見出し画像

雑記(四二)

 ある女子高校生が、同級生の男子に思いを寄せる。自分の恋心を相手にうちあけることはできないが、自分は相手のすべてを知りたいと思う。そこで、相手の家に忍びこむことにする。

 映画『ドライブ・マイ・カー』で、霧島れいかの演じる音(おと)という女性が、夫の家福(かふく)に話して聞かせる物語である。家福を演じるのは西島秀俊。

 女子高校生は、男子高校生の自宅に誰もいないことを確認し、鍵の隠し場所も発見して、その十七歳の男子の部屋に侵入する。一度きりではない。そしてそれに成功するたびに、部屋のものをひとつずつ持ち帰り、自分の持ち物をひとつずつ置いてゆくことにする。持ち去るのは、たとえば、鉛筆。置いてゆくのは、たとえば、使用前のタンポン。気づかれにくいものを持ち帰り、部屋のなかの隠れた場所に、自分のものを置いてゆく。

 ここまでの話の内容はおおよそ、小説「ドライブ・マイ・カー」と同じ『女のいない男たち』(文藝春秋)に収められた「シェエラザード」によっている。作中で「シェエラザード」と呼ばれる女性が語り聞かせる物語と、ほぼ等しいのである。

 小説では、女子高校生は三度の「空き巣」に成功する。一度目は鉛筆、二度目は小さなバッジを持ち出し、一度目はパッケージに入ったままのタンポンを、二度目は自分の髪の毛三本を部屋に残して去る。三度目には「BVDの白い丸首のTシャツ」を持ち出し、そのとき身につけていた自分の下着を置いてゆこうとするが、それは思いとどまる。

 それから十二日後、その家のドアの錠前は、新しいものに変わっていた。女子高校生は落胆しつつも、「これでもうあの家に空き巣に入らなくてもいいんだ」と思う。そして「空き巣」に入らなくなってしばらくすると、その男子高校生への思いも弱まっていった。「シェエラザード」の語る物語は、そのように終わってゆく。

 しかし映画では、この話の続きが変わっている。音が家福に語るには、「空き巣」に入った女子高校生は、その部屋でベッドに横たわり、服を脱ぎ捨てて、自慰行為をはじめてしまう。気づくと外は暗くなりはじめている。すると、一階で扉が開き、誰かが階段を上ってくる。

 音が家福に語ったのは、ここまでらしい。まもなく、音は死んでしまう。しかしさらに、生前の音と関係を持っていた俳優の高槻(岡田将生)が、その先を、音から聞いた話として、家福に聞かせる場面もある。それによると、果たして、階段を上がってきたのは家族の誰でもなく、その家に空き巣に入って来た男だった。女子高校生は男に強姦されそうになるが、その場にあったペンで男の目やこめかみを何度も指し、男を殺害する。

 この脚本と、それを語る岡田の表情の恐ろしさに、肝を冷やした。高槻はかつて、家福の自宅に忍びこんで音との性交に耽っていたらしい。その現場を、帰宅した家福が目撃する場面がある。このとき、高槻は家福に気づかなかったようだ。しかし、気づいていれば、女子高生が空き巣の男を殺したように、高槻も家福を殺すことができたという、そのことを、映画は示していたのではないだろうか。

いいなと思ったら応援しよう!

寺井龍哉
お気持ちをいただければ幸いです。いろいろ観て読んで書く糧にいたします。