど、コウモリがいなくてもみんな不満や怒りを溜め込んで……。
……なんか騒がしいけど、学校の方はどうなってるかな?』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

裏庭


 裏庭に生徒たちが詰めかけ、校長は取り囲まれてもみくちゃにされていた。
 先生たちはそれを止めようとしたが、生徒の人波で校長のそばから弾きだされていた。
「あ、頭……髪だけは許して?!」

 頭を庇う校長に、生徒たちは容赦しなかった。

「生徒にあれこれ我慢させて自分は偉そうに!!」
「俺なんか髪少し染めたからって全校集会で丸刈りにされたんだぞ!!!」
「私地毛で髪が少し赤いだけで黒く染めさせられた!!!」
「学業に関係ないから髪の毛取り締まるって変だろ?!
髪の毛がどうあろうが勉強に関係あんのか?!
取り締まりに手間暇かけるほうが無駄じゃないのか、ええっ?!」
「あんたのヅラこそ学業に必要ねえだろ!!!」
「取っちまえそんなもん!!!」

 僕も、周りの激情に呑まれて熱くなっていた。本当は、身勝手な大人たちにずっとずっと文句を言ってやりたかった!!
 やられた分をやり返したかったんだ!!!
 僕は校長の頭に手を伸ばした。
 
 制服姿のタリムがいつの間にか現われて僕の手を掴んで止めた。
 それから、生徒たちと校長の間に割って入り、両手を広げて遮った。

『ひとの気にしていることを勝手に暴いたりしちゃダメだよ』
「そもそもお前がやり始めたことじゃないか!!!
今更いい子ぶるとかってないんじゃねーの?!」

 僕はタリムにも怒りをぶつけた。
 周りの生徒たちも「そーだそーだ!!!」と一斉に言った。
 タリムは悲しそうに首を横に振った。

『私はただ、誰かが酷いことをされるのが許せなかっただけ。
それは校長先生相手でも同じだよ。
そりゃ、私も校長先生に怒っているけど』
「だったら……」
『それとこれとは別だよ。
正しいことのためでも、誰かを傷つけるのは悲しいことだよ。
それに、怒りを正しい理由にしたら、酷いことが止まらなくなる』
 
 タリムは周りを見た。
 僕も同じように周りを見た。
 生徒も、先生もみんな怒っていた。一部のひとは怯えたり、悲しそうにしていた。

「じゃあ、僕たちの怒りはどうすれば……。
僕たちは、ずっと我慢を強いられてたんだ!」
『うーん、そうだなー。
私も、私を育てた大人たちへの怒りを溜め込んで……恨んで、ぶん殴ったことあったよ』
「え……」
『自分たちの都合で手術したり、小さい部屋に押し込んで、友達も作れないし、厳しい訓練ばっかだし、もう嫌だ、って』

 いきなり語られた重い話に、周りはシーンとなった。

『大人をぶん殴ってもさ、正直悲しくなっただけだったよ。
それでも怒りは消えなかった……なんか、自分がもっと惨めになった気がして、相手に何も気持ちが通じてない気がして、もっと暴れて殴りたくなった。
そんなとき……茨先生が、私を抱きしめて泣いて謝ったんだ。
取り返しのつかないことをしてゴメンね、って。
ずっとずっと謝って……。
それで、先生たちもどうしようもなかったんだろうな、って思えてさ。
ただただ、悲しくなっちゃった』
「……」

 タリムは僕の手を離してから、跪いて校長先生の肩にそっと手を置いた。

『校長先生、ゴメンね。
私はただ、体育の授業で先生に嫌なことをされてる子がいたから守りたかっただけなんだ。
こんな大騒ぎにするつもりなんてなかった。
校長先生もこんなの嫌だよね、怖かったよね』

 校長先生はうずくまって無言で怯えていたが、顔をあげてタリムを見た。
 タリムは微笑んだ。

『だけど、校長先生にも謝って欲しいんです』
「……え」

 校長はまた怯えた顔をした。

 僕は校長に話しかけた。
「僕たちはずっと先生たちに人前で怒鳴られ、脅されてきました。
校長先生は今回自分が同じことをされて、どうでしたか?」

 校長は俯いて、ぼそりと呟いた。
「とても怖かった……です」

 生徒たちは再び話し始めた。
「私たちも、ずっとそういう思いをしてきたんです」
「不良たち以外は、みんな脅されなくても真面目に生活出来るのに……」
「不良になるのって、学校のせいでもあると思うな」
「でも、こうやって校長を追い詰めた私たちも、よくなかったのかも」
「じゃあ、どうすればよかった?また我慢し続けるか?」
「それなら、こうやって一揆しているほうがマシじゃないか」

 タリムは言った。
『お互い怒鳴ったり脅したりじゃなく、普通に話し合って、間違ったことはお互い謝ればよくないですか?』

 周りの生徒たちの一部は考えながら、頷いた。
 他はまだ怒りの表情を浮かべたり、ただただ戸惑って周りを見ていた。

 そして、タリムは座り込んだままの校長に手を差し伸べた。
「ありがとう……あっ」
 手を取った校長がバランスを崩して、タリムの胸元に頭をくっつける形になった。

「違っ……これは……」

 慌てて離れる校長。
 タリムは俯き、怒りで手を震わせていた。
 校長は怯えて後ずさりしだすと、タリムは”キッ”と校長を睨みつけ……素早く前進して拳を繰り出した。


”スパーーーーーーんっ!!!”
 実にいい音がして、校長のヅラが空高く舞い上がるのが、僕にはスローモーションで見えた。
「これは……見事な決定的一撃(リーサルヒット)」
 
「……」
「……」
『……』

 タリムも、僕も、校長も、周りの生徒や先生たちも無言で、放物線を描いて空を舞うヅラを眺めた。
 ヅラは近くの池にポチャリと落ちて浮かび、鯉がそれをつついた。

『ご、ごめんなさ……』

 校長は泣きながら叫んだ。
「世の中には謝っても取り返しがつかないことがあるんです!!!
これで私の秘密が学校中に知れ渡って……」

 

全校集会のときたまにズレてたりするのみんな知ってるんだけど。

 タリムは慌てて池に落ちてゴミや葉っぱやらがくっついたヅラを拾って、水がビショビショに滴ったまま校長に被せた。


『こ、これで大丈夫っ!!……みんな気付かなかった!!誰も何も見なかったことにすれば……っ!!』
「……冷たい」

 校長はワカメを被った妖怪のような見た目になり、さらに風で飛んできた花が頭にくっついた。

「校長先生……僕たちは何も見ていないし、気付かなかっ……くっ」
 
 これは、絶対に笑ってはいけない。誰一人、笑ってはいけない……っ!!


 その後全校集会が開かれて、生徒たち全員に向かって校長先生は謝罪した。
(ヅラは新しいものに変わっていた)
 僕たちクラスメイト全員と、校長を取り囲んだ生徒たちもそれぞれきちんと謝った。
 馬輪原はその場に現われなかった。

 そして、校則に体罰、セクハラを防止するための具体的な取り組みや、被害者や通報者を守る仕組み、学校側の義務が改めて決められた。
 また、暴力的な生徒への指導方法についても検討することとなった。

 ついでに、校長の頭部への物理的、精神的、社会的リーサルヒットの禁止も校則に付け加えられた。


 

翌日、土曜日(エピローグ)


 本来は午前中は授業があるのだが、昨日の騒ぎのため、学校は休みになった。
 先生たちはあれこれ今後の対応を考えるらしい。
 僕とタリムは家のリビングでぼーっとしながら床を転がっていた。
 タリムは時々、どこか遠くを見ながらなにかを考えていることがある。

『守れなかったな……』

 僕と最初に出会ったときに巻き込まれた老人のことだろうか。
 タリムはふと僕の視線に気づくと、慌てたように笑った。

『ん?何かな?ははーん、さては私があまりに可愛いから見惚れた?』
「違うわ。
……あー、こいつ暇そーにしてんなー、って思ってさ」
『あー、暇ですよー!!つまんなーい』

 タリムは寝そべったまま手足をバタバタさせた。
 その手に、床に落ちていた広告がぶつかった。

『ん?』
 タリムはそれを手に取って見た。
『ねー。これさー』
 タリムは僕にもそれを押し付けるように見せた。

「なんだ、動物園の広告か?」
『動物園って、実在するの?
フィクションじゃなくて?
レアな動物たちを集めたこの世のヘブンが本当にあるの?』
「大げさだな。そこなら遠足とかで何度も行ったことあるよ。
二つ隣の駅の近くだ。大して面白くは……」

 タリムは動物園の広告を見て目をキラキラさせている。

「僕は行ってもいいけど、勝手に少し離れた町まで行っていいのか?
機関の人に許可とか……」
『じゃあ、電話して聞いてみる。
もしもし~。ちょっと近くの動物園まで行きたいんですけどー。
あ、遅くならなきゃOK?やったー!!!』


 タリムがいつも身に着けている猫耳型の耳当てで通話し出してびっくりした。

「それ飾りじゃなかったのか……。
じゃあ、サンダルも特別な……」
「あれは靴がムレるから、ってのもあるけど。足に着ける装甲を畳んで中に隠してる」
「じゃあ、この干してあるシマ柄パンツにはどんな秘密が……」

 僕はタリムに蹴られた。

 
 僕たちは電車に乗って移動。
 タリムはあれやこれやと話しかけてきた。
 よっぽど楽しみらしい。

『わー!!凄い、動物園はじめ……』
 僕はタリムの隣を通過し、先に進んだ。

売店で買った肩乗りぬいぐるみ

「ヘビクイワシ……」
『えっと、それ好きなの……?』
「いや、別に……」
『動物好きなの?』
「いや、べつに」
『そっか。あ、あっちペンギンのコーナーだって!!』


ハートの風船も買った

 僕たちは先に進んだ。
 気が付くとタリムはいつの間にか売店であれこれ買い込んで装備が増えているようだが、放っておいた。

『おぉ~~!!
あ、大きいからキングペンギンかな?!』
「……違う、コウテイペンギンだ」
『うん?キングもコウテイもだいたい同じじゃん』

 僕はタリムに詰め寄って言った。
「よく見ろ、こっちはコウテイ、あっちはキング。
大きさも模様もよく見れば違うだろう。
全然別の生き物だッ!!!」

 タリムは頷きながらちょっと後ろに下がった。

『わ、わかったけど……。
動物のことになると性格変わるのちょっと怖いんだけど?!
そんなに動物好きなの?!』
「いや、別に……」
『なんで素直にならないの?!』
「いや……親はよく、そんなもん覚えている暇があったら英単語のひとつでも覚えろって言ってたからなあ」
『好きなものは生きていくのに大事なことだよ』
「……そうかもな」

 ふと、僕は展示されているオオウミガラスの説明プレートを見つけた。

『えーっと、これペンギンと似てるけど違うヤツなのね。
この動物は展示……されてないんだ。
えーと……これ、知らない日本語だ』
「”絶滅”。もう、この種類の動物はこの世にいない、って意味」
『え……一匹も?』
「ああ」
『もう、元には戻らない?』
「ああ」
『……悲しいね』
「……ああ。それも、人間の身勝手な乱獲によって……
人間に警戒心がなく、自分から近寄っていったらしい。
人間は共存する道を選ぶことも出来ただろうに。
全て……いなくなった」
『……悲しい』

 僕は思わず黙って顔を伏せた。
 涙が一粒だけ流れ出た。
 タリムは僕のポケットからハンカチを出してそれを拭いてくれた。

「そこは自分のハンカチ出すとこだろ」
『……てへッ』
「それで誤魔化されねえよっ?!」

 僕とタリムは顔を見合わせて、笑った。

 帰り際、タリムは言った。
『色んな動物が見れてよかった』
「そうだな」
『でも、一番見れてよかったのは、お前が泣いてるとこ』
「……は?趣味悪いぞ。ってか泣いてねえ」
『別にいいじゃん。
悲しいって思えるのは、失ったものや傷ついたものをきちんと見つめられるからだよ。
怒ってばかりのひとより、悲しみを知って泣ける人のほうがずっと好きだな』

 こいつ、普段はアホの子のくせに、急に的を射たことを言いやがる。
 ……それに、ストレートにそんなふうに言われると、恥ずかしい。

「そうかよ。
でもさ。人間って自然を破壊して回ってるけど、地球にとって良い存在なのかな?」
『うーん……。
それはわからないけど、自分たちで壊したものは自分たちで直したり守る責任はあると思うな。
絶滅した生き物はもう戻らないけど……人間はきっとこれからよくなっていくって、思ってる。
だから私は守りたいんだ』
「そうか。僕は人間より動物のほうが好きだけどな」
『ひねくれものめー。自分だって人間じゃん』

 僕はため息をついて応えた。

「だから、なおさらだ」
『ほんっとにひねくれてるな~』
「お前が素直過ぎんだよ」
『そうでもないよ』
「そうか?
あとさ……ゴメンな」
『何が?』
「僕はさ、周りの大人たちから言われてきた”正しいこと”を、そういう生き方しかない、それに逆らうヤツは馬鹿だって、ずっと思って生きてきた。
だからお前にもあれしろ、これするなって大人のように押し付けてきた。
窮屈だったよな」

 タリムは笑った。

『たしかにそういうとこもあったけど。
学校っていう慣れない場所でみんなと生活するには、そういう窮屈なこともちょっとは大事かな、って今は思うんだよ。
郷ひろみに入らずんば虎児を得ず、だっけ?』

「郷しか合ってないし、色々混ざってんぞ。
郷に入っては郷に従え、だ。
……それでも、本当に周りが間違っていることは、誰かがちゃんと間違ってるって、言わなきゃいけないんだ。
それをしなかったから、僕たちは怒りをため込んで、先生たちは狂ったように理不尽になっていって、学校はどんどんおかしなことになっていったんだ。
……僕一人ではどうしようもなかったけどな」

 僕はため息をついた。

『私だってそうだよ!
だけど、みんなが自分の意見を持って行動してくれたから上手くいったんだよ。
君だって私の気の回らないところ手伝ってくれたじゃん』
「そうか?」
『うん、黒鵜先生だって……』
「あの人こそ何もしてないぞ」
『信頼して見守ってくれてたよ。
だから私は安心して頑張れるんだ』

 僕にはよくわからないが。

 それによく考えたら。
 タリムは一人で化け物と戦って。
 今度のことも一人で矢面に立って誰かを守って。
 いつもタリム一人になんでも背負わせていいんだろうか?
 タリムが言うほど、僕は何かの助けになれたのか?
 
『何考え込んでるのさー!!
それより夕飯何食べるの?!』
「お前さあ……いつまでウチにいるつもりだよ……」
『いいじゃん、他に行くところないんだし!
あ、ちゃんと生活費は入れるよ!
一応機関からちょっとお小遣いもらってるんだ!
一か月百万円で足りるかな?』

 僕は唖然とした。

「多すぎるわ!!!
後で計算して請求するから!!」
『でもさー、高いホテルだとけっこうそのくらいするよね?』
「金あるならホテル泊れよ!」
『えーっ……。
一人で食べる高級な食事って、飽きるんだよね。
今まで誰かと一緒に食事なんてほとんどなかったから……』

 タリムは寂しそうに言った。

 ……あー……。
 まったく、しょうがないヤツだ。

「じゃあ、なんか今日食べたいものあるか?」
『……え?
じゃあねー……じゃあねー。
この間漫画で読んだ、なんの生き物でどこの部位かわからない骨付き肉!!』
「マンガ肉?!どこで買えるんだよそんなもん?!
唐揚げで我慢しろ」
『やったーー!頑張って作って!!!』
「作れるわけねーだろ。
スーパーで特売品買うのが一番いいんだよ」

 まあ、いっか。
 もうしばらく家に置いておいても。
 そのうち飽きて機関の施設に帰るだろ。

「ところでさ」
『うん?』

※ヒロインです。

『お前誰だよっ?!
そんなもん勢いで買ってくんじゃねえっ!!!
あと、その格好で真面目な話すんなっ!!!』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

同じ頃、黒鵜と茨


 黒鵜と茨が墓の前にいる。

「今度の事件で死者が一人だけだったのは幸いね」
「ああ」
「元々は真面目な従業員……。
労働環境が悪化して、仲が良かった同僚が上司に追い詰められて自殺。
経営者はなんの責任も負わないどころか、反省もナシ。
そして会社に恨みを持ったこの男がコウモリ男になった。
変異した過程は不明のまま」

 二人は少しの間、黙り込んだ。

「それで得た能力が”周囲の怒りを呼び起こす能力”、か……」
「人を傷つけるための能力ではなく、か。
不満や理不尽の多い場所で複数回出没していた……。
これが人間だったときに持っていた欲望……意思だったのかもな」
「たぶん、人間のときは元々良いヤツだったのかもね」
「誰かがその会社が狂っていくのを止められたら、こうはならなかったと思うか?
学校でのタリムのように」
「さあね……。
ねえ、タリムにはいつ言うの?
あれが……あの化け物が元人間だってことに」
「……しばらくは、いいだろう」

 再び、少しの沈黙。 

「あの子なら、そのうち自分で気が付くでしょうね」
「ああ」
「子どもにこんな重荷を背負わせて。
つくづく、私たちは罪深い、ロクでもない大人ね」
「そうだな……」

 第三話へ続く。

↓♡を押すとヒロインおみくじが出てきます。
そして作者は泣いて喜びます。

いいなと思ったら応援しよう!