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機密天使タリム 第九話前半「千年の想い、伝えたかった」

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1998年12月31日


 私は、ずっと見ていた。
 あの大きな逞しい背中を。

 あの狂気に染まっていく優しい眼差しを……
 どうしても救いたかった。

 決して振り向いてくれなくても。
 例え、彼を裏切ることになろうとも。
 千年、私は待ち続ける。


 

 

大晦日でゆっくり

『なんか、変な夢見てさ~……』
「どんな?」
『こう、戦記物で王様にずーっと片想いして、
実らないヒロインになった夢……かなあ』

 タリムは炬燵でゴロゴロしながら言った。
 一時は八戸の家にいたタリムはクリスマスの夜から僕の家に戻っていた。

冬の部屋着

『それでね。
死んじゃったのに千年先の再会を夢見てる、そんな……
よくわからない話だった』
「千年?どうやって千年後に再会しようってんだ?」

 僕は炬燵で蜜柑を食べながら言った。

『う~~ん……わかんないけど、まあいっか!
夢より現実!
そんでさー。ようやく二学期終わったね……』
「ああ」

 年末。
 学校は冬休みになった。
 思えば、人生で一番長く感じる怒涛の二学期だった。
 
『これからのイベントって何あるんだっけ?』
「えーっと、今日、31日で大晦日」
『おーみそか?
味噌をたくさん入れたりする料理?』
「ちゃうわ。
んと、深夜0時まで起きて年越しをお祝いするイベント」
『ほうほう。機関では大人はほとんど毎日仕事で深夜まで起きてたからそういうのやってなかったかも』
「で、一月一日にになったら正月で初詣」
『初モード?』
「はつもうで。年の始めに神社に行って願い事をする」
『へーー。こないだクリスマスやったのに?年末年始は神様大忙しだね』
「いや、クリスマスの神様と、初詣の神様は別物だから」
『???
えーっと、どゆこと?』

”ピピピ”

『あ、君のPHSか……』
「ちょっと出てくる」

 僕はPHSを持って自分の部屋に向かった。

「やあ。ボクの神は今何しているのかな?」

電話先のアハト

 電話の相手はアハト。そしてこいつが言う「神」とはタリムのことだ。

「炬燵でのんびりしている……猫みたいに」
「猫みたいにくつろいだ神……くそぉ、お前が妬ましい、今すぐそのお姿を写真にとって後でボクの元へ送るんだ。三千円で引き取ろう」
「しねえよ」

 アハトはあれ以来、学校にも来ず、姿をくらました。
 元居たアパートにもいないらしい。
 どこに住んでいるかも誰も知らない。
 だが、何故か僕の番号を知っていて、ときどきこうしてタリムの様子を訊いていた。

「なあ、そんなに気になるんなら正月に家に来てもいいんだぞ。
五分で帰ってもらうけど」
「……いや、その……ボクは一度神を欺いた罪人だし……
合わせる顔がない」

 僕は軽くため息をついた。

「だから神とかやめろ。
あいつがそういう扱いされると嫌がるのわかんだろ?」
「わかってる……
あの子が言っていたように、いつか、ちゃんとした友達になれたら、って。
だけど、だけど……
この尊いという気持ちはもはや神への崇拝だ!!!」
「あー……そろそろ切っていい?」
「あ、待て。そのー……」

 僕に遠慮なく物を言うこいつが言い淀むとは珍しい。

「お前には一応感謝している」
「うん?何に?」
「タリムちゃんがボクを許してくれたのは、お前あってのことだろう、ってのは……わかるんだ。
それに、お前にもけっこう酷いことをした。
だから……借りひとつだ。
お前が本当に困ったとき、ボクを呼べ。
一度だけ何よりも優先して、命を懸けてでも助けてやる」
「あ、そう。それじゃ」
「軽いな?!
あ、それとタリムちゃんにはボクが電話していることは言うなよ?!」

 僕はPHSを切った。
 部屋に戻ると、タリムが暇そうにテレビを見ていた。

『誰からー?』

「あー」僕はそう言いながら炬燵に入った。
 そう言えば、内緒にしとけって言われたなあ。

『なんだよぉ。隠し事?』
「……あー、まいっか。
八戸から。タリムの様子がどうか、だって」
 まあ、こっちも承諾する義理はないし。

『えー!なんで私を呼ばなかったの?!』
「あいつ、まだ引け目に感じてるから」
『そんなに気になるなら、顔見せてくれてもいいのになあ』
「……タリム、あの日はあんなにブチギレてたのになー」

 タリムは苦笑いした。

『あはは。
けど、言うべきことは全部言ったし、あっちも反省した。
みんな深く傷つきかけたけど、ギリギリ大丈夫だった。
校長先生の髪の毛は全部抜けたままだけど、大したことじゃないし。
それで終わりでしょ?』

 これを上辺だけでなく、心の底から言うのがタリムなんだ。

「そうかもだが。
あいつ精神操作って厄介な能力あるのに放置してていいのか?」
『だいじょぶだいじょぶ。何かあったら私が責任取るから」
「お前なあ……。
そういえば、あいつは変異体の力を使ってるけど、怪物になったりしないんだな?」
『うーん、元々私と同じ手術を受けた機密天使候補だからかなぁ?
それとも、特別な性質があると……か?』

 ふと、炬燵の中で手が当たった。

「あ……」
『!!!』

 タリムが顔を背けようとして横に転がった拍子に、今度はお互いの足の先がぶつかった。

『ひうっ?!』
「変な声出すなよ?!」

 タリムがバタバタと僕の足の上で足をバタつかせた。

「痛い痛い痛い!なにすんだ落ち着けって!」
『ふんだ、しーらない!!寅子ちゃんのとこ行ってくる!!』

 タリムはバタバタと外へ行った。
「な、なんだよ……あいつ」

 正直、ドキっとした。
 落ち着け。あいつは妹みたいな野生の小学生……だった。
 何か、変わりつつある……?

奇襲(混浴)


 その日の夜。
 僕は風呂に入っていた。

「あーー……」

 ここ数日はのんびり出来たが。
 もうすぐ来年……1999年の七月に終焉の王が世界を滅ぼす。
 それまでに四騎士から鍵を手に入れ、鍵が示す先にいるらしい終焉の王を探して倒すか封じるかしなくてはならない。
 わかっているのは、既に倒した守護者カーティスのみ。残り三人。
 これまでのように敵を待つだけってのもなあ。

”ガラガラガラ……”

「ん……?」
 風呂の扉のほうを見ると、バスタオルを身体に巻いたタリムがいた。

「うえっ?!今入ってるんだけど?!」

 長いこと共同生活しているとたまにこういうハプニングはある。
 後から入っちゃった側がすぐ出ていくのがいつものことなんだけど。

『……知ってる』

 タリムはかけ湯をして、湯船の隣にトポンと入った。
 そして、こちらと目を合わせないようにしている。

「えーっと……どうしちゃったのかなあ?」
『どうもこうも……二ホンじゃ当たり前なんでしょ?』
「何が」
『混浴』
「……一概にノーではないけどそうじゃねえええっ?!
誰が言ったんだそんなこと?!」
『寅子ちゃんが今日言ってた』
「あいつ……何考えてんだ?!」
『こないだ事故とはいえ、下着で長時間一緒にいたのはフェアじゃないからって、
教えてくれた』
「ま、まて、落ち着こう。いったん落ち着こう……」

 風呂でバスタオル……
 こっちは一か所隠すだけでいいが、タオルが透けたら色々……。

『じゃ、背中流してあげる』
「え……お、おう?」

 二人で同時に湯船からあがろうとして、身体がぶつかってタオルが落ちた。

「あっ」
『いやっ』

 タオルが落ちたその先は……全年齢では表示できない状態……
 ではなく、肩ひもがない、布面積多めのセパレートの水着だった。

『水着……恥ずかしい。……ん?』

 タリムの視線が、下へ向いた。

「こっちのが恥ずかしいわーーーーーっ?!
そのタオルよこせーーーー!!!」
『嫌ぁあああああ!!!
変態!!!スケベ!!!』
「この状況ではむしろそっちだろ?!」
『違います?!話を聞いてください?!』
「ちょ、やめ?!
この状況でマウントして叩くのやめて?!
色々危ないから?!」

 その後僕たちは素早く風呂から上がり、微妙な沈黙のまま天ぷらそばを食べた。


願い

 しばらくして。

「もうすぐ0時か……除夜の鐘聞いたら寝るか」
『ジョヤーの金……昔々ジョヤーという欲の深いおじいさんが、夜中に”同情するなら金をくれーー!!ジョヤーーーっ!!!”と叫んだという伝説のこと?』
「なんだそのよくわからん伝説は?」
『寅子ちゃんが……』
「次会ったときちょっとあいつと話をする」
『え……0時になったらみんなで一斉に”ジョヤーっ!!”って叫ぶのも嘘なの?!
楽しみにしてたのに……』

 タリムはしょぼんとしている。

「ねえから、日本にそんな伝統は!!!
鐘の音を聞いて寝るだけ!!」
『えー……つまんない』
「だったら、今から初詣に行くか?近所の神社に」
『正気なの……?この時間にわざわざお参り?!』

 驚きすぎだろ。

『あー!もしやあれのことか!!
たしか、藁人形と大きな釘持ってくやつ!!!
あれ、コンビニとかに売ってる?
セットで千円くらいかなー』
「ちげーから!!!売ってねーから!!!」
『違うの?
あ……そーだ。
せっかくだから着物!!茨先生からもらったヤツあった」
「おい、着付けなんて出来るのか?」

 タリムが自室に入った。

『自動変身システム起動!!』

 そして、部屋から出てくると見事に着付けされていた。
『えへへ……どぉ?どぉ?あまりに綺麗で驚いた?』



「その機能着付けにも使えるのかっ?!」
『驚くのそっちかよ!!!』

 それから、神社へ向かいながら歩いた。

「こっから少し歩いたところに神社あるから……間に合うかな」
『ちょっと駆け足!』
「お、おい!!」

 神社に近づくにつれて人が増えて来た。
 わりと田舎の町だから人口密度は少な目だが、その分こういった行事にこだわる割合が多いのか、それなりに大きな神社だからか、ちょっとした人混みになっている。

「迷子になるぞ」
 僕は咄嗟にタリムの手を掴んだ。
『……はい』

 タリムは手を軽く握ったまま少しうつむいて、僕の歩みに合わせた。

『……』

 タリムは恥ずかしいのか無言のまま。
 なんか……調子狂うなあ。

 二人でお参りの列に並ぶ。
 さすがに、つないだ手は離した。

『うわあ、けっこう並ぶんだね~。
けっこう大きい神社だね?
有名なトコなの?』
「ああ、僕もよく知らないけど。
神様が天上からもたらした鏡が祀られてるとかなんとか」
『鏡?』
「そう。地上に大きな災いをもたらす邪悪を鎮めてくれる鏡だとか……」

”ゴ~ン……ゴ~~ン……””
 ついに、1999年が始まった。
 人類最後の年になるかもしれない。

『うわあ、鳴ったあ!!
ジョヤー!!!』
「それはやらんでいい?!」
『たーまやー』
「それも違う!!」

 周りから、「明けましておめでとうございます」「今年もよろしくお願いします」
という挨拶ラッシュが始まった。

「今年世界滅ぶの?」
「まっさかー」
 無責任な会話も聞こえる。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」
『明けましておめでとうございます。今年もよろしく!!
……あ、最前列になった』
「やり方わかる?」
『見てたからわかる!!
えっと、お金をこの箱に入れて……』

 タリムは財布から一万円札を五枚取り出し、惜しげもなく賽銭箱に入れた。

「ちょ、……今五万……」

 タリムはその後盛大に”ガランガランガランガラン”と鈴を鳴らして。
”パンパンパンパンパンパンパンパン!!!”と素早く手拍子をして頭を深く下げた。

『冬でもアイスクリームをたくさん食べれますように!!』
「五万円入れて願うことがそれなのかーーー?!」

 周りはクスクス笑った。

『世界が平和になりますように!!』
 ああ、切実だな。

『体重が増えずに胸囲が寅子ちゃんに勝てますように!!』
 それは色々無理だろ。

『茨先生が今年こそ結婚出来ますように!!悪い男に騙されませんように!!』
 それ人前で声に出すのやめてあげて?!

『なるべく怪我しませんように!!主にこいつが!!!』
 お前だよ、一番心配されるべきなのは。

「お、おい。願い事は静かに心の中で言えばいいんだぞ……」
『だって、だって~。
どうしても、一番叶えて欲しいことがあるから。
来年もこいつと一緒に初詣来れますように!!!』

 周りが一瞬静まった。
 僕はその間にあわてて願い事をした。

「もういいか?」
『うん!!』

 僕は周りの視線を浴びながら、タリムの手を引っ張っていった。

『ねえ、君は何をお願いしたの?』
「んー?内緒」
『ずるい~!私は全部教えたのに!!』
「人前で堂々と大声で言う必要ないっての、本来」
『そのほうが絶対神様に伝わるよ!!
それに、決意になるから。
だから五万円は決して無駄じゃないんだよ』

 今日ずっとはしゃいでいたのは不安の裏返しなのか……。
 だから今、決意を形にすることで不安を拭っているんだ。

『あ、おみくじだって。やりたい!!』

 タリムと僕はおみくじを引いた。

『大吉。待ち人来(きた)る、だって!!どういう意味?』
「待ち望んでいた人に会えるってことだ。
僕は……」

 大凶だ。大いに道に迷う、と書いてある。

『大凶……ってたしか一番……』
 凍り付いた目でこちらを見るタリム。

「大したこっちゃねえ。こうやって大凶は笹に結んでおけば大吉になるんだと」
『私も私もー!』
「タリムは大吉だから財布に畳んで入れとけ。一年間のお守りになるそうだ」
『うん!!……あ、あっちでたこ焼き売ってる!!食べたい!!』

 はしゃぐタリムを見て、改めて思った。

 神様。僕はどうなってもいい。世界のためにタリムを犠牲にしないでください。
 こんな子を犠牲にして生き長らえる世界なら、僕はそんなもの要りません。

『ねえ!!』
「うん?」
『私、やりたいことや知りたいことがたくさんあるの!!』
「そうか。じゃあ、僕も一緒にやってやるよ」
『ほんと?!やったーー!!
生きてるって、楽しいね!!』

 命を懸けているのに、そう言うのか。

「あ、そうだ」
 アハトがタリムの写真を欲しがっていたから、使い捨てカメラを買ったんだった。
 僕はタリムをパシャリと撮った。

『え?!いきなり撮るのナシ!!……お返し!!』

 タリムは僕からカメラを奪って、僕を撮った。

「僕は写さなくていいから!!苦手なんだよカメラ……」
『魂は取られないって』
「そういうこっちゃ……いてっ」

 誰かが僕の背中に思い切りぶつかった。

「周りはカップルばっかり……。
私の愛こそ彼に必要だったのに……。
もっと若い男を……他の女から奪いたい……」

 ボサボサ髪で寝巻のままの女がぶつぶつと呟きながら通り過ぎて行った。


ヒロイン交代?!

 
 僕とタリムは正月の三日間をひたすらダラダラ過ごしていた。

『くらえ、伸びる光ビーム剣!!』
「おいっ?!なんだよライトセーバーみたいなの?
リアルな剣格闘ゲーじゃなかったのか?!」

 僕とタリムは茨先生からお年玉を五万円ずつもらったので、思い切ってプレステを買ってあれこれソフトも買い込んでいた。

「一人五万って、お年玉としては多すぎるよなー」
『そう?茨先生は子どもの頃は多いときで十倍はもらってたって。
一時期はお嬢様だったとか、両親が早めに亡くなって大変だったとか聞いた』
「苦労してんだなー」
『君のご両親はあれから……』
「よそで勝手にやってるよ、きっと」
『うん……私がいれば寂しくないよね!!』
「おい、ひとをさみしんぼみたく……」

”ウウウウウウウーーーーーン!!!”

「警報……いけるか?」
『もちろん!!』

 タリムは部屋に入ってバトルスーツに着替えて武装状態になった。

『場所は……この間の神社!!』

 神社の境内へたどり着くと。
 クモのような下半身の女が、通りがかった男に糸を飛ばしてグルグル巻きにしていた。
 全身は完全に変異し……瘤はない。

「タリム」
『わかってる』

 もう、こいつは人に戻れない。
 ならば、トドメを刺すしかない。

 クモ女は僕のを方をギロリと睨んで、笑った。

≪若い男……中学生かなぁ?中学生かなぁ?
君たちカップルだよね?
恋人の前で奪うのって、ゾクゾクするぅ……≫

 ゾッとする……。

「タリム!!」
『わかった』

 クモ女は僕をめがけて糸を放った。
 僕はすぐに近くの石碑の陰に隠れて避けた。

 ……敵の狙いがこちらに来ることはさっきのセリフでわかる。
 攻撃方法が糸であることも、周りを見ればわかる。
 予測が出来れば避けられないことはない。
 そして本命は、こちらに気を取られた隙に……!!

『適合率86%……エネルギーチャージ完了。ロックオン、タリム砲、発射ーーー!!!』

 エネルギーの弾丸がクモ女の胴体を撃ち抜いた。

≪おのれぇええええええええーーーーっ!!!≫

 クモ女が糸で出来た鞭をタリムに振るった。
 タリムがそれを避けると、石畳が砕けた。

『適合率が足りない……決定打にならなかった!!』
≪エヌ、ティ……アーーーーーるッ!!!≫

 無数の鞭がタリムを襲う。
 それを全て切り払うタリムだが……

『うわぁっ?!』

 足元に潜んでいた糸に足を捉えられた。

『これ取れない……マズいぃ……』
≪若い女の血を吸って永遠の美を手に入れるーーーーーぅ!!!≫

 クモ女が牙をむいてタリムに飛び掛かった。

「タリムーーーーっ!!!」
『この時を待っていた』

 ≪あばぶべばあっ?!≫

 唐突に、クモ女は真っ二つになった。

 タリムのバトルスーツの色と形状が変わっていく。
 黒いヒラヒラした簡素なドレスのような……。
 左目は金色の宝玉のように光っている。
 そして、両手に持っているのはいつものトンファーでなく、大鎌……ただし、その刃は青く光っている。

『悪魔め、消えよ』
 タリムが指を弾くと、切り裂かれたクモ女は消滅した。

「大丈夫か、タリム!!」

 ふらりとよろけたタリムを、僕はそっと抱きとめた。
 次の瞬間。

”パァン!!!”
「え……」
『触るな下郎』
 僕はタリムに頬を叩かれていた。

『本来なら即首を撥ねていたところじゃが。
我はこの場所に慣れぬ故案内が必要なのじゃ。
命を助けてやった代わりに、貴様は我の奴隷として働けよ』


「た、たりむうううううううう?!」

 え、ちょっと何?

『タリム?……ああ、この体のことか。
我はエーリュシオン。
救世の巫女じゃ』
「……さっきの戦いで頭打った?
茨先生に診てもらわないと」
『違うわ戯(たわ)けが!!!
タリムとは別人と言っておる。
……頭の悪いお前より、茨とかいう者のほうがマシか?
黙って案内せよ』
「えっと、タリム……」
『早うキリキリ歩け!!』

 タリム……いやエーリュシオンと名乗る女は、後ろから僕に蹴りを入れた。
 ああ、これはもう悪ふざけじゃないな……どれだけふざけていたとしても、タリムにはこんな振る舞いは出来ない。
 
 僕は黙って機関へ向かっていく。

『どれだけ我を歩かせる?!
馬も輿(こし)も用意しておらんとは、お前間抜けか!!』
「えっと、そんなものこの辺にはありませんが」
『じゃあ、お前馬になれ!!』
「はあ?」
『お前が馬の代わりになって我を運べと言っておるのじゃーーー!!』

 僕は走って逃げ出した。

『こら待て!!不敬じゃぞ、我を誰と心得るかーーー!!』
「知らんわ!!お前誰だ?!はよタリムを元に戻せ!!!」
『いーーーーやーーーーじゃーーーーー!!!』

 嫌、と言っているからには戻そうと思えば出来るのか。
 少し安心した。
 僕は走りながらPHSで博士に事情を説明した。

『ぜぇ、ぜぇ……我を走らせよって……んん?なんじゃこの怪しい大きな箱は?』

 僕は必死に走って機関のビルまでたどり着いた。
 このエーリュシオンとか言うヤツは、タリムと違って僕より少し足が遅いみたいだ。
 同じ身体のはずが、なぜか。
 
 僕たちは機関のビルに辿り着いて、ボタンを押してエレベーターを呼んだ。

『うわっ、箱の中から箱がやってきた……なんと面妖な。
おい、説明せよ、なんだこれは。まさか我にこの中に入れと?』
「ははーん、さては。救世主様はエレベーターが怖いので?」

 一瞬、エーリュシオンは口を開けて固まった。

『は、は、そんな訳なかろう!!
エベレストなんぞ怖くないわ!!
こんな箱……ほぅら、入ったぞ。なんもないただの箱ではないか!!』

 僕はエレベーターのボタンを押した。

『うわっ、下がる下がる何これ?!
我の時代にこんなものなかった!!!
うわーーーーーなんだこの感覚ぅ~~~?!
暗き底まで向かうのか~~?!
もしやこの先は冥府?!
我が悪かった!!!
地上に戻してくれ~~~~~~!!!』

 博士の研究室の階に着くと、ドアが開いた。

『ここが……冥府。
フン、ただ廊下があるだけで大したことはないではないか!!
ワッハッハー……ぐえっ。段差があるならあるとなぜ言えぬのじゃ!!』

 ポンコツ自称救世の巫女は騒ぎながら転んだ。
 仕方なく手を貸して立たせてあげた。

『うむ、お前初めて我の役に立ったのう!
褒めてつかわす!!
奴隷から下僕に昇格してやろう』

 そこに大きな違いはなさそうだが。
 そして、猫耳をつけたアズニャル博士が廊下の曲がり角からにゅっと顔だけ出してきた。

「ニャーーーーーン!!!」
『これが……冥府の主……。
想像を超えた存在よ……ごくり』
「えーと……さっき手短にPHSで説明しましたが……」
「ふむふむ、どうやら本当に別人格のようだ!!
はじめましてエーリュシオン様、私は研究者のアズニャルと申します!!」

 博士は恭しく頭を下げて大げさに手を横に払う仕草をした。

『ほう、そちは我の偉大さがわかっておるようじゃのう!!
結構結構!!
ウワハハハハハハ!!!』
「この衣装はバトルスーツが変化したもの……
大変興味深い」

 博士はエーリュシオンの周りを回りながらジロジロと眺めた。

『うん?そちの視線は少し無遠慮ではないか?』

 博士はスカートの後ろ部分を捲り上げた。

『ひぅあっ?!』
「は、博士?!」
「あれ、パンツははいていないのですか?
スーツの形状変化は想定外……。
身体的な変化はいかほどでしょうか?
足の筋肉は触ったところ変化はな……」

”ドドドドドドドドド……”

 猛然と誰かが走ってくる気配がする。

「お前はタリムにそういうことすんなって前にも言ったろうがーーーーーっ!!!」

 茨先生が猛ダッシュでやってきて、博士に勢いよく飛び蹴りを喰らわせた。

「うぎゃーーーっ?!」
「おー、よしよし」

 茨先生はエーリュシオンを抱きしめた。

『お、お主が茨か……。
うわぁ~~~~~ん!!会いたかったぞぉ~~~~!!!
こいつら……こいつら酷いんじゃ~~~~~!!!』
「おお、よしよし。男たちはダメねえ。
話しを聞いてあげるからこっち来なさい。
あ、お腹空いてる?」
『空いておるのじゃ~~~~~!!!』

 しばらくして。
 地上二階の食堂でエーリュシオンはハンバーグ定食を食べていた。

『この”ワンパーク”なるものはなかなか美味である。
さすがは茨だ!!』
「よかったわね」
『うむ!!』
「それで、エーリュシオンはどこの誰なの?」

 茨先生はエーリュシオンの前に座り、僕は先生の隣に座った。

『茨、お主だけは我を呼び捨てにすることを許そう。
我はエーリュシオン、西暦1000年に世界を破滅から救いし偉大なる巫女じゃ!!
恐れ入ったか!!』
「先生、これって……」
「機関の一部しか知らないことだけど。
千年前にもあったのよ、世界終焉の危機が。
詳細はあまりわかってないのだけど……。
その時代も破滅の王が現われ、誰かがそれを止めた、ってのは確か」

 当の本人はハンバーグをムシャバクしている。

「それが……エーリュシオン?
じゃあ、なんでタリムの身体に?」
『それはじゃなあ。
霊剣があるじゃろ。この体がいつも使っておる』
「霊剣?……まさか、ビームブレードトンファーのこと?」
『びーむぶれいど……?
なにやら面妖な改造を施しておるようじゃが。
それの元になったのはほれ……』

 エーリュシオンが使っていた鎌が、一振りの青い剣に変わった。

『このように、元は剣であるぞ。
ただ、この霊剣は使い手に合わせて形状を変化出来る。
我は巫女ゆえ、儀式に用いていた大鎌にするがな』
「それでこの剣はもともとどういうもので……?」
『これは、聖なる隕鉄に人の魂を込めて創られし生きている剣じゃ。
それ故に、悪魔を斬ることが出来る』

 コイツの言う「悪魔」は変異体のことか。

「隕鉄……魂の剣……」
『千年前、剣に我の魂を宿らせ、我の手で終焉の王を倒した。
その後我の肉体は滅びたが、剣に宿りし魂は眠り続けた……
次の世界の破滅の時まで。
我の目的を果たすために』
「目的……?」
『それはお前たちが知る必要はない』

 好き勝手振る舞っておいてそれか……。

「じゃあ、その片目が金色の宝石みたいなのは……?」
『これは巫女の証。
我が魂の結晶ぞ。
それはそうと。
現代の巫女の危機から助けてやったこの我に、礼のひとつも言えぬのか?』
「ははーっ、エーリュシオン様、ありがとうございました」

 僕は大げさに頭を下げて言った。
 あー……
 なんかデジャブ感あるなこの展開。

『よろしい。ならば、引き続き我の下僕として励むがよい』
「え……もう剣に帰って下さっていいのですよ?」
『い・や・じゃ!!
目的を果たすまで身体を返さぬーーー!!』

 僕と茨先生は目を見合わせた。

「はあ……満足したらタリムに身体を返してあげてね?
その子も限られた青春時代を送っているのだから」
『わかっておるよ。わが友、茨!!』

 この僕との扱いの差……。
 こうして、タリムとゆっくり過ごすはずだった冬休みは、地獄に変わった。


地獄の冬休み(子守)

 そして、帰宅後。

『おい、下僕!!美味いもん作れ!!!
ワンパークより美味いものを献上せよ!!!』
「畏れながら申し上げます、あれはハンバーグと言ってこの時代で一番の美食でございます。
茨先生の権力があってこそ提供出来た特別なものでして……」
『まことか!!茨凄いな!!!』
「はい。今日はその次くらいの美食とされるコロッケを特別に入手しております」

 その辺のスーパーのお買い得品だけどな。
 それにしても厚かましい。
 体が同じとはいえ、勝手にタリムの服着てるし。

『……やるなお主!!!確かにワンパークの次に美味!!!
おい、食事の次は暇潰しの相手を致せ!!!』

 このノリにも飽きたな。

「あー……
じゃあ、テレビ観てて。使い方教えるから壊すなよ?」
『なんじゃこりゃあああああっ?!
箱の中に小さい人間がっ?!』


「こういう展開、漫画で見たことあるな……。
こういう時ってたしか……」
『箱から小人を取り出してみるのじゃ!!!』
「テレビを鎌で切ろうとするんじゃねぇええええーーー!!!」

”ピンポーン”

『なんじゃ、まさか敵の襲撃を知らせる鐘か?!』

 僕は一人で玄関に向かった。
 エーリュシオンは一人でテレビの前にいる。

「敵じゃなくてお客。面倒だからエーリュシオンは大人しくしてろ。
なんだ、寅子か。今忙しい……やっべぇ」
「どしたの?タリムちゃんは?」

 玄関前で寅子は首を傾げた。

「今メッチャ忙しい!!!
あいつちょっと病気で今は……」
「ええ?!大丈夫なの?!ちょっと様子を……」

 これは絶対会わせられない。

「腹痛だから!!!今は誰にも会わせられないけど!!!
すぐ治るから心配しないで!!!」
『ぎょひゃーーーーー!!!
なんか音楽流れてきたーーーーーー!!!
……誰じゃ?お前の女か?タリムの他にも女作っていいのか?』

 エーリュシオンが玄関に近づいてきたので、近くに置いてあった毛布をばさっと被せた。

『もがーーーーーーー?!』
「……今とても会わせられない状態だから、また今度、な?」
「……う、うん。
家で作ったお惣菜、置いておくね?」

 
 その日の夜。

「なあ、エーリュシオン。
そろそろタリムを返してくれないか?」
『嫌じゃ』
「……もしかして、ずっとこのままでいるつもりか?」
『ちゃんと返すからそう急かすな。
目的を果たしたら……』
「お前のんびり遊んでるだけじゃん」
『ちょーっとはこの珍しい世界を満喫させてくれてもよいじゃろ~?
このせっかちケチンボ。
……わーかった。ちょっとだけタリムと代わる』

 エーリュシオンが座ったままふらりと倒れそうになったので、慌てて身体を抱きとめた。
 目を開けたタリムは、いつものように笑った。

『大丈夫だから、心配性だなあ。
あのね、エーリュシオンは大事なやることがあるから、ちょっと見守ってて』
「タリムはそれでいいのか?」
『うん。エーリュシオンは悪いヤツじゃないよ。
目的は……そのうち話してくれると思う』
「わかった」

 タリムがまたふらりと倒れそうになって、支えようとしたのを腕で押しのけられた。

『とゆーわけじゃ!!で、今晩の晩餐はなんじゃ?』

 やれやれ……。

 それからしばらく、エーリュシオンは食べ物にワガママを言ったり、珍しいものを見つければ説明攻めをして、新聞や教科書の内容を徹底的に質問してきたり、毎朝のランニングに必死になってついてきたりした。

 それから五日後の朝。エーリュシオンを起こそうと部屋へ向かうと、何やら寝言が聞こえた。

『王よ……王よ……会いたい……。
裏切った私を……恨んでいますか……?』

 エーリュシオンの目から一筋の涙が流れた。
 僕はエーリュシオンを放っておいて、朝食の支度を始めた。
 餅をトースターで焼いて、味噌汁を作るだけの簡単なものだが。

『う~~~ん?
今日もまた餅かぁ~~~。
美味いんじゃがそろそろ飽きてき……ふぁあああ~~~』

 起きてきたエーリュシオンは偉そうな文句を言いながら席に着いた。
 そして少し黙ってからぼそりと言った。

『我の寝言、聞いておったか?』
「ああ、聞こえた。王とか、恨んでいるか、とか」
『……デリバリーのない奴じゃな……。
乙女の寝言を聞いて鮮明に覚えておるとは。
そういう特殊な性癖なのか?
後でオカズにするのか?』
「聞いちゃったのは悪かったが。
ツッコミどころ多すぎだろ」
 
 エーリュシオンはしばらく黙った後、話始めた。

「……我はな、ある偉大な王に仕えていた巫女じゃった。
じゃが、元々はただの……」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 千年前。
 私の住む村は、ちょっとした不思議な伝承や風習があるだけの、小さくて貧しい村だった。
 私は七歳の少女で、滅びた村に一人残されていた。
 戦乱と略奪で村は焼かれ、村はずれの倉庫に隠れていた私だけ見つからずに生き残っていた。
 頼れる人はいない。
 持っているものは服と、顔を隠すフードくらいだ。
 
 雨で、身体が冷えて……凍えていく。

『神様、すくってくれないかな。この目は、希望を見せてくれないな』

 ドドドドドドドドド……。
 複数の馬が走ってくる気配。
 また盗賊だか兵隊崩れの悪党が来たのだろうか。
 私は殺されるのか、奴隷にされるのか……もうこれ以上苦しいのは、嫌だな……。

「生き残っているのは一人か」

 馬に乗っている鎧を着た、逞しい若い男はそう言った。


 私はこくりと頷いた。
 彼は馬から降りてきた。
 それから私を抱き上げ、一緒に馬に乗せた。

『あなたは……誰?』
「我はーーーー、ーーーーーー国の王だ」
『王様……?』
『……私をどれいにするの?』
「違うな。我に力を貸してほしい」
『私に出来ることはないよ』

 王は私の顔を半分覆っていたフードをまくった。
『あ、見ないで……』

 私は生まれつき、左目が金色の宝玉のようになっている。
 他の村の人たちはそうではなく、私を気味悪がっていた。

「お前は……やはり、秘術を使う一族の末裔のようだ。
特別な才覚がある証が、金の瞳……」

 王は私の瞳を覗き込んだ。

『この目があっても……何も出来ません。
酷い未来が勝手に見えることがあって、それを大人たちに言っても、誰も信じない……。
ただの呪われた目なんだ……』

 私は顔を伏せて泣き出した。

「その目は、未来を見る目なのか……」

 王は、私の両肩を掴んだ。
「辛かったな。
だが、これからは我がお主を守ると誓う」
『守る……?』
「そして、お主はこれから巫女となり、その力で我と我が王国を守ってほしいのだ」
『私にそんなこと……?』
「出来る!!!」

 その言葉は……声も、顔も、逞しい腕も、全てが確信に満ちていた。
 私は、頷くしかなかった。
 王は笑って、私を一緒の馬に乗せた。

「振り落とされるなよ、しっかりつかまっていろ」
 私はその逞しい王の背中に後ろからしがみついた。
『は、はい!!』

 気が付くと、空は晴れていた。
 馬は走り出した。
 私はそれから、ずっとその背中を見続けていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『……ということがあってな。
それから、我は王の庇護のもと、巫女としてその役目をまっとうしたのよ」

 エーリュシオンは誇らしげに、けれどどこか悲し気に語った。

「じゃあ、"裏切った"って言うのは……?」
『おい、すっかり餅が固くなっておるではないか!!
お主が話せ、っちゅーからこんなことに!!!』

 今はこれ以上は話してくれそうもない。

「わかったよ、レンジで温め直せばいいだけだから」
『お主……なかなかやるではないか!!
下僕から従者に格上げしてやっても……いだだだっ?!』

 僕はムカついたのでエーリュシオンのほっぺたを両側から引っ張った。


 

騒乱の学校 

 それからまた少し日が経って。
 冬休みが明けた。

『今日から学校かー!楽しみじゃのー』
「家で大人しくしてる気は……」
『お前がおらんかったら誰が我の面倒をみるのじゃ!!』
「まって、そのヒラヒラした服で行く気?!
制服着なきゃ学校入れないよ?!」
『あん?巫女が巫女服を着て何が問題あるというのじゃ?』
「お願いですから制服とパンツを着て下さい。
タリムのために!!!」
『なんじゃこの”ぱんつ”なる窮屈な布切れは!!
お前にやるから頭にでも被っとけ!!!』

 た、助けてくれ茨先生!!戻って来てタリムーーーー!!

「なら、今日からご飯作りません」
『ご飯がないならお菓子を食べれば良いわ!!』
「ゲームの相手もしません」
『なん……じゃと……。
だが、一人でも遊べる……』
「ケーブルを隣の家に預かってもらいます」
『……パンツだけは履いてやろう』

 一歩進展。あともう一歩。

「僕、エーリュシオン様の制服姿見たいなー。
滅茶苦茶似合うはず!!」
『なぜお前の趣味に合わせんといかんのじゃ~』

 ブチっ。

「ワガママばかりの幼稚園児かテメーはっ?!はよ着替えろや?!」
『やめて、無理矢理パンツ履かさないで?!』

 バタバタしながらようやく家を出た。

 ふと視界の端に蝶の鱗粉のような粉が見えた気が……。
 まさかな。

 教室。

「タリムちゃん久しぶりー」

 女子がエーリュシオンに声をかけてきた。

『なんじゃ貴様は、馴れ馴れしいな』
「え」
『我は千年前世界を救いし偉大なる巫女エーリュシオンじゃ!!
一同頭を下げい!!!』

「……」一同、沈黙。
『どうした?我に恐れをなして言葉も出ぬか』

 一瞬の静寂の後。

「はははははははははは!!!」
「うわなにそのキャラ!!」
「正月に見たアニメかなんか?」
「影響され過ぎ!!!」

 クラスメイト達は爆笑しだした。

『え、あ、ちょっと、そこ笑うところでは……。
おい下僕!説明してやれ!!』

 従者に格上げされたはずでは。

「げ、下僕……!!
久しぶりに下僕扱いされてる!!」
「腹いてえ!!!」
 クラスが爆笑する中、僕はため息をついた。

「タリムちゃんおはよー。
みんな何笑ってんのー?」

 寅子が来て、タリムを抱きしめながら言った。
 ちなみに、エーリュシオンになってからは寅子に会わせていない。

『?!』
 エーリュシオンは宇宙の深淵を覗き込んだような顔をした。

「タリムちゃん……?」
『茨といい……
お主、お主はーーーーっ!!』
「え?なに?」

 エーリュシオンは寅子の両乳を持ち上げながら叫んだ。

『なんだそのふざけた乳はーーーーーっ!!!
そんなデカいのなんに使うつもりだーーーーっ!!!
デカい上に丸っといい形しやがって!!
オマケにいい匂いするし!!!
我の時代にこんな乳はなかった!!!
ふざけるなよ!!!』

 再びクラスは爆笑しだした。

 寅子はこちらをジロっと見て言った。
「どういうこと?」
「あー……」

 僕は寅子とエーリュシオンを連れて保健室へ行った。

『いばら~~~~!!』
「おお、エーリュシオン。よしよし」

 エーリュシオンはさっそく子どものように抱き着いている。

「で、どういうことなんです?エーリュシオンとか……」
 寅子はしびれを切らすように言った。

 正直困ったものだ。
 クラスメイトはタリムがまた馬鹿なことをしてアニメかなんかの成り切りだと思っているが。
 親しかった寅子にはそうはいかない。明らかに違う言動に、記憶だって一致しないのだ。

「これは……一時的な二重人格ね」茨先生がそう言った。
「二重人格?!ドラマとかでたまにある……どうして?!」
「あー……それは」と言いながら茨先生がこっちにウインク。

 大事なところは考えてないんかい。
 あ、そう言えば昨日偶然聞いたラジオでこんな言葉を使ってたな……。

「中二病……という病を知っているか?」
「なにそれ……どんな病気?」
「理想の別人になりたい欲求が強くなって、言動が変わってしまう厄介な病気なんだ」
「え……なにそれ。どうしたら治るの?」
「ほっといたら治るから……無暗に否定せず、今まで通り接してやってほしいんだ」
「あ、うん……ところでタリム……いや、エーリュシオンちゃんて呼んだほうがいいの?
いつの間にかいないんだけど……」
「!!!」

 あいつ……どこへ行きやがった!!!

『おーい、面白いもんみつけたぞ!!』
 エーリュシオンが50センチほどの裸婦の石膏像を抱えてきた。

『なんでこんなえっちなもんが学校にあるんじゃ?!
絵の具で肌色を塗ってやらねば無作法というもの」

「ああ……」
 おおよそどこで何をしてきたか見当が付いた。
 
「それを美術室に戻して来ぉおおおおおおおおいっ!!!」
『ひゃうっ?!』

 その後、一日学校でエーリュシオンと過ごしたわけだが……。
 授業中昼寝をするならまだいい。
 体育の授業で寅子の胸が揺れるたびに「ぷるん!!」と言って周りを笑わせるわ。

 廊下で校長先生と口喧嘩した挙句、怒ってヅラを取り上げて外に投げるわ。

 休み時間に男子生徒でお馬さんゴッコするわ。
 不良に絡まれた女子を守るために派手に蹴りをしようと思ったら……

 ずっこけてパンツ丸見えになるわ。

昼休みに周りから給食のおかずを献上させるわ。
 ……わりと何人かノリノリで付き合ってくれたが。

 本人はそれはもう、とてもとても満足そうだった。
 そして後始末に翻弄された僕の寿命はおそらく三年は縮んだ。
 ……まあ、なんだかんだでクラスメイトは楽しそうだったけどな。

 放課後。
 クラスメイトたちはエーリュシオンに声をかけて帰っていく。

「バイバーイ!エーリュシオン様!!」
『おうよー、給食の春巻き美味かったぞー』
「エーリュシオン様、また俺に乗って下さい!!」
『うむ、次はもっと早く走れよ!!』
「ヒヒーン!!」

 お前に人間としての誇りはないのか?

「エーリュシオンちゃん、校長先生のカツラ取ったりするのはやめようね?……くくっ」
『なんじゃ、お主笑っておるではないか!!ワハハ!』

 マジでやめろ。

「エーリュシオン様、不良から守ってくれてありがとう」
『お安い御用じゃ!!臣民を守るのは高貴なる者の務めよ』
 
 なんだかんだで、人に好かれるヤツだな。
 傍若無人なだけで。
 尻拭いしてるこっちはたまったもんじゃないが。


激怒

 僕とエーリュシオンは帰りながら話した。
 僕はタリムの装備を詰めたケースを持っているのでなかなか歩きづらい。
 以前は黒鵜先生が(おそらく僕たちの学校生活の邪魔にならないように)持ち歩いていたんだが。

『ああ、楽しかった』
「学校生活を随分満喫されたようで……」
『こんなに楽しかったのは……
平和な王宮での生活以来じゃなあ』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『わあ……!!!』
 
 遠征から帰還した王は、二列に並ぶ家臣たちの礼に迎えられた。
 王宮での暮らしは、村育ちの私にとって未知のものばかりだった。
 礼儀作法や学問、武術まで厳しく教えられた生活は楽なものではなかったが……。

「今日一日、多くを学べたか?」
『はい、陛下!!』

 一日の終わりに、王は私に一言だけわざわざ声をかけにきてくれた。
 それがなによりも嬉しくて、自信を持ってその一言に応えられるように、私は努力した。
  
 あるとき、王はこう言ってくれた。
「お前は一人前の巫女になった。
これからは……そうだな。
異国の言葉で”楽園”を意味する……
エーリュシオンと名乗るがいい」
『あ、有難き幸せ……!!!』
「エーリュシオン、我には夢がある。
この国だけでなく、世界を争いのない楽園にすることだ。
そのために力を尽くしてくれ、巫女よ」
『はい、陛下!!!』

 王は、私に夢を語ってくれた!!!
 私に力を尽くしてくれとまで!!!

 私は夢見ていた。あと数年すれば、私は大人の女性になれる。
 そうしたら私は、誰よりもあのひとの傍にいられると。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『お前は、少し似ておるよ。我が王に』
「え?」
『まあ、我が王はお前と違って逞しく、威厳に満ちたお方で、そりゃあもうカッコよくて仕方なかったがなあ』

 エーリュシオンは僕の顔をちらりと見てから言った。

『やっぱあんま似てなかったわ。スマンスマン』
「オイ!!!」
『まあ、見かけじゃなく、なんじゃろうなあ……。
あ……そうか。
我、ずっとこの娘と魂が繋がった形でお主を見てきたからか……。
そうか、この娘もお前の背中をずっと……』

 うん……?

『おっと、客が来たようじゃな』

 僕たちが振り向くと、後ろにアハトがいた。
 それも、武装した状態で……凄まじい殺気を放ちながら。


あとがき

 今回も前後編です。
 長い話になって、読むほうも大変だろうなぁ……と反省しております。
 必要なものを盛り込みつつ、日常シーンも入れて、テンポよく短く……というのは思った以上に難しいですね。
 サービスシーンで休憩しながら楽しんでいただけたら幸いです。

次回


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