学ぶことに対していかにして関心を促すか|2022飯塚高校×とびゼミコラボ授業③
壱岐でのエテマルシェの翌日。8/29(月)は高大連携アントレ授業の飯塚高校編でした。
以前もご紹介したように、飯塚高校は元々地元商店街の中にある私塾的学び場から始まり、今年度で60周年を迎えます。そこに2022年2月に九州移住ドラフトで飯塚市から1位指名されたゼミ現3年生が商店街、商工会議所など地元の皆様にご縁を頂き、アパレル店(SPINNS)の出店を行ったことが重なり、今年度からこの取り組みを新たに行うことになりました。
同校では、総合学科トータルライセンスコース(商業系コース)の1-2年生を対象に授業し、今回で2年生が3回目、1年生が2回目。元々学年で若干進度は変えていますが、2年生が先行し、1年生が後追いする形で授業をするのは初めて。
今回の授業は、2年生が第2回の授業を受けて、経営戦略や計画を設定するシミュレーションゲームとしてペーパータワーを実施。1年生は企業としての存続可能性を高める利益の源泉はどこから来るのか、企業活動と会計数値のつながりを学ぶものになりました。
果たしてどんな授業になったのでしょうか。なお、これまでの授業の経緯については下記のリンクをご参照ください。
2年生|損益分岐点分析から計画設定へ
先述の通り、2年生は3回目の授業。1回目はアントレプレナーシップと経営戦略、2回目は損益分岐点分析の理屈と計算、そして今回はペーパータワーを用いた経営戦略と計画設定についての講義。管理会計を学ぶゼミであることを考えれば、この流れは不思議ではないし、むしろ普通。しかし、高校生にとっては1次関数を用いる損益分岐点分析は最も理解度が低く、苦手意識が強い領域でもある。そこを果敢にある種「定石通り」に授業を進めることは素晴らしいが、果たしてどんな成果につながったのだろうか。
1コマ目:前回の復習とペーパータワーの建設
前2回の授業は夏休み前ということもあり、時間が空いた3回目。夏休み前にはこれまでの復習授業を動画で配布し、それを観ているという前提で今日の授業。改めて(しつこいほどに)損益分岐点分析の基本的な考え方を復習することからスタート。
そして、1コマ目後半は毎度おなじみペーパータワーを実施することになった。
これまで高大連携授業においてペーパータワーは繰り返し実施してきた。そこでは、本来のペーパータワー(損益分岐点分析を中心とした会計思考を学ぶツール)のルールを少しいじって、できるだけ高校生にとってゲーム要素を入れた楽しく学べる道具立てとして使ってきた。例えば、組織的に活動する意識が希薄なクラスに対して組織的活動を促す道具として、条件設定をできるだけ緩くしてタワーが低い段数でも利益が出やすくするようにしてモチベーションを高めようとしたり。あまりにも正攻法で教えると、高校生の意欲が低下してしまう可能性を懸念してのことだった。確かにこれでうまく行っている部分もあるが、損益分岐点分析を学習するツールとしては換骨奪胎してしまっている可能性も否定できなかった。
それに対して、今回授業を担当してくれているクラスリーダー(4年生)は、元となるカリキュラムを変更して、管理会計を学ぶプロセスしては極めて普通のプロセスに切り替えて教えることを決断した。つまり、組織の構築、マネジメント・コントロールよりも、経営者としての戦略の実施プロセスたる計画設定を会計数値に基づいて行うことを優先することにした。果たしてこの方策は成功するのだろうか?
これを行うために、まずはペーパータワーの定石通り、タワーを試行錯誤をしながらできるだけ高く積み上げていくことからスタートした。
すると高校生たちは嬉々としながら紙を折り、タワーとして作り上げていく。他の学校でもそうであるように、ある程度高く積み上がったけれども倒れてしまっては「ギャー!!」という声が響き渡る。前回の損益分岐点分析の授業では興味を示しつつも、???な顔をしていた生徒も多くいたが、やはりゲームを使って学ぶというのは楽しいもののようだ。
また、できたタワーを見ていても、(全部を見ていないので何とも言えないが)他の学校と比しても高く建設できている。それも1本ではなく、複数本。例示をしたのか、他のグループのタワーを見ながら学んだのかは不明だが、幸先は良いスタートになった。
2コマ目:損益分岐点分析を考慮したペーパータワーの建設へ
2コマ目は損益分岐点分析を活用したペーパータワーの建設を行った。A4の紙1枚あたりにかかるコストを変動費、あらかじめ固定費を設定し、タワーの高さを売上とする。A4の紙は長い方が30cm、短い方が21cmなので、できるだけ少ない枚数で、長い方を使って高く積み上げると利益が出ることになる。果たしてそれに気づいた高校生はいるだろうか。
作戦会議がスタート。先程建てたペーパータワーの成果と他グループの建設方法をもとに、それぞれのグループで話し合いが始まる。これが戦略や計画設定のプロセスと気づいている生徒がいたらいいなぁ。話し合いの後、早速タワー建設がスタート。
すると、ほとんどのグループが前回よりも高いタワーを建設できている!1回目は独創的な校倉造りのような建物を建てていた男子グループは上記写真のようなタワーを建設。段数が少し足りないが、明らかに進歩している。
あるいは別のグループは上記写真のように多くの紙を使って安全に高いタワーの建設に成功した。特に右奥の窓側の女子グループは一番声が大きく、建った時も崩れた時もキャーキャー言いながら楽しそうにワークに取り組んでいたが、安全性重視でコスト(変動費)が多くかかるものになっている。
ここがペーパータワーを用いたグループワークの面白さでもある。多くの枚数を使ってタワーを建設すれば、その分だけ安全性は増すかもしれないがコストは大きく上昇する。損益分岐点はどんどん高くなる。一方で、少ない枚数でタワーを建設すれば、変動費は小さくなるが、タワーが倒れるリスクは大きくなる。損益分岐点は低くなるが、最後に崩れてしまっては仕方がない。まさに経営と同じだ。どこでどうリスクを取り、どう計画してタワーを建設するかを考えるところに肝がある。
こうした戦略性あるいは計画設定の重要性を学べるエッセンスが詰まっているペーパータワーだが、これを高校生に教えるのは極めて難しい。スポーツであったり、ゲームを行うことの楽しさは、こうした戦略や計画を考え、実施し、トライアンドエラーを繰り返して、期待する成果を得られるようにすること。仮説検証を行うにも、寄って立つべき計画や方針、向かうべき方向性がなければ、どこに向かうかわからない。勉強も同じだ。
この点、大学生も改めてペーパータワーという道具を用いて教えることの難しさを感じていたようだ。やはり、タワー建設に夢中になって、本来学ぶべき内容がすっぽり抜けてしまうという問題だ。また、日頃の彼・彼女らの生活と商売が縁遠くなっていることもあるだろう。モノの値段は店舗側が所与で与えているものであって、それは動かせないもの。自分で値段を決めて売るという経験が乏しい(メルカリやってれば違うんだろうけど)。市場の特性、相手の心理的状態などを見極めて何かを仕掛けるという経験が乏しいし、恐らく考えも十分に及んでいない。
これはここ最近強く感じている課題でもある。彼・彼女らが見ている現実と基本的・抽象的な理論の世界のズレと言うべきか。オペレーショナルなレベルではアルバイトをしたりすれば理解が及ぶのだろうが、経営者が何を考え、中長期的な目標を設定することの意義まで理解するのはなかなか難しそうだ。
タワーは高く建設できてゲームとしての面白さはあったけれども、本来学んで欲しいこととはなかなか接続されない問題。よくあることとは言え、これは今後解決していきたい問題でもある。手法と目的の一致と言うべきか。
1年生|会計思考を用いて事業計画を作る
続いて1年生の授業の様子を述べていく。
第2回となる授業では、企業活動の目的の1つとして利益の最大化が挙げられるが、なぜ企業は利益を生み出す必要があるのか、そのためにいかなる戦略を考え、実行するために計画をどう作るのかを学習する内容に。今回授業をする4年生は行きの車中でもさまざまな議論をしていたが、果たして成果は得られたのだろうか。
1コマ目:アイスブレイクと経営戦略の学習
今回授業を担当するのは4年生のIくん。緊張して、不安で仕方がなく、夜中に目が覚めては資料を修正し、何度も練習して授業に臨んだそうだ。
そこでまず用意したのはアイスブレイクだった。あらかじめ用意していたスケッチブックを使い、他の高校でも別の学生がやっていた「カタカナを使わずにモノを説明するゲーム」を行うことにした。
これが功を奏して、高校生がコミュニケーションを取り始める。隣の2年生の教室からはペーパータワー建設に伴う笑いと叫び声が聞こえていたが、1年生の教室も盛り上がる。まずは高校生との距離を縮めるという作戦は成功か。
その他にもIくんはさまざまな工夫を凝らす。さすが、他大学のサークルでお笑いをやっていることだけある。どうすれば自分に興味を持ってもらえるのかを必死に考えている。学ぶ内容をMISSIONとしてSPY×FAMILYのアーニャを登場させる(ここで私がアーニャの真似をして「がんばりまする」と言っても高校生は誰1人笑いもしなかった)。
そして、今回の授業は経営戦略(差別化とコストリーダー)とその理解を深めるためのゲームを行う。ゲームも会計思考=売価と費用、利益の関係と競合分析をして意思決定を下す過程を学んでもらおうという趣旨のもの。ただ、授業を構成する際に最も苦労したのが、高校1年生にどこまで理解を促せるかということだったようだ。ケースとして取り上げる企業の選択をするにしても、高校生らがどこまで企業というものに興味を持てるか。
そこで、まず取り上げたのがサイゼリヤ。私の授業でもずっと取り上げている事例だ。
続いては差別化戦略。下のスライドでは別の例を出しているが、ここではなるほど面白いなという事例と授業の進め方を。本人もnoteに書いていたが、ソニーがウォークマンを発売したときにエピソードをもとにイノベーションによる差別化を説明してくれている。
そのために自宅から授業にレコード(桑田佳祐の「悲しい気持ち」)とカセットテープ(サザンオールスターズの「人気者で行こう」)を持ち込み、音楽を手軽に持ち運んで聴けるようになったのはこうした新製品開発があり、競合との差別化を図ることができたからだと説明する。
こうやってさまざまな事例を出しながら、少しでも高校生に興味を持ってもらう工夫をする。これまでも多くの学生がさまざまな高校でチャレンジしてきたが、単に淡々と言われたことを授業するのではなく、いかに高校生の理解を促せるか、そのためにどんな仕掛けをすることができるのか、これまで4年間の積み上げを感じさせるものだった。もちろんIくん自身のオリジナリティがあってのことだが。
2コマ目:経営戦略をさらに深めて学習/実践してみよう
続いて2コマ目。今度は事例が難しくなる。必ずしも高校生にとって馴染みのある企業ばかりではない。が、ここもGIGAスクール構想のおかげ。高校生は皆タブレットを持参しているので、それを活用した調べ学習から結論を導く、それを大学生がサポートする形で授業が進んでいく。
恐らく企業のWebを見ても、高校生にはなかなか判断がつきづらいのではないだろうか。特にBtoBで馴染みのない製品であれば、市場全体の状況も把握しづらいだろうし、単に価格が高い、低いで差別化か、コストリーダーシップかを判断しまいかねない。が、積極的なチャレンジはOK。よく頑張りました。
続いては、商品の利益を頭に入れつつ、競合との比較に基づいてどこで何を売るかを考える問題。
1年生はまだ簿記を習い始めて半年も経過していないこともあり、無理くり損益分岐点分析に持っていかず、とにかく利益・付加価値の最大化を図ることが企業存続の大きなヒントだと教えることを大学生には求めている。もっと言うなら、粗利が固定費を上回りさえすれば儲かるのだから、そこをちゃんと理解できるように教えることを求めている。
そこで、今回は神社の祭りで模擬店を出店することになった自分が何を売るかを考える問題をもとにグループディスカッションを行った。
出店場所までランダムに決めると議論に時間がかかるので、今回は場所は決まっていてそこで何を売るかを決めるもの。粗利300円、200円、100円の商品がそれぞれあって、その場所で得る理由を高校生に説明を求める。
が、これがなかなか決まらない。迷って決められないのではなく、「どうして良いかわからない」という質のもの。要するに問いは「この3つから何を売っても良い。自分で決めてください。その理由を教えて。」というものだが、いざ理由を考えるとなると思考がストップしてしまうようだ。グループで話し合うということも難しそうな印象。
情報を集約して、学んだ知識を活かして整理して、議論をしながら見解を共有して、方向性を見出し、意思決定を下す。
グループワークを授業で仕掛けることの難しさは、この短時間でこれだけのことを高校生に求めることにある。特に学んだばかりの知識を新たな問いに適用し、解を導くということはなかなか難しい。しかも、その理由を説明してと言われても、普段は一方向的に授業を受けているのであればそうは簡単にいかないだろう。
今回の授業を行うにあたり、行きの車中で一緒に授業を組み立ててきたAくんとIくんが話をしていて、最後の最後まで調整をしていた。100分間の授業をどう進め、どこで理解を深めて、そこで学んだことを身近な事例で実践してもらって、腑に落とすのか。考えれば考えるほど、だんだんこだわりが出てきてあれもこれもとなってしまうんだよね。
事例をたくさん出して、「君たちの周りにはこれだけの会社があって、さまざまなことを考えているんだよ!」と教えたくなるんだけど、消化不良を起こさない程度の知識をどう提供するか。種類・量には課題が残ったけど、非常に工夫された授業で感心した。
ふりかえり:「学ぶ」ことへのスタンス以前に
さて、もうこの時点で6,000字を超えてしまったので、そろそろ終わりにしなければならない。
今年は高校5校、中学1校の合計6校で授業を行っている。それぞれの学校において授業全体を貫くテーマとカリキュラムは原則的に同じ内容にしているけれども、それを伝えるコンテンツについては授業を行う大学生に任せている。それぞれの授業はよくできている。飯塚高校での前回の授業でも記したように、手応えを感じている。
その一方で、大学生に話を聞くと、学校ごとの反応の幅(バラつき)が大きく、「伝わっている」と感じられる学校もあれば、「伝わったのかなぁ」となってしまう学校もあるようだ。それが地域差なのか、学校差なのか、個人差なのかがわからないが。もしかしたら、この授業を導入する経緯であったり、仕組みに依存している可能性もある。
授業をやる側としては反応が大きい方が当然やりやすい。が、この2-3年は黙食、教室ではできる限り会話をしない、グループワークもやりづらい環境の中で、声を出す、発言する、自分の意見を表明するという機会が極端に減っているのかもしれない。大学生からは「反応が無なんです」という声を聞く。
そもそも他者に対する関心はあるのだろうか。内に内にとどんどん思考が小さくなってはいないだろうか。
この取り組みは、アントレプレナーシップとコレクティブ・ジーニアスを企業経営(商売)を通じて学習することが狙いの1つだが、その前提には「個人が持つ能力を特定の状況で発揮するのは困難なことがあるから、組織的に実現することで可能性が広がる」だろうという考えへの理解を促すことにある。企業活動だけでなく、あらゆる社会的活動は個人そのものの能力をいかに高めるかも重要だが、それを組織的に結合させることで実現可能性を高めることができるということを教えようともしている。それを通じて、自分が誰で何者で、他者は誰で何者かを互いに開示し、知ることが前提になる。
しかし、それ以前に複数の学校で教えていると見えてくる現実がある。それは自分の身の回りで起きている事象への関心の薄さ、経験の乏しさと言えるだろうか。が、これは高校生だけの問題ではない。きっと周りにいる大人の問題でもあるのだろう(学校だけでなく、広く地域社会という意味で)。この「無関心」は難敵。一旦失うと取り戻せない。「動機付け」云々以前の問題。ここは大学生にばかり負担を負わせるわけにはいかないので、早急に手を打たねばならないと思案しているところ。
小さなことでも良いので成功体験をいかに積み上げていくか。
高校生にそれを体験してもらう前提条件として整えなければならないことは多くありそう。そして、それは「地域」という目に見えないオバケとの戦いにもなりそう。いくつかの地域を回らせてもらっているからなんとなく見えてくる「無関心」という大きな敵。そこに抗うのは筋として悪いので、もう少しやり方を考えなきゃいかんですね。
ビジネスそのものが付加価値を生んで地方を富ませるというコンセプトはそうだとして、今の状況をどうターンアラウンドさせるかはまた別の問いの立て方が必要なのかなと。また、勉強することが増えました。本当にこれでいいのかな。最近、よくわからなくなってきました。