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【短編連作】神木町

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一つ一つ独立した短編として読めます。
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#小説

02 赤マント

02 赤マント

 夜更けし帝都の街並みを、駆け行く怪しの赤マント。月光眩しと見あぐる顔は、恐ろし邪悪の白仮面。可憐な少女を小脇に抱え、鮮やかコルトのガンさばき。唸る銃声。伏すは官憲。たちまち上がるは土煙。
「諸君。外れたのではない。外したのだよ。今度会うまで、その命預けておこう」
響く怪異の笑い声。忽然と、消えたる魔人の影帽子。
「どこだ」
「どこにいる」
「警部、あそこです」
指さす先にアドバルーン。下がるロー

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10 母帰る

10 母帰る

 見たのは三度目だった。
台風で、山田川の堤防が崩れて、後少しで決壊しそうになった。それをコンクリートで固める護岸工事があって、今、川に以前の面影はもう残っていない。次には老朽化した橋を架け替えると、もっぱらの噂だった。
 それが証拠に、護岸工事で集まってきた労務者たちの多くは、近くの安アパートを引き払わず住み続けている。
 ワシはこの橋に愛着があった。この春、学校の宿題で、幸子と橋の由来について

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19 結婚相談所

19 結婚相談所

 34になった。私が34と言うと、係の女性は含み笑いで、「34ですか」と言った。
「何か」
「いえ、何も」
わかってる。34でくる女が多いのは。またか、と思われたに違いない。
「34じゃダメですか」
「いいえ、とんでもない。お客様くらいの方、よくいらっしゃいます」
「だって笑ってらっしゃいましたよね」
「笑顔で接客するのは、我が社のルールです」
 黙った。でも、そういう笑い方じゃなかった。人を嗤う

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22 八百青

22 八百青

 八百青の源さんは今年五十になる。母が言うのだから間違いない。母は子供の頃、八百青によく使いにやらされて、二つ上の源さんに会うのが嫌だったそうだ。
 三年前、商店街の近くに大型スーパーができて、まず魚屋が店を閉めた。次には肉屋が。そして酒屋。花屋。最後に洋服屋。あっ、靴屋も。
 実際言って八百青は、真っ先に潰れてもおかしくなかった。なのに、まだ続いている。それは源さんのお母さんのハルさんのお陰だと

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25 相良

25 相良

 結局、氏神様にお詣りできたのは、大学4年の夏休みだった。地方の高校からまぐれで入れた医学部は、講義全てで自分の学力のなさが痛感させられた。1年は、授業準備とその理解、テストやレポートに明け暮れた。
 長い石段を登りなら、左手を見る。遠く見渡せていた景色は、今ではマンションの壁に遮られている。登り切ると、狭い境内に出る。正面に本殿。右に回り込むと、小さいながら舞殿があって、その奥が社務所だ。
 社

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26 うどん屋

26 うどん屋

 町田さんの手術は明日の午前11時からだそうだ。
「どうか。不安か」
レースのカーテンを開けながら町田さんに訊いてみる。四階の窓からは、午後の青空がよく見えた。
「そうねえ。体切るの初めてだし」
天井を見ながら町田さんが言う。
 10年ぶりの再会だった。町田さんの旦那さんから、会いたがっているので、お見舞いに来てもらえないだろうか、と連絡をもらった。
 自分のような人間が。迷惑でしょうと言うと、重

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28 映画

28 映画

 電話の相手は相良と名乗った。日曜の夕方で、幸子は娘と買い物に出掛けていて、家には俺しかいなかった。
 相良? 誰だっけ? と最初ピンと来なかった。高校名を言われて、ああ、あの相良か、同級だったやつ、と思い出した。しかし、もう10年以上、会ってない。
「思い出した。すげえ久しぶりだな。どうした?」
「実は山本にさ、折いって頼みたいことがあって」
 悪い予感がした。
「金、貸すとか無理だかんな。あと

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