[散文詩] 血のあかに溺れる銀の在りありと
ぼくはぼくと抱き合ってキスしながら眠っているところを、父親に見つけられている、そしてなにか怒鳴られている、ちょうどその場面に目が覚めた。ぼくの唾液はとても甘く、しかし決しておいしいとは思えなくて、父親は、なんだなにをやっているどういうわけだこれは、なんだ、というような事をさけんでいたようだけど、怒気と混乱と興奮に支配されていて、なんだかよくわからなかった。怒っていること、混乱していること、興奮していること、それだけはわかった。ようやくぼくに跨がっているぼくが、ぼくとのキスをやめて、ぼくとぼくとのくちびるのあいだには唾液がきらきらとのびて、ああ、この架け橋は切らせてしまいたくない、と思ったのだけど、父親が、おれの息子がなんだ、おい同じ顔の息子とおうおまえはなんだおれの息子か、同じ顔の息子か、おれのか、などと口を挟み、ぼくの頭上で膝立ちになっているぼくの胸ぐらを掴もうとするが、なにしろ裸なのでうまくいかずにふたりしてぼくの上に倒れ込んでくる。ぼくの上でぼくは、あはは、とまんがのように笑い、現実なわけがないでしょう、ぼくが二人いるだなんて、などとわけのわからないこと言い出した。現実にぼくら二人でさっきまで愛しあっていたというのに。じゃあ、こういうのはどうですか、ぼくの上のぼくは机に載っていた、銀色の、安物のレターオープナーをしなやかな動作で手に取り、流れるようにベッドに寝ころんだままのぼくをきれい輪切りにしたのだった。あたまの先から6センチほどの間隔で足先まできっちりと、激痛。銀色のレターオープナーから赤い血を滴らせながら、ぼくは笑顔を浮かべた。いい笑顔とはお世辞にも言えないような笑顔だったと思う。現実であれば、ぼくがぼくをこんな風に殺したりはしないし、レターオープナーなんかでこんな見事に輪切りにできるはずもないでしょう、と言い訳としては苦しいのではないか、しかし父親はむう、とか確かになどと納得しかけていて、もうひと押し、ぼくは笑顔を崩さずに、いいとも言えないような笑顔を崩さずにベッドの上のぼくをひときれ、ぺらんとつまみ口へ放り入れる。やはりぼくはにんげんとして魅力に欠けていたのだろう、そしてあまいものを摂りすぎていたのかひどくあまく、おいしいとは思えなかった。まあ現実なわけが、ないな、と父親は完全に納得したようで、おれにもひときれ、などと調子に乗りだして輪切りのぼくに手を差し伸べてきたので、ぼくはその手を払い、息子を食べようとする父親がどこにあるか、恥を知れ、愚か者が、と残りのぼくをすべてたいらげたのだけど、おいしくもなくただただあまいものをこんなに大量に食べたのでなんだか胃がむかむかするような、ひどい満腹感を得たのだけれどそれは結局はぼくだったので、なにごとも起こらず、ぼくだった。ぼくはとりあえず服を着ることにした。きょとんとしている父親に、あ、お腹すいてるのですか、と尋ねると、う、えあ、というよくわからない言葉が返ってきたのだけど、父親のためになにかを用意する気は起きなかった。シャツに袖を通すときにぼくの血がどうにもびとびとと邪魔だったけれども、拭き取ってしまうのはなんだかためらわれた。
PC整理してたら出てきたかなり昔の散文詩