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山賊王と瑠璃色姫の花畑 前編 <大人も楽しめる童話>
生きる意味をテーマにした恋愛要素のある童話風物語です。
1・山賊王と瑠璃色姫
「俺は名高い山賊王アガベ!王国の兵どもよ、その大事そうな荷物を置いていけば命だけは助けてやらぁ!!」
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アガベは子分の山賊たちを従え、国境の山道を訪れる金持ちの兵隊や商人たちを襲うのが生業だ。
その剛腕で兵士たちをあっという間に巨大な棍棒でなぎ払い、偉そうな兵士の隊長が守る布に覆われた輿(こし)に近づいた。
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「山賊、お前のことは見逃すからこの輿の中だけは決して見るな!ここで引き下がってくれれば後で礼を……」
「ああん?」
アガベは隊長を片手でつかんで頭上に担ぎあげた。
「そりゃあどんなお宝があるか楽しみだ!!」
「見るな!!魂を奪われるぞ……あーーーっ?!」
アガベは隊長を崖に投げ落として、輿を覆う布を取り去った。
中には青い宝石のような目をした少女がいた。
「こりゃすげえ綺麗な女だ!!こいつがお宝か!!!」
少女は全てを見透かしたような目でアガベを一瞥した。
「うおっ、なんだこの女……。
こいつの目は冷たい宝石のようだ」
山賊の副頭領、カズラは言った。
「こいつが噂に聞く瑠璃色姫かもしれませんぜ」
「なんだそいつぁ?」
「心を射貫く宝石のような瞳を見た者は、姫を欲しがるあまりに正気を失い争い続けるという……何人もの貴族たちが争い合って破滅したって噂ですぜ。
早く売り払ったほうが……」
「何言ってんだ、そんなすげーお宝を手にしたってことは、この山賊王アガベ様はお貴族様以上になったってことだ!!!」
アガベは瑠璃色姫と子分たちを引き連れて、意気揚々とねぐらにしている砦跡に帰っていった。
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2・宴
山賊たちは兵士たちの持っていた金銀と食糧や酒を持ち帰り、小さな砦跡のねぐらで宴を始めた。
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アガベは瑠璃色姫を隣に座らた。
「ほら、瑠璃色姫とやら。
俺様が今まで勝ち取った財宝の数々を見ろよ。
さあ、酒もある、肉もある。
好きなだけ飲んで歌え」
姫はなにかぼそりと呟いた。
「どうして、争い、奪うの……?」
それを聞いた山賊たちは笑った。
「そりゃあ生きていくためだろうが!!
兵士や商人たちが喜んで金銀を置いてくれるなら俺たちだって襲いやしねえ!」
「あははははははっ!!!」
アガベは姫の頬を叩いたが、姫は身じろぎもせず冷たい目で彼を見た。
アガベはその揺るぎない冷たさに思わず怯んだ。
「興ざめだ!!俺は寝る!!姫は牢屋にぶち込んどけ!!!手を出したら殺すからな!!!」
3・リンゴ
それから、アガベは姫に色んな財宝や食事を運んだが、姫はそれらに手を付けなかった。
「お前、このまま飢え死にするつもりか?
馬鹿な奴だな!!!ここで歌って踊って暮らせば堅苦しいお貴族様より楽しい山賊王の妃になれるのにな!!!」
「……誰かから奪ったもを口にするくらいなら……」
「はあ?!わけわからねえな……」
アガベは近くで野りんごをいくつか採って、姫の前に転がした。
姫はそれをしばらく眺めてから、手に取って食べた。
「山で採ったリンゴだ。商人たちから奪ったりんごと、山で採ったりんご、何が違う?」
「……私は、ただ、もう人が争い合う姿を見たくない……」
「俺たち山賊はそれしかねえ。
ご立派な貴族たちだって兵隊を使って何かを奪っている。
計算高い商人だってえげつないやり口で奪っている。
それが当たり前のことなんだよ、世間知らずのお姫様」
「争い、憎しみ合い、奪い合い……それでも人は生きていかなくてはならないの……?」
アガベは少し悩んでから叫んだ。
「肉食え、肉!!!食って歌って踊れば気分は明るくなる!!!」
姫はそっぽを向き、アガベはしょんぼりした。
4・約束
それから、アガベは山賊家業は副頭領のカズラに任せっきりにして、姫のために山の果実を集めるのに精を出した。
そのついでに兎や野鳥を狩り、丸焼きにして姫に出すと、姫は手を合わせてからそれを食べた。
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「お前が肉を食べるのは嬉しいが……。
人から金銀を奪うのと、兎や鳥から肉を奪うのとは何か違うのか?」
姫は悲し気に首を振った。
「あなたの言うことも、分からなくはないのです。
人も、獣も、生きるために戦い、奪うのは自然なことかもしれません」
「ああ」
「ただ……私が今まで見てきた争いは、自然の営みとはかけ離れた、終わらない地獄のようでした。
相手が持つ財産が妬ましいから奪い、相手に傷つけられたから報復し、報復に対して報復し……皆、遅かれ早かれ自滅していく」
「……」
「そういった渦中に私はいました。
彼らが欲しがる生きている宝石として。
ついには隣国の王まで私に目を付け、侵略さえしたのです。
私の外見など、災いしか招かない呪いだというのに……。
いっそ、この顔を焼いてしまおうと何度も考えました」
憂いに満ちたその瞳はあまりに美しく、アガベの心を乱した。
彼には何を犠牲にしても瑠璃色姫を手に入れたいと思う貴族たちの気持ちがわかった。
「お前、ずいぶんと後ろ向きだな。
何かやりたいこととか、好きなものはないのか?」
「私は意志を持つ人間でなく、ただの宝石ですから」
「お前は人間だ、何言ってやがる」
「……あなたこそ、争うこと以外に何かないのですか?」
二人は少し黙った。
「……今度一緒に花畑でも見に行かないか?」
「あなたが、花を?好きなんですか?」
姫は呆然としてから、「ふふふっ」と笑みがこぼれた。
「そんなにおかしいか?!女ならそういうのが好きかなと思っただけだ!!いいか、いつか一緒に行くぞ」
「わかりました、約束します」
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そこへ、副頭領のカズラがやってきた。
「お頭、仕事に出てくださいよ。他の連中に示しがつきませんぜ」
「ああ?!今忙しいんだよ!!お前がいりゃ十分だろうが」
カズラは忌々しげに二人を見た。
5・崖
それから一週間ほど後の夜。
「お……?」
睡眠中のアガベがふと気が付くと、煙の臭いがあたりに立ち込めていた。
子分たちの叫び声がする。
「うわぁーーーーーーーー!!!
敵襲だーーーーーーっ?!」
アガベがねぐらを飛び出すと、周りには松明を持った兵士たちが集まっているのが見えた。
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「なにをしている子分ども!!!
俺に続けーーーー!!!」
アガベは棍棒振り回しながら兵士たちに突撃した。
次々と兵士たちを吹き飛ばすアガベを見て、兵士たちはうろたえた。
「アガベ、そこまでだ!!!」
しかし、砦から瑠璃色姫を捕らえたカズラが現われた。
「なんのつもりだテメェ!!!」
「それはこっちのセリフだ。女にうつつを抜かしやがって!!
姫を傷つけられたくなければ、わかるな?」
カズラは姫の首にナイフを押し当てた。
アガベは棍棒を地面に放り投げると、周りの兵士たちは彼を地面に叩き伏せ、両腕に鉄枷をはめた。
「私はこの女を手土産に山賊を抜けることにした。
頭の悪いお前たちとは違うのだよ!!!」
「お前、仲間を売りやがったな!!!」
カズラは兵隊長の元へ姫を連れて行くと、「用済みだ」の一言と共に兵隊長に胸元を斬られた。
「馬鹿な……約束は……」
「誰が裏切り者の下賤を取り立てるものか。
お前たち、山賊どもを一人も生かすな」
山賊たちはバラバラに逃げ始め、兵士たちの多くはそれを追い始めた。
多くの山賊たちは背中から一方的に矢を射られ、槍で貫かれた。
アガベは地面に顔を伏せたまま言った。
「くそっ!!仲間たちがこんなあっけなく……今まで貯めた宝も、食糧も、ねぐらも……」
「誰かから奪って築いたものが長続きすると思ったか?」
兵隊長は冷たくそう言い放った。
アガベは姫の顔を見た。
その顔は最初に会ったときのように氷のような無表情さで、ただ虚空を見ていた。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
アガベはその顔を見て無性に腹が立った。
だが、いかに力を入れようと鉄枷はびくともしない。
兵隊長は部下数人にアガベを押さえさせながら落ち着いた声で話しかけた。
「落ち着け、山賊の首領アガベ。
音に聞こえたお前の怪力と勇敢さに、王は興味を示された。
忠誠を誓うなら、山賊より遥かに良い暮らしを約束しよう。
姫を諦め、屋敷に女たちを住まわせればよい」
アガベは唸り、鉄枷をつけたまま暴れて周りの兵士たちを突き飛ばした。
そして兵隊長を突き飛ばし、口で姫の袖を引っ張った。
「やめなさい、私のために……」
アガベはそれでも自由にならない手で姫の袖をひっぱりながら前へ前へと走った。
兵士たちはそれを追いかける。
二人が追い詰められたのは崖の上……下には深い川。
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「瑠璃色姫、俺はここから飛び降りる」
「死ぬ気ですか……」
「いいや、俺は生きる。
お前が宝石じゃなく、人として生きるなら一緒に来い!!」
アガベは後ろを振り返らず飛び降りた。
6・高僧
「お前を川でみつけてからもう五年が経つかなあ……あのときは、鉄枷を付けられた熊が流れてきたと思ったものだ」
「先生、それはあんまりではないですか」
高僧はほっほっほと愉快そうに笑った。
この高僧は普段は人里から少し離れた場所で暮らし、時折人里に行っては様々な善行を働いていた。
そんな折に偶然川に流されていたアガベを拾い、多くのことを教えた。
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「なにより驚いたのはその熊が、人を傷つけず生きる道を教えてくれ、と教えを請うたことだね」
「……失って、少しは考えましたから。
そして先生は地道に作物を育て、時折人助けする生き方を教えて下さいました」
「私は好きでやっていることだよ。それで……君がここで暮らし始めて五年、君の生きる道は見つかったかな?」
アガベは今の生活が快かった。
尊敬する師、畑仕事、人に感謝される行い……だが、大事なものが欠けていた。
アガベはこの五年、高僧と共に多くの人々の力になりながら瑠璃色姫の行方を探していたが、なんの手掛かりも見つからないままだった。
「過去に執着してはならぬ、という教えは活かせていないようだなあ」
「それは……悪いことなのでしょうか?
先生は多くの人に分け隔てなく接しておられますが、俺には到底……。
ただ一人を想い続けることは罪なのですか?」
高僧は穏やかに笑った。
「ははは、それ自体は良いも悪いもないよ。
ただ、それが君を縛る鎖になっているなら……ほら、あの山や川を見なさい。
君は行こうと思えばどちらにも、その向こう側へも行ける。
しかし、君はこの場に留まろうとしているように見えるな。
その生き方に納得しているのか?」
アガベはしばらく考えてから言った。
「先生、今日までお世話になりました。
私は自分の道を探してみたいと思います」
高僧は笑いながら保存食をいくつかアガベに持たせた。
7・悪意
アガベはあてもなく旅をし、色んな人と関わった。
病のひとがいれば師から教わった薬草の知識で助け、力仕事が必要なら喜んで手を貸した。
アガベは川の西にある村に立ち寄ると、村長がアガベを出迎えた。
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「これはこれは、噂に聞く高名な僧侶様のお弟子さんだそうですね!!至る所で人助けをなさっているだとか」
「先生ほどの者ではないですが……何か困りごとが?」
村長は大袈裟に頷いた。
「はい!折り入って相談があります。
私たちは東の村と川の権利について争っています。
私たちは話し合いで解決しようとするのですが、相手は疑い深く、話し合いに応じようとしないのです!!!」
「なるほど。私が話し合いの場を設けて、両方の代表に話し合ってもらえばいいかな」
「おっしゃる通りです!
お礼は弾ませて頂きますよ」
「いや、いい。それより、私はただ瑠璃色姫という、見る人の心を射る瞳を持った女を探している、なにか知らないか?」
「数年前にそういった美女が国を惑わしたとは聞いたことがありますが、行方知れずのままだとか……」
「そうか……」
一週間後、アガベは二つの村の中央にある川のそばで話し合いの場を設けた。
隣村はかつて高僧に助けられたことがあり、アガベの言うことを信頼した。
約束の時間に、東の村の代表たちとその護衛の若者たちが来た。
しかし、西の村の代表は一向に来ない。
ふと気付くと、東の村の方から煙が見えた。
「おい、坊主!!!俺たちをだましたな!!!」
護衛の一人がアガベを怒鳴り、殴った。
アガベは無言で東の村へ走り出した。
東の村では、西の村の者たちが略奪を働いていた。
アガベは西の村長を見つけると詰め寄った。
「あなたのお陰で上手くいきました!!
まとめ役のない連中に奇襲をかけて倒すなど実に簡単!!
東の村を滅ぼせば川は好きに出来て、蓄えも奪える。
一石二鳥というヤツです……あなたもわかっていてこの役を引き受けたのでしょう?」
「ふざけるな!!!こんなことになんの意味がある?!」
「お人好しの坊さんにはわからんでしょうが、これが我々の現実です。
信じたほうが悪いんですよ!!」
「それが人間のやることなのか?!」
「ええ!水も、土地も、食糧も限られています。
生き延びるには奪うしかないんです」
「そんなの獣と同じじゃないか!!」
アガベの周りに、鍬や鍬で武装した村人たちが集まってきた。
アガベは怒り狂い、素手で次々と村人たちをなぎ倒していった。
気が付くと西の村長の首を絞めようとしていた。
「あんただって……結局同じ……ただの獣……」
アガベは半ば呆然としながら村長を放した。
8・自失
その後、アガベは東の村の生き残りたちが村を立て直すのを手伝った。
村人の多くがアガベを冷たい視線と言葉を浴びせた。
「お前のせいでこの村は!!この詐欺師め!!!」
アガベはただ黙々と身体を動かし続けた。
己の心を殺し、償いをし、役目を果たすことだけが唯一大事なことだと信じて。
そんなある日のこと。
ひとりの村人がいつも通りにとアガベに怒鳴り散らした。
「……」
アガベは急に身体の力が出なくなり、畑の真ん中に寝っ転がった。
「ああ……」
空が青い。
人々は醜い。
俺は何をしているんだろう?
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アガベは何も言わず村を出て行こうとしたが、村人の一人がパンをいくつか持たせてくれた。
「みんながあなたを悪者だと思ってるわけじゃない。
私たちは自分の身を守る知恵も力もなかったから争いを止められなかった、それだけのことなのに、善意で行動したあなたに八つ当たりしていただけ……ごめんなさい」
「いいんだ……実際、余計なことをしてしまった。俺が人の助けになれると思っていたのは思い上がりだった」
アガベは西の村の近くを通りかかると、ボロボロの姿でうなだれている村長を見つけた。
「なあ、坊様、金を……食べ物を少し恵んでくれないか……」
「以前東の村から奪った分はどうした?」
「奪った金品の配分で仲間と揉めていたところを、盗賊に襲われて全部なくした。
このままでは私も盗賊になるしかないね。それか家族ごと飢えて死ぬか」
アガベはパンをひとつ地面に放り投げると、村長は慌ててそれを拾い、愛想笑いをした。
アガベは一人歩き出し悩んだ。
「そうまでして人は生きていかなければならないのか」
9・生きる意味
アガベは二年ぶりに高僧の元へと帰った。
「おお、熊か……そんなにやつれた顔で、肉でも食いそびれたか?」
そう言って出迎えた高僧のほうがやつれて、足取りもままならなかった。
アガベが土産代わりに獲ってきた兎の肉を、先生は自分の野菜と共に料理した。
「先生、無理をなさらずとも私が……」
「いいから、座って待ちなさい。悩みを抱えた弟子に温かい食事を振る舞うのは師の役目だ」
久々に味わう先生の汁物に、アガベは腹の奥底まで温まる気がした。
「先生、人はなぜこれほど苦しみ、争ってまで生きねばならないのでしょうか?」
「さあな。長く生きた儂でもはっきりとはわからん」
「いっそ、ただの獣であれば深く考えず生きて死ねたでしょうに。このウサギは死ぬときは苦しくても、悩みはしなかったでしょうね」
「そうかもしれんな」
「神が人を創ったなら、なぜ獣でもなく、神の知恵も持たない半端な迷える存在にしたのでしょう?」
「神でないとわからんよ」
囲炉裏の火がパチパチと音を立てた。
「……先生も、大事なことは何一つわからないのですね」
「そうだよ。少しばかり長く生きようと、知恵をつけた気になっても、そんなものだ。
わかることしかわからん」
アガベはため息をついた。
「私は元は暴力しか教えない、貧しい家の生まれでした。
山賊になるくらいしか生きる道はありませんでした。
先生の教えを受けても結局、善行は実らず根の部分は変わらないのです。
そんな私に、生まれる意味や生きる意味はあったのでしょうか?」
「そんなもんありゃせんよ」
アガベは目を大きく開けて高僧を見た。
「お前は、生きる意味を私が与えてくれると思ったか?
お前に、私のような善行を重ねた僧になれ、それがお前の生きる意味だと、格好をつけたことを言うのは簡単だがね」
高僧は布団の上に寝転び、窓から日が落ち始めた空を眺めた。
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「人の一生など、流れる雲のようなものだ。
世間では私は徳を積んだ高僧などと言ってきたが、こうして死ぬときは一人で、過去の些細な栄光や賞賛を思い出し、己を慰めながら死んでいくしかない、そんな一生に大した意味はない……そう思っていた」
高僧はアガベを見つめた。
「この世はある意味地獄そのものかもしれん。生まれる境遇も選べない。
多くの選択肢があるようで、出来ることはあまりに限られている。
だからこそ、限られた中でお前が一番したいことは何か……後悔しないように見つけなさい」
「先生は一番したいこと、見つかったのですか?」
「ふふふっ……どうだろうなあ。
だが、まあ……悩める弟子が私との出会いに何かの意味を見出し、己の生きる糧にしてくれれば、少しは満足だよ。
……ありがとう」
「……先生?」
高僧はゆっくりと息を引き取った。
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後半に続く
シナリオ:土
絵:AI(Bing)