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機密天使タリム エピローグ「タリム」

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あのときの光景


「もう一度だけ、笑ってくれ」

 君の唇が触れた気がした。
 私の止まりかけていた心臓が、強く強く動き出すのを感じた。

 そうか……私は、まだ、生きていたいんだ。
 ねえ、君は……
 君は……
 どうして、いなくなっちゃうの……?
 あれ……
 君は……
 誰……?

 ……あれ、そんなひと、いたっけ……?

2000年3月


”キーンコーンカーンコーン”

『はっ!……あれ?
私、教室の机で寝てたんだ……。
あれは夢?……なんの夢だっけ』


「タリムちゃんよだれー……どころか涙と鼻水で顔全体がびちょびちょ?!これで拭いて!!」

 あ、ほんとだ。
 顔がベッタベタ。
 私は寅子ちゃんが差し出してくれたハンカチで顔を拭いた。

『あはは……ありがと、寅子ちゃん。
明日洗って返すよ。
あれ?こういうとき、いつもハンカチ出してくれたのって……
誰だっけ』

「もー、私いつもはさすがにやってあげてないよ」
『あははははは……は。誰かに、もう一度だけ笑ってくれ、って言われたような……」
「なにそれ?いったいどんな夢見たらそんなびちょびちょになるのよ」
『……うーん……
私、なにか大事なもののために必死に戦ってたような?』
「戦うって何と?
私も、映画で見た内容が夢に出たことあるけどね。
超カッコいい変身ヒロインに守られる夢」
『映画……?
いや……でも……あれ……?』

 寅子ちゃんは戸惑う私に首を傾げた。
「タリムちゃん?」

『あれ?……私と寅子ちゃんの間に、誰かいなかった?いつも、私や寅子ちゃんと一緒にいたような?』
「えっと……寝ぼけすぎじゃない?生徒会の子たちのことでしょ?」
『あー……そっか』

 うーん、それもそうなんだけど……。

『寅子ちゃんが三年で生徒会長になって、
途中で副会長の子が転校しちゃって……
それで私に副会長してくれ、ってなったんだっけ』
「そうそう。タリムちゃんなら適任かなって」

 ……なにか、違和感がある。

『ところでさ。
変なこと訊くけどいい?』
「なによ?」
『人類って滅びなかったっけ?
化け物が暴れたり、みんな眠っちゃったりして』
「……は?」

 周りが一瞬しーんとなってから、爆笑した。

「な、なんなの今日のタリムちゃん?!
どんな夢見てたの?!
今時ノストラダムスの大予言とか誰も信じてないって!!
何事もなく1999年7月は過ぎ去ったんだからさ~。
だいたい滅びてたら私らなんで今呑気に学校通えてるのよ~」
『あはは……。
まあそうだよね~』
「もう寝ぼけすぎ~」


休み時間、廊下


 私と寅子ちゃんが並んで歩くと、後輩たちが話しかけてきた。

「生徒会長!」
「残念、元会長です。我々三年は十二月で引退しました」
「寅子先輩はずっと憧れの会長ですから!!」
「あはは、ありがとー」
『寅子ちゃん凄い人気だねえ』
「そう?タリムちゃんだって……」

 他の後輩たちが今度は私に手を振ってくれた。

「タリム先輩!この間荷物を運ぶの手伝ってくれてありがとうございました!!」
「タリム先輩~~!この前不良から助けてくれてありがとう!!」
「先輩たちがいなくなるなんて寂しい!!」
「生徒会の名物コンビだったからね~」

『あはは、またね~』
 私は手を振り返した。

「そういや、タリムちゃん」
『うん?』
「私、去年の春ごろにちょっと入院してたじゃん?
お腹痛くなって」
『うん、そういやそんなことあったね』
「その直前くらい、タリムちゃんと思い切り喧嘩したことあったよね」
『ああ、あったあった!!』
「……あれ、何が原因でそんなことになったんだっけ?
大事な事のハズだったんだけど、いまいち思い出せなくて……」
『……うん。なんだっけ?』

「それは本当に、大事なことなの……?」
 生徒会の一年下の後輩、エイミちゃんが突然後ろから話しかけてきた。

「あ、エイミちゃん」
『大事なこと……うーん。
そのはずなんだけど、なんで思い出せないんだろうね?』
 私と寅子ちゃんは揃って首を傾げた。

「そう。
思い出せないってことは、別に思い出す必要がないことなんじゃないかしら?」
 エイミちゃんは静かな口調でそう言った。

『そう……かな』
「今のあなたには他に大事なものがいっぱいあるんじゃないかしら。
それを大事にしたら……?」
『そう……だね』
 エイミちゃんはそう言って、静かに立ち去った。

「相変わらずちょっと不思議な子だね。
物静かなんだけど、妙に存在感あるって言うか。
まあ、凄い美少女だからかもしれないけど」

 寅子ちゃんはエイミちゃんを見送りながら言った。


放課後


 放課後、私と寅子ちゃんは、クラスメイトのアハトちゃんを誘って一緒に帰ることにした。

「ボランティア部の活動ももう終わりね」
「ボクはさ、おしゃべりしながらゴミ拾いしたりするの、嫌いじゃなかった」
『あれ、ボランティア部やり始めたのって、いつからだっけ?』
「三年の七月からでしょ。
タリムちゃんが、なんか物足りない、って言い出して。
急に一人で部を作ろうとしたんだよねえ」
『あー、そうだったそうだった』
「で、一人じゃ寂しそうだったからボクも入ったんだ。
それで二人っきりになれると思ったら……!!!」
「そりゃあ悪うございましたね。
まあ、生徒会に仕事がないときは私も手伝おうかなって。
ときどき生徒会の仕事も頼んでたから……なんか境目があんまりなくなってたけど」
「ああ、全くいい迷惑だった」

『文句を言ってんのになんか楽しそうだね、アハトちゃん』
「そんなことない!!」

 私はまた何かがひっかかった。

『あれ、私って何がそんなに物足りなかったんだろう?
……あれ?私、三年の二学期になる前……生徒会やボランティア部やる前って、何してたっけ?
なんか、凄くやらなきゃいけないことがあって……』
「何って……日本に来て間がなかったから、馴染むのに大変だったんでしょ?
日本語もちょっと苦手そうだったし」
『……そうだっけ』
「あ、ちょっと喉乾いた。そこの公園でジュース買ってこ」

 寅子ちゃんがそう言った。

「元生徒会長、買い食い。こりゃスキャンダルものだね」
「買い飲みですー!!買い食いじゃないですーー!!」
『あ、私も飲む』

 私はポケットから財布を出そうとして、違うものに触れた。
 ボロボロになった緑のチョーカーだ。

『あれ……。
これなんだっけ……』
「随分ボロボロだねえ。
あれ、前は着けてたっけ。
買い換えたら?」
『うん……。
いや……いい。
なんか、大事なものなんだ、これ』
「そっか」

 

数日後、卒業式の朝


 私は朝早く学校を一人で回ることにした。
 校庭につながる廊下、体育館、グラウンド、屋上、教室、廊下、校長室、生徒会室、保健室、理科室……。
 日本に来てから一年半と少しか。
 色んなことがあった。
 だけど……
 何かがおかしい。
 大事な……一番大事な部分が足りない。
 漠然とそんな気がするんだけど、何かわからない。
 もう、今日で卒業なのに。


 昨日、夜遅くまでアルバムや部屋の写真を見てもわからなかった。
 時折……不自然に、誰かと一緒に映っているようで、一人だけ笑っている私の写真があるだけで。それも、心から楽しそうな……。
 何がそんなに楽しかったんだろう?
 誰と一緒にいるのが一番楽しかったんだっけ?
 寅子ちゃん……アハトちゃん……だったら、こんなに胸に不自然な空虚さが生まれるとは思えない。

 私は、卒業までの残り少ない時間に、それを思い出さなきゃいけない気がする。
 そうしないと、そうしないと……この違和感ごと、二度と思い出せなくなるような……そんな気がする。


卒業式



 一人一人卒業生が名前を呼ばれ、壇上に上がって校長先生から卒業証書を受け取る。
 
 私の番だ。
 校長先生とは色々あったなあ。
 最初の頃、クラスや他の生徒たちを巻き込んで対立したり、ヅラを吹っ飛ばしたこともあったなあ。
 ……あれ、あのとき色々カバーしてくれたのって、寅子ちゃん……は風邪でいなかったはず?

「君とは色々あったけど、後半は生徒会副会長とボランティア部、頑張ってくれたね」
『色々ご迷惑をおかけしました』
「これからも頑張ってね」
『はい、ありがとうございました!!』

 私のクラスは全員無事、卒業証書を受け取った。
 全員、無事……?

『あれ、これでクラス全員だっけ?』
「何言ってるのタリムちゃん?こんなときに変なボケいいからさー」
 周りはクスクス笑った。

 私は、校歌を歌いながら涙した。
 卒業の寂しさだけではない、なにかなにか大事なモノが欠けている、そんな喪失感。

「卒業生挨拶、代表。タリム!!」
『はい!!』

 卒業生の挨拶は、寅子ちゃんでなく私がすることになっていた。
 生徒会のみんなが私を強く推したからだ。

『私は二年生の二学期からこの学校に来て。
日本に来たばかりで知らないこと、戸惑うことが多くて、とても大変でした。
周りに馴染めず、迷惑をかけることも多かったと思います」

「そうだそうだ、大変だったぞー」

 クラスの男子生徒の一人が茶々を入れて、周りが笑った。
 私が大げさに『コホン!コッホン!!』と咳払いすると、生徒たちみんなが笑った。

『えー。
こんな風に、みんなも戸惑うこともあったでしょうが、優しく受け入れてくれました。
体育祭も、文化祭も、クリスマスも、年越しもお正月も……日本に来てからはじめてのことばかりでしたが、……どれも大事な思い出で、忘れがたいものになりました』

 嘘だ。
 私は何かを忘れている。

『今こうして無事に卒業証書を受け取り、卒業出来るのは、
担任の先生、保健室の茨先生、二年の頃途中で退職なされた黒鵜先生、
クラスの寅子ちゃんやアハトちゃんやクラスのみんな、エイミちゃんや生徒会の仲間たち、出会ってきた先輩方、後輩たち……各科目の先生方……校長先生……
そうしたたくさんの方々の支えがあって……』

 一番、支えてくれた人の名前が出てこない。
 私も、寅子ちゃんも、クラスメイトも先生もみんな、覚えていない。
 ただの錯覚?思い違い?夢や妄想?
 だったらなぜ……
 なんでこんなに強烈に心に焼き付いて離れないの?

『私は、なんでこんなに寂しいのっ?!』

 私は、体育館の外へと走り出した。
 周りの動揺も気にならなかった。

 私は、校庭へつながる廊下で立ち止まった。
 なんでこんなところで、私は……。

『誰か教えて……。
君は、誰なの……?
なんで、いないの……?
どこに行ってしまったの……?』

「それをあなたが知る必要はないわ」
 後ろを振り返ると、そこにエイミちゃんがいた。

『どうして?!』
「知らないほうが……あなたはこれから普通の女の子として生きていける」
『…….
あなたは、何を知ってるの?』
「あなたが忘れてしまったこと」
『なぜ、私は大事なことを忘れてしまったの?』
「あなたの幸せのために」
『……私は、知りたい。
どうしても知りたい。
確かに私は幸せだったけど、いつも何かを探していた。
そのためなら、今ある幸せだって捨てていい!!
何故だかわからないけど……
この想いは、絶対に消せない!!!』

 エイミちゃんが大きくため息をついた。

「……はあ。
本当は、あなたが思い出さないように見守るのが私の仕事なんだけど。
……正直、見ていられなかった。
卒業式は大騒ぎになりかけたわよ。
寅子先輩が上手くフォローしてたから、大丈夫でしょうけどね」
『……エイミちゃんって、何者なの?』
「私は……」


警報


”ウウウウウウウーーーーーーーン!!!”

 警報が鳴った。

『あれ、これ……あれ……
私、行かなきゃ……?
あれ、私、何をすれば……いいんだっけ……?』

 エイミちゃんは制服を脱いだ。
 下には、奇妙なレオタードのようなスーツを着ていた。
 そして、持っていたケースからヘルメットと剣を取り出した。

「変異体たちの多くは眠りについたけど、一部は眠りを拒んだ。
私はそれを排除する……二番目の機密天使」

 ヘルメットを被ったエイミちゃんの背中に機械のような翼が生えた。
 校庭の方から、大きな刀を担いだ禍々しい何かが歩いてきた。

“キェエエエエエエエエエエエエエーーーー!!!”
 その化け物の叫び声は周囲に衝撃を放ち、周囲の地面にヒビを入れた。

「うるさいわね、雑魚。
大事な話をしているの」

 エイミちゃんは化け物に臆せず、素早く斬りかかった。
 斬撃を浴びせながら、四つの薔薇の刻印を化け物に打ち込んだ。

「ロックオン。これで……」


 エイミちゃんは空を舞いながら、化け物を切り裂いた。
「終わりよ」


 化け物は灰になった。

「……今なら、引き返せる。ようやく手にした、平和な日常に」

 私は一歩前に踏み出した。
『絶対に取り戻す』
「……それは本当に、大事なことなの?」

 私が力強く頷くと、エイミちゃんは深くため息をついた。
 それからPHSでどこかに連絡すると、少しして車がやってきた。
 車を運転していたのは、保健室の茨先生。

「乗りなさい」
『あれ、なんで茨先生……?』
「いいから」

 私たちが車で到着したのは、どこかのビル。

「私はここで」
「タリム、こっちよ」

 エイミちゃんをビルの外に残し、私と茨先生だけでエレベーターに乗った。
 エレベーターは、どんどん地下へと降りていく。

『なんか、これに乗るの随分久しぶり……。
あれ、前はここに何しに来ていたんだっけ?
先生と会うのも久しぶりの気が……。
前はもっと一緒に……長く一緒にいた気が……』
「……」

 なんだろう、記憶の辻褄が合わない。
 それにさっきの化け物……変身したエイミちゃん……。
 常識的におかしいことなのに、なんで私はあまり驚いていないんだろう……。


結末


 降りたフロアは、白い壁が続く病院のような雰囲気。

「こっちよ」
 茨先生が案内した個室には、一人の少年がいた。

「おねえちゃん、誰?」
『君こそ、誰?』

 年齢は私と同じくらいだろうか?
 けれど、しゃべり方はまるでその半分もいかないような幼さ。

「誰って……。
僕、記憶喪失なんだって。
名前、無くしちゃったんだ。
なんでだろうね」
『なんでって……。
茨先生、この子は誰なんですか?』

 茨先生は無言で部屋から立ち去って、個室のドアを閉めた。

「おねえちゃんは、どうしてここに?」
『えっと、大事なひとのことを忘れて……。
それを後輩に相談したら連れてこられて』
「うん?
大事なひとなのにどうして忘れたの?」
『さあ……』
「おかしなおねえちゃん。
まあ、僕は自分のことを一切覚えてないし、
大事なものは何にもないんだけどね」

 少年は気楽そうに言った。

『……なんにも?』
「うん。何にもないと、かえって楽だよ」
『好きなものとかも?』
「ない」
『好きな動物も?』
「うん、動物に興味ないかな」
『プリンやせんべーも?』
「それはおねえちゃんが好きなものじゃないの?」
『そうでした』

 私たちは顔を見合わせて思わず笑った。

『なんか、久しぶりにこうやって笑った気がする』
「……?」
『ねえ、嫌いなものはないの?』
「検査と、退屈さかな」
『わかる!私も嫌い!!
あとねー、学校のおっかない先生とか!!』
「学校……?
どんなことがあるの?」
『先生に、ちゃんと校則通りの靴をはけー!とか怒られるの』

 私はいつものサンダルを見せた。

「それはおねえちゃんが悪いと思うな」

 二人で笑った。

『あと、不良!!金だせコラーー!!とか威張ってるの。
もし君が絡まれたら、守ってあげるね』
「えー、男としてはカッコ悪いよ……。
守れるくらいじゃないと」
『こう見えても私とっても強いんだよ?
自慢のキックでずばーっと!!』


「……なんか危なっかしい感じがして、心配だよ。
スカートでそれはどうなの?
おねえちゃんって落ち着きないでしょ」
『言ったなー!!』

 また二人で笑った。

「他に学校では何があるの?」
『そうだなあ。
怖い先生と、生徒たちで争いになったこともあったよ』
「えー、学校ってなんか怖いね」
『ううん、面白いこともあって……。
体育祭で友達とヒロインの座を賭けて決闘したなあ』


「なにそれ……」
『クリスマスもあったなあ。
……友達と思いっきり喧嘩したり、
誰かと……悲しいことがあったり、本気で怒ったりしたような……』


「おねえちゃん、いつも喧嘩してるの?」
『いつもじゃないよ!
ちゃんとそのときは、仲直りして……なにかあげた……もらった気がする……。
なんだったかな……』
「他には?」

 私は少し考えた。
 いつも一緒にいたはずの、誰かの面影が脳裏にチラつく。

『お正月を誰かと二人でのんびり過ごして、初詣に行ったり……』


「初詣なんて、楽しいことなさそう」
『そんなことないよ!
夜中に藁人形持ってお寺にお参りして”ジョヤー”って叫んで楽しかった』
「え、そんなことしたの?」
『うん。日本の風習って不思議だよね』
「……不思議なのは、おねえちゃんの言動だよ」
『……ときどきそう言われる』

 また笑った。
 私はふと思った。

『私たちって、こうやって笑ってると……
なんか家族みたいだね』
「ええーーっ……。
会ったばかりなのに?」
『うん……なんか、
私たち、気が合うと思うな。
いい家族になれそう』
「姉弟みたいな……?」
『いや、そういうんじゃなくって……』
「……もしかしてナンパ?プロポーズ?
おねえちゃんって見境なくそういう……」
『違うわーーー!!!
そうじゃなくって、家族ってこう、楽しいことを一緒に笑い合って、
悲しいことを分かち合って一緒に乗り越えていく……そんな……』
「悲しいこと、いっぱいあった?」
『……うん。
大事な先生と、友達を亡くした。
そのときだって、泣いている私を支えてくれるひとが……いた』
「……」

 私は泣き出した。
 目の前の男の子はそっとハンカチを差し出してくれので、私は涙を拭いて、あふれ出る鼻水をそれでかんだ。

「涙はともかく鼻水はティッシュでどうにかしてほしかったな。
ってか、自分で持ってないの?」
『ゴメンゴメン、洗って返すから。
今は自分の持つようにしているよ……。
緑のハンカチを……』

 自分のハンカチをポケットから出そうとして、ボロボロになった緑のチョーカーを取り出していた。

「なにそれ……ボロボロだね。買い換えたら?」
『……これは……そう……大事なお守り……』

 ぼやけていたピントが徐々に合っていくように、記憶が徐々につながっていく。

『……昨日までで一番悲しかったのは、いつも私を一番支えてくれたひとと、本気で喧嘩したことかな……。
結局、仲直り……出来なかった』
「でも、そのひとのこと、思い出せないんでしょ?
だったら、実はそんな大事なひとでもないんじゃ……」

 私は目の前の男の子の……君の両肩を掴んで叫んだ。

『違うよ。
そうじゃない……っ!!
思い出した……忘れていたの……全部君のせいじゃないかっ!!!』
「……えっ?」

 君は呆然と掴まれたままでいる。

『私は、思い出したよ……。
君はあのとき……
残りの力を使って命が尽きるところだった私を救った。
それと同時に、君と機密天使に関する記憶を奪った。
たぶん、君は私に平穏な……普通の女の子になって欲しかったんだと思う。
そして君は、私の最後の力で人間に戻れたけど、私を救うことと引き換えに自分の存在を消してしまったんだ……。
だけどさ、だけどさ……』

 私は君の両肩を強く掴んで揺さぶりながら泣き叫んだ。

『そんなのってないよ!!!
どうしていつも勝手なことばかりするの?!
ねえ、私がいつそんなことしてほしいって言ったの?!』

 私はさらに泣き叫び続けた。

『君の中に私の思い出が残っていないなんて!!!
……こんなことって!!!
こんな酷いことってないよ!!!』

 そう叫びながら、私は君に抱きついて、君の胸に顔を押し付けながら泣き続けた。
 
「ごめんね……」
『あっ……。
ようやく、わかってくれた……』

 少しの沈黙の後。

「おねえちゃんが何を言っているのか、全くわからないよ」

 冷たい沈黙が、流れた。
 私は君から離れた。

『……そうだよね。
君は……今の君は何も悪くない』
「おねえちゃんのこと、よくわからないんだけど。
……なんて言うんだろ。
僕たちの間に、どうしようもない壁がある気がする。
たぶん、僕たちは今日会わないほうがよかった」
『……。
そうだね、ごめんね、取り乱して。
じゃあ、私は帰るから。
ハンカチ、洗って返すよ』
「いいよ、そんなの返さなくて」
『そっか……それじゃあ。さよなら』
「さよなら」
 
 私は俯いてドアへと向かった。
 ドアを開ける。
 このドアを通ったら、もう二度と君に会うことはないだろう。

「……ん?
これ、忘れ物……」
 
 私は振り向くと、床に大事なチョーカーを落としていたことに気が付いた。
 君はそれを拾った。

「あれ?なんか刺繍してある。
やけに歪んだ字だな……。
T・A・L・I・M……?
なんて読むんだろう。
……タ、リ……?
……
……あ……ぃ……む……
……ぃ……む……」

 最後は、胸の奥から絞り出すような嗚咽になった。
 君も、私も、涙が滝のように流れて止まらなくなった。

『もう……また、ちゃんと……呼べてないんだから……。
次は、ちゃんとだばえぼぼんで……』

 私の声が途中から震えて……。

「お、お前だって、途中からまともにしゃべれてねーよ!!!」
『約束した……でしょ。お前じゃなくって……』
「ああ……」

「……タリム」


あとがき


 これにて終幕です。
 楽しんで頂けたでしょうか?
 約24万字の長編、最初から最後まで読んでくださった方には特に感謝しております。
 いつもツイッターでリツイートやいいねを下さっている方々にも感謝。
 終盤は息切れ&攻略記事で途切れかけていましたが……のうたろうさんの声援によってなんとかモチベを復帰出来ました、ありがとうございます。

 この企画は2021年11月のラプターさん主催のキャラクリコンテストで提出した作品が元になっています。
 提出時に3500字のプロットでドン引きされつつも、十分間も時間取ってもらって参加者の方にも聞いてもらったどころか、温かい応援メッセージを複数頂けたのをきっかけに、一年ちょっとかけて最後まで公開出来ました。
 関わって下さったみなさまのおかげです。

「もっとコンパクトに出来なかったの?!」とか、「もっとハードで刺激的な展開に出来なかったの?!」とか、「マイナー格ゲーのオリジナル二次作品とか……ニッチ過ぎる以前に自分のことしか考えてねえ!!」とか、反省点は多々ありますが……

 ボーイミーツガール、世界の終焉、世界の運命を背負う少女と支える少年、少しずつ大人になりつつ関係を深めていく二人……
 そういう「一番自分が読みたかった作品」を形に出来た満足感があります。

 かつてはちょくちょく文章作品を書いて、狭い範囲で人に見せつつも、次第にやめてしまった経緯があったのですが……
 この作品で数年ぶりに創作と公開が出来ました。
 今後はソウルキャリバー6攻略記事を少しと、短い絵本の公開を予定しています。


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