街の未来は高校とともにある|大分県津久見市・豊後大野市訪問記
最近月1投稿になってきました。(ほとんどいない)読者の皆さん、お元気でしょうか。
新年度が始まってもう2ヶ月が終わろうとしている。福岡は昨日梅雨入り。ここから体力的にも精神的にも厳しい時期が始まる。その上、予算がようやく使える時期にもなってきて、2023年度計画がそろそろ動き始める時期。
2019年からわたしたちが取り組んでいる高大連携アントレプレナーシップ教育プログラム「スプラウト」も、すでに3校(福岡女子商業、壱岐商業、飯塚)と1地域(にちなん起業体験プログラム)での実施が決まり、その他1校が実施に向けて検討中ということで、2023年度の実施に向けた準備が進んでいる。
これまでの「スプラウト」の活動記録はこちらのマガジンにまとめているので、宜しければご笑覧ください。
この数年、多くのリソースをここに傾けて準備を進めてきて、ようやくその意義が認識されつつある状況になっている。しかし、そろそろこちらのリソースが枯渇しそうでもある…。「限られた資源を活用して機会を探索し続ける」ことがアントレプレナーシップの本質だから、そのチャレンジは続けていきたいのだが、果たしてどうなることやら。
今回は、この「スプラウト」が地方都市に所在する高校のニーズとどうフィットしていると考えられるのか、大分県津久見市と豊後大野市への訪問で感じたことをベースに記述していこう。
セメントとみかんのまち、津久見へ向かう
今回の目的地は大分県南部に位置する大分県津久見市と豊後大野市。昨年度ゼミ活動で大変お世話になった佐伯市の手前に位置するが、正直鉄道で向かうには少々遠い場所にある。
にちりんシーガイアの旅
午前中にたどり着こうとすれば、しかも乗り換えなしで行こうと思えば福岡からは博多7:31発のにちりんシーガイア5号一択となる。
この列車に身を沈めて津久見に向かう。途中、折尾、黒崎、小倉と北九州市内を通過。方向転換して行橋、中津、杵築、別府、大分と通過。ここまでで2時間。そしてさらに1時間かけて大分県南部に入っていく。
特に小倉から先の日豊本線区間はカーブが多く、特急列車は振り子式が導入されてよく揺れる。本やスマホを注視しすぎるとほぼほぼ酔う
(笑)
今回乗車した787系は以前つばめに使用されていた特急で、熊本までの通勤でお世話になった車両。この列車は鹿児島本線を走っていた特急で振り子式ではなく、揺れも少ない。車内では読書が進み、約6時間で読み残してた1冊と新書1冊を読めた。どちらの本も興味深く、学びが多かったからか、あっという間に時間が過ぎた。
津久見に到着し、すぐ高校へ
大分県津久見市は人口2万人を切る小さな町。周辺は磨崖仏で有名な臼杵、城下町として栄えた佐伯と挟まれている。主要産業はコンクリートや石灰石の製造、みかん栽培だ。昨年の合宿時に高速道路から石灰石を切り出した山を見たが、それはもう壮観だった。
が、高校野球ファンがこの町の名前を聞くとテンションが上がるだろう。私立全盛の高校野球界において、津久見高校は九州唯一の春・夏の甲子園で優勝を経験している。そんな高校に行けるのだから、テンションが上がらないはずがない(笑)
津久見駅に着いて早々、市役所に向かい、挨拶もそこそこ高校へ。高校では教頭先生と商業科の担当の先生に出迎えて頂いてさっそくミーティング。
今回は、木藤亮太さん(宮崎県日南市の油津商店街の活性化で一躍有名になり、現在は故郷の福岡県那珂川市や豊前市、古賀市の他、大分県でも精力的に活動されている)からのご紹介があって訪問が実現。高校は生徒獲得のための特色化、市役所は若者の定着、そのためにも地域唯一の高校を失わない方策を必要としているところでご相談を頂いた。
ひとしきり話すこと90分。こちらから各地で実施している取り組みの案内、高校からは地域未来ビジネス科(旧商業科)で取り組む「つくみ蔵」という実践的活動の状況と今後の展開についてお話を伺った。活動の持続可能性を高めるために、いかにして資金を確保していくか、生徒の進路を多様にすることでキャリア観をいかに醸成するかなど、多岐にわたる議論が行われた。
その後、玄関に飾られた優勝旗(トップ画像参照)を拝見し、ランチを市役所職員の皆さんとご一緒して津久見を離れることに。
続いて豊後大野へ向かう:関係人口交流支援施設cocomioへ
午後からは山間のまち、豊後大野へ向かう。熊本時代はたまに大分へ行っていたので国道57号線を通って阿蘇、竹田、そして豊後大野から大分へとよく通っていた場所だ。しかし、まちの中心地は国道から少し離れた場所にあったので、本当に通ったことがあるだけの場所。
そこに木藤亮太さんの会社、ホーホゥが運営を受託している関係人口交流拠点施設cocomioがある。
竹田市にも近い豊後大野市西部の緒方町に位置するこの施設。実はネーミングは公募で知り合いの作品が採択されたという場所でもあり、以前から親近感があった。
周りは田園地帯で、耳をすませば風の音が聞こえてくる。時間がゆったり流れる場所。このような場所で関係人口交流拠点が成立するのかと思うだろうが、ここにはコワーキングスペース、カフェ、オフィスコーナーにゲストハウスが揃っていて、いずれもそれほど高くはない料金で利用できる。
中には、県内各地から利用されるそうで「こっち来た時に仕事する場所があって助かってる」との声もあるそうだ。聞けば月利用者は300人ほど、日に10人とは少ないように感じるかもしれないが、できて半年ちょっとで周辺環境を考えれば素晴らしい。
ここでホーホゥは創業支援事業にも携わっておられて、小さくとも地元で働きたいと考える人たちの相談窓口にもなっているとのこと。
ここまで車でアテンド頂いた女性職員さんも、高校を卒業してから大分市内に住んでいたが、家を建てる、子育てをすると考えれば豊後大野が良いだろうと帰ってきたそうだ。そのお子さんも地元の三重総合高校に通い、ご本人は保護者会の役員をしたり、市の教育審議会の委員を勤めておられるそうだ。
あるいは、ある卒業生が豊後大野出身であることを思い出してそのことを伝えたら、職員さんと卒業生のごきょうだいに繋がりがあることがわかり、世間の狭さと「これぞ地方都市!」と感じる瞬間があった。が、ここではそうして女性たちが当たり前に働き、手段として創業を選択し、創意工夫をして生活を成り立たせている。
これも地方でも都市でも、自分のライフスタイルを維持しながら仕事をすることができるようになってきていることの証だと言えよう。
しかし、こうした生活の実態は、高校生が普通に学校と家の往復をしていても見えてこないだろう。自分の家にいる両親やきょうだいがそうでなければわからない。また、これを教えたからと言っても、当の高校生たちにはリアリティがない。やはり子のキャリア意識は家庭と学校で創り上げられるものであり、そうでなければ「働き方」ではなくて具体的な職業で選ばざるを得なくなる。
高校生向けのアントレプレナーシップ教育は少し先のキャリアを考えるために実施している部分があるが、見て欲しい世界、感じて欲しい世界の設計が結構難しいなと改めて感じた訪問機会になった。
次回は8月。この地域の創業支援講座の講師として教壇に立つ予定。
帰路へつきつつふりかえり
cocomioからは最寄りの豊肥本線緒方駅から列車に乗り、大分経由で博多へ戻る経路。ローカル線の旅を1時間ほどして、やがて大分駅へ。
ここで北部九州が梅雨入りしたことを聞き、空を見上げて恨めしい気持ちになる。そして久しぶりの中央町で何を食べようかとフラフラしていると、五車堂を発見。
地元で永らく愛されてきた定食とサンドウィッチのお店。当初はカレーを食べようとお店に入ったが、結局頼んだのはロースカツ定食(1,450円)でした。ボリューム満点でお腹いっぱいになってソニックに乗車。
さすがに帰りはクタクタになってしまった。帰宅は21時過ぎ。
改めて今回の出張のふりかえり。
高大連携アントレプレナーシップ教育プログラム「スプラウト」はようやく今年度の授業が始まったにもかかわらず、すでに来年度に向けた動きが出始めており、いろいろとご相談を頂いている。というのも、COVID-19による混乱が収束し始めてきたところで、地域(の高校)が直面しているのは急激な入学者減。より良い教育機会(ってなんやねんって思うが、親である自分としても悩ましいところ)を求めてますます都会の学校に行く動きは止められず、地元の高校が選ばれないという状況が散見され始めている。
そこで「特色ある教育を」ということで、商業科を中心に地方創生に関わるや地元企業との商品開発、販売実習とやってきてはいるが、「ただやっている感」、「もうコレジャナイ感」がだんだん出てきて次の方策を考えなければならない時期になっている。しかも、探究学習を先生方だけで実施するのは難しく、そこに中間業者的に地域でキャリア教育に携わっておられる方々が窓口になっているケースも出てきている。そこにアントレプレナーシップ教育=(自己効力感を高められ、)一歩踏み出す勇気を養う教育手法として注目され始めているように感じる。
これを少しでも展開しやすくするために、今ゼミで取り組んでいるのはカリキュラムの標準化、教材の開発、それに伴う課題発見と解決を繰り返し行うこと。場所、対象、講師を変えつつ、どこでも誰でも(基本的な)アントレプレナーシップ教育ができる環境を整えていこうというチャレンジだ。
なので、こうして各地からご相談を頂くのはとてもありがたいし、(最初はぎこちなく授業する)大学生や(いきなり何の話をしてるかわからないかもしれない)高校生の様子を授業で見ながら、日に日に互いに成長していく姿を見るのは楽しい。ただ、リソースが足りていないことが大きな問題としてのしかかる。
それでもやり切りたい。まずは九州を挑戦の先に大きな果実を得ることができる島にしなければいけない。そのためにも九州各地でこの活動を展開して横同士を繋ぐような活動をしても良いはずだ。
そんなことを考えては反芻する帰路の車内でした。
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