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機密天使タリム第6.5話「あいつの隣を取らないで」

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今回は短め寅子サイドストーリー

1998年10月


体育祭後、寅子の家

「で、彼とは上手くいってるの?」
「え?なんのこと?」
「まーた、とぼけちゃって!!
初恋の彼がせっかくこの町に帰ってきたのに……」

 少し離れた場所で暮らしている大学生の姉が一時的に家に帰ってきた。

「……」
「え、本当になにもないの……?」
「う、うるさいなあ!!!
ねえさんこそ彼氏とかどーなのよ?!」
「うふふ」
「ムカつく……」

 おっとりしていて美人で、いざとなると頼りがいのある姉さんなら、どんな男もイチコロだろう。
 それに比べて私は……。

妹、寅子

「はぁ……」
「なによ」
「いやね、私も姉さんみたいに美人だったらなぁ、って」
「うん?外見はあんまり変わらないでしょ?
前に服を交換してお互いのフリして歩いたら、みんな面白いくらい気付かなくって!!
寅子急に育ってきたから~」
「あはは……。
まあ、見た目はね~。
普段の性格とかさ、私ってこう、男っぽいところがあるっていうかさー……」
「寅子はそのまんまで充分可愛いんだから!
もっと自信をもってアタックよ。
こう……相手を押し倒すくらいのタックルを……」
「姉さん?!そんなことしてたの?!」
「うふふ……冗談よ」

 まったく……この姉は。
 おっとりしているようで底知れない怖さがある、ときどき。

「あの近所の彼さ、昔はあなたとよく一緒に遊んでたじゃない」
「うん、遊んだ遊んだ。
あのときはさ~。
まだ小学生で……一緒にその辺走り回ったり、ボール蹴ったり虫を追いかけたり……。
それだけで楽しかったなあ」
「また同じように遊べばいいじゃない」
「無理言わないで。
もう私たち中二よ」
「あら、小学生とそんなに変わらないわよ」
「ガキ扱いすんなっ」
「あらあら、寅子。
姉さんへその態度はどうかしら?」
「ね、姉さんお仕置きは……セクハラみたいな技はやめてっ?!
太ももで頭挟まないでっ?!
ぷぎゃっ?!」

手ごろな鈍器を手にじゃれ合う姉妹

 姉さんが私を離して真面目な顔で訊いた。

「それで、あの事件はその後……。
マツザキってヤツは……?
あなたと幼馴染の彼は……」

第三話に出てきた不良の弟分マツザキ

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小学生の頃

 私とあいつは、小学校の低学年の頃から一緒だった。
 一緒に登校して、遊んで、また登校して、遊んで。
 毎日が楽しくて……。

寅子小五

 だけど五年生になると私の体つきが変わっていって。
 周りの男子と女子たちの関係は少しずつ距離が出来ていった。
 男子たちは私の身体をジロジロ見て何かニヤニヤしながら内緒話をするようになった。
 
 男子の中に、リーダー格の背の高いヤツがいた。
 地域の有力者の息子で、凄く偉そうな男、マツザキ。
 そいつがある日、私を呼び出した。

「俺様の女にしてやろうか?」
「はぁっ……?」

 私はそいつが嫌いだった。
 偉そうだし、特に嫌らしい目で見るし、いつも子分を引き連れていてなんか怖いし。
 でも、こういう田舎じゃ権力者の子どもは厄介な存在だ。
 私はあやふやな返事をしてその場を立ち去った。

 翌日、私がそいつの彼女になったという噂が流れた。

 女子は女子で、誰が男子にモテるだの、不細工だの、男子に色目を使っただの面倒な噂や値踏みをしあうようになっていた。
 当然私は彼女たちの好奇心や、やっかみや軽蔑の対象になっていた。
 そういうジメジメした関係も私には性に合わなかった。

 そんな中、あいつだけは前と変わらず一緒に遊んでいた。

「なんかさ、嫌なことや困ったことがあったら僕に言えよ。
僕に出来ることはなんでもする」
「うん!!」

 あいつはいつだってそういうことを打算なく本心で言うヤツだった。

「寅子今日はどこ行く?」
「自転車で隣町の商店街!!」
「えー、あそこ行くの大変じゃねーか」
「今なんでもしてくれるって言ったよね?」
「ちっ、しゃーねーな~」

 そんなある日。
 私とあいつは庭先で水着で水遊びをしていた。

「なんでそんなヤツと水着で遊んでやがるんだっ?!」

 権力者の息子……マツザキだ。
 家に押しかけてくるなんて!!

「お前は俺様の女だ!!!嫌とは言わせないぜ!!!」

 そいつは私の太ももを触ってきた。
 本当はそいつをぶん殴りたかったが、そいつは体格は大きいし、何より子ども心にも背後にいる権力者の父親の恐ろしさは感じていた。
 色んな汚いことをしてきて、周りが黙認している、そんな恐ろしい大人……。

「おい、嫌がってるじゃないか。やめろよ!!!」

 止めに入ったあいつを、マツザキは思い切り殴り飛ばした。
 さらに上にまたがって何度も頭を殴りつけた。
 あいつはそのままぐったり倒れた。

「俺様の女に付きまとって……前からぶん殴ってやりたかったんだ!!」
「私は……マツザキの女なんかじゃ……」
「ああんっ?!
お前親父にチクって町にいられなくしてやんぞ?!」

 私はただただ、恐ろしかった。
 マツザキがニヤニヤしながらあちこち触り始めても、怖くて震えているしか……。

 あいつは近くに置いてあったパイプ椅子で、マツザキの頭を思い切り殴った。
「ひえっ?!……血ぃ?!頭から血ィーーーーーーーーーっ!!!」
 マツザキは叫びながら帰っていった。

 大変なのはその後……。
 あいつはマツザキと子分たちから嫌がらせをされるようになった。
 教師たちはそれを見て見ぬフリをした。

 大人たちは大人たちで、あいつの家を無視するようになった。
 あいつの家の中も諍いが絶えなくなっているようだった。
 
 私はその状況に耐えかねて、あいつに謝りに行った。
「私のせいでごめん……。
私があのとき我慢していれば……」
「それは違う。
嫌なことは嫌って言えよ。
僕の家はこんな町出ていくだけだから、もう気にするな」
「あっ……」

 私はそのとき決意した。
 もう二度と会えなくても、あいつに胸を張れるような強くて優しい女の子になりたい。

 その後。
 マツザキの家は色んな悪事が警察にバレて地元での影響力が無くなった。
 マツザキは一時期他の町へ行って、また戻って来て同じ中学になった。
 以前の威勢はなくなり、他の不良の子分になった。

 私は、いつかまたあいつに会えた時に胸を張っていられるように……
 ううん、例え二度と会うことが出来なくても……誇れる自分になりたい。
 だから護身術を習ったし、スポーツも頑張った。
 料理も姉さんほどじゃなくても……周りから頼られる女の子を目指して頑張った。

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中学二年の春

「あっ……?!」

 空き家だったあいつの家に、タクシーが止まっていた。
 荷物を抱えたあいつが降りてきた。

「……寅子?」
「あ、ああっ!!ひ、久しぶりだねー……。
その、元気にしてたっ?!」
「……ああ」
「……元気ないね。
……あ、やっぱり私のこと嫌いかなー……?
凄く、迷惑かけちゃったし」

 あいつは首を傾げてから言った。

「お前は別に悪いことしてないだろ」
「でも……」
「学校で孤立した後も僕の友達でいてくれたのは、寅子だけだった」

 それだけ言って、家に入っていった。

「なんか、変わっちゃったけど……。
あいつはあいつのままなんだね……」

 元々、小学校で居づらかった私を助けてくれたのは君だった。
 だから私も、無力なりになにか助けになりたかったけど、なれなかった。
 それだけなのに……少しだけ、気持ちが通じていたんだ。

 それから、私は何度も学校で話しかけた。

「や、やっほーー。
元気?元気?」
「ああ……」

「今日は宿題やったかな?
あ、昨日テレビ観た?」
「……観てない」

「ねえねえ、なんの本読んでるの?
面白い?」
「……つまらない」

「あの、都会での生活はどうだっ……」
「……居心地良かったら戻ってこないだろ」

 か、会話が続かない……。
 えっと、昔は何話してたっけ……?
 男の子と話すのってこんな難しかったっけ?
  

「ねえ、おじさんとおばさんはどうしたの?
こっちにいつ戻ってくるの?」
「たぶん戻らない。
あいつら別々の家で勝手にやってる」
「それって私のせいで……」
「もともと勝手な親たちだったんだ。
お前のせいじゃない。
僕は僕が正しいと信じたことをやって、こうなっただけだ」

 いっそ、私に償いとしてあれこれ求めてくれたり、怒ってくれたらどれだけ気が楽だっただろう……。
 あいつが心を開いている相手はこの世界にひとりでもいるのだろうか?
 友達らしい相手も見たことがない。
 どうしたら、前みたいな関係になれるだろう?


中学二年の夏

 中二の夏休みが終わって、始業式の日。
 私は風邪をひいて家の窓から外を眺めていた。

「あー、もうみんな家から帰るところかな……。
あいつまたひとりでいるのかなー」

 あいつが外にいる。
 帰ってきたんだ。

「……うん?」

 その後ろに見知らぬおさげの女の子。
 うちの制服を着ている。

 物陰に隠れながらあいつの後をつけているような……。

「え……不審者?
いや、今流行りのストーカー?!」

 なんてことだろう。
 風邪さえ引いてなければ直ぐに駆けつけて……。
 いや、そんなこと言ってられるか!!!
 武器になるもの……なんかあったっけ?
 なんか棒状の……あ、パンをこねる棒でいいか。
 盾になるもの……鍋蓋は持ちづらいし……パン籠でいいや!!!
 
 私はそんな武装をしながらこっそり窓からあいつの家の中を覗き込んだ。

 さっきの女の子が……せんべー食べてる……。
 あいつは寝たまま……ってことは知り合いなのかな?
 なんか、外国人っぽい女の子だけど……ホームステイとか?
 いや、でも後ろからつけていたように見えたのは気のせい……?
 
 え、あの子こっちに気付いた?!

 私はさっと姿勢を低くして、その場を立ち去った。

「……なんなのあの女の子」
 
 急に現われて、家主の寝ている間にせんべー食べ始める外国人の女の子。
 どういう関係?
 泥棒?!……だったら呑気に寝ている傍で食べてないよなあ。
 たぶん知り合い……どういう知り合いかが問題だよっ?!

「……あれ?!」

 なんかクラっときた。
 あー、風邪ひいてるのにしばらく家の様子を見てたりしたからか……。

 それから風邪が長引いたり、親が風邪でダウンした代わりに家の手伝いやらで一か月してようやく私は学校に行けるようになったのだが。
 正直、怖かった。
 あいつの隣に、あの女の子がいる光景が。

 この一か月で、窓からあの二人が一緒に歩いているところを何度も見てきた。
 徐々に、距離が縮まっていることも見てわかった。

 何度も、何度も言いたかった。
「あいつの隣は私がいた場所だ!!!
私が取り戻したかった場所なんだ!!!
勝手に取らないで!!!」って。


あの子との出会い


 実際あの子と会ってみて驚いた。
 アイロンの焦げ目が大きくついた制服と、折り目が曲がったスカート。
 ……私はてっきり、姉さんみたいな物凄く家事が出来る完璧少女みたいなのを想像していたが、事実は真逆だった。

 さては、構ってほしいアピールのぶりっ子なウザい女だろうか。
 ちょっと意地悪して本性を暴いてやろうか。
 ……そういう気持ちがちょっとだけあった。

 私はあの子を人のいない家庭科室へ連れて行って、無理矢理スカートを取った。

『はいいいっ?!』
「ほらほら、女同士なんだから恥ずかしがることないでしょ」
『いやあああ?!無理矢理脱がしちゃいヤダーーー!!お許しくださいーーー?!』

 折り目を直してあげて、上の制服の焦げ目も取ってあげた。

『ありがとう。
えっと、どうして助けてくれたの……?
見ず知らずの私を』
「ん?んんーー?
大したことじゃない。
私が出来ることをしただけ。
まあ、あたしも失敗したとき、お姉ちゃんによくこうしてもらって嬉しかったからかな~」
『私はあなたの妹じゃないよ!』

 なんか、構ってほしい子とか、不器用な子って言うより……すごく純粋……。
 普通の日常的な経験があまりないのかな?
 外国の子だから?それともなにか家の事情が?
 そもそもなんであいつの家にいるの?
 色々訊きたいんだけど……いつ、どう訊けば……。
 たぶん、悪い子じゃないよね……。

 その後、私はこの子……タリムちゃんに体育祭での決闘を申し込まれた。
『寅子さん、私と体育祭で決闘です!!!』
「いいねえ、勝ったほうがこのクラスの、いや学校のヒロインってことで!!!」

 そっか……あなたも私と同じ気持ちなのかな?
 すでにあいつと恋人同士だったら、張り合う意味ないだろうし。
 それとも、私よりはっきりしない……自覚がないほど淡い気持ちなのかな?

 タリムちゃんと関わっていくつかわかったことがある。
・簡単にひとに言えない事情があること
・あいつはそれを知ってるっぽいこと
・あいつは私にそれを言う必要がないと思っていること
・タリムちゃんは、凄くいい子

 ……当たり前のように困ってるひとがいたら、誰であってもすぐ走って行っちゃうんだもん。
 まるで、昔のあいつみたいに。
 ……だったらもう、私には何も言えるわけないじゃん……。

 二人にだけ共有している何かがある……
 だけどそれは……私も同じだから!!!
 負けるつもりはないんだ!!!

 そして体育祭の日。
 私たちは五つの競技で必死に競い合った。


 
 それで、タリムちゃんがリレーで先に行って……転んじゃって。
 私が反射的に手を伸ばしたら「勝負はまだ終わってない」って……。
 そうか、そういう子なんだ。

 それから急に変な化け物に襲われて……変なヘルメットの女の子が助けてくれた。
 何故か記憶に靄がかかったみたいに、そのときの光景がはっきりしないけど……あれはたぶんタリムちゃんだった。


 私を助けてくれた後、身体の傷跡を隠すようにジャージを着て、
 『生まれて初めて友達が出来そう』
 そう言って泣いていた。

 そのとき私は思ったんだ。
 この子と友達になりたい、って。
 本当はまだタリムちゃんが私の隣を勝手に取っていったことに怒っている。
 そしてたぶん、この先タリムちゃんは最大のライバルになる。

 それでも……
 それでも私、この子を心から嫌いになれない。
 慣れないアイロンで制服を焦がしたり、必死でやったことないダンスを覚えようとしたり、私みたいにあいつを取られそうになって怒ったり、私と必死になって競争したり……。
 傷ついてもライバルの私を必死で守ってくれた。
 そして……私に色々思うことがあっても、本心から友達になろうとしてくれた。
 私は、こんな強い女の子になりたかったんだ。
 

 タリムちゃんが私と二人で帰るときにこう言った。
『私、寅子ちゃんが羨ましい』
「え?」
『料理が上手くて、クラスのみんなから好かれてて、美人で頼りがいのある完璧な女の子!!
私そんな風になりたいんだー』
「完璧って……それはないわー」
『ええっ?!そんなことないよ?!
私が勝ってる部分ってほとんどないと思うなー』
「そんなことないよ。
私はタリムちゃんみたいになりたい」
『……胸が小さいほうがいいとおっしゃいますか……。
それはあれですか、富める者の余裕ですか、貧しい者への哀れみですか……?
それともたまには重力と肩こりから解放されたいというワガママを……』
「そういう話じゃないから!!!
私も強くて優しい女の子になりたいの!!タリムちゃんみたく!!」
「え?
寅子ちゃん充分強くて優しいじゃん?」

 そういうことを本心から言えるんだよなー、この子は。
 だから私は、ちょっと強めにタリムちゃんを抱きしめた。

『ちょっ、苦しい!!そして柔らかい!!いい匂い!!!乳圧!!!
どうしたの、急に?』

 この子は思ったことすぐ口に出しちゃうな。
 ちょっと羨ましい。

「いや~……タリムちゃんともっと仲良くなりたいな、って思ってさ。
あいつが嫉妬するくらい」
『あはは、それいいかもね!!
寅子ちゃん取っちゃお~』
「じゃあ、私タリムちゃんもらっちゃお~」

 私の一番手強くて、一番尊敬出来て、一番好きで……ちょっとだけ嫌いな、友達でライバル。

「……ん?
少し前をあいつが歩いてる。私たちには気付いてないみたい」
『よーし、二人でタックルかましてやろう!!』
「やーん、過激。
是非そうしよう。せーのでいくよ」
「『せーのっ!!!どーん!!!』」

 私たちはあいつがよろけるくらいの勢いで体当たりした。

「うわっ?!なんだお前ら?!
あぶねーって!!!」
 あいつは面白いくらい態勢を崩して一本足でヨタヨタした。

「『あははははははっ!!!』」

 タリムちゃんのお陰で今はあいつと自然に話すことが出来る。
 悔しいけど……嬉しい。
 今は……もう少し、このままの関係でいたい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「って、そんなことがあったのよ」

 私は(ヘルメット少女に助けられたこと以外は)姉さんにこれまでのあいつと、タリムちゃんの経緯を話した。

「あ、マツザキは最近学校来てないね。
あいつの兄貴分みたいなのも急に転校になったとか。
だからそっち関係はもう平気だから心配しないで。
……姉さん、聞いてるの?」
「ううん……」

 姉さんは深刻そうに唸った。

「で、寅子。
どっちと付き合うの?」
「あいつが私とタリムちゃん、どっちを選ぶかって?
勝負はまだまだこれからなんだから!!」
「ううん、違う」
「?」
「寅子が幼馴染の彼とタリムちゃん、どっちと付き合うのかな、って」
「何をどう聞いてたらそんな疑問につながるのかなーーーーっ?!」

 姉さんは手をポンと叩いた。

「三人で付き合えば解決しない?」
「アホかーーーーーーーっ?!」


第七話へ続く


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