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顧客とブランドの関係性が変わる!? 『D2C「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』読みどころ紹介

ここ数年、「D2C(Direct to Consumer)」というビジネスモデルが国内外で大きな盛り上がりを見せています。

D2Cとは、企業・メーカーなどが、スーパーや百貨店、小売店舗、あるいはECモールなどを介さずに、直接消費者に商品・サービスを販売するビジネスモデルのこと。

一見すると、今まで介していた小売店などを挟まないので単なる「中抜き」ではないのか!?とも思いますが、今回ご紹介する『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』では

===(引用)
D2C(Direct to Consumer)は
単なる「中抜き」ではまったくない。
 ー顧客との関係性
 ーものづくりのプロセス
 ーブランディングのあり方
 ープロダクトの売り方
など様々な側面で不可逆の変化をもたらした、
時代を象徴する「パラダイムシフト」である。

===(引用)

と説明しています。

本書で「小売やブランドの成功法則や生存のためのルールはもう書き換えらえている」と書かれているように、顧客とブランドの関係にどんな劇的な変化が起きているのか、これからどうブランドを作っていけばいいのか。

そういった疑問に対して様々な考えを紹介し、導いてくれるのがこの1冊です。

著者はクリエイティブ・イノベーション・ファームTakramでディレクター/ビジネスデザイナーを務める佐々木康裕氏。これまでに数々のスタートアップのD2Cブランド立ち上げや、大企業のビジネスモデルのD2C化に携わってきたほか、佐々木氏が「D2Cの震源地」と称するニューヨークに自ら何度も足を運び、そのインパクトを体感してきた人物です。

本書は前半でD2Cの定義や本質的な価値を明らかにした上で、中盤で具体的な戦略について事例を挙げながら解説し、後半ではD2Cブランドの具体的な立ち上げ方をスタートアップと大企業のケースに分けて紹介しています。

正直、全章が“読みどころ”なので、D2Cに興味がある方はもちろん、小売業の方やスタートアップ企業の方、大企業の新規事業創出に携わるはぜひ本編を読んでいただきたいのですが、この記事ではD2Cの特徴と魅力を掴んでいただくために、特に前半で語られているD2Cブランドと伝統的なブランドとの違いについて取り上げたいと思います。

創業4年でマットレス業界最大手を破産に追い込んだD2Cブランドの衝撃

Casperは2014年にアメリカで創業したマットレス販売のスタートアップです。本書ではCasperの特徴を下記のようにまとめています(一部抜粋)。

・オンラインで簡潔にオーダー可能。わざわざ店舗に行く必要はない
・同業他社の販売価格と比べて圧倒的に安い
・デザイン性が高い
・現代的で洗練されたUI、UXを持つWebサイト
・雑誌『WOOLLY』を独自で発刊
・Instagramで15万人弱のフォロワー
・15,000人のモニターのベッドにセンサーを組み込み、データを取得しながら、次世代のプロダクトを開発

こうして見てみると、今までのユーザー体験を改善しただけではなく、ブランディングやデジタル戦略に強みを持ち、顧客利便性を高める取り組みにも注力している点が特徴として浮かび上がってきます。

Casperはローンチ直後から消費者の絶大な支持を受け、「売上は創業初月に1億円、最初の12ヶ月で100億円。2年目には200億円」に到達。「2019年頭にユニコーン(評価額が1,000億円を超えるベンチャー企業)の仲間入りを果たした」と言います。

一方、アメリカのマットレス最大手として長らく君臨していたMattress Firmは、2018年に破産法の適用を申請。創業間もないスタートアップがマットレス業界の勢力図を塗り替えたことは、D2Cのビジネスインパクトを象徴する事例として語り継がれています。

こうした変化はマットレス業界だけで起きているのではない」と書かれているように、他にも「革新的な新しい成功モデルの代名詞のような存在」にまで急成長したメガネブランドのWarby Parker、創業3年目で400億円を売り上げたスーツケースブランドのAwayなど、D2Cブランドはさまざまな業界で地殻変動を巻き起こしているのです。

D2Cブランドと伝統的なブランドの違いとは?

まずは具体的なイメージをつかんでいただくため、小売業界の秩序を揺るがし始めている事例をご紹介しましたが、新たなプレイヤーたちには

・自らがメーカーであり、自社製品を、自社独自のチャネル(ECやリアル店舗)で「直接販売」する
・販売だけでなく、SNSなどを活用してPRやマーケティングも顧客に「直接」話かけながら行う
・プロダクトブランドではなくライフスタイルブランドである
など(一部抜粋)

デジタル起点であること」「生産から販売までの垂直統合を志向していること」を内包した共通の特長が複数あります。

さらに本書では「D2Cブランドと伝統的ブランドとの違い」を、いくつかの観点から深掘りしています。

1. 「ものづくり屋」ではなく「テック企業」である
著者はD2Cブランドならではの特徴として、データサイエンティストの存在に着目。「一定以上成長したD2Cスタートアップには、データサイエンティストが数十人はいる」と述べ、「創業当初から大量のエンジニアや、SNSマーケティングのプロを揃える」ことも多いのだとか。組織としてのグロース手法や使用するKPIも含めて、「ものづくり企業として見るより、テック企業として見た方がその本質をより深く理解できる」と言います。

もちろん、近年は伝統的なブランドもテクノロジーやSNSマーケティングを取り入れる傾向にはありますが、データサイエンティストを大量に抱えていたり、最初からデータ・ドリブンな経営を志向している点は、確かに従来のブランドにはなかった特徴だと思います。

2. 「間接販売」ではなく「直接販売」する
通常、ブランドが商品を売るときは小売が間に入るケースが多く、マーケティングも広告代理店を挟むことが一般的でした。一方、D2Cブランドは顧客とのコミュニケーションを直接行い、「TwitterやInstagramを活用しダイレクトなインタラクションを重ねながら顧客のロイヤリティを高め、ブランドのファンになってもらう」ことを目指します。

なお、D2Cブランドはオンラインを主戦場とするのが主流ですが、同時に実店舗を持つブランドも増えています。その際、オンラインで直接取得した顧客データを活用することで、「パーソナライズされた接客」を実店舗でも実現しています。

オンラインにしろ実店舗にしろ、ECモールや百貨店などに出店すると、「どのような人がどのようなタイミングで、どういった周期で商品を購入しているか」といった詳細情報を把握することが難しかったりしますが、顧客と直接つながれば、「“誰が何の商品をいつどこで買ったか”などのデータがリアルタイムで入ってくる」ため、顧客のことをより深く理解できるようになるのです。

3. 「高価格化」ではなく「低価格化」を志向する
ビジネス構造上、ブランドと顧客の間に仲介が入れば、当然ながら中間コストが発生します。ということは、D2Cで顧客に直接販売すれば、「中間コストを排しクオリティの高い商品を既存ブランドよりはるかに安い価格で展開」することが実質可能になるのです。だからといって、D2Cを「単なる“中抜き、安価”」と捉えるのは間違った見方で、「顧客とブランドの関係が質的に変化している」点に本質的な価値があることを著者は念押ししています。

4. 「着実な成長」ではなく「指数関数的成長」を遂げる
数あるポイントの中でも、この着眼点は特に面白いと思いました。「指数関数的成長」とは、ざっくり言えば「爆発的成長」と置き換えてもいいかもしれません。

著者はD2CブランドのCasperやAwayを例に「創業初年度100億円、次年度200億円、3年目400億円といった、スタートアップの歴史を見てもあまり例がない指数関数的成長を達成している」点を指摘。「プロダクト販売という早期に売上が立ちやすい事業領域と、インターネットという指数関数的成長を実現する仕組みの組み合わせによって生まれたものだ」と、その理由を説明します。

実際に、D2Cブランドの多くがVCからの資金調達を受けている点も、D2Cブランドが短期間で爆発的な成長を期待できることを裏付けています。「今やD2Cはもっとも注目を浴びる投資分野の1つとなっており、VCからより短期的かつ急速な成長を促進するためのナレッジや資金が大量に投下されている」と著者は述べます。

この点はまさにスタートアップ企業の特性とも重なる部分で、D2Cブランドにスタートアップ企業が多い理由も頷けます。

5. 「プロダクト」ではなく「ライフスタイル」を売る
著者は「D2Cブランドはプロダクトを販売しているのではない。世界観やライフスタイルを販売している」と断言し、「現代の顧客は“機能”だけではなく、“感情”を買おうとしている」と、D2Cが消費者の購買意識の変化に合わせた価値を提供していることに触れています。

いわゆる「モノからコト」への変化は多くの人が知るところですが、D2Cは「コト付きのモノ」という潮流を作っていると言います。例えばスーツケースブランドのAwayは、「旅」をテーマにしたポップアップのホテルを開き、マットレスブランドのCasperは、「睡眠」に絡めて仮眠を取ることができる睡眠スポットを展開しているそうです。

「コト」的な側面を持ちつつも、リアル店舗を持ち、実質的な「モノ」を核としながら世界観を作り込む。(中略)このハイブリッド性にこそ、D2Cの強みがある」と著者は述べます。

6. 「X世代以上」ではなく「ミレニアル世代以下」をターゲットとする
これは主にアメリカのD2Cブランドのケースですが、D2Cは、X世代(1965〜1980年生まれ)以上ではなく、ミレニアル世代(1980年代〜1990年代後半生まれ)以下が主要ターゲットになっているようです。その背景には、所得水準の低さ(D2Cブランドは同品質の伝統ブランドに比べて安価なプロダクトが多い)、D2Cの主戦場であるデジタルやSNSへの感度の高さなどがあります。

ただ、日本の場合は「長らく続くデフレの影響で“安くていいもの”にあふれている」ため、「アメリカのD2Cブランドとは異なる価格戦略・ブランディングが必要」と留意点を述べています。本書の第6章で、日本でD2Cブランドを展開する際のポイントを掘り下げて紹介しているので、興味がある方は是非ご一読ください。

7. 「顧客」ではなく「コミュニティ」として扱う
D2Cブランドは、顧客を「一緒にブランドを始め、育てていく“仲間”のように扱う」傾向にあるそうです。著者はCasperの事例を取り上げ、Casperの顧客は自身の睡眠データをトラッキングさせてくれるだけでなく、新製品の感想や改善案も積極的に送ってくれると言います。「新製品が出れば、積極的に口コミで広めてくれるし、イベントにも積極的に参加する。彼らの存在は、顧客というよりマーケターであり、共同開発者であり、エヴァンジェリストでもある」と、顧客との新しい関係性をD2Cの特徴に挙げています。

D2Cブランドの「世界観の作り方」が、ブランディングのスタンダードになる?

さて、ここまでの解説で、D2Cとは何なのか、そして従来のブランドとは何が違うのかがなんとなく掴めたと思います。

ここではもう一つ、本書の副題にもある「世界観」がD2Cの本質に触れる部分だと感じたので、軽く紹介したいと思います。

世界観とは「すべてのロゴと製品を隠したとしてもそのブランドだとわかる、ブランド独自の雰囲気や空気感」のことだと解説しています。

例えば、Appleは店舗の内装から製品の陳列方法、軽快な音楽、明るいスタッフに至るまで、全てが“Appleらしさ”で統一されています。「目隠しをして連れてこられ、すべてのロゴと製品を隠したまま目隠しを外されたとしても、誰もが今自分はApple Storeにいる、とわかるだろう」という著者のコメントには、思わず頷いてしまいました。

もちろん、AppleはいわゆるD2Cブランドではないと思いますし、「世界観を通じて顧客にメッセージや商品の価値を届けよう、というのはD2Cブランド以前から、多くのブランドが行ってきたことだ」と著者も述べています。しかし、同時に「D2Cブランドの世界観の作り方は、従来のブランドのそれとはまったく異なる」とも言います。

これからのブランドには「重層的かつ奥行きのあるコミュニケーションが求められていく」とあるように、SNSやインターネットなどで生まれた無限の枠を活用して、自分たちのオリジナルストーリーを語り、理解してもらうコミュニケーションが求められると伝えています。

具体的なコミュニケーション手法や世界観の築き方実例については、本書で詳しく紹介しておりますので、興味がある方はぜひ本書をご一読ください。

D2C入門書であり、新しいビジネスのルールブックでもある

巻末ではD2Cの今後の潮流予測が書かれています。例えば、D2C商材が食品やドリンクにも広がり、自動車や家のD2Cブランドも登場することや、リセールマーケットを主戦場としたD2Cブランド、D2Cコングロマリットの誕生を予測しています。その中でも、「全業界、全企業は“D2C化”していく」という提言は非常に興味深く感じました。

確かに近年はスタートアップのみならず、大企業や歴史の長い企業でも、顧客と直接的につながるためのデジタルマーケティングやビジネスモデル変革に取り組むことが求められるようになりました。そして、着実で連続的な成長を維持しながらも、指数関数的成長や今までにない価値を創造するために、「爆発的成長」を志向するスタートアップと協業するケースも増えています。そう考えると、D2Cのビジネスモデルを採用していなくとも、これまでに挙げてきたような「D2C的な振る舞い」の価値があらゆる業界に浸透しつつあるのではないでしょうか。

本書ではD2Cならではのフレームワークや戦略が多岐にわたってまとめられているのですが、これはD2Cを始める企業に限らず、新しい事業に挑戦するビジネスパーソンや、指数関数的成長を志すスタートアップ企業の方にも有益な情報になるのではないかと思いました。

D2Cの優れた入門書として、そして新しいビジネスのルールブックとして、ぜひ手に取ってみることをおすすめします。



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