機密天使タリム 第八話後半「これからクリスマスと世界を消し去るよ」
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クリスマスの約束
数日して、クリスマスの朝、教室で。
「今日はクリスマスか……」
何気なく僕はそう呟いた。
「おーおー、お前も俺たちクリボッチ組の仲間入りだな!!
最近ずっと一人でいるもんな!!」
男子生徒のひとりが声をかけてきた。
「うるせー、元々僕はそんなもん嫌いだ」
ふと、横から視線を感じた。
「……タリム」
『……』
タリムは無言で視線を逸らした。
ここ数日はまるで僕を避けているようだったが、今日は少し違う気がする。
休み時間も、無言のまま視線だけ時折感じた。
昼休みも。
それから、放課後。
僕は一人で帰ろうと立ち上がった。
『あ、あの……っ!!』
「タリム……?」
タリムが下を向いたまま何か言おうとしている。
『あの……』
「……うん」
しばらく沈黙が続く。
『……(お**てる?や**く)』
「うん?」
小さな声で、ほとんど聞き取れない。
「今、なんて……」
女子生徒の一人が走ってきた。
「ねえ、みんな寅子ちゃん見なかった?!」
「どうしたの?」他の生徒が聞き返す。
「五限の体育の終わりから姿が見えないの!!!
保健室にもいないし、誰も知らないって!!!」
今は六時限目の終わり……約二時間の間、誰も見ていない?
「タリム、話は後だ!!!」
『あっ……』
行方不明
僕は走り出した。
校舎裏、いない。
体育館、いない。
体育館の倉庫、いない。
あいつの性格からして、具合が悪くなって誰にも言わずに帰るのは考えづらい。
教室から体育館につながる進路は一通り調べた。
残りは……外側にある体育倉庫か?
念のため、職員室で鍵を借りておくか。
校内の裏手にある体育倉庫。
ここには主に体育祭などで使う、普段は使わない物がしまわれている。
なので、あまり人目につくことはないが……。
外から南京錠が閉められている。
「まさか……寅子、いるか!!!」
中から声がする。
「あ、あんたいるの?!私ここ!!!出られなくなっちゃって!!!」
「待ってろ!!」
中に人がいることを確認せずに閉めた馬鹿がいたのか?
僕は慌てて鍵を開けた。
中には小さなピンクの蝶が飛んでいた。
「寅子!!」
「ごめん、中で足を軽く挫いちゃって!」
「今助ける!!」
明かりはついているものの、薄暗い体育倉庫に入る。
僕は寅子の傍に行って、肩を貸した。
「どうしてこんなところに……足大丈夫か」
「うん、そこまで酷くは。
誰かが、あれ、先生だったかな?
ここに用事があるから、
私……
それで足を挫いて……
気が付いたら一人で……あれ?」
しっかり者の寅子にしては妙だ。
話がはっきりしない。
「まあ、いい。
早く出るぞ」
視界の端で蝶がひらひらと飛んで、粉が舞い散った。
「あ、待って」
「お、おい?!」
寅子が肩を借りる……というより、横から抱きついてきた。
「何やってんだ、そんな掴まり方じゃ歩けないだろ」
「そうだね、おかしいなあ……」
”ガチャン”
「うん?」
「今……ガチャン……って」
出口が、閉まっていた。
必死に開けようとしても開かない。
「おおおおおい!!!開けろ!!!まだ中にいるんだぞ!!!!」
僕は叫んで扉を叩いた。
それから扉に耳を当てた。
立ち去る足音がする。
「まさか……」
いや、まさか……
でも……
中に人がいるのがすぐ分かる状況で、こちらが気を取られているタイミングで、扉を閉めたということは。
それに、寅子がここに来た不自然な状況。
「誰かが僕たちをハメた?!」
「え、誰か、って……誰?!閉じ込められたって……」
「いやいや、冷静になろう。
僕にはPHSがある!」
「校則違反……」
「言ってる場合か!!内緒だけど。
えーと、茨先生……あれ、つながらない。
タリム……あれ?
じゃあ、寅子の家……あ、あれ?」
「どこにもつながらないって……通信障害?!
え、これ、ヤバいんじゃ……
それにしてもなんか、暑っ……」
蝶がひらひらと鱗粉を撒きながら飛んでいる。
今十二月だぞ。
暖房もないコンクリの部屋でなんでこんな……。
長くここにいた寅子は全身汗をかいて、ジャージの上下を脱いで、体操着とブルマ姿になっている。汗で、上の下着が透けて見える。
その状態で僕にしがみついたままなのだ。
「と、とりあえず離れて……。
ジャージ着て」
「なんで……?」
「なんでって、今十二月だし」
「なんか……すっごく暑くない?」
「ああ……なんでかな。汗が出る」
「あんたも脱いだ方がいいよ、ジャージ」
「うん……」
蝶がひらひらと鱗粉を撒きながら飛んでいる。
ピンク色の、綺麗な蝶だ。
「そういや、最近二人きりでいることって少なくなったね」
「ああー、そうだな」
「たまに三人で帰ったりするけど。あんただいたいタリムちゃんにべったりだったし」
「べったりまで言うか?」
「うん」
「まあ……でもここ数日は……」
「喧嘩でもした?」
「うん……喧嘩なのかなあ」
「なんか最近二人とも元気なさそう。早く仲直りすればよかったのに」
「……うーん、何がどう悪いとか、よくわかんなくてさ。
歯車が急に噛み違ったみたいに、次々と……合わなくなって」
「なにかきっかけは?」
「大きなきっかけは……大したことじゃなかったような。
ちょっとのズレが、どんどん大きくなって……
少し意地を張ってたのもあるのかな……」
「ねえ、私とは?」
「うん?」
「昔は……小学校の頃はもっと一緒に二人で遊んでた。
でも、小五であの事件があって、あんたが都会に行って、今年になって帰って来て。
せっかくまた会えたのに、なんでだろね。
昔みたいになれなくて」
「お互い少し大人になったから、小学生のままとはいかないだろ?」
「そっか……」
蝶がひらひらと鱗粉を撒きながら飛んでいる。
甘い、いい匂いがする。
「ねえ、凄く暑い……。
上なら脱いでいいでしょ?」
寅子は汗で濡れた体操着を脱ぎ出した。
「お、おい……」
「少し大人になったら、大人なりの付き合い方をすればいいんじゃないかな……」
蝶がひらひらと鱗粉を撒きながら飛んでいる。
ピンクの綺麗な、甘い甘い香りの……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
孤独と誘惑
それから少しして、夕方。
タリムは、公園でブランコを漕いでいた。
膝には小さな包み。
地面には、今まで黒鵜が持ち歩いていた装備一式が入ったケースが。
最近は少年が持ち歩いていたが、ここ数日は自分で持ち歩くようにしていた。
「タリムちゃん!こんなところにいた!」
『アハトちゃん……』
タリムの元に、アハトがやってきた。
「今日のクリスマス、どうするの?あの人と過ごす約束したんだよね?」
『うん……。
けど……。
行っちゃった……。
クリスマス嫌いだって』
「約束忘れちゃったのかな?
どこへ行ったんだろう?」
ピンクの蝶がひらひらと飛んできて、タリムの髪に留まった。
『わかんない……。
前は、思ったことはもっとたくさん話せていたし、
あいつも思ったことはなんでも言ってたのに。
……どうしてこうなっちゃったんだろう』
「タリムちゃんはそいつをどう思ってるの?」
『どうって……。
わかんないよ……。
今は、なんか苦しいよ……』
しばしの、沈黙。
「別の子と一緒だったら、もっと苦しいよね」
『え……あいつ、寅子ちゃん探しに行ったんでしょう?』
「あの二人がもし、タリムちゃんを騙して二人きりで過ごしているとしたら?」
タリムの髪に留まった蝶が飛び、もう一匹の蝶が現われ、二匹がくるくると踊るように回り始めた。
『何言ってるの?二人がそんなことするわけないじゃん』
「あなたがいなかったら、二人はもっと仲良くなってたって、思ったことない?」
『あ……。
でも、あいつはいつも私を支えてくれた。
寅子ちゃんとはライバルでも親友で……』
「それが全部上っ面だけの嘘だったら?
哀れみだけでタリムちゃんに接していたとしたら?
その上で、最高のタイミングで裏切ってタリムちゃんを嘲笑おうとしていたら?」
しばらくの沈黙。
『どうしてそんな酷いこと言うの……?』
「酷いのはあいつらさ。
ボクは君を絶対に裏切らない。
ねえ、あいつが約束を破ったら……どうするんだっけ?」
『”世界を丸ごと壊す”……なんて、するわけないじゃん』
「そこまでされて、自分を犠牲にしてまで守るものがなにか残ってるかな?」
アハトが何かをタリムに手渡した。
「ね、これ私からのクリスマスプレゼント……受け取ってくれるかなあ。
なによりの、親愛の証」
タリムが受け取ったのはガラスの小瓶。
中には、小さな芋虫のような……。
いや、虫じゃない、これは見たことがある……。
「君が受け入れてくれたら、もっと楽になれるよ」
アハトはタリムを体育倉庫前に連れて来た。
「次はここ。あれをさっきみたいに綺麗に吹き飛ばしてよ。
君なら出来る」
『……どうして』
「あの中に君を騙した二人が逢引きしているからだよ」
『……うん』
蝶がひらひらと周囲を舞い始めた。
一匹……二匹……五匹……十匹……二十匹……。
「まだボクを信じずに、二人を信じる?
なら、開けてみてよ」
『……うん』
タリムは素手で体育倉庫の鍵を引きちぎり、扉を一枚外へ放り投げた。
「タリム?!」
「タリムちゃん?!」
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破滅の訪れ
急に開かないはずの体育倉庫の扉が外側から開けられた。
『どう……して……?』
下着姿で汗だくの僕と寅子を見て、タリムは愕然としていた。
「タリムこそ、なんで………」
「違うの、これは……」
寅子はそう言いかけて倒れた。
タリムは小瓶と、片手に持った包みを握りしめた。
八戸がその隣に来て、タリムの腰を抱いた。
”ウウウウウウーーーンンン!!!”
「警報、こんなときに……?!」
「……える……聞える……?」
タリムの通信機から、辛うじて茨先生の声が聞えた。
「変異体の力の発信源はすぐそこ……
そこ……いや、タリムのすぐそば……
いえ、これはタリム……
”ガガガガ……”」
「まさか……
発信源は……」
「そう、タリムちゃん」
八戸はニヤリと笑って言った。
「この状況を作り出したのは八戸、お前だな」
「えー、なんのことかなー?
それより、二人で下着で汗だくなの、どう弁解するのかなあ?」
「これは……寅子が閉じ込められていて。
出られなくて外に連絡も通じず!
段々暑くなってきて……」
”くしゃ”
タリムが持っていた包みを強く握って、それを地面に落とした。
『もう、いいよ。
何も言わなくて。
私が邪魔者だった、
最初から、
最初から……
素直に言ってくれればよかったのに……』
タリムははらはらと涙を落としながら、力なく笑った。
「タリム……」
『来るな!!!』
僕の足元に何かを撃ち込んだ。
「これは……黒いエネルギー……?
黒いタリム砲……だと?」
『あのね、二人とも。
今までありがとう。
私が邪魔者だったとしても、
それでも、ちょっとだけ、ちょっとだけ、楽しかったんだ。
だけど、疲れちゃったから。
これからクリスマスと世界を消し去るよ』
「待て、タリム!!
お前は勘違いしているだけだ!!
全て八戸が仕組んだ……」
タリムの全身を黒いエネルギーが包み込んだ。
制服が破れ、ケースから装備が飛び出し、それを身にまとった。
ただし、その色は黒く、形状は禍々しくなった。
かつての凛々しい姿とは程遠い、破壊的な悪魔を思わせる姿だ。
八戸は冷たく笑った。
「馬鹿だなあ。
しゃべればしゃべるほどドツボにハマっていく。
だけどね……これが見たかったんだよぉおおおおお!!!」
「八戸……お前の目的はなんだ?!
いったい誰なんだお前は?!」
「八戸アハトという名前は愛称から自分で作った仮の名前さ。
本当の名前は、Type-α8T。
八番目の実験体、機密天使の失敗作さ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
四年前。
ボクはずっと孤独で、いつも研究者たちに弄りまわされていた。
適合率は相変わらず上がらない。
そう遠くないうちに破棄されるだろう。
いつもいる研究所から遠く離れた別の研究所に、検査だか被検体の比較とかで連れて来られたその場所で。
……目にした。
別の部屋で、研究者の女と楽しそうに話して、走り回っている、ボクと同じくらいの年の女の子を。
綺麗な顔と身体をしていた……ボクと違ってどこにも欠損もなく、機械も目立った場所に埋められていない、それでいて本当によく笑う……。
太陽のような子。
「ああ、ああ!!!」
ボクに今までずっと感情らしいものなんてなかった。
絶望と失意の暗闇しかなかった。
そこに、ただ一つの太陽が現われたんだ!!!
「ああ、あれがほしい!!!」
欲しい……?いや、そんな生温い感情なんかじゃない!!!
「あれを独占したい!!!
自分色に染めたい!!!
穢して壊して徹底的に愛して愛して愛し抜きたいんだ!!!
例えどんな手を使っても!ボクが憎まれようとも!!!」
研究者たちは言った。
「何故か比較実験の日から適合率が不規則に大きく上がるようになったな」
「不規則に激しく上下……メンタルも不安定」
「全く思い通りにならない実験体……」
「安定した11番とは比較にならない」
「廃棄だな」
それから、ボクには他の名前と人生が与えられる手はずだった。
そんなのごめんだ。
ボクは太陽を手に入れることだけが、生き甲斐なんだから!!!
そして今日!!
お前がどれだけ太陽のまわりをうっとおしい虫のように飛び回ろうと!!!
遠くから眺めるだけで、我慢して我慢して……
周到に用意して……
ようやく今日という日に辿り着いた!!!
全ては、ボクの太陽を手に入れるために!!!
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……ってことなんだよ。
わかったかな、虫けらのような少年」
八戸は自分のことを満足げに語り終えて、歪んだ微笑みを浮かべて僕を見た。
「狂ってるな……
いや、哀れだ。
どうしてその研究者たちは、お前をひとりの人間として接しなかったんだ……」
「なんとでも言いたまえよ、負け犬君」
タリムが背を向けて歩き出した。
全身が黒いエネルギーに覆われたまま。周囲に熱さと冷たさが入り混じるような、異様な空気の流れ。
足元の砂が赤く溶け、冷えてガラス化し、踏みつぶされて”くしゃり、くしゃり”と音を立てた。
僕は急いで服を着て立ち上がった。
そしてタリムの落としたくしゃくしゃの包みを掴んでから少し考えて、体育倉庫に置き去りにした自分のバッグを取りに戻った。
倒れている寅子をそのままに、僕はタリムの前に回り込んで立ち止まった。
『なんの……つもり……』
タリムから黒いエネルギーがあふれ出て、周囲の砂がどろりと赤く溶けて流れていく。
「これ、僕へのプレゼントなんだろ?」
「くくく……墓穴掘ってる。これは見物だなあ」アハトが嘲笑った。
『違う……ただのゴミだから捨てた』
「違うな」
僕はくしゃくしゃになった包みを開けた。
『開けるな!!!』
中には曲がった緑のネクタイが入っていた。
僕はつけていたネクタイを外し、それを取り出してつけた。
「少し曲がったけど、アイロンかければ大丈夫だな」
『今さら……なんのつもりだあぁああああああああああ!!!』
「クリスマスプレゼントありがとう。これは、僕からのお返しだ」
僕はバッグからネクタイと同じ包装紙の包みを取り出した。
『え……』
「あのとき、同じ店で買ったんだよ。
……あ、僕が開けちゃっていいか?
そんなナリじゃ自分で開けられないだろ」
『あ……』
タリムは黒いエネルギーをまとった自分の両手を見つめてから、僕が取り出したものを見た。
『緑の……チョーカー?
なんで……』
「なんでって、あのとき、たぶん君がネクタイを買ってくれるんじゃないか、って思ったから。じゃあ、せっかくだからお互いに身に着けるものを贈り合えたらいいな、って」
『なんで緑……』
「前から気になってたけど、君はいつも色は緑を選ぶよな?
ハンカチとか。好きな色なのか?」
『……私の故郷では、緑は幸運を運ぶ風の色って、言い伝えがあって……。
”あなたに幸せと風の守りがありますように”っていう、
願いを込めて……送る……
……つもり、だったんだ……』
タリムが顔を両手で覆った。
手から伝い落ちた涙が音を立てず、蒸発して消えていく。
全身の黒いエネルギーが消えていく。
「そうだったのか。
僕は、”タリムと同じ気持ちでいられますように”って願いを込めて、
タリムが選ぶ色と同じものを選んだ」
『……うん』
「あ、あとさ……」
『……何?』
僕はチョーカーの刺繍を見せた。
『うん……あれ?
T・A・L・I・M……?
字が歪んでる……』
「あのさ……。
ただ買って渡すだけじゃあれだしさ。
それ……慣れないことはするもんじゃないよな」
『自分で刺繍を?ほんっとに……馬鹿だなあ。
めんどくさがりの不器用なくせして……』
「上手く出来なくて、ゴメンな」
『なんで、わざわざ……』
「大事な名前だろ?
どんなことがあっても忘れないように、っていうお守りのつもり」
『ほんっとに馬鹿だなあ……。
自分の名前を忘れるわけないでしょ……』
……まあ、そうなんだが。
「何があってもタリムがチョーカーと一緒に無事に戻ってきますように、って願いを込めてさ。
……ホント、らしくないことしただろ?」
『……うん、ホントだね。
無くさないよ、絶対。
ずっとちゃんと大事に持っておくから。
絶対無くさないから』
「そっか」
『うん』
先ほどまで余裕だったアハトが狼狽えた。
「え、まさか、こんなことで、安っぽいプレゼントひとつで、許したりしないよね……?」
『全然、安っぽくなんてないよ。絶対、大切にする』
タリムは僕にそっと近づいてチョーカーを受け取り、ヘルメットを地面に投げ捨てた。
『あとね、それはクリスマスだからじゃなくて、誕生日の、ヤツだから……』
「たん……あ。
そうか……ここしばらく誰にもそういうの祝ってもらえなかったから……
忘れてた」
『……えへへ』タリムは照れ笑いしながら、涙を拭いた。
タリムの翼が白くなっていき、装備もいつもの形状と色に戻った。
アハトは激怒した。
「ボクならもっと素敵なクリスマスプレゼントを用意した!!
エメラルドのネックレス……
世界に一個しかないヤツさ!!
家に用意しておいたんだ。
きっとタリムちゃんに似合う……」
『いらない』
アハトは肩を落とした。
「どうして……」
『冷静になると、わかった。
色んな状況も、あなたの言うことも全部おかしい。
たぶん、私は自信がなかったんだ。
それを人のせいにしたから、付け込まれただけ』
「な、何を言ってるの……?裏切り者を……汚い裏切り者を……」
タリムは小さな触手が入った瓶を地面に投げて足で潰した。
『私の大事なひとたちを悪く言うな!!』
タリムがトンファーを構えてアハトに殴りかかる。
「参ったなあ……。例え今回はボクのせいだったとしても、今後二人が裏切らない保証なんてないよ?」
「自動変身システム起動!!」
アハトはいつの間にか黒い翼に、黒いスーツ、そして黒いヘルメットに長刀を身に着けた。。
タリムは素早い蹴りを放つが、アハトは鱗粉をまとい黒い影のようになったかと思うと、タリムの後ろに現われ、背中に蹴りを入れた。
「本当に参ったよ。荒っぽいことは嫌いなのに」
タリムは何度も殴りかかるが、当たったはずの攻撃が空を切ったり、黒い影のようになって消えては現われるアハトに反撃を受け続けた。
『うぐっ!!』
タリムは変幻自在の斬撃を辛うじてトンファーで防いだが、片方のトンファーを手から弾かれてしまった。
僕は地面に落ちたトンファーを手に取った。
「ちょっと、少年!!それを放しなさい!!」
今車で到着した茨先生が叫んだ。
「普通の人間に扱えるようなものじゃ……
手が焼き切れるわよ?!」
確かに、持った手の皮ふが焼ける。
だが、少し持てればいい。
無防備にその辺を飛び交う蝶を切り払えれば……五秒もいらない。
僕は飛び交う蝶たちを切り払って、トンファーを地面に落とした。
「な……!!貴様ぁーーー!!!」
「八戸、お前の能力は精神操作……
蝶の鱗粉を使って精神や感覚を惑わす。
姿が消えたように見えるのもそのせいだ。
他にも、監視能力があったら裏工作するのに便利だよなあ?
ひょっとして、ピンクが幻惑、銀色が監視能力か?
蝶さえなければ……」
『こんのぉーーーー!!!』
タリムの渾身のパンチが、アハトの顔面を捉えた。
アハトはそのまま後方に吹き飛んだ。
僕はトンファーをタリムに投げ、タリムはこちらに背を向けたままキャッチした。
「連射するボクのタリム砲にどっちみち勝てるはずがない!!」
アハトは立ち上がり、エネルギーをいくつも発射する。
何発かがタリムの身体のあちこちに当たった。
『くっ……!!』
「エネルギーの嵐の中じゃ動きようがないでしょ?
もう、君が思い通りにならないなら……
殺すしかないよね。
タリムちゃんじゃなく、そっちの二人を」
『やめて、なんの意味があるの……?!』
「タリムちゃんが憎しみでボクだけに目を向けてくれるようにさ!!!」
『ふざけるなああああああああっ!!!』
タリムはエネルギーの弾丸を受けながら前へと歩いて行った。
「馬鹿な!!なぜ効かない?!」
『アハトの攻撃は見せかけと惑わしばかり。
覚悟していれば大して痛くない』
「だが、決め手のタリム砲が撃てない今の君が勝てるはずが!!」
『そんなの、今は必要ない』
「……は?」
タリムはトンファーで殴りかかった……と思えば、くるりと背を向けてながら上空へ跳び、アハトを踏みつけた。
「ふざけっ……」
アハトは不意を突かれてよろめくも、立ち上がる。
タリムは背中を向けたまま両手を後ろに回してアハトを掴み、横に転がすように地面に叩きつけた。
「あぐっ?!」
さらに倒れたアハトを組み技で腕の間接を捻り上げた。
「うぐぁ?!
ま、待って……」
タリムはアハトの上に馬乗りになり、アハトのヘルメットを無理矢理外した。
「待って待って!!
冷静に話し合おう?!
お願いだからボクの話を聞いて……?!」
タリムはそのままアハトの顔や腹部をボコボコに殴りつけた。
「うぎゃっ??!
話を……話を聞い……っ?!
ぎゃっ?!痛いっ!!
わかった、ボクが悪かった、
もう二人には手出ししない!!
ぎゃーーーーーー?!」
その一言を聞いたタリムは、アハトの上から離れた。
『もう、終わりにしよう』
「と、トドメを、刺すの……?
フフフ、いいよ。
それならボクは憎しみという形で君の心に永遠と生き続けられるから……」
『何を言ってるかよくわかんないんけど、お仕置きは終わり。
私ちょっと怒り過ぎちゃったかな』
ちょっとどころじゃないガチギレだと思うんだが。
あのままタリムが暴走していたら本当に世界を破壊していただろうか……。
タリムは装備をケースにしまって、茨先生が持ってきた制服を着た。
「ボクをこのまま見逃すと?
ボクにまた同じことを、もっと酷いことをされると思わないのか?」
『ん?だってさっき言ってたじゃん。
”わかった、ボクが悪かった、
もう二人には手出ししない”……って』
「それ……信じるの?」
『なんで、疑う必要があるの?
一応、こんな形でも、友達だったんだし。
……今は大っ嫌いだけど』
アハトは漠然とした後、笑った。
「あはははははは!!!
なんて君は!!!馬鹿なんだ!!!
だからタリムちゃんは周りから利用され続けているんだ!!!」
『……私は、今の生き方を自分で選んだよ。
利用されるとか、関係ない』
「君がボロボロになって死んだら、
彼と寅子はきっとくっつくだろうね?
あの世から君はそれを歯噛みすればいいさ」
タリムはアハトを見つめて言った。
『それで構わない。
私の誇りは、私の大好きな人たちを守ることだから。
その人たちには、幸せでいて欲しい』
「君が生きている間、戦って傷ついている間にそうなっても?」
『私と寅子ちゃんはライバルだから。
どっちが勝っても祝福するって、前に二人で決めている。
たとえ悔しくても。
それが想像以上に苦しいって今日わかったけど……
それでも、誇れる自分でいたいから遠慮なく競いたいんだ。
だからもう、アハトの言うことは聞かない』
アハトは顔を手で覆って呻くように叫び出した。
「意味が、わからない……。
愛は、愛はねえ!!!
相手を独占しなきゃ、捕まえておかなきゃ!!!
思い通りにしなきゃ!!いけないんだよ!!!
常に張り付いて見ていなきゃ!!!
すぐに逃げ出して、捨てられてしまうんだ!!!」
タリムは大きなため息をついた。
『あなたの言っているのは愛じゃないと思う』
「じゃあ愛ってなんなんだ?!」
『私だってあんまりよくわかってないけど。
自分の身を盾にして誰かを守る愛。
自分の罪を背負ってでも誰かの背中を支える愛。
自分の利害を抜きに、友達を助けたり支え合ったりする愛。
それから……無力でも、ただ相手を思いやり、隣で支えようとする愛。
たぶん、色んな形があるんだと思う。
そして、その人たちは私を信じて、任せてくれる。
だけど、突き放したりしない』
僕はこれまでのタリムと経験した多くのことを思い出した。
『少しくらい離れていたって、心はいつも一緒にいて、支えてくれる。
だけど、アハトのだけはその中に入らない。根本的に違うんだ。
自分の欲望や理想を押し付け、相手を思い通りにしようとするのは、愛から最も遠いものじゃないかな』
「愛なんて、ただの利害関係を美化したものに過ぎない!!!
いつか、いつかきっと捨てられ……裏切られ……
ボクのように……!!!」
アハトは顔を両手で覆って泣き始めた。
タリムはアハトを抱きしめた。
「タリム……!!」僕はタリムをアハトから離そうと手を伸ばしたが、タリムは首を横に振った。
『アハトは、誰にも出会えなかった私なんだ。
黒鵜先生にも、茨先生にも、寅子ちゃんにも、……君にも出会えなかった私。
だからさ……。
あなたの言いなりでもなく、私の言いなりでもない、
お互い違う人間として、尊重して認め合う関係。
そういう友達なら、なっていいと思うんだ』
アハトは呆然とした表情で言った。
「何を言ってるんだ……。
全然理解出来ないよ」
タリムは微笑んだ。
『私も最初は出来なかった。
はじめは子どもみたいにワガママ言って、周りを困らせて、受け入れられたり叱られたり。
だけどね。
怒ったり、泣いたり、笑ったり、ゴロゴロしたり、守ったり、守ってもらったり、信頼したり、されたり、背伸びしたり、競ったり、意地を張ったり。
色々なことをしたり、してもらったから。
……一緒にしてきたから。
ようやくちょっとずつ、大事なことがわかってきた』
くすん、と近くで茨先生が鼻をすする音が聞こえた。
『少しずつ、私は大人になれているんだ。
私にもちょっとずつ出来たから、アハトちゃんもちょっとずつ出来るようになるよ』
「出来るはず……ない……
今更こんなことしておいて……
それこそ……恥知らずじゃないか……」
『それがわかっているなら、大丈夫。大丈夫だよ……』
アハトはタリムに抱きしめられたまま静かに泣いた。
タリムも抱きしめたまま静かに涙を流した。
僕と茨先生は二人の様子を少し離れて見ていた。
「ぐずっ……ずびっ……」
「先生……涙と鼻水凄いですよ。ティッシュ持ってます?」
「保健の先生ナメんな……ずびーっ。
あんたこそ人のこと言えないでしょ?」
「先生の半分も出てないですよ……ずびーっ」
「そこ、張り合うとこかよ……ずびーっ。
あ、ゴメン。自分のティッシュ無くなった
ちょっとくれる?」
タリムがアハトから離れてこちらに来た。
茨先生はそのまま無言で立ち去った。
『……あのー』
「……あのさ、タリム」
『……うんっ?!』
「悪かった、色々」
僕は頭を下げた。
『色々って……
いや、私こそ、ゴメン。
なんか……もっとちゃんと言いたいこと話してれば、
こんなことにならなかったのかな……』
「そう、だな……」
『そうそう』
僕とタリムは笑った。
『あ、そうだー。
今度のネクタイは大事にしてよ?』
「そうだなー。
って、荒事になるとまたボロボロになるから、なるべく大事に飾っておくしかないなー」
『それ意味ないじゃん!!
そう言うと思って、簡単に壊れないように機関に特殊なコーティングしてもらいました!!
このスーツと同じ技術なんだって!!』
「?!
そうか……ありがとう。
あ、そのチョーカー」
『ありがとう。
これ……大事だから普段はつけられないね。
大事に飾っておかなきゃ』
「それ意味ないだろ。
そう言うと思って……機関に特殊なコーティングを」
また僕たちは笑った。
「あのさ。
今度から、思ってることはちゃんと言おうな、お互い。
言いづらいことでもさ……変に遠慮し合ったり、誤解し合ったり、こじれるより、いいだろ?」
『うん。約束』
「ああ、約束だ」
アハトは立ち上がり、背中を向けて歩き出した。
『待って。
アハト、あなたはこれから……』
「どうやらボクはお邪魔みたいだからね。
潔く消えるとするよ」
『クリスマス!!』
「……ん?」
『クリスマス会をこれからするから、よかったら来て』
「……え?君は彼と二人きりでクリスマスするのが楽しみなんじゃなかったのかい?」
『別に二人きりになる必要ないでしょ?
君も、寅子ちゃんも、茨先生も、みんないたほうが楽しいよ』
「君はそれでいいの……?」
『うん?
だって、一番やりたかったプレゼントを渡すのは出来たし。
形はどうあれ、ちゃんと勇気出して出来たのはアハトちゃんのおかげかなと、
思わなくもなかったり』
「あー……。
頭痛がするほどお人好し過ぎる……」
「それでこそタリムだろ」
「男は黙ってろ!!!」
エピローグ
それから二時間後。
僕、タリム、寅子、茨先生の四人が僕の家のリビングに集まっていた。
『寅子ちゃん、大丈夫?』
「心配ないってー。なんか倉庫に閉じ込められて寝ちゃっただけだから。
なんか凄い暑かった気がするんだけど、夢だったのかねー」
寅子はアハトのピンクの蝶で感情を操作されていたときの記憶が曖昧になっているようだ。
「私が診たからなんも問題ないわよ。スポーツドリンク飲ませて休ませてあげただけで十分だったわ」
僕は気になってることを言った。
「八戸は……」
『うん、結局来ないって。みんなに悪かった、って言っておいて、後でちゃんと謝りに行く、って言ってた』
「うん?」寅子が首を傾げた。
「あー、その、あいつうっかり寅子に気づかず倉庫の鍵かけちゃったんだって。
それでバツが悪くてな、たぶん」
「なんだ、そうだったんだ。
ちょっと大変だったけど、事故ならしょうがないって。
なんかいい夢も見れたし、そんな悪くないって」
『……』
「……」
僕とタリムは微妙な沈黙をした。
「はいはい、修羅場終わり!!草戸さん、なんか用意してるんでしょ?」
茨先生は慌てて話を振った。
寅子は明るい口調に切り替えて言った。
「はいはい!じゃじゃーん、うちの店のスポンジケーキ!!
これを四つに切りまして……」
『えっと、四人でこのまま食べるの?何ものっけないケーキ』
「チッチッチ!うちのスポンジはそのままでも美味いけど!
今日はクリスマスだからゴージャスに行きましょう!!
それぞれのスポンジに好きなクリーム、フルーツ、その他トッピングをして、誰が一番美味しく作れるでしょう選手権!!!」
『わーーー!!!』
「あんたたちいつもこんなノリなわけ?」
「また勝負かよ……僕手を怪我して出来ないからな」
「勝った人は誰か一人になんでも命令出来る権利をゲット、でどう?」
『……』
「……」
「……」
ギラリ、という三人の目が一斉にこちらを向いた。
『ってことは、君は不戦敗かなぁ』
「ま、まって、ねえ……。
今日は色々あったし、もっと平和的に……。
なんで先生までやる気になってるんです?!」
僕の抗議を無視して、女三人は盛り上がっている。
『罰ゲームはみんなが得するヤツがいいよね』
「コスプレはどう?」
『なにそれ……楽しそう』
「さすが先生」
「こんなこともあろうかと色んな衣装を用意してきた」
「あの……その……やめ……」
この後、僕がどうなったかは、誰にも語ることはない……。
あとがき
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