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薬膳料理人が周防大島へ移住するまでのお話

第1話

私は今年で料理人としてはちょうど30年目を迎えました。


5年前に瀬戸内のハワイと呼ばれる周防大島に移住して、畑を耕しながら
採れたモノをソースにかえる事を生業としております。
只ここ2年間は農業とソースづくりが主になるので30年にカウントして
良いかは微妙かも知れませんが。。。

そこで現在に至るまでの経緯をおはなしさせて頂こうかと思いました。

幼少期の移住生活


私は幼少期を広島県の真ん中にある自然豊かな志和町で育ちました。
4歳までは広島の街中で住んでいましたが、ぶどう園を営んでいた義理の祖父母の面倒を見ると言う事で家族で移住しました。

記憶も曖昧になっておりますが、今思えばすごいところで生活しておりました。築100年の母屋は隙間だらけで、土壁からは窓を開けなくても外の様子がよく見えるし、虫は入り放題の出放題。定期的に瓦が落ちてくる危険な屋根。段々傾き最後には倒壊した納屋など。。。

ただ食べ物は豊富で、祖母が育てる昔ながらの有機野菜に、30匹の鶏の卵に、ぶどう、肉はあまり食べた記憶がありませんが、たんぱく源として蜂の幼虫を食べさせられていたり、とても豊かな?食生活も何となく覚えております。


では今回はこのへんで
ほいじゃーねー(広島弁訳 また会おうね)

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