言語の意味は個人によって異なる...?英語を学ぶ上で大切なヒントとは
普段私たちが何気なく使っている「言語」。生まれてからこれまでどのようにして言語を使えるようになったか、覚えている人は少ないでしょう。実はこの言語を理解する過程には、外国語を学ぶために大切なヒントが隠されているようです。今回はそんな言語に関する疑問について、認知意味論・認知言語学を研究し、高崎商科大学で英語や日本語について教えている渡邉美代子教授にお話を聞いてみました!
そもそも言語の「意味」って何...?
ーまずは先生の専門分野について教えてください。ー
私は、「認知意味論」についての研究をしています。
認知意味論とは、意味の問題を人間の認知メカニズムに基づいて解明しようとする意味論です。そして認知意味論では、言葉の「意味」は個々人の頭の中にあると考えます。
ー個々人の頭の中、ですか......?ー
はい。この分野では、「意味」は、その言葉に対して何を記憶しているのかという、個人の「主観」や「経験」に関係していると捉えるんです。言語自体は「記号」であって、それに伴う「経験」がないと「意味」とつながりにくい。
つまり、「言葉を知っている」ことと「言葉の意味を理解している」ことは、同じではないということです。
ーなるほど......!ー
例えば、チョコレートを食べたことのない人に、どんなに言葉を駆使しても、その味を伝えることはできないでしょう。チョコレートを食べた人にしか、そのおいしさは分からないのです。
ー確かに。ー
もっと言えば、都会に生活する子どもたちはインターネットから農業についての「情報」を得ることができます。つまり、土に種をまき、作物を収穫するというプロセスについて「知識」を得ることはできます。しかし、土の匂いや感触、発芽の生命力、日増しに濃くなる葉っぱの緑、夏季の光のまぶしさ、首筋を流れる汗、労働の大変さ、収穫物のずっしりとした重み、といったことは現場でしか体得できないものですね。これが「クオリア(質感)」体験なんです。
つまり、インターネットから多くの知識を得たとしても、それは「クオリア」を伴わない乾いた知識でしかなく、本当の意味で農業というものを理解したことにはならないということです。
ー実際に「感じる体験」をすることで、言葉の「意味」を理解できるんですね。「クオリア」については、もう少し説明していただけますか?ー
「クオリア」というのは「質感」のことです。比喩を理解するのに「質感(クオリア)」はとても大切な要素だといわれています。「太陽」を見たとき、「明るい」「まぶしい」と感じますよね。そういった「質感」は、太陽という言葉の意味の中核になるんです。
例えば「彼女は太陽だ」というと、実際に彼女は太陽ではないけれど、「明るい人」「まぶしい人」というような解釈が生まれますよね。これが「クオリア」から紡ぎ出される「意味」なんです。
他言語をマスターするには「捉え方」の違いを理解することが必要
ーもしかすると、この「意味」と「経験」の関係って、英語を学ぶのにも役立つのでは......?ー
もちろん! 他言語の理解も「経験」がないと難しいんですよね。
例えば、「赤毛のアン」の原題のタイトルは「Anne of Green Gables」で、直訳すると「緑の切妻屋根のアン」でした。しかし、「切妻屋根」というものに日本人はなじみがなかったため、アンの身体的特徴である「赤毛」をもとにした「赤毛のアン」というキャッチーなタイトルが付けられたんです。
ー知らなかった!ー
あと、外国語を学ぶためには、「捉え方」の違いに気付くことも大切ですね。
ー捉え方の違いですか?ー
ええ。例えば、日本語は「現象」に着目していて、英語は「相手との関係性」に着目しているという傾向がうかがえます。「この席は空いていますか?」と尋ねるとき、英語では「Is this seat taken?」となります。これは直訳すると、「この席は(誰かに)取られていますか?」というような、「相手(誰か)との関係性」に着目した意味になりますよね。
他にも、「ご用件は何ですか?」という日本語は、英語に訳すと「What can I do for you?」。これは直訳で「あなたのために私は何ができますか?」。ここでも、日本語の「現象」に対して、英語の場合は「相手(あなた)との関係性」を捉えていることが分かります。
ーなるほど......!ー
このように言語によって異なる捉え方の違いに気付くことができれば、外国語への理解、学びを一層深めることができるでしょう。
国際社会では英語でのコミュニケーションがカギに
ー先生は、外国人観光客をもてなすためのガイド本『おらが群馬のおもてなし英語』の執筆も行っているんですよね。ー
本学の卒業生の約7割は地元に就職するのですが、観光サービスの仕事に就く人も多いんです。卒業後は外国人観光客の接待・接遇をする可能性もあるため、英語力が求められますよね。そこで役立てばと思い、『おらが群馬のおもてなし英語』を制作しました。
ーこの本を執筆する上で気を付けたことはありますか?ー
本書には、群馬の歴史や地域の情報をたくさん盛り込みました。日本人が完璧な文法や難しい単語を学んでいてもなかなか英語を話せないのは、伝える「中身」を持っていないからだと思うんです。
英語を使えるようになるためには、「これを知ってほしい!」「これを英語にしたい!」という気持ちが大切だと思うので、外国の方に伝えたくなる、面白いエピソードをたくさん盛り込みました。
ーなるほど! 他にも英語を学ぶ上で必要なことがあれば教えてください。ー
「Why(なぜ)?」をいつも念頭に置くことですかね。自分の意見を言う場合、英語ではその理由を示すことを求められるのが普通ですが、私たち日本人はこの辺が弱いように感じます。
日本語は仏教の影響を強く受けた言語です。仏教に「諸法実相(しょほうじっそう)」という用語がありますが、これは「あらゆる事物・現象がそのまま真実の姿である」という意味です。現象そのものを本質と捉えて、ありのままを受け入れることによって、「なぜそうなるのか」という思考が入り込む余地がなくなってしまうのです。
ー英語での表現が分からないから、ということでは?ー
そういう場合もあるでしょうけど、母国語のコミュニケーションでも同じ傾向がうかがえます。
例えば、梅の花を観賞はしても、その香りを嗅いで、香りは花びらにあるはずなのに、どのようにして鼻孔に届くのだろうか。あるいは梅の実が落ちるのを見て、どうして地面に向かって落下するのか、というように問うことはなかったわけです。
ー確かに、「Why(なぜ)」が抜けていますね。ー
他方、英語では、客観的理解が強調されていて、これはキリスト教が基盤にあるから、というように考えられます。つまり、唯一神信仰においては、神の視点に近づくことを理想とするので、Why思考を繰り返して推論していくんです。科学は発達しますよね。
ー言語理解のためには、言葉の背景について理解することも大切なんですね。では最後に、これから大学進学を考えている高校生へメッセージをお願いします!ー
言語を学ぶことで、人間の本質が見えてきます。言葉の在り方は人間の理解の仕方そのものだと思いますし、言葉は遺産です。一番大切にして欲しいのは母国語である日本語ですが、世界の人々と向き合っていくためには、英語が必要ですし、英語を学ぶことでもう一つのものの見方・捉え方を理解することができます。違った見方ができると、人生は面白いですよ。
変化する社会で柔軟に生きていくためにも、英語を学ぶことは大きな意味を持つと思いますし、世界が広くなりますよ。
先生の著書
今回インタビューした教授
商学部 経営学科
渡邉 美代子 教授
主な著書・論文等
・『おらが群馬のおもてなし英語』(上毛新聞社、2019年)
・『英語基本動詞活用辞典-認知的アプローチ』(南雲堂フェニックス、1998年。『14の基本万能動詞で英会話攻略』(1993年)の改題改装版)
・『しぐさでわかる異文化・異性-ことばのいらないコミュニケーション心理学』(共著、北樹出版、1989年)
・「地域ニーズに基づいた英語教材の開発に向けて:富岡製糸場とその周辺における英語コミュニケーション活動」(『高崎商科大学コミュニティ・パートナーシップ・センター紀要』第2号、2016年)
・「メタファーを通しての理解と知識:コトバという形式知と身体知としての暗黙知」(東京経済大学『人文自然科学論集』第129号、2010年)
・「コトバの意味問題:クオリアを中心に前言語的な観点から」(日本コミュニケーション学会『ヒューマン・コミュニケーション研究』第33号、2005年)
・「自然言語カテゴリーに見る言語相対性と普遍性:身体性に基づく認知・概念理解・言語構築」(神田外語大学異文化コミュニケーション研究所『異文化コミュニケーション研究』第8号、1996年)、他。