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イノベーションのキーパーソンってどんな人?『企業進化を加速する「ポリネーター」の行動原則』読みどころ紹介

GAFAやウォルマートなどが世界的な企業へと成長した背景には、スタートアップとの共創や買収を通じたオープンイノベーションを加速させてきた側面があります。
日本でもオープンイノベーションは積極的に推進されていますが、米国のような成功事例はあまり聞かないのではないでしょうか。そこにはどのような課題があるのか?ブレイクスルーを起こす可能性はどこにあるのか?オープンイノベーションのカギを握るキーパーソンを「ポリネーター」と名付け、具体例を交えながら分かりやすく解説したのが、米国シリコンバレーと東京に拠点を置くベンチャーキャピタル(VC)、DNX Venturesの中垣徹二郎氏による共著『企業進化を加速する「ポリネーター」の行動原則 スタートアップ×伝統企業』です。

今回は、著者の中垣氏と、本書にも登場する東芝テックCVC鳥井に「ポリネーター」を理解する上で気になるポイントを取り上げながら、本書について伺ってみることにしました。

GAFAのようなオープンイノベーションは、伝統企業でも実現できる?

−−はじめに、本書の出版の経緯を教えてください。

中垣氏:私は早稲田大学ビジネススクールで2年ほど、オープンイノベーションに関する講義をさせていただき、大企業とスタートアップの間に立ってオープンイノベーションを推進している方々をゲスト講師に迎えてきました。鳥井さんもその1人です。そこで皆さんにお話しいただいたことが非常に面白かったので、ゲスト講師の方々を中心に改めてインタビューさせていただきながらまとめたのが本書になります。

−−なるほど、そこに鳥井も呼ばれたわけですね。実際に講義をされた方々、各社の事例もたくさん掲載されている本になっていますが、タイトルにもある「ポリネーター」という言葉がとても印象的ですよね。スタートアップと伝統企業の間に立つ「人=ポリネーター」がスタートアップとのオープンイノベーションを推進していく上でどのような役割を果たしているのか、いろいろとお話を聞かせていただきたいと思います。

最初に、本書では成長企業の事例として、GAFAをはじめとするビッグテックカンパニーだけではなく、小売業界大手のウォルマートやユニリーバといった伝統企業もスタートアップの買収を積極的に行ない、変革を起こし続けていることが紹介されています。なぜ米国では伝統企業もスタートアップとのオープンイノベーションをうまく推進できているのでしょうか?

中垣氏:まさに海外でオープンイノベーションがうまくいっている代表格といえばGAFAですよね。もともとがスタートアップということもあり、大企業でありながらもスタートアップと大企業、両方の思考を持っているデジタルネイティブな会社で、スタートアップを理解している人が経営しているため、ビジネスモデルもカルチャーも近い。それに加え、買収をどんどん行なうことで、デジタルの世界で新しいことを起こしてる起業家たちを取り込み続けていますね。

鳥井:ひと口に大企業といっても、GAFAのようにテックベンチャーからのし上がっていった大企業と、いわゆるトラディショナルな大企業では異なるんですよね。後者の伝統企業において重要なのはカルチャー改革ができるかどうか。トラディショナルな考え方だけでは新しいことができない、だからこそ私たちは、伝統的なカルチャーに新しいものを取り込んでいけるように“社内カルチャー改革”を推進している、ということなんだと思います。

−−なるほど、確かに同じ大企業でもGAFAと伝統企業では違うように思いますね。

中垣氏:そうなんです。なので、ある意味でオープンイノベーションや買収がすごいのは“GAFAだから”と思ってしまいたい日本の伝統企業の方たちの気持ちはよく分かります。ただ、伝統企業にはオープンイノベーションが難しいのかというと、決してそんなことはありません。例えば、本の中でもGAFAだけでなく伝統的企業のウォルマート、P&G、ユニリーバの買収についても触れました。世界最大手の小売企業のウォルマートはデジタル化を加速させてアマゾンに対抗すべく、M&Aや巨額のIT投資を繰り返すことで、北米ECマーケットでアマゾンに次ぐ2位まで上り詰めることができています。この変革を牽引しているのが、2016年にウォルマートが買収したジェット・コムの創業者であり、EC領域の連続起業家としても有名なマーク・ロア氏です。ウォルマートは彼にEC部門の変革を任せ、伝統的なカルチャーに新しい風を吹き込むことでデジタルトランスフォーメーションに成功しているんです。

−−面白いですね、これはポリネーターが大企業とスタートアップの2つの歯車をつなげた事例ということでしょうか?

中垣氏:海外だと特にネーミングは付いていないと思いますが、こういった事例のように結果的に同じような役割を果たしている人というのは必ずいると思います。

−−本書では「大きな歯車と小さな歯車の間を取り持ち、スピードとエネルギーを調整する役割を持つ歯車」がポリネーターの役割と記されていますが、どういった経験やマインドを持った人がそういう存在になれるのでしょうか?

中垣氏:スタートアップ的なマインドを持っている人でないと、買収や協業においてスピード感をもって動けなかったりしますので、そういった改革は、伝統企業で何十年も働いてきた人よりも、行動規範としてスタートアップ的に動ける人のほうが推進しやすい。鳥井さんも楽天での経験が東芝テックのオープンイノベーション推進に活きていると思うんです。スタートアップと大企業、両方のカルチャーを知っていることは非常に意味があることだと思います。本の中で取り上げた方の中にも大企業にずっと勤めながらもスタートアップ的な環境に一時的にでも身を置いた人がかなりいます。

−−もともと、ポリネーターとは植物の花粉を運んで受粉させるミツバチのような生物のことで、社内と社外を行き来しながら双方の協業を推進していく姿をポリネーターのイメージに重ねたことが本書で書かれていますが、なぜネーミングを付けようと思ったのでしょうか?

中垣氏:実は名前を付けるということが、自分はすごく大事だと感じていました。
私自身もベンチャーキャピタリストとして事業会社とスタートアップの間に立って活動している人間ではありますが、やはり最終的に事業会社が自分たちの事業や協業につなげていくにはその間に立つ人がとても重要な存在となります。
この人たちは、日本の大企業、いわゆる伝統企業とスタートアップという全く異なるタイプの両面性を持ってスタートアップに寄り添いながら、社内でも非常にうまく動いているという、とても難易度の高い取り組みにチャレンジされています。しかも、売上が立つのは数年後で金額も既存事業と比べて小さいところからのスタートになるので、短期的にはなかなか評価されにくい仕事にもかかわらず、会社の将来のために奮闘されている。
彼らの役割に名前を付けることで、ポリネーターが実際に何をしているのか、会社としてポリネーターを組織の中でどのように機能させるべきか、いろんな企業の方々にご理解いただくことで、日本のオープンイノベーションがさらに加速していくことにつながるのではないか。そのような思いがありました。
今までは鳥井さんのような活動をされている人たちを明確に定義付ける言葉がなかったので、その価値や功績が可視化されにくかった側面もあると思います。やっぱりネーミングって大事ですよね。

ポリネーターの役割を担う人材は社内にいる?それとも社外から見つけるほうが良い?

−−社内にポリネーターのような存在がいない企業もあると思うのですが、その場合は外部から人材を獲得したほうがいいのか、社内の人間から見つけてくるのがいいのか、どちらでしょうか?

中垣氏:両方のアプローチが有効ですが、それぞれ得手不得手があると思います。例えば、ポリネーターのスキルの一つとして、スタートアップを探し出して関係性を作ることが求められるとします。それを伝統企業の既存事業の本流にいた人がいきなりやれるかというと、苦労するケースのほうが多いと思います。だからといって、外部からそのスキルがある人を雇い入れたとしても、その人は逆に社内を動かす関係性がまだ構築できていないので、結果的に立ち上がるのに時間がかかります。そこは社内の信用の貯金がある人のほうが当然スムーズに進められますよね。
ここは鳥井さんにも聞いてみたいところです。どう思いますか?

鳥井:私はなんとなく本質的には外部から入ってきた人間のほうがポリネーターの役割に向いているんじゃないかと思っています。なぜなら、中途入社した人は半ば強制的に社内のことを知ろうとするんですよね。それをやらずして、社内で生きていく術はありませんから(笑)。一方、ずっと社内にいる人は外のカルチャーを知らなくても生きていける側面があります。本書にも書かれているように、ポリネーターには自社のカルチャーを相対化し、改革に向けて動くことが求められますので、自社以外のカルチャーに触れている人のほうがカルチャー改革には向き合いやすいのかなと思います。

−−ポリネーターに共通するマインドや気質はありますか?

中垣氏:本では「グリット」と書かせていただいたのですが、やっぱり「粘り強さ」は大事ですよね。やはりオープンイノベーションはすぐに成果が出るものではないですし、さまざまな壁にぶつかります。うまくいく時もあればうまくいかない時もある。伝統企業においては今価値があるものが評価されやすく、より良くするために最適化されていくい中で、それでも、やり続けられるかどうか。時間がかかるので、粘り強く動けるっていうことがすごく大事です。

それから、「好奇心」と「想像力」も重要な要素だと思います。スタートアップのビジネスや技術は、将来性はあるけれど、今は得体の知れないようなものだったり、今この瞬間には大きな利益を生み出さないものも少なくありません。それに対して、未来の価値を想像してワクワクする気持ちや、何かとつなぎ合わせたらすごいものが生まれるんじゃないか、面白そうだな、という好奇心・想像力みたいなものがあることはとても大事ですよね。

また、多くのポリネーターに共通するポイントだと感じているのが、自社に対する「ロイヤリティ」の高さです。ある意味、VCとポリネーターの違いかもしれませんが、ポリネーターは企業の中にいらっしゃるので、会社に対する強い思いや、自社の未来に強い責任感を持っている人が多い印象です。鳥井さんもそうですよね?

鳥井:ロイヤリティを意識して行動したことはないのですが、「うちの会社の存在意義とは?」のような抽象的な問いと常に向き合い続けているというか、CVCに携わっているがゆえに、必然的に向き合う機会が多いのかもしれません。会社として世の中に何が提供できるのかとか、社会をもっと良くしていくために会社がどうなっていくべきなのかを考え続けているところはあります。

中垣氏:その根底にあるのは、世の中を変えたいという思いなのかもしれませんね。そして、大きな基盤を持っている事業会社のオープンイノベーションチームだからこそ、うまくいけば世の中にインパクトを与えられる可能性は高いですからね。

−−そもそも、“ポリネーター力(スキル)”のようなものは育てられるのでしょうか?

中垣氏:先ほど挙げたように、新しいものに対する好奇心であったり、やり続ける粘り強さであったり、そういった素質があれば、ポリネーター的なスキルやノウハウは後からいくらでも身に付けられると思います。それから、すごくベーシックなことなのですが、スタートアップに慕われるかどうかも、社内の人たちを巻き込めるかどうかも、結局はまわりとの信頼関係を築けるかどうかに尽きると思うんです。例えば、自社の役員からのメールにはすぐに返信するけれど、スタートアップの役員からのメールは寝かせてしまうみたいなことをしていると、やはりスタートアップと良い関係を築くのは難しいですよね。もちろん仕事の優先順位はあれど、誰に対しても分け隔てなく当たり前のことをできるかどうか、そのようなマインドを持つことが大事だと思います。

−−「ポリネーター」のスキルやマインドはオープンイノベーション以外の仕事にも役立つものなのでしょうか?

中垣氏:私はオープンイノベーション以外の領域にもポリネーターの力が役立てられると思っています。ここ数年、いろんなビジネス書を読んでいると、二つの異なる世界や文化みたいなものの間に立って円滑にすることがすごく求められるようになっていると感じます。例えば、DX推進もデータ化することが本質ではなく、データをいかに既存事業につなげてデータビジネスを作り上げていくかというトランスレーター的な役割が非常に重要だと言われています。あるいは、グローバリゼーションが進む中で双方の国をクロスボーダーでつなぐ役割の価値が高まっていることも同じですよね。何か新しいものをつくる時に、異なる2つの世界を上手につなぎ合わせながら生み出していくことが、あらゆる分野においてこれから必要とされるスキルになるのではないかと思います。

−−なるほど、そう考えるとポリネーター的存在は今後いろいろな業界で重要な役割を担う可能性がありそうですね。

鳥井:最近はイノベーションというとスタートアップの話のように聞こえますが、シュンペーターのイノベーション論は割と伝統企業で用いられることが多くて、これまで組み合わせたことのないAとBを組み合わせたら化学反応が起きて面白いものができることを「新結合」と言ってますよね。なので、ポリネーターは両方のカルチャー(違い)を知ってどう融合させると面白くなるかって考えている人なのかもしれないですよね。

中垣氏:そうですね、ただ足し算してもぐちゃぐちゃになってしまうことがあるので、くっつけてもうまくいかないところの間の歯車になるイメージですね。

−−本書では、様々な企業の取り組みを取りあげていますが、そこで活躍するポリネーターのタイプも色々ありそうですね。

中垣氏:ポリネーターのカテゴリーを分けているわけではないのですが、ロジカルに進めることでまわりの信頼を勝ち取っていくタイプもいれば、ブルドーザー的に先陣を切ってゴリゴリと推進していくタイプ、粛々と進めるタイプもいますね。いずれにせよ、みんな社内のことにきちんと配慮することを忘れずトライ&エラーを繰り返しながら、上手に自分なりのやり方を作り上げている印象です。

−−ここで鳥井さんのタイプを伺いたいところですが、つづきは後編とさせていただき、「どんなタイプ」で、「ポリネーターとして心掛けていること」や、「海外から見た日本企業のポテンシャル」について話を伺いたいと思います。

(後編に続く)


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