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恥ずかしくて誇らしい

わたしの自慢の母は貧乏性である。それはそれはもう友達なんかに見られたらどーするんだ、レベルの。田舎の我が家は冬になるとストーブを何台も炊く。ストーブのうえには所狭しと並べられるヤカン。この家の蒸気と湿度はこのヤカンたちに委ねられていた。

そして沸々と、次から次へと沸いたお湯たちは水筒にいれられる。子どもの頃使い続けていたサンリオの水筒から、お父さんが使っている象印まで幅は果てしなく広く水筒の数は10を超える。保温性など期待できない骨董級の魔法瓶。

それをどうするか、って。洗い物に使う。お風呂のお湯を冷ますのに使う(魔法瓶が機能していれば熱湯のはずで意味はないけど、機能していないことが功を奏する)朝コップに一杯飲む湯冷しにする、花に水をやる(すでに水)

ストーブの上でどんどん沸いたお湯たちは全て行き先が決まっている。そしてこれはガス代を浮かせるためのケチ!かと思いきや、ただの母の趣味(笑)だと本人は言い切る。何がすごいって、今になって思うけどそれは本当に自己満であって、ひとには強要しないこと。

「お母さん好きでやってるだけやから」母が出かけた日の夜に私と父でテレビの前に転がって、フツフツを通り越してゴトゴト湧いてるお湯を見ても文句ひとつ言わない。
「沸いたら水筒にいれて!」などとは怒鳴らない。どうするかと思うと静かにひたすら水筒に移し替える。
「この人ほんとに好きでやってるわ…」と見ていた。
おかげさまで一生蒸気に囲まれた私たちのお肌はプルプル。たぶん。

コンビニ袋が3円も5円もかからない時代から彼女はエコバッグを欠かさず持っていた。遠出をするときはエコバッグを3つも5つも持っていた。買い物はたくさんしたい派。ただひと言、プラスチックは嫌い。という。環境破壊や、エコなど口にしない。

プラスチックは嫌い。

「わたしんち、そこなんで」
「大きな袋、クルマに持ってます〜」
「すぐに食べますね、すぐに!」
といってはプラスチック製の袋を断る。あーかっこわるい。お母さんさぁ、家どこか聞かれてないで?いま食べても後で食べてもレジの人に関係ないしや。
車に戻ってはいつも無駄吠えを叱る娘に
「ほんまやー!」と言っては笑う母。無駄吠えはワタシ。

5分炒めただけ、みたいな夕飯を作るのにもものすごく時間がかかる夕飯の支度。お米を研いではとぎ汁を花にやり、野菜のヘタを外しては畑に肥料として置きに行く。
お味噌汁の出汁をとった椎茸は刻んで次の出汁を待つ。
そんな事してたら時間かかるわ。食卓に出て来る品数以上の時間がかかる。一つ言えるのは捨てるものは何もない。

高校生から家を出て暮らしていたわたしは、たまに実家に帰る。夕飯の支度をする母は、畑に走り裏庭に走り大忙しに台所以外の場所を走り回る。と、父が言った。
「沸いたお湯、水筒に入れたって〜」とウインクする。
笑いながら母の愚業を認めている。愚業ではない。
自分は黙って刻みかけの野菜を母に代わって刻んでいる。

洗脳完了。

何も言わない母の後ろ姿をしっかり見ていたのは娘ではなく父。2対1になったらやらざるを得ない。
お出かけの時は、お出かけ準備をする母に「買い物の袋持ちましたか?」と聞く父が。「あーーーー忘れた!」
やっと出かけられるタイミングになってからまた足止めをくらう。エコバッグと保冷剤、水筒のお茶を忘れない。

プラスチック嫌いやから。

ペットボトルを買うことももちろん嫌い、何が入っているかわからないジュースを買うことはもっと嫌い。
ケチではない。高いものも何でも買う。すぐに買う。
それ要る?みたいなものも、気に入ったらすぐに買う。
環境に優しい冷蔵庫。どんなや!
オゾン層を破壊しないエアコン。どんなや!
水質を良くする浄水器。花にあげるため。

自分のためより花のため、野菜のため。

だってその方が花がよろこんでる。という。知らんがな。

SDGsを誇らしげにとなえる。それなに?と聞くと
えすでぃーじーず、や。東京にいても知らんの?とな。
えすでぃーじーえす、じゃないで?最後は「ズ」な。

勉強は嫌いだと言うけれど、新しいことを知るのは好き。
17の取組みをひとつだけでいいから達成したいとか。

やっと時代がお母さんについて来たやろ?

この度、世間に黙って帰省した娘を迎えた母は、車の中だから大丈夫なのにコソコソ話をするときの声でニコニコしながら教えてくれた。
「お母さん、良いもの買ったの、見たい?」

若い頃に買い漁ったエルメスのバッグなどではない。
見せてくれたのは生ゴミを肥料に変える何とかって機械だった。ものすごく満足気に、うれしそうに。

時代がやっと母の欲しかったものを作ってくれた。
文明の利器よ、ありがとう。

無駄にお湯を沸かさずにガスを炊かないこと。
肥料を買わずに生ゴミを減らすこと。
プラスチックを嫌ってゴミを減らすこと。
無農薬で野菜を作ってご近所さんに配ること。
薬を撒かないから猿やイノシシが山からおりてきて母のせっかく作った野菜や果物を食べ荒らす。
そしたら少し寂しそうな顔をしながらも「おいしかったかなぁ」「食べてくれるなら誰でもいっか!」とポジティブに暮らすこと。

明るく強く、プラスチックを嫌う母は、かつての恥ずかしい母ではなく誇らしい母になっていた。
私もやっと少しだけ母に追いついて来た。

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